第四話 “調査”
「ああ、その子はここで新しく採用した人造人間、…いわゆるお手伝いロボットよ。よく働いてくれるわ。いつも雑務や掃除などを任せているの。」
「私は自己紹介します。アオ様に使える人造人間であり、様々なことを担当します」
アオの合図とともに喋り出す。一同が冷たい目をしただけの人間と勘違いするほどに、よく作られている。声を聴いて初めて、人間でないと理解した。
「人造人間…ですか!それにしてもすごい…本当の人間そっくりですね」
「そうだね。ここまで精巧なのは見たことないよ。名前は何て言うんだい?」
「私は応えます。名前はまだありません。好きな名称でお呼びください」
「おけ。ペ〇パー君にするか」
「やめてください」
「…とりあえずごちかわは置いといて、名前、か…。なんかいい呼び方とかないかな?」
「なんでさ!?」
すぐに『ペ〇パー君』を記憶しようとする人造人間を、モザちゃんととなかわが全力で阻止した。
「それにしても…、そんないい名前なんて思い浮かばないですね。」
「アオ殿の人造人間ですから、『アオドロイド』というのはいかがか?」
「少し安直な気もするけど、いいね、京。しかし、アオドロイド…ちょっと呼びにくいね」
「それなら略してアオちゃんって呼ぶか」
「ごちかわ殿、それではアオドロイドと名付けた意味がないではないか…」
4人してうーんと唸るも、いい案は出てこない。アオも部屋に戻ってしまった。
「まあ、今はいいか。いい呼び名が決まるまで、アオドロイドって呼ぼう。…それにしても、この人造人間…」
急に、となかわが考え込むそぶりを見せる。先程の名前を考えているときとは様子が違う。
「……?どうしたんですか、となかわさん?」
「いや、何でもないんだ。ひとまず、休もう。さしあたり、明日はこのアオタンの調査をするよ。さっき言った、『生物に憑りつき、悪意を増幅させる』存在がどうしても気になる。魔物なのか、“しぃけーちき”の使者か、もしくは異世界のモノなのか。魔物だとしても、ツーナ伯爵の“ツボミザワ”のような人工魔物の可能性も十分に考えられるしね。」
「私も甚だ気に掛かっております。わが王国に稀に襲撃に来る、“モツモツ”とも性質が少し似ていることもあり…」
「あ、あの、その“モツモツ”っていったいどういう魔物なんですか?聞いたことはあるんですが…」
モザちゃんが質問すると、京は一呼吸置き、説明しだした。
「“モツモツ”については、未だよく判らない点が多いのだ。どこから飛来してくるのかすらが不明。いつの間にやら目の前に現れると、人の背中に憑りつく。憑りつかれた人間は正気を失い、周囲を無差別に攻撃しまくる。その者を無力化できれば簡単に引きはがすことは可能だ。また“光の力”や意思の特段強い者はそもそも憑依を無効化できるが、それでも厄介なモノなのだ。特に、他の魔物と併せて襲来した場合にはな」
さらに、景色に溶け込む性質も併せ持っている。他の魔物達と対峙していて接近に気づかないと、陣を組んでいるときに誰かが暴れ出し、陣が崩壊してしまう。隣の兵士が突然暴れ出すのだ。場合によっては下手な魔物の攻撃よりも大打撃を負ってしまう。
それに、引きはがされたモツモツを含め、モツモツは一定時間経つと消えてしまう。それゆえに研究ができず、どういった生命体かも、そもそも生命体なのかもわかっていないのだ。
「本当に厄介だね。申し訳ないことに、自分はちょうど別の任務についたりしててモツモツの撃退には参加できていないときが多いし、できるだけ手伝うようにするよ。」
「とんでも御座いません!となかわ殿の御手を煩わせるまでもなく、我々のみで対処致します。そのための我らで御座いますゆえ」
「それならいいけど、手伝える時には参加するよ。それより、明日の動きについて相談しよう。」
「承知、お気遣い感謝致します。……時にとなかわ殿、恐れ多くも提言の許可を賜りたく…」
「どうしたんだい、京。いつにも増して堅ぐるしい言い方をして。」
ううむ。いつにも増して真剣な目をしているな。何を言い出すつもりだ、京よ。
「“蒼巣”へと、単独で赴きたいと」
「単独でかい?ちょっと危険じゃないかな…?それに、いきなりだね。何か理由があるのかな?」
「うむ。少しばかり危険だぞ、京よ。あそこには何かよからぬものが潜んでいるかもしれん。俺がついて行ってもいいが」
魔界では比較的安全なアオタンにも、危険な場所はある。遥か昔、まだこの地に多くの魔物が存在していたころに拠点として使われていた場所で、“しぃけーちき”も頻繁に訪れては実験を繰り返したと言われている。
今は訪れてないようだが、それでも古の魔物などの悍ましい存在が潜むとても危険な場所とされている。近衛隊長レベルの実力者を多数編成した状態でも、乗り込むのは躊躇われる、そんな場所である。
「いえ、単独で征きたいのです。どうしても」
「そこまで言うのなら、反対はしないけど、気をつけるんだよ。」
どうやら、やんごとない事情があるようだね…。死ぬなよ、京。危なくなったらすぐに飛んで行くからね。
明日の動きについて相談しながら、一同は眠りについた。……余談だが、ごちかわの『枕投げしようぜ』という案はあえなく却下されたらしい。
……………………………………
「よし!おさらいだ!俺とモザちゃんは、アオタンでそいつらの出没報告・痕跡があったと言われる場所を片っ端から洗う。京は、本人の希望で、単独で“蒼巣”に向かう。…くれぐれも無理はするなよ。そしてとなかわとモザちゃんは、この屋敷の中と周囲を探索する。それでいいな?」
「なんか私が二人いるんですけど…」
「気にするな」
「気にしますよ!?」
「ごちかわ。モザちゃんと一緒に居たい気持ちは分かるけど…、昨日言ったでしょ?謎の存在は、この屋敷周辺に巣食ってる可能性が高い。そしてアオが気づかないくらいの巧妙な術でその真体を隠している。それを見破るにはモザちゃんの並外れた光の力が必要だ。」
「やべ、バレてたか」
「ごちかわさんは、闘気を隠すのが下手くそなので、隠れている存在を見つけるのは苦手なんですよね。それで、ここの調査に私ととなかわさんが抜擢されたと」
「お、おおう…ちょっと辛辣になったな、モザちゃんよ」
ごちかわと京が屋敷を後にすると、それに続くようにとなかわとモザちゃんもいったん屋敷の外に出た。どうやら、外から先に調査するようだ。
……………………………………
…此処に来るのは、初めての筈だ。
だが。…だが…、妙に懐かしい感じがする。血が騒ぐ。
足が勝手に歩を進めている。何かに導かれるように。
此の場所はアオタンの中枢から離れている。いつ危険な魔物が出てくるか明らかでない上、罠が仕掛けてある可能性も有る。それなのに、すらりと進める。
此処は、一体。
京はずんずんと蒼巣を進む。一切の迷いを感じさせず、瞬く間にその奥深くへとたどり着く。探索能力に長けた者でも、そのほとんどがたどり着けないと言われる場所に、1時間近くで。
「…………此れは」
京の目の前には、謎の黒ずんだ石板。わずかに滅紫色に光っている。そこに、何やら文字が書かれている。どこの、なんの文字かもわからない。一切、見たことのない文字だが…
「“導星メソ”…………?」
…読めた。なぜ…。このような文字は記憶にない。見たことの無い上、読み方を知らぬはず。だが、読める。
これは、一体……。
……………………………………
「何も、見つかりませんね」
「うん…。これほど探索して、何も見つからないとはね。仕方ない、ここでの探索はいったん切り上げて、京やごちかわと合流しようか。京が無事かどうかも心配だしね」
「そうですね…。」
二人は探索している部屋をあとにした。靴を履き、いったん外に出る。
「あ。みてみてっ、となかわさん」
「ん?どうかしたかい?」
「この靴、すごくかわいいですっ。宇宙みたいな柄に、可愛いキャラクターがプリントされた手、すごくいいデザインだって思って」
モザちゃんは意外とかわいいもの好きだから、こういうところにも敏感なんだね。確かに、この靴はいいデザインだ。どこかで見たことがあるような…、いや、これは…
「……この靴は…………‼」
京が見つけた謎の石板と“導星メソ”、そしてとなかわが気づいた「あること」とは———。




