第二話 “魔界、そして渦中の出来事”
「わ、私がとなかわ殿の魂の中にですと!?」
「そうそう。僕の“滅びの魂”の中にいれば、“聖結界”の影響を受けない。聖結界の権能をも、僕の魂が滅ぼすからね。そして魔界で開放すればいいんだ。」
「し……しかし、となかわ殿の魂の中に居れば、私もただでは……」
「大丈夫さ、僕が“反滅界”と“轟衝壁鎧”を掛けておく。僕も君を滅ぼさないように注意するし、聖騎士に近い存在である君は滅びへの耐性が高い。10分程度なら、特に問題もなく耐えきれる。魔界への扉を通過するのは、ほんの一瞬さ」
「そ、それならば……」
京も覚悟を決めたようだ。
「なら、行くよ。魔界の扉もすぐ近くだ。」
となかわと京の会話ののち、モザちゃんが辺りを見渡す。そして、首を傾げ、
「すぐ近く……ですか?どこにも扉のようなものは見当たりませんけど…」
「本当にそう見えるか。モザちゃん。聖眼を凝らしてみよ。視えるはずだ」
「…………!!!」
モザちゃんがハッとした表情を浮かべる。しかし、直後、むすっとした表情になった。
「……って、これただ単に『小さい』だけじゃないですか。聖眼を凝らさなければ見えない、選ばれし者にしか見えない、的なものかと思ったのに。」
「ははは、だが、よく気づいてくれた。さすがだな」
「うんうん。こんな小さいモノ、普通は気づかないよ。注意深く、色々な可能性を考慮して物事を見つめている証拠だよ。」
二人して褒められ、モザちゃんはほんの少しうれしそうな表情になった。
「しかし、こんな小さな…、扉というより『穴』ですな。如何にして行くので?」
「ああ、僕たち二人の聖十二騎士が腕の紋章を掲げると、扉が開く。あとはここに触れるだけさ。それだけで、肉体と魂がまとめて魔界に転送される。…みんな、心の準備は良いかい?」
「いつでも大丈夫ですっ!」
「こうなってしまっては、私も覚悟を決めましょう。いつでも。」
「くくく…心の準備ならできているが、体の準備はどうかな?」
「ごちかわだけ置いてこうか?」
四人が魔界へ入ろうとする、その時。となかわが京に近づき、魂を開けた。
「さあ、京。既に“反滅界”は君に張り巡らせてある。あとは、“轟衝壁鎧”を纏わせれば…」
京の周囲が、黒い壁のようなもので包まれる。その内には、幾度にも重なった反滅界。加えて、京自身の鎧。身を守る観点では、完全な仕上がりだと言えるだろう。
「ありがとうございます。では、失礼…………。」
あっという間に、京の身体はとなかわの魂の中に吸い込まれた。
「よしっ。じゃあ、行こうか」
全員で、その扉に触れる。
すると、辺りが滅紫色に輝き出した…。
……………………………………
気が付くと、三人は見知らぬ世界に居た。
ほのかに薄暗い。色調が、まるで元の世界の色を反転させたようだ。…居るだけで気分が悪くなりそうな、醜悪な気配が漂っている。
「こ…これは…」
モザちゃんも、思わずしかめっ面を浮かべる。
「相変わらず、気持ちの悪いところだねえ」
「そうか?俺はむしろ落ち着くがな」
「たぶんごちかわだけだと思うよ…。」
「うぅ……なんとか、慣れますっ」
ううむ。もしかしたら、俺と初めて会ったあの日の“亡靄”のことを思い出してるのかもしれんな。空気が似ている。しぃけーちきのあの力も、魔界由来のものだ。
「おっと、どうしたんだい?京。さっきから、何も言わずに蹲ってるけど…。」
魔界に入った時から、京はずっと蹲ったままだ。モザちゃんのように、魔界の瘴気にあてられ気分が悪くなったのかと思われたが、どうやら違うみたいだ。
「となかわ、お前の魂の中に入ってたことが原因なんじゃないか?あの時、何かがあったのだろう」
「あの一瞬で、かい?にわかには信じがたいけど…。」
「う……」
京は、とても苦しそうだ。喋れそうにもなさそうで、地面の一点を見つめ、時折うめき声のような音を発している。いったい何が…。
……それは、ほんの数分前。一行が魔界の扉を潜った時…。
……………………………………
『…。ここが、となかわ殿の魂の中、か…。』
周囲に、途轍もなく高密度の”滅び“が渦巻いている。生身でいれば、須臾にして滅び去ってしまうことだろう。
となかわの魔法で護られているとはいえ、お世辞にも居心地がいいとは言えない。
『ハハハ……ハハハハ………………』
すると、その時。周囲から何かが聞こえてくる。
『な…………わ、笑い声…………?これは、一体……』
どこからともなく、笑い声のようなものが聞こえる。どこからも聞こえて来ず、そしてどこからでも聞こえてくる。音がしない。視えない。感じもしない。だが、何者かが、そこに居る—————————。
『やあ。突然の来客、びっくりしたよ。ご機嫌は、いかがかな?』
突として聞こえたその声に、京は魂を掴まれるような感覚を覚えた。身震いがする。なぜなら、どこにも誰もいないのだから。…しかし、さすがは京、冷静に轍として対話する。
『誰だ、いや、何だ、貴様は。となかわ殿の内に、斯様な者が居るとは聞いていないが』
『ハハハハ…。そう身構えないでよ。ボクはただ永遠に顕れて、そして永遠に滅びゆくだけの矮小な存在さ。もちろん、無視してもらっても構わないよ』
その気配はずっと、顕れては消え、顕れは消えを繰り返している。しかし、幾度顕れようが、場所がつかめない。“居る”ということしか、分からない。いや、それすらも分からない。
あまりにも奇奇怪怪。京も思わず、固まってしまった。
そして更に、京の頭を悩ませているのは…。
(ま、待て…。そも、となかわ殿の言葉だと、魔界の扉を潜るのは一瞬で、すぐにここから出られるはず…。これは、こいつは一体……)
『ふふ。キミが今考えてること、ボクには手に取るように理解るよ。単純なことさ。今のこの一瞬は、紛れもなく一瞬なんだからね。』
『…どういうことだ』
『そのまんまの意味さ。ボクは一瞬、いや、虚無の時間にすべてを伝えられる。それでいて、無限の時間に何も伝えられないんだ。キミはボクの言葉を理解できないし、理解できる。その可能性の混濁があるゆえさ。キミは永劫にここから出られず、そして瞬時に出ることができる。』
『な、なに、なんだ、何を、言って…………!!』
……………………………………
……………………………………
な、なんだ。なんなのだ…、あれは。悪い夢としか思えない。あの場で起きたことは、一切覚えていないが、すべて覚えている…。何が。私の身に、何が起きたのだ。今も可能性の内の私は、あそこで彷徨っているのか。
…京が蹲っていたのは魔界の瘴気によるものではない。となかわの魂の中で起きた一瞬の内での出来事に、脳が追い付いていなかった。整理しきれなかったのだ。
「大丈夫かい、京?」
「へんじがない、ただのしかばねのようだ…」
「ごちかわ!ヘンな冗談はよせ!」
「…それにしても、本当に返事がないですね。一度病院に連れて行った方が…」
「魔界に病院なんてないよ!?」
「草」
「…そのことはいいや。それにしても京、大丈夫かな…。もし自分のせいなら、謝っても謝り切れない…。」
しかし…、魔界に着いたっていうのに、みんな、緊張感がない…。…モザちゃん、さすがに天然すぎるよ……
「まあいい。京の船酔いが収まるまで、いったん待機するか。モザちゃんも、今のうちに魔界の瘴気に慣れておくのもいいだろう」
「わかりましたっ!」
「…………そうだね、そうしよう…。」
ついに魔界に到着したモザちゃん一行。しかし、あまりに緊張感のない二人と、京の謎の患いに、となかわも、先行きが不安で———。




