第三話 “アオ”
「…………不甲斐ないところをお見せしました。面目ない…」
「いやいや、その可能性を考慮しなかった僕が悪いよ。まさか、“反滅界”と“轟衝壁鎧”を抜けて干渉してくるとはね」
京に話しかけ?ていた、となかわの魂の中の謎の存在。それは紛れもなくあの、“異空の虚”マイルである。となかわの魂の中で滅び続ける、まさにその最中だったのだ。
「実態も魂も権能も、並べて滅ぼし続けている。そんな状態で君に何らかの影響を及ぼすことなんて、不可能だと思っていたんだ。」
“虚”は虚無こそがその真体であり、実体こそが仮称の姿である。そのため、となかわに滅ぼされた時にこそその真体が露見する。
それすらもとなかわの滅びの魂が滅ぼすと、その虚無はまた露見する。その循環により、虚は滅びの渦中で生き続け、逝き続けていたのだ。
「いいや。その可能性を考慮しなかったとはいえ、となかわよ、お前は素晴らしい“択”を通した。それこそが最適解だった。無には滅びこそが相応しい。お前がそうしなければ、きっととんでもないことになっていただろうよ。」
「そっ、そんなことがあったなんて…!い、いつの話なんですか?私、ここ最近はそんなとんでもない相手との闘いなんて見てなかったですが…」
今も尚辛そうな京を尻目に、モザちゃんは困り顔になっている。
「んー、まあ、最近ではあるけど…うーん、モザちゃんが気づかなかったのは、えーと…」
…ここにももう一人。なぜお前も困り顔をしているのだ。そしてなぜ、モザちゃんはそのことを全く知らない。
…………そういうことか、となかわよ。
仕方ない、助け舟を出してやるか。
なにやら、むしろモザちゃんよりも困った雰囲気のとなかわ。珍しく歯切れの悪い態度に、ごちかわも何かを察した。
「モザちゃん、お前はずば抜けた光の力により、闇の力を持つ者の気配や戦いには敏感ではあるんだが、やつは存在も真体も“無”。それゆえに察知できなかったのだろうな。だがモザちゃん、それではだめだぞ!俺たちの目的は闇の力をもつ者どもを総て打ち倒すことだが、異世界からの使者、闇の力を持たざる者にも敏感にならねば、えーと、その、駄目だぞ」
…ちょっと苦しいか…?
「わ、わかりましたっ!確かに、最近は気が抜けてたかもしれないですっ!精進します!」
……モザちゃんが単純でよかった…。
「まさか、君に助けられるとはね」
少し離れて、ひそひそ声でとなかわが話す。モザちゃんは京の様子を心配している。
「いつも助けられているから、たまにはな…。それで、どうやら、京も落ち着いてきたようだ。ずっとこんなところにいるのもなんだ、取り合えず歩を進めよう」
くいっと京とモザちゃんが居る場所を指す。京も、問題なく動けるくらいになっているようだ。
「……そうだね。とりあえず、行こうか」
……………………………………
一同が目指すのは、“蒼き世界”アオタン。魔界の入り口からすぐそこの場所にある場所であり、2年前、聖騎士たちが占領した場所であり、多くの聖騎士が魔界に侵攻するときの拠点としている。
仮にも魔界の一部の場所を侵略されたのだ。魔族は怒り、奪還しようとするかと思われたが、全くその動きはみられなかった。
もともと大して利用価値のない土地で住む魔族も少なく、またいつ強い聖騎士がそこらから出て来るかわからないような所なんて、魔族側からしても不要だったわけだ。
加えて、魔族はそのほとんどが自己中。他の者のために動いたりはしない。魔族全体のことを考えればここは何としても奪還し、張っておくべきなのに、そうしない。
ゆえに、魔界に長い間拠点として残り続けることができるのだ。
「そういえば、ストガギスタ王国や本家は大丈夫なんですか?なかなか突然な出発で、護衛兵などの準備もあまり整っていないように見えましたが…。」
実際、かなり突然だったのだ。となかわが魔界侵攻を心に決めてから、3日も経っていない。あちらの世界が大丈夫なのか心配するのは当然であった。
「大丈夫さ。それなら、ちゃんと手は打ってある。実は…………」
となかわが何やら話し出した。
「…………そうなんですか!それなら安心ですねっ!」
話を聞いたモザちゃんは、不安心がかなり消えたようだ。
話しているうちに、地面の色が水色に変わってきた。少し遠くにそれなりの街並みが見える。街並みの中心あたりか、ひときわ大きい屋敷が目立つ。
「…うむ、土が青く染まってきたな。着いたぞ。あそこにちょっと大きめの屋敷が見えるだろ?なかなか歩いたからな、今日はここに泊まろう。」
ごちかわが指をさす。すると、京がびっくりした様子で向き直った。
「わ、私がか!?」
「ん!?違う違う!京じゃなくて、『今日』だ!どうしてお前だけをあそこに泊めさせるんだ!?…………」
……………………………………
……………………………………
「長旅、お疲れ様でした。今日はゆっくりしていってくださいね」
「ああ、ありがとう。まあ、そこまで長旅はしていないんだけどね」
「…形式上の挨拶よ。まあ、あがっていきなさい」
となかわに続いて、京とモザちゃんも靴を脱ぎ、中に入る。
「お初にお目にかかります。魔門 京と申します。本日は………
「おおお!!久しぶりだな、アオ!!元気にしてたか!?」
挨拶をしようとする京とモザちゃんの横から、ごちかわが割り込んだ。
「ごちかわ殿…」
話を遮られた京が、不満そうにごちかわの方を見る。後ろのモザちゃんも同様だ。ごちかわに気圧されて、一言も発せなかったのだ。ぷぅと頬を膨らませている。
「あ、すまん…」
「……変わらないね、アンタも」
呆れた目でごちかわの方を見ている。どうやら、こんなことは慣れっこらしい。
「それにしても、久しぶりだね」
「そうね。調子はどうかしら」
「ははは、まあまあかな。君の方はどうだい?」
「私も、そんなところ。忘れないうちに、ここ最近の様子を報告しておくわ。…………」
となかわと、屋敷の長らしい女性が話を始めた。
この女性が、このアオタンをまとめる、アオ・アオタンである。
煌びやかな青い着物に、紫色に光る扇子を携えて口を覆っている。ごちかわやとなかわとは旧知の仲だ。
アオタンにはほとんど少数の一定以上の強さの騎士しか住んでいない。そのほとんどが一時的に滞在しているだけで、ずっとここに滞在する者はほとんど居ない。
そして形式上はアオがアオタンのトップの人物ということになっているのだが、本人にはあまり自覚がないようだ。
だが土地はそれなりに広く、一面に蒼色の世界が広がっている。国とも町とも村とも言いにくいため、ごちかわ達からは“蒼き世界アオタン”と呼ばれているのだ。
「…………ああ、そういえば。少し前にこのアオタンで、かなり厄介な存在が現れたって聞いたんだけど、大丈夫だったのかい?聞いた話だと、人間達や生物に憑りついて、その者の悪意を増幅させるとか…………。」
「さあ?そんな魔物聞いたことないし、そんな被害も起こっていないはずよ。そんなのが居たら、こっちなんて大パニックじゃない。」
「そうか、なら良かった。どうやらガセネタだったみたいだ。」
「それに、ここ一年、ここでは特に大きな事件は出ていないわ。人間界よりも平和かもしれないわね」
くすくすと笑う。アオは口元を扇子で覆っているが、おそらく一緒に笑っているのだろう。
「そうだ、アオ。アイツはどこに行ったんだ?」
話に割り込むようにして、ごちかわが問う。
「今は居ないわ。少し遠いところに調査に行っているの。」
「そうだったのか。会いたかったのだがな」
話を終え、一同が奥の部屋に進み、大波の装飾が施された襖を開けた。ごちかわ達はいつもこの部屋に泊まっている。
浴衣や室内用の履き物などが常備されていて、ちょっとした旅館のようである。広い部屋のため、4人いても十分だ。
…すると、そこには冷たい目をした女が立っていた———。
ついに“蒼き世界”アオタンに到着した一同。部屋に居た、謎の女は一体——————?




