“reverse”
魔族となったアオ。正体がバレてしまった暁には、もう、一人の人間として暮らすことはできないのか。
心優しいアオは、こいかわに迷惑をかけないよう、こいかわの元を離れようとします。
しかし、アオが大好きなこいかわは、何をおいてもアオを助けよう、共に暮らそうと奮起します。
この物語は、そんな状況に置かれた二人の、ちょっとした小話を綴っています。
……………それから数日経った日、私は、“アオタンのはずれで魔族を捕えた”という知らせを聞いた。
毎日、夜になると、胸騒ぎが止まらなかった。もしかして、アオさんが……………?と。何かの勘違いであってほしいと、強く願った。
……………でも。その願いは叶わないだろう。
たくさんの人間が暮らしているとはいえ、曲がりなりにもここは魔界。魔族が現れたとなったら、満場一致で殺されるだろう。絶望的だ。でも、でも。諦めたくはない。きっと、捕えられたアオさんはすぐに処刑されてしまう。その前に。私が、アオさんを助ける。そして、もう一度一緒に暮らすんだ。
走る。走る。走る。一直線に、奔る。
…誤解なんだ。きっと。アオさんが、魔族の力を使って、沢山の魔族を殺しているなんて…。
私が、何とかしないと。
無茶だ。ここら一帯はたくさんの人々に囲まれている。
こうするしかない。そうしないと、アオさんは……………。
“星剣”によって、魔族の力を使えないように無力化されたアオを抱え、この場から逃げようとする。
これまで黙っていたアオが、苦悶の声を上げている。何とか、胸に刺さった剣を抜こうとしているが、抜ける気配はない。
たくさんの人間がこちらへにじり寄ってくる。これを、何とかしないと…。
「う……うぅ……」
「この剣は…“星剣ヴェルヌス”。魔族には、抜くことはできないよね…。」
こいかわは、覚悟を決める。周囲の人々の糾弾なんて、気にしない。
「お、おい、何のつもりだ!!」
「これで、もう…アオさんは危険な魔族じゃなくなるよ」
こいかわは、一息置いて、剣を—————。ズッ、と、重く鋭い音が鳴り響く。
「な…あの女、剣を抜いたぞ!!」
「なに…!?!?」
「な、何をするつもりだ…!!」
…こんな時、やるべきことなんて、ひとつしかないよね…。
「…あなたたちの言い分も、わかるけどっ、でも、今は私に任せてくれませんか…?」
ジッと、初老の男が、こいかわを見つめる。
「我々があの魔族にどれだけ苦しめられてきたと思っているんだ。」
「だ、だけど…!お願い、アオさんを………殺さないで…!!」
「何を馬鹿な。我々は邪悪な魔族を見つけた。やることは一つしかない。殺せ」
捲し立てるたくさんの声に続いて、リーダー格の人間が口を開く。周囲から、かなり信頼されているようだ。周りの人々は、この人の命で動いていたらしい。
「ま、まあまあ。話くらいは、聞いてくれてもいいんじゃないか?今のところ、その魔族は何もしていないし、さ。」
「も、もう…いいでしょう。私たちに構わないでちょうだい」
「な、な……………」
「この魔族が依然、危険なことには変わりはないが」
「うーん、見逃してあげたいところだが……………」
「そうだな。俺もそれでいいと思うけど」
「ああ。これ以上は見るに堪えん」
「やっぱり、聞いたとおりだった。これはやっぱり、さっき言った風にするしかないかな」
見計らったようなタイミングで、アオタンの住民たちが音を立てて移動する。
「もういいだろう。私に続け。」
「…いいんですか」
ドタドタと、たくさんの人間が走る音が鳴る。
「アオ…さん…」
「私には、とてもできないわ。あんなこと」
「アオさん……………私が前に言ったことを……………」
こいかわが、たとえ魔族であっても殺さず和解しよう、と考えていることを言っているのだろうか。
「魔族もみんな、魂を持っているわ。その…魂の下あたりを星剣で突き刺せば、魔は居なくなる。」
アオは、巣食う魔を掃滅するために、“星剣ヴェルヌス”を使用している。アオは、全く想定外の使い方をしたのだ。
……………“星剣ヴェルヌス”で魂の少し下を突き刺せば、元人間の魔族は人間に戻れる。
「え……アオさん……………!!私は、ずっとアオさんと居たかっただけなのに……………!魔族を、殺してたの…?」
「そんなこと、するわけないじゃない。魔族を倒すには、これが必要なの」
「アオさん、力を捨てるって、前言って…た、よね………?」
「………そうよ。これは私の使命……」
アオがぐっと拳に力を入れる。それに呼応するように、まばゆい光が辺りを包み込む。
“魔”を倒す際の儀式か。こいかわは、思わず目を背ける。
そして、アオは自らの魂に剣を向ける。
アオが、ためらいもなく“星剣ヴェルヌス”を刺す。悲鳴が上がり、何かがバラバラになり辺りに散乱する。
これは、散り散りになって一見わからないけど…魔族の身体の一部だ。人間に化けていた魔族の残りかけら。辺りに魔族特有の角や翼が散乱していて、本体がその中心にいる。魂の下の部分が、蒼く光っている。
「あ…アオさん……………!!!!!!!!!!」
「……………こいかわちゃんには、隠し事はできないわね」
「え…………それ、バラバラになっちゃったんじゃ……」
「おかしなこと聞くのね。私は元々こっち側よ」
「あ、アオさん、そ、その姿……………」
「ふふ、こいかわちゃん。会いたかったわ」
………瞬間、周囲に、魔族の気が散乱する。
紛れもない、よく見知った、一人の人間がそこに居た。
「アオ…さん……………?」
…………………しばらく経って。
いろんなことが立て続けに起こって、こいかわは混乱してしまったのだ。だけど、ひとまず目を閉じ集中して、アオさんを<“凝鑑真姿定”>してみることにした。
こうなったら、魔法を使うしかない。良く見知った人の、居場所ばかりか、体調、体温、病気まで知ることもできる万能の魔法を。この魔法は、人に化けた魔族を判別するのに使うこともあるそうだ。
そうして、次に目を開けたとき、アオの姿が、はるか遠くに見えた。
「あ…アオ…さん…!!!なんでっ、ど、どこに……………!!」
ダッ、と走り出す。このままでは、見失ってしまう。人々の雑踏に紛れ、なかなか追いつけなかった。そして……………
「……ありがとうね、こいかわちゃん」
アオは、そこで押し黙ってしまった。少し笑みを浮かべ、こいかわの頭に手を置く。
「アオさん…何か…悪いことをしてるわけじゃないよね…?」
「ふふ、私を疑うの?」
「……そう。そうよね。…ケガは、大丈夫なの?」
ずっと、それを心配してたんだよ。
こんな時にも、こいかわはちらちらとアオのケガの心配をしている。
「いいえ。そんな風に見える?」
「……どうして…。私は、アオさんに戻ってきてほしいだけなのに。…戻ってきてくれる?アオさん」
「……私は、最初からそのつもりだったわ」
「……こんなところに居たんだね。見つかってよかった……アオさん。黙っていなくなっちゃうのは止めてよね。離れ離れになっちゃうよ。」
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「それでねー、アオさん……………アオさん?」
アオは、無言のままだ。こいかわだけが話している。
「他にもケガしてないよね?全く、何してたの?」
「……」
「左足の後ろ、血がついてるよ。ケガかな、消毒しとこうか?」
「…別に?何ともないわ」
「……アオさん、何か隠してない?」
「自分でできるわよー、でもありがとうね、こいかわちゃん」
世話焼きなこいかわが、アオの登山靴の紐を整えている。
今日は、一緒に、山登り。楽しい楽しい、ハイキングだ。
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「……………ううむ。そうか…。」
「そうだな。依然として掴めない。奴が何者なのか。そもそも、魔物を放っておいては私たちの沽券に関わるだろう」
「やはり、総力を挙げてあの魔物を討伐するべきだな」
「いや、そう結論付けるのは時期尚早だろう。もっとしっかり考えなければ」
「最近は大人しいようだな。放っておいてもいいんじゃないか?」
「はい。私調べですと、その魔物は攻撃性はないと…、今のところ、一般の人達への被害はないそうです。」
「…では、それは解決したということでいいな。それでは、次の議題に移ろう。今回の会議は、これが本題だ。」
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小さな、小さな声で、こいかわは呟いた。
「アオさん…、やっと、戻ってきてくれたんだね…」
最近、周囲の人達が、アオさんは怪しい、魔族達と繋がってるんじゃないかって言ってたけど、そんなことなかったんだ!!
やっと、やっと、アオさんと一緒に暮らせるんだ。
暖かい、のどかな空間に身を任せ、目を閉じる。
「ふふ。そうだ、明日は、旅行にでも行きましょう。早く寝ないと、体に毒よ」
「えへへ、明日が楽しみだな」
「うふふ、それじゃあ、今度は、このお話を読もうかしら。」
もう子供じゃないんだから。しなくていいんだよ、って言ったのに……。
寝る前に、本を読み聞かせてくれる、アオさん。
この安穏のひと時が、永遠に続いてほしい。
「また読んでほしいなあ」
ずっと、ずぅっと、アオさんと一緒に居られればいいのに。
「……………めでたし、めでたし。これでおしまいよ、こいかわちゃん」
—————私は、そう祈りました。
これまでの話、いかがだったでしょうか。
「魔族となったアオと、こいかわが、共に暮らす」というifルート、番外編を書いてみました。
少し、本史と違う部分があるかもしれません。




