第九話 “魔”
「さて、と…」
燕とチェンの無事を確認すると、トサカの魔族に向き直った。
「面倒くせェが、ここを護ってくれと頼まれたからには、見過ごせねえな。悪いが、打ち倒させてもらうぜ」
「雨宮玲音…生きていたのか」
「ほぉ、お前らの元にも、俺の名は知られているのか」
「古の魔族で、お前の名を知らない奴は居ねぇさ。“龍巻を纏う聖騎士”雨宮玲音。近年、めっきり姿を見せなかったが、生きていたのか」
「その名はとうの昔に捨てたのだがな。今の俺はただのさすらいの旅人さ。」
「な…アンタ、何しに来たアル!!」
会話に割り込むように、倒れたまま、力を振り絞り大きな声を上げる。
「おぉ、怖ぇ怖ぇ。仕方ないな、てめえらからしたら俺は襲撃魔だからな。安心しな、今日は敵じゃねえ。助けてやるから、感謝するんだな。」
「あ…雨宮…さん、ありがとう…ございます。ただ、どうしてあなたがここに…」
「となかわから、急にここを護ってくれと頼まれたのさ。ギリギリになったのはとなかわの野郎が全部、全面的に悪い。やつめ、ちょうど俺が帰ったばかりのところで連絡をかけてきやがった。たく、二度手間だっての、まぁ、間に合ってよかったぜ」
「おいおい、盛り上がってるところ悪いがァ、貴様、いくら元聖十二騎士といえ、この状況をどうにかできると思っているのか?」
玲音に向かい、奴が歩を進める。ギラリと目を光らせ、今にも噛みつきそうな勢いだ。いいところを邪魔された怒りがあるのだろう。
「俺のことを知ってるのだろう、ならば話は早い。てめェら魔族は一匹残らず屠り去る。龍巻の後には何も残らねェ。お前らはこの世に指の一本も残さねえよ」
「ククク…かつて“原初の虹色”を彩った貴様を知らない方が珍しいぜ。だが、だがだ。聞けばお前、ここで、モザちゃんといったか、小娘に敗れたというではないか。貴様がここに居るはずがないと、嘘の噂話だと思っていたが、生きているなら話は別だァ。衰えたのだろう。もはや昔のような力は残っていないのだろう。そんなお前が、オレたちを止められると思うか」
この魔族、見かけによらず情報通である。“強者”についてはかなり調べてあるようだ。
「はは………敗けた、か。たしかに俺は破れた。うれしいことにな」
「なに…?」
瞬間、地面が抉れる。その魔族はすんでのところで躱し、体を震わせる。
「な…これは…」
「その目で確かめてみるんだな」
<“緋天”龍巻の舞>
「!!」
玲音がその体を激しく回転させる。周囲に激しく砂塵が舞う。魔族は一瞬身構えると、
「な…龍巻を身に纏い、身体能力を上げたのか…チッ!!!」
攻撃をする振りをして、自らの身体能力を上げていたのだ。魔族はそれに気づくと、玲音に突撃する。
<“疾風剛”>
とにかく疾さのみを追求したその技は、瞬く間に間合いを詰める。状況判断・技の選択共に完璧に近かったのだが…
「……!!!」
突如目の前に飛んできた蒼い銃弾に、その身を弾かれる。身に纏った疾風と、とっさに張ったバリアを貫通し、魔族の左肩に大きな穴をあけた。
「ぐぅ…ッ!!!貴様…剣士じゃあ…なかったのか!!」
「“ドヴェルガルマの純金”製の弾核だ、くく……これをぶち込まれて生きているとは、貴様、口だけではないらしい」
霊銃“霙”。銃身のあまりにも長いその霊銃は、その長さゆえ、魔族達は剣と錯覚していたのだ。玲音は構え、次々と撃ち込む。
「ハハハ、いいぞ、やれやれェ、なんだ、あの人間は、やるじゃないか、華阿々を追い詰めるとはな、その調子だ、やっちまえェ」
どうやらその魔族は華阿々という名前らしい。劣勢を見るに、これまで不気味に後ろからニヤニヤと静観を決め込んでいた他の魔族達が、あろうことか玲音を応援しだしたのだ。
「……あいつら…!!」
「うるせェよ、こいつを倒したら次は貴様らだぜ、分かってるのか?」
トレンチコートを翻したまま、ちら、と後ろに構えている魔族を睨む。
「な…なんだと!?」
「ハハハ、俺達をだと??ハハ」
「命知らずが…」
「何を言ってやがる、貴様、状況が分かっているのか?」
「ちくわ大明神」
「おいおい、俺たち全員に勝てるって言うのか?馬鹿め、そいつの死を見届けたらおとなしく帰っても良かったのになぁ、惜しいことをしたな。」
「お前たちを逃がすのが一番困るからな。各地で暴れられても酷だ。どうせお前たち程度なら、一匹や二匹増えてもほとんど変わらねえよ」
「つ、燕、今何か変なのが居た気がするアル…」
「チェン、気にしちゃダメよ…」
「ククク、言ったな?俺達を怒らせて、ただで済むと思うなよ」
後ろの魔族達が目を光らせる。玲音への怒りから、成すべきことが一致したのだ。
<“王牙”>
<“魔逸閃”>
<“剛撃”>
魔族達が次々に玲音に襲い掛かる。しかし、誰もその姿を捉えられない。
「風は誰にも視えず、水は誰にも捉えられぬ」
まさに、一方的。次々と魔族が撃ち抜かれてゆく。
凄まじい威力である。本来、"金"製の物質は魔族に特効。
トヴェルガルマで造られた純金製ならば、並の魔物ならば呻き声ひとつあげられずに即死してしまうことなど、当然の帰結だったのだ。
「……まさか、ここまでとはな。だが…」
華阿々の眼が、紅く光っている。左肩の傷が、きれいさっぱりなくなっていた。
落ち着き払った表情。妙な姿だ。
あんなにも追い詰められていたはず。
仲間?もほぼ全滅の状況。
何が企んでいるのか。その紅い眼からは、これまでとは違い、何の感情も読み取れない。
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暫くの静寂。
銅像のように固まっていた紫色の鎧が、徐に動く。
顔を上げ、少し溜めて、口を開いた。
「……断る」
「……そうか。なら、闘わなければいけないな」
朱眼は、少し哀しそうな顔をした後、静かに構えた。
京も、朱眼の思いを感じ取ったのだろう。ほとんど同時に、その剣を構える。
なんという、運命のいたずら……。
よりにもよってこの場、死闘を繰り広げるのは血を分けた兄弟。
再会を喜ぶ暇も心も、そこにはない。
「兄者よ……」
「どうした、弟よ」
「いや……なんでも……ない」
「ふむ……」
二人が急激に距離を詰める。京の剣と朱眼の大鎌が激しく打ち合い、火花が散る。
「カカカ、京、幼き日にこうやって遊んだものだな」
「記憶は定かではないが、そのようだな」
剣が朱眼の左頬を掠め、鎌が京の左肩を掠める。
「どうしてここが分かった」
「運命に……血に導かれて来た」
京が<“紫剛掌波”>を放つ。朱眼はそれを難なく受け止める。
「我もそんな気がしていた。やはり“魔族の血”よ。血が相まみえることを察したのだ。だから我はここに来た。本来なら、華阿々と共にストガギスタ王国に攻め込むはずだったのだがな。すっぽかして来た」
「何……!?それでは、王国は……!!」
朱眼の攻撃をいなしながら、京が激しく動揺する。
「カカカ、大変なことになっているだろうな。奴のほかにも、たくさんの魔族が向かったようだ」
「馬鹿な……あり得ん!私が言えたことではないが、魔族同士が連携を取り合うなど……!!」
「嘘のように思えるか?」
その眼には、嘘は感じ取れない。京は一旦、戦いはやめだとばかりに武器を下ろした。朱眼も、京に合わせて武器を下ろす。
「確かめねばならん。何より、王国ニヤが心配だ。もとより私はニヤを離れてはならぬ身。たとえ間に合わずとも、直ぐに戻らねばならん」
「そうか」
「ゆえに、兄者、そこを退け。私は征かねばならぬ」
「退けと言われて、退く我だとでも思うか?」
「やはり…戦うほかないのか…!!!」
朱眼がにやりと笑う。お互いに下ろしていた武器を再び構え、また、火花が散った。
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「——様、件の件についてですが…、“朱眼”が現場に居ないようです。反逆行為とみなし、直ちに…」
「ああ、そっちはいいよ。元々魔族同士のつながりなんて期待していなかったからねえ。さっきみたいにベラベラと話し始めない限りは、放っておいて構わない。今更だ。それにしても、気になるのはあの男だよ。私の知る限り、聖十二騎士から抜け出せたのは彼ただ一人。暫く行方が分からなかったが、そうか、そこに居たのか」
「は、はぁ…。それでは、引き続き王国の様子を監視してまいります」
「ただ、被害が少ないねぇ。私は皆殺しだと言ったはずだよ。この世に生を受けて直後の赤子から、今際の際の老人まで、鏖殺、鏖殺、鏖殺だよ。…まあ、うまくいかないことだって、闘争の醍醐味かな。さて、ここらで一つ、かき乱してやるか」
各地で揺れ動く、魔族vs人間の構図。
次回、遂に二章はクライマックスに—————。




