第十一話 “こいかわ”
「アオさん、私…………」
「どうしたの、こいかわちゃん。そんなに改まって」
これも、こいかわの記憶か。おそらく、僕は残されたこの膨大な記憶を、一瞬のうちに追憶している。
原理は不明だが、たぶん、これからアオの暴挙の目的、こいかわがどうしてああなっているのか、その真実を知ることができるはずだ。
「私っ、やっぱり魔物だからって寄ってたかって戦って、やっつけるのはイヤ。少しづつ、人と魔物達が共存できる世界を作っていきたい」
「……そうかい。あなたがそう言うなら、私は何も言わないわ。だけれど、気を付けるのよ。魔物は、特に魔族は卑劣な悪者揃い。…もしあなたを失ったらと思うと、私は生きた心地がしないの。…いい?それにね、こいかわ。もしあなたが居なくなったら、誰もあなたの望む世界を作れなくなるわよ。だから、無理をするのはやめてね」
「……っ、わ、わかってるよっ!」
いつになく、真剣な眼差しのアオに少し面食らったのか。いつも大きな声でいってきます、というこいかわの声は、少し小さいように思えた。
ザザッ、とこいかわの魂を通じて視ている視界がぼやける。
今の自分では、任意の記憶を見ることはできない。
さっきのはいつの記憶なのか。そして、今から見る記憶は。
断片的な記憶のかけらを見ることが、今の僕の限界だ。
「おお、こいかわちゃんじゃねえか、今日はよろしくな」
「ごちかわ!ひっさしぶりだね!そっか、今日は同じ任務だったね」
これは、ごちかわとこいかわが共同戦線を張った時の記憶か。こんな時もあったのか。おそらく、僕はこの任務に参加していないだろう。
「ふはは、忘れてたのか、ちなみに俺もだ」
「えー、ちなみに、今回の任務は何をするんだっけ?」
「何だろうな?何も聞いてねえ。寝てた」
「えー…しっかりしてよ…私も話聞いてなかったけど…………」
こ…このポンコツどもは……任務を一体何だと思ってるんだ…
聖十二騎士が二人も投入されるなんて、相当重要な任務だってのに…
「えー、それでは、任務の説明に入る。まず——」
「あっそうだ見てよごちかわー、私今日弁当作ってきたの」
「おお!綺麗なタコさんウインナーだ!」
「まだ弁当箱すら見せてないよ。お昼に食べようと思ってたんだけど、移動したらもう昼になっちゃったね。どこで食べよっか」
「——で、ここでごちかわ氏、こいかわ氏両名は——」
「今食え、どうせばれねえ」
「だよね、食べちゃおうか、ところでなんでタコさんウインナー入ってること分かったの?」
「くはは、“気”だ。弁当箱の中に残留している光の気を感じ取ったのさ。これはまごうことなくタコさんウインナーだと、な」
「ヘンなところにそんな力使わないでよ…」
「タコさんウインナー作るのに最上位魔法を使ってるお前が言うな、どこで使ったんだ<“暴鐵一閃”>なんか」
………だめだ、こいつら、だめだ。“ツッコミ不在の恐怖”ってやつを、今思い知ったよ。なんなんだ、ドシリアスな雰囲気が台無しだ。
…これ以上、この記憶を探るのはやめておこう。もっと違う記憶…この…この辺を…
「きんしゅきちゃん!いったん引いて、私たちが相手するよっ」
「ふぇぇ…わ、わかりまひたぁ…」
…これは。僕も覚えている。“混沌帝龍”との戦いだ。“暴龍”に分類される魔物の中でも規格外に強く、上位騎士が次々と犠牲になった。
加えて、混沌帝龍に共鳴するようにいくつかの“暴龍”が各地に現れ、いくつかの都市が焦土と化した。思い出したくもない、凄惨な事件だ。
僕は各地の暴龍を処理していたから、この戦いは話でしか知らない。
…今気づいたけど、この記憶には…特に込められた記憶の光が強い。間違いなく、あの謎を知るために必要な記憶なんだろう。
混沌帝龍の口が禍々しく光っている。“息吹”だ。
「い、一旦退けーっ!!!息吹が来るぞ!!」
「ま、まずい、止めなきゃっ、だめ、私じゃ間に合わない!!」
「——っ!!」
周囲に悲鳴が上がる。
あのこいかわが、焦ってる…それほどの相手なのか。
「危ねェ!何とか間に合ったか!」
総員がその場の壊滅を覚悟したその瞬間、突如、息吹が霧散し、辺りがなごやかな風に包まれた。
<禁技“晴天の夕凪”>か。あの男の技だ。
「ありがとれいっち、間一髪だったね!」
「あ、ああ…反動でしばらく動けねぇ、後は頼んだぜ。…れいっちはやめろ」
れいっち…あの日らアム王女様と会った時、付けられたあだ名か。まさかここまで浸透しているとは…。やはりお素晴らしい、その影響力の大きさ、アム王女様…!!…違う違う、記憶を探るのに集中しないと…あ、あれ?
「……倒したか、手ごわい相手だったな」
しっ、しまった、アム王女様のことを考えていたら、闘いが終わってしまっていた…!混沌帝龍が倒れ伏している。こいかわがとどめをさしたのか…?げに恐ろしきやその魅力、アム(ry
「ふふん、混沌帝龍といえども、私たちにかかれば大したことないわね!」
「だいぶピンチだったくせに、よく言うぜ」
「……怖かったですぅ」
「な、なにをう!」
「それじゃあな、俺ァお尋ね者の身だ、さっさと去るぜ」
「うん、じゃあね!れいっち」
「れいっちはやめろ…」
…まあ、何はともあれ、無事に倒せてよかった。犠牲者もかなり少ない。本当によくやってくれたよ、こいかわ達は。
「ふう、あとは迎えを待つだけかな、…ん?あれって…………アオさん!?」
「こいかわちゃん!!」
「アオさん、なんでこんなところに………」
「大変なことになっているって聞いて、貴方のことが心配で気が気でなかったのよ。すっ飛んで来たわ。」
「そうだったんだ。でももう終わっちゃったよ?間に合わなかったね」
「ううん、実はもう一つ用があるの。この暴動を起こした元凶…………つまり、龍たちの操り手が居るわ。そいつを、何とかしても見つけなければならないの。そして、私の見立てによると、そいつは…」
「あ、それなら、もう捕まえてるよ。こっちこっち」
「そうなの!?……相変わらず、仕事の早い子ね」
こいかわがアオの手を引っ張り、駆け足で混沌帝龍の亡骸から少し離れた瓦礫の場所に案内した。
そこに居るのは——。やはり…。やはり、貴様か。ルミ…………。
「…………、ルミ………。あなたが、あの暴龍たちを操っていたのね」
「…………」
ルミは、何も応えない、ただ冷ややかな目で、二人を見つめている。
ルミは……元聖十二騎士である。少し前に、こいかわと入れ替わるように聖十二騎士を退いたはずだが…………
「でも、何も話さないんだよ。どうしたんだろうね?」
「………とどめをさすわよ、こいかわちゃん」
「……アオさん、気持ちは分かるけど…許されたことじゃないけど、でも、命まで奪うのは…」
「いいえ、ダメよ、こいかわちゃん。“聖別戦”にあなたが勝ち、ルミとあなたが“聖十二騎士”の座を入れ替わった時から、幾度となく私たちに嫌がらせを繰り返してきて…。覚えているでしょう?私は、もう、うんざりなの。加えて、今回のこの暴挙。聖十二騎士時代の貢献を差し引いても、到底許される話じゃないわ。…それに」
「なによう、さっきから好き放題言ってくれちゃって」
ようやく、ルミが口を開いたな。
「あ、ようやく口をきいてくれたね、ルミさん、…でも、なんだか、前会った時と声が違わない?」
「……ルミ…あなた、まさか…」
声の違和感に加え、二人が気づいたのは、その眼とルミの背中から溢れ出る、蒼いオーラ。
「あらぁ?ようやく気付いたの?相変わらず、鈍いこと」
「そんな…ルミさん!!」
その闘気は、紛れもなく、魔物のものだ。ルミ、そうだったのか、あの日行方をくらましてから、僕たちは所在を知らされていなかったが、そんなことが…。
…そうすると、ルミは秘密裏に倒されたってことなのか…?
しかも、このオーラは…
「そして、相変わらず詰めが甘い」
ルミは魔物の力を使い、こいかわの<“恋の荒縄”>を強引に振りほどくと、懐から、立体パズルのような見た目の、龍の模様が彫られた立方体の物体を取り出した。
「……それは!!ルミ、あなたは…どこまで…!!」
“古代兵器”Kapppy…!!どうして、ルミが…………!?
「ルミさん…!それで、あれだけの量の暴龍を呼び出していたんだね…ダメだよ、そんなの使っちゃ…………!!」
「黙って…っ!!」
ルミがそのまま、暴龍を召喚する。
「はは、油断したね!いくら貴様らでも、この至近距離で召喚されては…手も足も…出ま………」
召喚した暴龍が、瞬時に倒れ落ちた。こいかわが、ルミが召喚した刹那、<“恋星衝波”>で気絶させたのである。
「な…」
「こいかわちゃんを舐めないことね、ルミ。もう召喚するほどの力は残ってないでしょ、おとなしくしなさい」
古代兵器Kapppyは、龍を召喚する際に“魂の力”を必要とする。長い時間をかけ、魂の力を沢山溜めれば強力な龍を沢山召喚できるのだが、先程大量の暴龍を召喚したルミは、縛られている間に溜めていた力でも、せいぜい一体の召喚が限度だったのだ。
「くそ…くそっ!!!こんなはずじゃなかったのに…!!どうして…………!!」
勢いよく拳を地に叩きつけるルミに、ゆっくりと近づくアオを制止し、こいかわがルミに向き直った。
「ルミさん…もうやめよう?今からでも、きっとやり直せるよっ。それにね、私、魔物達と人間達が共存できるような世界を目指してるんだ。だからね、私はあなたを殺す気はないよ」
「……こいかわちゃん、どこまでも甘い子ね…。」
「え、へへ…アオさん、ダメかな」
「……………でも、そんな世界も、悪くないのかもしれない。いいわ。命だけは見逃してあげる。ルミ。こいかわちゃんたってのお願いだからね。城の中で厳重に監視することが条件、ていうことで、今回は大目に見てあげるわ。今日が、こいかわちゃんの願う世界の第一歩、ね。」
「…お前らの…………」
「……ルミさん?」
「あの時と同じ……お前らの…………その、私を哀れむような眼が…癪に障るのよ…………!!!!!!!」
そう言うとルミは、自らの“魂”に、七芒星型の魔方陣を描いた。
瞬間、ルミの魂、そして古代兵器Kapppyが黒く光り出す…………。
…!!ダメだ!!こいかわ!アオ!今すぐ逃げるんだ………!!く、これは過去の記憶だから、僕は干渉できない…………!!
<“残光終撃”>
「え…」
「…………アオさん!!!」
残光終撃…。自分の命、それどころか魂までも、すべてを犠牲にして撃つ、最悪にして最恐の魔法だ。もちろん、行使は禁止されているが…、ルミ、そこまでして…!!
…それに、Kapppyの権能が、その力を最大限にまで引き上げている。古代兵器は、使う者の魂の力に比例してその力を発揮するからだ。こいかわとアオでも、これは…!!
こいかわがアオに覆いかぶさるように飛び込んだ後、とてつもない爆音と、黒い爆雲が上がった。
「あ…れ、何とも…ない…??……………!!!!こっ、こいかわ…ちゃん!!!」
「あ、はは…アオ…さん、ごめんね、こんなこと…に…巻き込んじゃって…」
「こ…こいかわちゃん…!あ、貴方…!!」
こいかわが、体を張ってアオの盾になったのか…!!なんという…!!
「アオ…さんが…無事で…よかった…」
「駄目!!ま、まだ助かるはずよ!!救護班に要請して…いや、その前に応急措置を…!!」
アオがいくつも回復の魔方陣を展開する。だが、そのどれにも効果はみられない…。
「だめ…だよ、アオさん…。もう…体がぼろぼろ…なんだよ。もう…助から…ないよ。…それに…」
「嫌、嫌よこいかわちゃん…!!」
「……………」
「な、何か…こいかわちゃんを救う手は…!!」
アオが眼を凝らし、ボロボロになったこいかわちゃんの身体を隅々まで視る。
すると、こいかわの魂の周辺に、蠢く謎の物体が見えた。
「……!!ルミを侵食していた魔物…!!あの瞬間、宿主をこいかわちゃんに変えたのね…!!どこまでも…………!!」
ルミは、魔物になったのではなく、魔物に侵蝕されていたのか。そうじゃなきゃ、ああはならない……。そうか、モツモツか。憑いた者の悪意を増幅させる…………。ルミの嫉妬心と悪意を極限まで増幅させてしまったのか。
「こ、こんなもの………!待ってて、こいかわちゃん!こいつを取り除けば、あるいは…!!」
「だめ…アオさん…」
「くぅぅっ!!!」
アオがモツモツを強引に引きはがす。
モツモツの侵蝕が、こいかわからアオに移った。
ああ…アオさん…せめて、この魔物と共に、逝こうと思ったのになあ……。もう、声も出ないや。これじゃあ、アオさんが侵蝕されちゃうよ…私…………本当に…
「う…うぁぁ…………こん、こんなものぉぉ…っっ!!!!」
アオがモツモツの侵蝕に耐えている。凄まじい精神力だ。苦しい声を上げながら、こいかわに向き直る。
アオさん……………………………………
……………………………………ごめん…ね…。
「こっ、こいかわちゃんっ!!魔物は引きはがしたわよ!早く、眼を覚まっ…」
…そんな。
「こいかわ…………ちゃん…………?」
そんな、馬鹿な…………
こいかわは、この時、ここで…………
………………………………………………
………………………………………………
次話、第二章の最終話となります。




