第十三話 “征行”
「よう、帰ったぞ」
「おかえりなさい、ごちかわさんっ」
「おかえり。随分と急いできたんだね。もう少しゆっくりしてくると思ったけど」
「時空のひずみが見えたからな。万が一があればと思ったが、杞憂だったか」
「うん。どうにかなってよかった。あの局面で倒せなかったら、間違いなくかなり厄介なことになっていたからね。」
「そうだろう。傍目にもお前の御魂が荒れ狂うのが見えた。そうか、食ったのだな。」
となかわはその魂により、対象を閉じ込め、有効な攻撃手段として使うこともできる。特殊な魂に、真なる精神の統一と並々ならぬ鍛錬の帰結としてなせる業で、この世界に使える者は二人しかいないようだ。
ごちかわは精神が荒れ狂いすぎていて統一には程遠く、モザちゃんは戦闘経験と鍛錬が足りずといった理由で使えない。そもそも二人の魂には適性が薄く、修得する気もないようだ。
「ごちかわ。そんなことよりも」
「ああ」
二人して、モザちゃんの方を見つめる。
「え?なに、なんですか?」
自分の全く分からない話題で盛り上がってた途中に、いきなり視線を向けられて、モザちゃんは困惑している様子だ。
「ついに『成った』ようだな。となかわ、礼を言うぞ」
「あ、“金喪斬刀”のことですか!なんとか、発現させることができました。となかわさんのおかげですっ」
ちらととなかわの方を見る。となかわはくすりと微笑み返す。
それは良かった。俺はそういった繊細な特訓をさせるのはすこぶる苦手だからな。となかわがいてくれて本当に良かった。
「ごちかわさんととなかわさんのおかげで、“愛”というものの本当の意味を知ることができました。本当に感謝しかないですっ!この力で、たくさんの人を救って見せます!」
この力で、“しぃけーちき”を倒す!誰にも、もうあんな苦しい目には合わせない!!すべての人々が、平和に暮らせる世界になるように…!
「そうかそうか、それは良かった。その通り、金喪斬刀の発現に必要不可欠なのは“愛”の力なのだ。それがなくては例え技量や光の力がどれだけ人に勝っていようが発現させることはできない。」
そ、それにしても、俺、何かしたっけか…?すごく感謝されてるが……
ま、まあ、よくわからないが、感謝されてるのならいいか…
ごちかわの少しの困惑は、明らかに顔に出ていた。
「ごちかわ…、君は本当に鈍感だね…。まるでラノベの主人公じゃないか。本当のラノベの主人公は目の前にいるのに。」
ええい。となかわ。言いたいことはよくわからないが、メタいぞ。
モザちゃんもきょとんとした顔をしてるじゃないか。
「まあ、いいだろう。だが、こんなに改まって俺を出迎えて、まさかこの話だけではあるまい?」
「うん。本題はまた別にあるんだ」
場の雰囲気が一瞬にて変わる。
一転。覚悟のこもった眼で、となかわが俺を見つめる。“あの時”、何かがあったのだろう。
並々ならぬ、意思を感じる———。
……………………………………
……………………………………
所変わって、ストガギスタ王国。ごちかわが所属している王国である。
この王国は主に鉱業で発展しており、一年を通して気温がほぼ一定のため避暑地として夏には多くの観光客が訪れる。
最近は石油産業にも手を出しているようだ。
「おうおう、もっと働け!!サボりは許さぬぞ!!我輩のために昼夜問わず働くのだ!!さっさと次の掘削機を突き立てろ!!」
石油は一般的に、沼地、湖、海水などから堆積した泥質堆積物に含まれる有機物が積み重ねられたものから作り出される。
そのうちのほとんどの有機物は藻類や植物の遺骸やバクテリアで、何十万年もたつと、早いうちに堆積したものは、それらの微生物に富んだ泥を2,3km奥底まで埋め込んでしまう。
同時期に、温度や圧力が上昇して、崩壊し、小さくなっていく。
「何い!?限界だと!?知るか、貴様の代わりなどいくらでも居るわ!!実際にぶっ倒れるまで働くのだ!!ガハハハハ……」
ストガギスタ王国では、数年前に石油貯留層が発見されてから、水深約3kmの浅い貯水池から石油を汲み出していた。
国王自らが見つけたその大きな油田は、国王の名をつけ“ストガー油田”と呼ばれるようになった。
しかし、傲慢なストガー大王は、幾度となく掘削を繰り返し汲みすぎてしまった結果、岩盤内の圧力が弱くなって、坑内に引き込むことができなくなった。
そのために貯留層にある石油の半分以上は、あまりにも粘性が悪くて、従来の方法では地上に揚水することができず、その油田は、“枯渇”してしまった。
そのため、ストガー王国はある方法をとった。別の油田を探すのではなく、もう一つの手法に取り掛かったのだ。
「そうだ、それでいい!!ようやく汲み出せたようだな!!今日のノルマも達成できそうだ。これで我輩の王国は今日も安泰だ!!ガハハハ!!」
この王国の隣にある、砂漠となった廃墟。近年までそこは、あらゆる資源が枯渇した場所だと思われていたのだが、"ウ素"という希少な元素が多く含まれる岩石が大量にあることが分かり、現在、それを元手に産業を執り行っている。
しかし、言うまでもなく多くの労働力が必要となる。あまり発展していないストガギスタ王国にとって、かなり厳しい試みとなったのだ。
ストガー・ストガギスタ大王は、王国中から老若男女様々な人員を寄せ集めて石油・ウ素の産業にまわした。その采配により、ストガギスタ王国は危機を脱したのだ。
昼も夜もその業務に勤しむこの国では、大王の怒号が絶えることはない。
「国王、久しぶりだな。帰還したぜ」
「おお!“勇”か!これは見苦しいところを見せたな」
ごちかわが後ろから声をかけると、すぐに振り返る。
深緑色の髪に、十字紋様の眼帯。にやりと笑うその貌と、飛び出た犬歯からは野蛮な雰囲気を醸している。
「はははは。いいさ、君主たるもの、ちいとばかり傲慢な方がちょうどいい」
「ガハハ!違いねえ。」
“勇”は、ストガー国王が、何物にも恐れることなく果敢に悪に立ち向かうごちかわを称えてつけた諢名、つまりあだ名である。
モザちゃんは一応形式上ではストガギスタ王国所属になっているのだが、ごちかわ総本家にずっといたため、この王国、そしてストガー国王との交流はそこまで深くない。
「ストガー国王よ、命令をくれ。俺は魔界へと向かう。悪の根を摘みに征く。覚悟はとうにできている。今行かなければならん。」
その場に跪き、ストガー大王に願う。聖十二騎士は、大王の命なしに魔界へ行くことはできないのだ。
「ガハハ、勇よ、我輩が命じなければ我輩をのしてでも征く、といった貌じゃないか。ならば命令しよう。勇、いや“闇を纏う聖騎士”ごちかわよ。魔界に赴き、奴を倒してこい。そして必ず総員生きて戻るのだ。この命令は違えてはならんぞ。…モザちゃんもな。」
「は、はひっ!」
か…噛んじゃった…
大王よ、俺の後ろに隠れているモザちゃんにも気づいていたか。急に話しかけられてびっくりしている様子がこちらにも伝わってくる。
「ガハハ、そう緊張するな。我輩、そしてこの王国のみんなはお前を高く評価している。のびのびとやればいい」
「わ、分かりましたっ!頑張ってきます!」
ううむ。これもモザちゃんのいいところだ。その場にいるだけで、場が和らぐ。花が咲く。気づいていないかもしれないが、この国に、この世界に君は必要不可欠なんだよ、モザちゃん。
……………………………………
「それにしても意外だね。ストガギスタ王国とニヤ王国で手を組んで魔界に侵攻、というのを、あの傲慢なストガー大王があっけなく許可するとは」
「何か、問題でもあるんですか?」
「魔界への進行は、国全体で見ればメリットよりもデメリットの方が大きいからな。しぃけーちきによって一般人が被る被害はほとんどが<“亡靄”>による無作為な被害のみ。倒しに行くにはリスクリターンが合っていないのさ。だから誰も魔界への進行には踏み込まない」
「それに、魔界にいると通信がしにくく、何かあってもすぐには帰ってこれないから、国が危険にさらされるしね。聖十二騎士が国から離れたタイミングで、襲撃を仕掛けようと虎視眈々と狙っている国も少なくないよ」
「で、でも……、今は人間と『魔物』および“しぃけーちき”ら『使者』が争っている状態なんでしょう?こんな状態で人間同士の戦争って…」
「いいや、違うんだよモザちゃん。たしかに今は争ってる場合じゃない。だけれど、争っている場合じゃないときこそ、人は争うんだ。」
「そんな…悲しい、ですね。こんな時こそ、結託するべきなのに…。」
「そうだ。だが、俺たちは、そんな哀しい生き物のために戦う。戦って勝利し、奴らの野望を阻止するんだ。わかったか?」
「…………はい」
神妙な表情だ。無理もない。だが、いつかは言っておかねばならぬことだ。できれば何も知らずにいてほしかったのだがな。
「まあでも、王国ニヤとの共同戦線となっている立場上、他の王国もやすやすとは攻めてこないだろうね。攻めてきたとしても、それはどうせ馬鹿な魔物どもだけだよ。」
いくつか前に述べた通り、ニヤ王国の守備に係る戦力は、となかわの存在を抜いてもこの世界でトップクラスだ。
「魔物達が頻繁に襲撃してくるということは、襲撃から国を守るという名目でたくさんの兵力を集められる。そういった観点からも魔界への進行はどこも乗り気にならないのさ」
ニヤ王国がその最たる例だ。“ツボミザワや“モツモツ”などの厄介な魔物から頻繁に攻撃を受ける故、城の警護に多数の人員を割ける。そのため、ニヤ王国の女王である、壱號・O・ニヤは幾度攻撃されようが魔界への攻撃を指示しない。アムはそれを好ましく思っていないようだが。
近衛兵の軍備拡張に多額の予算を注いだ結果、ニヤ王国は軍事能力でもトップクラスの技術を誇るようになり、武器商業でも発展した。
その時に活躍したのが、<“死を喚ぶ武器商人”>ツーナ=シャーケ伯爵である。
「なかなか、複雑な問題ですね…」
「複雑か?全員まとめてぶっ倒せば解決だろ」
「そう思ってるのはごちかわだけだよ…」
そんなこんなで、三人は談笑しながらストガギスタ王国を後にし、魔界を目指して歩き出した。
ここで、第一章は終わりとなります。
第二章からは“魔界侵攻~蒼き世界アオタン~”を開始します。
ストーリーが練りあがり次第投稿しますので、乞うご期待。




