第三話 “邂逅”
「モザちゃんはここに来るのも半年ぶりかな?」
洞窟の中を歩く。あの時と同じじめじめとした薄暗さも、今日は気にならなかった。
「はい…!あの時は本当に助かりました…」
「いいんだ、いいんだ!それに、お前もこの半年でだいぶだいぶ強くなった。感じるだろ?自分の力を。俺のしごきに耐えられたんだから、こんな洞窟に危険なんかないさ」
「はい!」
「俺たちはここを“始まりの洞窟”と呼んでいる。名前だけ見れば初心者向けのダンジョンみたいなもんかと思うだろ?でもな、実際には亡靄だったり初心者にはとても狩れないような魔物も普通に出没するクソみたいなダンジョンだ。全く、これゲームだったら運営にクレーム殺到だぞ?」
「あ、はは…」
「俺がなんでわざわざこの日にこんな場所を選んだかと言うとね、モザちゃん」
「?」
「恐らくは今日、“来る”と思うんだ」
「…来る?」
「“ヤツ”さ。しぃけーちきだ。正確にはヤツの従える配下だがな。根拠はないが、長年の勘ってやつだ。今日が初めての任務のモザちゃんにはちょっと荷が重いかもな」
「大丈夫です!!この日のためにたくさん修行してきたんですから!!今更怖気づくなんてこと、ありませんからっ!…とはいえ、“しぃけーちき”の配下、おそらくは初めての邂逅になりますね。一層気を引き締めなければ…」
そう、怖くなんてない!これまで修行してきた私なら、きっと…!
そう言うとモザちゃんは言葉通り、気を引き締め深く集中した。傍目にも力が練りあがっているのを感じる。
この半年間の修行で開花させた、彼女の、モザちゃんの“光の力”。
ごちかわ達剣士は、"光の力"を以って戦う。
戦いの要素として、剣術の腕前に匹敵するほど大事な要素である。
この"光の力"の総量が闘いの明暗を分けることも少なくない。モザちゃんは、その光の力の総量がとんでもなく多いのだ。
うむ。いい目をするようになったじゃないか。…あの日、俺についてくると言った覚悟は相当なものだったらしいな。
その時、岩の物陰から何者かが飛び出してきた。
「グルル・・・」
獣のような鳴き声が、洞窟中にこだまする。
「!!これは……!!」
「影狼だ。狼の姿をした魔物で、昔は高原に住んでいたんだが、近年は洞窟内で死体を荒らしているらしい。ちょうどいい、モザちゃん。練習試合だ。倒して見せろ。遠慮はいらないぞ」
「は、はいっ!」
「ギャオォッ!!」
会話しているのも束の間、影狼は一気に間合いを詰め、その牙はモザちゃんに迫る。
恐ろしいスピードだ。鍛錬の甘いものは対応できずに致命傷を負うだろう。
「…はっ!!」
即座に横に回り、影狼を真横から蹴りつける。
まっすぐに飛ぶものほど、真横からの衝撃には弱いものだ。
影狼は大袈裟なほどに吹っ飛び、岩に頭をぶつけた。
あの速度で動く物体に、正確に真横から打ち込むとは、そう簡単にできるものではないだろう。
優れた動体視力と天才的センスのなせる業だろうな。
「グ・・・グルルォッッ!!」
吹っ飛んだのもつかの間、またも影狼は突っ込んでくる。
止まることを知らない、と言った気概を感じる。岩に叩きつけられ、顔がゆがんでも、向かってくる。まっすぐに。魔物ながら、あっぱれだ。
「…ごめんね」
剣を抜いた。<靈煌剣ハルヴァバード>。モザちゃんの亡き父が遺した剣であり、持ち主の魂に呼応し、その想いのままにまっすぐな剣撃を出せる。
意志の、“光の力”の強いモザちゃんにぴったりの剣だ。
「…<“光幻撃”>」
突進してくる影狼を紙一重でかわし、同時に上から弧を描くような一閃で首を刎ねた。
…………………………………………
「素晴らしい剣の冴えだ」
「…ありがとうございます。」
「なんだ、ちょっとかわいそうに思ってるのか?魔物だから遠慮はいらないって前も言ったはずだ。そういった考えは今は捨てろ!!わかったな?」
「…はい」
ううむ。これこそが今のモザちゃんの唯一の欠点だ。心優しいモザちゃんは、無意識のうちに魔物を殺すことを躊躇する。まあ、仕方のないことだな。心の奥底の性質は、すぐには変えられん。今は、前に進むか…
「…で、ここからどこへ向かうんですか?」
「この先だ」
ごちかわが指したのは、何もない洞窟の壁。
「…………?壁しかないですけど…?」
「前にここに来た時からおかしいと思ってたんだ。この壁、景色との境界があやふやだ。ここは、こうして壁を壊してしまえば…よっと!」
壁を壊した瞬間、辺りが深い闇に包まれた。"深淵色”、とも呼ぶべきか。
深い、気の遠くなるほど深い闇。
この昏さだけで、気の弱いものは精神をやられてしまうだろう。
「うっ………!」
「…お出ましだな」
そこに立っていたのは、一人の男。闇の中で何も見えないはずなのに、確実に視える。禍々しいオーラとその強すぎる存在感が、視覚以上にその情報を明瞭に伝えていた。
「ハハハハハ…ここを見つけられるとは、どんな猛者が入り込んできたのかと思えば、君か」
「よう、久しぶりだな、殺しに来たぜ」
「こ、これは…」
「久しぶりだねえごちかわ君。どうして君はいつもいつも最高に邪魔なタイミングで現れるのかなあ?…………いやはや、今日はずいぶんと可憐なお嬢ちゃんと一緒じゃないか。どういう風の吹き回しだね?」
「え⁉い、いや私は…
…ごちかわさん、もしかしてこの人が…」
「そうだ。正確には彼の配下、“怨念の使者・シャドウしぃけーちき”だがね。視覚などの感覚を配下と共有しているから、今話しているのはれっきとした本物のしぃけーちきだよ」
「そ、それにしては普通に話してますけど…」
「前も言ったろ?俺たちは40年以上闘ってるって。俺はヤツを殺せないし、ヤツも俺を殺せない。長い付き合いだ、気安くもなるさ。」
「ふふん、説明が少し違うなあ、君は私を殺せないけど、私は君をいつでも殺せるんだけどねぇ。それに、君と仲良しになった覚えはないけど?」
「ふん、言ってろ。そんでまぁ、お前は俺を殺したいんだろ?俺もお前をどうしても殺したい。両想いじゃねえか。仲良くしようぜ。」
「ハハハ、君の言い分はもっともだがねえ、君と仲良くするわけにはいかんのだよ。それ~に、今日は忙しいんだ。とっとと終わりにしよう。」
そういうと彼の周りに闇色の弾がいくつも表れた。
…“亡靄”だ。形は違うけれど、きっとあれは亡靄の高濃度のかたまりだ。モザちゃんは感覚的に理解した。
「おいおい、俺とお前の仲だろ?新人バイトの研修くらい、付き合ってくれよな」
「ハハハハ、それはまあ何とまた、こんな日にこんな所まで連れまわして、初出勤でいきなりこの私と遭わせるなんて、随分とブラックなバイトじゃあないか」
「ははっ、違えねえな」
「~~~<“聖天霊煌煌双麗斬”>っっっっっ!!!!!!!!」
痺れを切らしたように、モザちゃんは右手に靈煌剣ハルヴァバード、左手には自らの魂の力によって作り出した光の剣を持ち、辺りに広がる闇の球を恐ろしい速さと正確さで切り刻んだ。
すべての球が破裂する。同時にあふれ出した高純度の亡靄をも、彼女はその光で晴らして見せた。
「ヒュウ♪」
「ほほう…………これはこれは……」
「どうだいしぃけーちきよ、これだ、これが俺の今の愛弟子だ。とんでもない大型新人だと思わないか?」
「これはこれは。君がブラックな職場でしごきたくなるのもわかるねえ。いかんいかん、こんなにお強いお嬢さんがいるのなら、殺されてしまうかもしれないな。今日のところは退散させてもらうよ。もう、用も済んだことだしねえ。」
「………ちっ!!やっぱり手遅れだったか!!」
「ハハハ、残念だったねえ。まあ君たちに付き合ってあげただけ、有難いと思いなよ。」
刹那、どこからか現れた、彼の実態とは対照的な真っ白な紙が、闇色の彼の本体を包み込んだ。
その紙の中には、謎の絵が描かれている…………
「…行ったか」
闇は晴れ、いつもの洞窟の景色が広がる。
「…ごちかわさん、あれが………」
「そうだ。奴は俺達には興味がなかったようだな。」
「…そのことを知ってたんですか?」
「まあな………こんな洞窟でやることだなんて十中八九、“アレ”くらいだし…………」
「…………?」
よく分からないなぁ………やっぱり、“しぃけーちき”については知らないことだらけだ。さっき言ってた「手遅れ」ってのも気になるし…………
「まあいい、今日は帰るぞ」
軽くうなずき、ごちかわと共に洞窟を出た。
とりあえず、最初の投稿はここまでです。4話は今週中に投稿しようと思っているので、よろしくです。