第十二話 “生命は水面に落つる花びらのように”
ギン、ガギンと、鈍い剣戟の音が響く。
紫に光る剣と朱に染まる鎌の鍔迫り合い。周囲に砂塵が舞う。
「どうした、京よ、剣に気迫がないぞ。幼き日の貴様の方が、まだマシだ」
「……」
「迷いがあるか、闘えないか」
「……魔族は総て殲滅する。魔の者は斬奸に臥す。そこに慈悲は要らぬ。だが……だが」
「そうだ、それがお前の理念ではなかったのか。軟弱者が」
「……兄者にも、私を殺す気など無いように思えるのだ」
「なんだと?」
「私はすべてを思い出したのだ。幼き日の、ニヤに送られる前の記憶も。兄者はそうやって私を本気で打ち倒そうとした。だが、それは他ならぬ私のためだった。やはりそなたは異色だ。あるいは、私もな。私は、本当に我々が魔族なのかすらが疑問になってきた。私が此処で生まれたことにはもはや疑念は持たないが」
「……」
朱眼は半歩引き、押し黙る。剣戟が、少し鈍ったように思えた。
その隙を逃さず、京が大きく踏み込み、刺突する。
<“紫炎踏突”>だ。直撃を食らい、朱眼が少しよろめく。
「やはり、それが、私の疑念の理由だ。」
「……気づいていたか」
「深淵を覗いた。胸部によからぬものが視える。病か。もはや、余命幾許もないように思えるが」
「………………話をしよう。貴様の知らない」
よろめいた姿勢のまま、だらりと腕を下ろした朱眼。
何やら、真剣な顔をしている。
「……訊こう。訊かずには居られぬ。それがどんな話であっても」
「我は、魔族でありながら、ただの一度も……人を殺していない。本当の軟弱者は、我だ。」
「な……」
魔族が、人間を攻撃する目的。魔族は人間や他の生物を殺し、“魂”に遺された力を吸い取り、強くなる。特に人間の魂は効率が桁違いに高いのだ。自己中な魔族が、どんな行動をとるかなど、言うまでもない。
京もそれを知っているからこそ、驚きを隠せなかった。そんな魔族など居るはずもない。聞いたことがない。異例中の異例だ。
「そんな我がこれまで生き永らえてきたのも、この世界を統べる主、アオ元首の協力ありきなのだ。あの方は、多くは語らないが、きっと人間と魔族の共存する世界を目指していた。世界中のほとんどがそれは不可能だと言うだろうが、我はそれを心から応援している。」
朱眼の話を、京は真剣に聞いている。眼を見つめ、まっすぐに。
「……だが、ついに我は窮地に陥った。“あの御方”に命を握られた。」
「“あの御方”……?」
「“あの御方”についてはここまでだ。下手に言及すると、呪いにより我は死ぬ。」
「……」
察しがついた。我らが怨敵、そこまでとは。
京の目元が険しくなる。
「そして、貴様が察した通り、我は病に侵されている。ヒトの魂を吸わずに、人工魔物の“闇球”だけを吸い、生きてきたツケが来たのだ。……そこでだ」
京の眼を真っ直ぐに見つめ、朱眼は続ける。
「京。我を殺してほしい、貴様の手で」
「……何を言っている。話のつながりが意味不明だが」
「繋がっている。我は“あの御方”の意志に反して此処にいいる身。直に制裁によって殺されるだろう。……そして、そうでなくても我はかの病で死ぬ」
上を向き、何かを考えるような素振りの後、
……悲しい眼をして、また口を開いた。
「───だから、せめて貴様に殺してもらいたい。そして、我の魂を吸え。魔族のように。我の魂はきっと貴様の糧となるだろう。“共喰い”なんて魔族間ではよくあるハナシさ」
「……………………………………兄者」
「今ここに貴様が来たのは僥倖だった。いや、運命に導かれたのだ。“魔門生まれの王女の吟遊”像が我らをひき合わせてくれたのだ。お前が今ここに来たのは運命だ。」
「最初から、そのつもりだったのか。私の実力、歩んできた人生、それを感じるため、病に侵された体を引き起こし……」
「カカカ、昔から不器用だからな、我は」
「……」
知っている。この兄は、昔から……。
「時間もない、貴様も直ぐに征かねばならぬだろう。早くするんだ。お前に斬られるのなら、本望だ」
あまりに突然の申し出。
ほんの少しの静寂ののち、京が口を開いた。
「……兄者よ。先程までの私との戦闘、何か違和感を感じなかったか」
「……なんの話だ」
「あっただろう。必ず」
話の梯子を外されて困惑している朱眼。そこに、京はずいと押し寄る。答えねばならんとばかりに。
「……ああ、ある。あった。我の鎌が、当たったはずの攻撃が、まるでそこにお前がいないかのように通り抜けた。幾度か。逆もまた然り。避けたはずのお前の剣戟が、私を切り裂いていた」
「兄者よ。私はこの魔界に入る前に奇妙な体験をしてな」
京が一歩踏み込み、剣を抜く。
「……ようやくその気になったか。京よ、嬉しいぞ」
「げに奇妙でな。"有"と"無"が同時にある存在に出会った。……私はそれに触れ瘧を起こしたが、同時に、ある能力を身につけた」
「何……?」
朱眼が、京のよくわからない問答に困惑しているうちに、京は迷いもなく剣を振り下ろした。
ザシュ、と血飛沫が舞う。
……しかし、狙われたはずの朱眼の首は繋がったままだ。
「"殺す"と"殺さない"私なら同時にできる。……アレには感謝せねば。私1人では、この境地には至らなかっただろう」
「……………な」
たしかに、京は朱眼を斬った。
刃は首の奥深くまで食い込み、朱眼は消滅した。
それなのに、朱眼はそこに居る。
「この力を私は、この世界を、人々を、……そして、兄者を救うために使わせて頂く。私の……私だけの技、<“狂空無為顕現”>だ」
何が起きたのかわからず、朱眼が目をぱちくりさせる。
「京…貴様は……」
「兄者よ、そなたは死んだ。だから、好きに生きるがよい。その余生を」
朱眼は、“生きていた可能性”として存在している。当然、“呪い”は対象が死んだら効能が消滅する。病までは、どうしようもないが。これによって、京は、”殺さずに殺した“のだ。
「……カカカ、良い……好い弟を持ったものだ」
「……兄者」
ずっと、険しい顔をしていた京が、わずかに微笑む。
一瞬遅れて、朱眼も微笑み返した。
『ハハ……ハハハ……楽しくおしゃべりしているところ、悪いがね』
2人が顔を見合わせる。意識外から、急に声が聞こえてきたのだ。そしておそらく、この声は、脳内に直接響いている。
「な、何だ、何者だ、此れは。頭の中に、直接流れ込んでくる……」
「あ…ああ…ま…まさか………!!」
『ふむ。そんなバグ技で呪いを解かれるとは、困ったねえ。その努力に免じて、見逃してあげてもいいのだけれど…、調整班としては、黙ってみているわけにもいかないかなぁ。』
「く、貴様は、一体……」
脳内に、割れ響くように、声が入ってくる。
悍ましい。蛇に睨まれた蛙のように、声を聴くだけで、そこから動くことができない。
『魔門 朱眼。残念だけれど、私の配下が言うには、君は許容範囲を超えてるみたいだ。ごめんねえ。私の勝手で君を許しちゃうと、配下たちがうるさいからねえ。』
「な…あ………く、くそ…、京、貴様だけでも逃げろ…!!どこか、遠くへ行くんだ…!」
朱眼の体が、震え出す。ひとりでに。苦しそうな声が上がる。
「な……何だ、何、が……」
『朱眼。君は墓穴を掘った。ならば、墓穴くらいは君の手で掘ってもらわないと困る。最期の命令だよ。朱眼。そこの男を巻き込め。拒否はできないよ』
朱眼の身体が、その意思に反して、京の方に走り出す。
操られている。首に魔法陣が浮かぶ。対象を爆散させる魔法だ。京と共に、朱眼を爆殺させる気だ。
「や……やめろ……!!」
『それでは、私はもう行くよ。私には、まだちょっとだけやらなければならないことがあってね』
「あ…兄者…!!」
「く……やつめ、此処を、我らの墓標にするつもりだ…!!……そうは、させるか!!」
朱眼が、“支配”を振りほどき、逆側に駆け出す。
「貴様の思い通りにはさせるか!!クソったれしぃけーちきが!!!お前の呪いでは死なん!!!意地でも!!!」
朱眼が、<“朱色ノ凶鎌”>を召喚する。
刹那、その凶刃で、自分自身の心臓を貫いた。
『ほぉう、すごい。自力で振りほどいたんだねえ。大した精神力だ。これなら、無理にでも生かしておいても良かったかもねえ。まあ、もう、どうでもいいけどね』
「あ……兄者…!!」
「京!さっき言ったこと、忘れていないだろうな!われの魂を食い、きっと、ヤツを倒すのだ、期待しているぞ、京よ!!カッーーカカカッ!!!!!!!!」
心臓を発火点とし、朱眼の身体が燃える。あっという間に、その魂を遺し、灰になってしまった。
…もはや、何の声も聞こえない。あまりに唐突な出来事に、冷静な京も、立ちつくしてしまう。
「……兄者…」
……あれは、やはり…、我らが怨敵、"しぃけーちき"だったのか。…許せぬ。私の…、兄者を。肉親を。
余生を静かに暮らすことをも、許さぬと言うのか。
無念だったろう、兄者。
その哀しみを、私が背負おう。
……兄者。兄者は、私の…人間として生きた私を、認めてくれた。
それどころか、兄者も、魔族でありながら……。なぜ我々は。
……魔族、とは。…人間、とは……………。
見つめなおす必要があるようだ。私自身を。
遺された朱眼の魂を注意深く回収し、京は“蒼巣”をあとにした。
……………………………………
「っ、あ……」
景色が元に戻る。どうやら、限界のようだ。
知らなかった。何も。こいかわは、ここで元気に生きているのだと、思っていた。
そして、…やはり、過去を見ていたのは、こちらではほんの一瞬に過ぎない。
こちらのこいかわを強引に突き飛ばし、アオに向かって叫ぶ。
「アオ!!!全てわかったぞ!!!こいかわを喪い、喪失感から、辛うじて遺された魂を元手に、アンドロイドを作ったんだな。そうして、お前は…」
「な…なんで、あなたが、そのことを……………っ、うるさいっ、邪悪で卑劣な魔物どもめ、私がこの手で滅ぼしてやる!!!」
ああ……………そうか。
モザちゃん達と共にここに来た時、感じた違和感。アオは…………、既に精神の平衡を喪失していたんだ。
僕たちが、魔物に見えてるんだ。馬鹿な魔物を誘い込み、罠にかけ、秘密裏に打ち倒すんだ。アオの、脳内では。
『はいはーい、どうしたんですか、こんな時間に、って、あ、アオ氏!?そ、それに、こ、これ……………っ!!!?』
こいかわちゃん……………
『…説明は後よ。とにかくいう通りにしてちょうだい』
邪悪で卑劣な魔物は一匹残らず打ち倒して、
『わ、わ、わか…った、な、何が望みなんだい…?』
——すぐに、貴方の元へ行くからね。
『と、とりあえずっ、君の言うとおりにやってみたよ、こっ、これでいいかい……?』
……………。
『私は説明します。私は“棲魔法王国”元首サトクンによって造られた人造人間です。』
……………だから、もう少し待っててちょうだいね。
『ああ…………こいかわちゃん。私の、こいかわちゃん………。会いたかった……………!!』
…もうすぐ…もうすぐだから…
「アオ!!!正気に戻れ!!お前が何をしているのか、分かっているのか!?」
「うるさい……………うるさいっ、卑劣な魔物が…!!邪悪な魔族が…!!」
く…だめだ…何か、何かアオに届きそうな言葉は…そうだ!!!
「アオ!!…今からでも、こいかわを助けられるかもしれない!!」
「…なに、なによ!!…こいかわちゃんなら、そこにいるじゃない。何を言っているの!!」
その言葉に反し、ピタ、とアオの身体が止まる。届いているんだ。きっと。
今も、瞼の裏には、在りし日のこいかわが居るんだ。
「とっとなかわさん…こいかわさんを助けられるって、いったいどういう…」
「モザちゃん。<“甦・生”>だ。君を復活させた、あの呪文だ」
「えっ…ええっ!?甦・生…ですか?!」
「話している暇はない。やるぞ、モザちゃん。きっと届くはずだ」
再び、煌々と輝く手をこいかわに伸ばす。魂に残留する記憶に触れないように、慎重に、魂の奥底を…。
「何を…している…!!!」
—触れるな。
「アオ!!!魂に残留しているわずかな光の力から、こいかわを引き戻せるかもしれない!もはや闘っている場合じゃない!!」
「うるさい、うるサイッ……………!!」
——私のこいかわちゃんに、触れるな——!!
「アオ…!!!」
「……アオさん!!!!!お願いしますっ、何があったのかわからないですけど、正気に…戻って…!!
「う…うう……………!!!」
だが、アオの禍々しく変色した腕が、となかわの方に勢い良く伸びる。
「…アオ…!!」
まずい…早まったか!こいかわに力を注ぎこんでいるから、手が離せない…!!……っ、このままでは、まともに食らってしまう…!!
となかわと共に力を注ぎこんでいるモザちゃんも同様だ。迫りくるアオ。覚悟して、ギュッと目をつむる。
……………しかし、二人に来るはずだったその腕は。
「……アオ…!!!」
「アオさん…!!」
となかわとモザちゃんを横切り、こいかわの魂を掴んでいた。
「……く…う…今回だけ、今だけ、となかわ、あなたを信じてあげる…!うまくいかなかったら、承知しないわよ…!!」
「……ありがとう、アオ…!これで、もしかしたら…!」
高まる期待。ふと、ちらりと横目でアオの方を見る。
腕。頭部。脚。もう、体のほとんどが魔族に侵されている。立って、自我を保って、話しているのがありえないくらいだ。本当に、並外れた精神力をもって、ここに立っているんだ。
その精神力、そして、僕たちを信じてくれたアオに、僕たちも応えないと———!!
「ア…私は…ワタ…シ、ハ…………」
小さな、小さな、消え入るような声で、こいかわが、体を震わせながらつぶやく。
「こいかわ…ちゃん…私よ…アオよ……………!!」
—駄目だ。
「こいかわ…さん……………!!!」
…足りない。
「……」
…………<“甦・生”>が、ほとんど成功した事例のない理由。必要とされる光の力が大きすぎるんだ。肉体が滅びてかなりの時間が経っているこいかわなら、なおさらだ。
残っているこいかわの光の力はもはや風前の灯。<"甦・生">には、される側の光の力も重要になってくるのだが…こればかりは、こちらからの光の力でどうにかするしかない。
僕とモザちゃん、そしてアオの光の力を合わせても、足りないのか。…そんな。…どれだけ…。
あとほんのちょっと…どころじゃない。僕くらいの光の力を持つ者がもう一人必要だ…、そんなの、と、とても、無理だ…!!
「く…となかわ…ほ、本当に…戻るんでしょうね…!」
「……くっ…!!」
「も…もう…限界よ、私…自我を、保つのも…!」
信じてくれている。アオは、この場の誰よりもこいかわを信じている。ブチブチと音を立て、アオの左腕がちぎれ落ちていく。
そうだ。魔物に侵されながら、光の力を魂からひねり出すなんて、ほとんど自殺行為だ。魂の中で、その侵蝕に耐えてくれている光の力を引き出しては、体は壊れていくばかりだというのに…
「う…」
…このままだと、死んでしまうぞ、アオ…。こいかわに会う前に。
「…アオ!!もうやめてくれ!!死んでしまうぞ!!さっきはああ言ったけど…!また、大勢呼んで、もう一度やれば、あるいは…!!僕のミスだ、アオ、今回はこのまま退いて、態勢を立て直そう!!」
「となかわ…。いいえ、あなたは何も間違っていないわ。私は、もう助からない。どうせ、今日が最後だったの、この日を、この機を逃すと、何もできなかったわ。私は、このまま朽ち果てる。…最後に、もう一度あの日のこいかわちゃんに会えるかも、という希望を見れた。それだけで、私はもう十分よ」
この声色。間違いなく、あの頃のアオだ。正気を取り戻してくれたんだ。やはり。アオが精神を壊したのは、こいかわを喪った絶望ゆえ。こいかわを復活させられるかもという希望が見えるなら、精神は戻ってくる!!………でも……。
…ああ、アオ…、そんな、覚悟を決めたような声色で、そんなことを言わないでくれ。もう少しここに来ていれば、よく調べておけば。無事に、楽に助けられたのかもしれないのに。
いや、過ぎたことを嘆いても仕方ない。この状況を、どうする。どうすればいい。
時が過ぎれば過ぎるだけ、アオの身体は崩れていく。焦燥感が積もる。
「となかわっ…さん…光の力は…あとっ、どれだけ……………」
「わからないっ……………、だけど、まだ、相当……………」
「そ、そんな……………」
「……!!アオ!!」
アオの、声が聞こえなくなっている。もう、喋ることすら…。それでも、光の力をひり出している。止めろと言っても、もはや止めないだろう。アオ…。
「……えっ!?…とっとなかわさん、あれ…!!」
ちらりと横目でモザちゃんの方向を見る。額に汗を垂らしながら、頭上を見るように促している。
……………!!!あ、あれは……………!!
僕たちの、こいかわの頭上に、大きな光球ができている。ゆっくりと、降りてきた。
……………ああ。これは。この荒ぶる巨大な光の力は……………!!!
『く、くはははははは、となかわよ。力及ばぬ貴様のために、俺が一度だけ力を貸してやろう。』
「……ごちかわ!!!!!!!」
「ごちかわさん…!!!!!!!」
『ぬ…ごちかわ、この代償は高くつくぞよ』
『どうした、一號。どうせアイツが助かっても、お前にはそれほど関係はないだろう。それに、どちらにせよ、貴様はもう終わりだがな』
『な………!?』
……………ありがとう、ごちかわ。
モザちゃん、………アオ。
行くぞ。光の力は十分だ。僕たちなら、やれる。きっと、やれる。
「モザちゃん、頼む。君がやってくれ。この呪文は、君が行使すべきだ。」
「……はい…っ!」
こいかわさん。戻ってきて。こいかわさん。
あなたの大好きなアオさんは、あなたを失って、こんなになっちゃったんだよ。
お願い、届いて、この想い。この力。
私も、ここから始まったんだ。こいかわさんも、きっと…。
漲る、大量の光の力。
それをモザちゃんが一点に集め、こいかわの魂に注ぎ込む。
となかわさん。ごちかわさん。…アオさん。
みんなで、叫ぼう—————————。
「「「『<“甦・生”>!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』」」」
……………………………………
「そうか、共喰いか。」
「・・そうだ」
ゴォ、と音を立て、華阿々の闘気が増した。
「すべて計算ずくだったってか。全く、魔族ってのは本当に自己中なもんだ」
魔族は、例外はあれど、生物の魂を吸い、生きていく。強くなる。
華阿々は、玲音に撃ち抜かれた輩の魔族を共喰いし、復活したのだ。
「ハハハハァ…随分と図に乗ってくれたじゃないか、雨宮玲音よ、今の俺の実力は聖十二騎士にも届くぞ」
紅に煌めく眼。沸々と、湧き上がる闘気。華阿々は、もはや別の魔族になっていた。
特徴的な髪が、さらに逆立っている。その闘気に気圧され、倒れ伏したままの燕とチェンの身体が震える。
「な、なによ、あれっ…あれほどの魔族…見たことないわ…」
「ま…まずいアルネ、これハ…」
ビリビリと音を立てて震える空気の渦中、唯一人、前を見据えるのは、その男。
「フン、汚ねえ共喰いで強くなったからってはしゃぎすぎだ。雑魚が雑魚を取り込んだところで、雑魚には違ェねえだろうが」
「フ、ハハハハァ…どうかな、試してみるがいい」
二人が対峙する。その圧迫感で、体が御魂の魂から震え上がる。
龍の嘶きにあてられ震え上がる童子のように。気を抜けば体がバラバラになるような、恐怖以外の何物でもない感覚。…静寂。
…この重圧…動けないっ……!あの二人、対峙したまま、固まってる。どちらも動こうとしない…。
達人と、魔族を超えた魔族。雨宮さんほどの実力なら、その間合いはもはや結界。あの魔族も、一瞬でここら一体を焦土にしかねない危険を孕んでいる。双方、動けずにいるんだ…。
「…なァ。魔族よ、その様子だと、仲間を喰ったのは、初めてじゃないだろう。そうやって、強くなって、何がしたい。お前には、何か、使命などはないのか」
先に沈黙を破ったのは、玲音だった。
「ハァ?貴様に話す義理はねえな、…使命…だと…?…う!?」
ズキン、と頭痛がした。華阿々が少し顔をしかめる。
「貴様…、何をした」
「俺は何もしていないぜ、今のお前なら分かるだろう」
「……なに…」
使命…使命……………?俺には…
『頼むぞ、華阿々。これを、守ってくれ。侵入者から。我は直に死ぬ。お前しか頼れるものが居ないのだ』
……………な…なんだ………これは…??
「フン、やはりか。洗脳だ。洗脳されてここにいるようだな。ようやく効いてきたか」
雨宮玲音はここに来るとき、既に華阿々が何者かに洗脳されていることを見抜いていた。
だから、こっそりと、華阿々に対し、呪いなどによって侵された対象の記憶を呼び覚ます<“干天霰”>を撒いていたのだ。
『どうして私がそんなことを…、と言いたいところですが、あなたの頼みなら話は別です。守りましょう。この場所を。命に賭けても』
「う…これは…何…だ…」
「お前には本来のつとめがあるだろう、思い出せ」
「う…頭が…うああ…」
瞬間、華阿々の頭頂が、少し光った。その隙を、玲音は見逃さない。
「そこだ」
正確無比な銃撃。華阿々の頭の光の一点を、靈銃“霙”で貫いた。
「!?ぐ…ぐあああああああああああああああああ…!!!」
華阿々が悲痛な悲鳴を上げ、のたうち回る。少し経って、華阿々は、その場に倒れこんだ。
「え…お、終わった…の…?」
「な、何をしたアル…!?」
「終わってねえ、むしろこれからだ。ひとまず、ひとつの問題は解決したがな。準備を整えて、こいつを連れて、俺も魔界に行く。」
「わ…分かりましたっ、…雨宮さん、ありがとうございました!…なんだか、呆気ないですね」
「呆気ないものか。それに、これからだと言ったはずだ」
「……」
「ほらっ、チェンも」
「……ありがとうアル…」
「礼には及ばんさ。むしろ、二人でよくあそこまでやった。ごちかわ達に会ったら、お前たちの勇気を伝えてやるさ。信じて待て」
「……………はいっ!!!」
…………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………
…………………………。
……………あれ……………。
………私、…ここは、どこ…?
複数人の声が聞こえる。大合唱の練習でもしているような大きな声。
すぅ、とその眼を開ける。すると、そこには————。
「ごちかわ…となかわ……………アオ…さん…?」
……………!!あ……!!
わ…私は…………こいかわ…“流星を纏う聖騎士”こいかわ…!!
「……こいかわ!!!」
「………!!」
「…………こ…いか…わ…ちゃ…………ん…??」
「な、何っこれっ、一体、どうなって……………」
「せ、成功したのか!!良かった……………!!こいかわ、説明は後だ、とにかく………」
額に汗を垂らし、地面に手をついたまま、となかわが、首でアオの方を指す。光の力を限界まで使ったようだ。
「えっ、アオ………さん、だよね!?見間違いじゃなかった……!一体、これ、どうなって………」
「あ…ぁ……こいかわ…ちゃん……良かっ……た……………」
「で、でもっ、な、何っ、これっ……………」
そうだ。思い出した……。あの時、アオさんが、私をかばって魔物に…
「ア…アオ…!!」
ボロボロの身体。まさに、凄惨…。もはや、生きているのが不思議だ。
「会いた…かった…わ……こい…かわ…ちゃん…」
「ア、アオ…さん…そ、そんな…」
「アオ、無理にしゃべるんじゃ…」
「ふ、ふ、ふふ…いいのよ、となかわ………私は…もう、死ぬわ。最期に…ちょっとだ…け、こいかわ…ちゃんと、お話が…したいの」
掠れるような、擦れるような声。もはや、限界のようだ。
「い、嫌、アオさん、なんでっ、こんなことにっ………、とっとなかわ!私を復活させたように、アオさんにも………!!」
「……ごめん。こいかわ…。とても、無理だ…。君を甦生できたのは、君の魂があの時からほとんど変わらず傷一つない状態だったからだ。アオの魂は、もう隅から隅まで魔物に侵されている。転生すら厳しいよ。…それに、みんな、光の力が残っていないんだ…。」
「そ、そんな、嫌だ、嫌だよっ、アオさん、ずっと私に会うために、これまでやってきたのに、こんなのって、ないよっ…」
「いい…のよ…こいかわ…ちゃん。私は…この魔物と共に、心中するわ。…最後に…あえて、嬉しかった…わ。ありがとう。こいかわ…ちゃん…」
……アオ、そんなことを言わないでくれ。僕たちが言えたことじゃないけれど…。君を残してこいかわが逝った時のことを、覚えているはずだろう。…それでも…。
「ううぅっ、アオさん……………」
「こいかわ…ちゃん…。魔族と…人間が…分かり合える世界…、きっと…叶うわ。あなたなら…叶えられる、わ。どうか、希望を捨てないで……………。」
「う、でっでもっ、あんなことがあったんだもん…とても、信じられないよ。…本当に、ごめんね、アオさん。私の、甘い考えで、アオさんが……」
涙を流しながら、弱音をこぼすこいかわ。すると、アオは突として眉を顰め、ドヒュ、と一気に息を吸い込む。そして。
「私は魔物よ!!!!!!!!!」
周囲が、ビクンと体を震わせる。今際の際のアオから飛び出た、叫喚。
「私は…もう、脳も…魂も…侵蝕されている…わ……もう、正真正銘の、魔族、よ。でも……それでも…私は…あなたを襲わないわ。わずかに…かすかに…残った力を…、こいかわちゃんとの、最後の…団らんに…使い…切る…から…」
「ア、アオさんっっ……………」
「こいかわ…ちゃん、最後に、抱きしめ…させて…ちょうだい…」
「……っっ!」
訊くや否や、一目散に駆け寄り、激しく抱擁した。
ぎゅ、と音を立て、二人は最後のひと時を共にする。
…あたたかい…。
これが、魔物の…?
…違うよ。紛れもない、アオさんの温かさだ。
アオさんは、アオさんのままなんだ。
…アオさん。アオさん……………。
「……見守ろう。二人の、最後のひとときだ」
「……………はい」
…………………………………………………………………
長い、永い間、二人はずっと、抱き合っていた。
しばらくのち、顔を伏せていたこいかわが、ふと、顔を上げた。
ずっと、泣いていたんだろう。瞼が真っ赤で、目元が、大きく腫れている。
ゆっくりと、二人の元へ歩み寄る。アオを抱きかかえたまま。
「…アオ。……………なんて、幸せそうな顔なんだ」
「アオ…さん」
「……………となかわ、それと、…えーーっと」
「あ、モザちゃん…です」
「となかわ、モザちゃん、…ありがとう、ね」
「……」
どういたしまして、とは言えない結果だ。何も、言えない。
後悔が、今になって…もう少し早く、来ていれば。あの事件のことを、もっとよく調べておけば。なんとかなったのかもしれない。
陰鬱な、哀しい気持ちのまま、三人は前を見据える。
となかわに促され、こいかわは、アオに
<“星廻愛棺”>をかけた。
魔法の行使と共に、アオの身体が、キラキラと、温かい光に包まれてゆく。
…かつてのアオとの想い出が、次々と浮かんでくる。
愛と哀の織りなす煌めきの中で、こいかわは、何を想うのだろうか。
煌めく光のかけら。ふわり、ふわりと、風に舞う花びらのように宙を揺蕩い、消えていく。
こいかわの眼に、再び露が浮かぶ。瞳が光を反射し、きらきらと光る。
もう、振り返らない。
俯いた顔を上げよう。前を向くんだ。何があっても。きっと、光はそこにあるから。
3人は、無言のまま、光の差す方へ、歩きだした。
わずかにやるせない感情を残したまま、ここで第二章は終わりです。
三章に入る前に、色々と話の整理をしたり、番外編などを入れるつもりですので、三章はかなり後になると思われます。
三章は「神々と追憶編」を予定しています。




