第十二話 “決着”
……奴の依り代を掴んだとき、"何か”が見えたんだ。
奴の実態の、“虚”によって右手が消される前、一瞬の間に。
魂に宿った記憶なのか?誰の、何の記憶なんだ。これは。何……なんだ。
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『な…………!?』
『なによ、どうしたのよマイル。隠れてたってことは大したことない魔物なんでしょ?さっさとやっちゃってよ。』
『あ……ぁ…』
『おいおい、どうしたんだ?まあいい、俺たちはいつもお前に助けてもらってるからな。今日くらいは俺が活躍してやるぜ』
『…!や…やめ……よせ…!!』
勇者の制止を振り切り、勇者の仲間の勇敢な剣士、マトがそいつに斬りかかる。
……次の瞬間、彼は“消え去って”しまった。何の前触れもなく、跡形もなく…。
『マ、マト!!そ、そんな…!!』
『え、なに、なに!?マト、どこへ行っちゃったの!?』
『く…お、お前だけでも、逃げろ、アミ!!』
マイルが<“強制転送”>の魔方陣を描く。
一瞬で、任意の相手を別の場所に送る魔法だ。しかし、相手の承認がないと、膨大な魔力を必要とする。
奴には敵わないと、もう生き延びれないと判断したマイルは、とっさにアミだけを逃がす判断に出たのだ。
しかし…。
…“強制転送”は発動しなかった。
そして、“奴”が急に口を開いた。
『ふふ。驚いたかい?ただ魔方陣を“虚”に返してあげただけなのにね。まあ、その女はどうせいらないから、転送られても良かったんだけどね』
『な…お…お前はい、一体……』
『な、なによアンタ!いらない、っていったいどういうことっ!!』
『うるさいなあ、言葉通りの意味だよ』
そう言うと奴は、パチン、と指?を鳴らした。
すると、…アミの声が突として聞こえなくなった。
『な…ぁ……』
違う。正確には、アミがそこから跡形も無くなっていたのだ。
『ボクが必要なのは君だけだ。ねえ。“原初の勇者”マイル君』
ぐい、とマイルに詰め寄った。
マイルは顔を上げ、至近距離で奴を見る。顔がない。腕も、足も、体もない。それなのに、“居る”。奇妙な感覚だ。これまでヒトのようなものと思っていた者は、実際には“何もなかった”のだ。
『びっくりしたかな?そう、これがボクだ。“虚”であり“無”。僕は、存在していないんだよ。』
黙りこくるマイルの目を見?ながら、奴は続ける。
『でも、この世界を手に入れるためには、実体が必要だ。だから、この世界で最も大きい“光の力”をもつ君に目を付けたのさ』
『ふ…ふざけ……』
マイルが鳳凰剣を振りかざす。
<“鳳凰炎舞”>
自らに焔を纏い、連続攻撃を仕掛ける。だが、刃は届かない。焔も、瞬く間に消えてしまった。
『じゃあ、ありがたく頂戴するよ』
マイルの攻撃など意に介さず、その頸に手をかける。必死に抵抗するマイルだが、既に先程の“強制転送”で莫大な魔力を使っていることもあり、思うように力が出せない。
刹那、一切の容赦なく、奴はマイルの心臓を引きちぎり、自らの中枢に当たる位置に擡げた。さらにマイルの星幽体から、“魂”を取り出し、それを飲み込んだ。
みるみる、その場に実体が顕れていく。
あれよあれよという間に、勇者マイルとそっくりな外見の人間?がそこに顕れた。
『たった今から、ボクが勇者マイルだ』
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「そうか、そうだったんだな、君は原初の勇者、マイルの身体を奪ったわけだ。そして今、桁外れの光を持つモザちゃんに乗り換えようとしているんだな」
「依り代からボクの記憶を盗み見たのか。人聞きの悪いなあ、乗っ取ってなんかいないよ。もう、ボクこそが勇者マイルなんだからね。」
あっけらかんとした態度で、マイルはそう応える。
となかわは依然、その場に臥したままだ。
「話を戻そう。僕はあの子を奪うつもりだったけれど、君でもいい。君で妥協してあげよう。僕はこう言いたかったんだ」
間違いなく、本心から出た言葉である。
当初はモザちゃんの頸を奪うつもりだったけれど、となかわの力を認めたゆえ、となかわの頸を奪うことで妥協してもいいと。
この期に及んでこの発言。となかわの頭に血が昇る。だが、となかわの脳内はあくまで冷静であった。
「確かに、僕が犠牲になることで、モザちゃんが生き延びれるのなら、それもいいかもしれない……
顔を下げたまま、そう呟いた。
「おや、初めて意見があったじゃないか」
「……とでも、言うと思ったか?」
となかわは目にもとまらぬ速さで後ろに下がり、マイルを取り囲むように周囲を高速移動する。
「攪乱のつもりかい?残念だけど、ボクには通じないなぁ」
マイルの“聖眼”は、常にとなかわを捉えている。見失うわけもない。
「借り物の眼で粋がられてもね」
となかわがマイルの元へ強襲する。
となかわの言う通り、その聖眼は他でもない、原初の勇者のものだ。
「無駄だよ、君の動きはすべて見える」
凄まじい速度で襲い掛かるとなかわに、来る場所が分かっていたとばかりに剣を突きつけた。
「いいや、動きしか見えていないね。借り物の力に頼るからだ。」
となかわは闇雲に飛び回っていたわけではない。飛びながら、剣に光を籠め、機を伺っていた。
<“四律滅剣”>。となかわの剣が禍々しく光る。
この技で両断された部位は、繋がりを完全に断ち切られ、再生もできず、一切が切り離される。
瞬く間の4連撃により、マイルの体は完全に切り刻まれる。その心臓をも、真っ二つに。
「ははは、何度やれば分かるんだ。たとえ滅びの剣だろうが、僕にそんなものが通じると思うかい?君は、突きつけられたこの剣をどうするつもりだい?」
となかわの首元に、剣が迫る。となかわの剣よりかなり遅れているが…。
「別に、どうもしないさ」
マイルがハッとして剣を見る。
鳳凰剣は、輝きを失っていて、ただの黒い剣になっていた。
となかわが心臓を刻み、原初の勇者との繋がりを断ち切ったことによって、鳳凰剣に込められた焔神の加護が解けたのだ。
「やはりなかなか機転が利くじゃないか、君は。それで?それからどうするつもり?早くボクに見せてよ。君の次の一手を。」
となかわは何も答えず、さらに距離を詰める。
「おやおや。なるほど。右手を喪った君がやれることは、そもそも、それだけだったか。へえ。“魂”で勝負する気かい。このボクと。なんとも、無謀だね」
じりじりと、互いの魂がせめぎ合う。
となかわの魂の滅びの力と、マイルの魂の無に帰す力。
その二つが今、互いに迫り……
「これが、答えだ、マイル。」
……そして魂を起点とし、バチ、バチと破壊の振動で世界が揺れ動く。
となかわは密着した攻防で、何度もマイルを滅ぼした。蘇生も妨げた。魔方陣もすべて滅ぼした。それなのに、マイルはあっけらかんとそこにいる。
それゆえマイルの魂、そのものを滅ぼす選択に出たのだ。もちろん、自らも魂を晒すことになるゆえ、逆に自らが消え去ってしまうリスクが高い。“虚”を纏うマイルの魂に自らを晒すことなど、どう考えても自殺行為だ。
そして、マイルはとなかわの思惑を見透かしている。これしか、ないのだろうと。ぼろぼろの身体で、最後の賭けに出たのだろうと。
…そして、そんなぼろぼろの身体では万に一つも勝ち目はないだろうと。
「さぁて、整理するよ。君の魂とボクの魂は、互いを滅ぼそう、無に帰そうと拮抗しているね。」
となかわは、何も応えない。自らの魂を消え去ろうとする力に抵抗することで精いっぱいなのか。
「…その事象そのものを、ボクが消し去ってしまったら、果たしてどうなるかな?」
頸のないまま、マイルは鬩ぎ合う魂を見据える。
<“消エヨ消エヨ短イ蝋燭”>
マイルの魔法が発動する。
「……おや?」
しかし、となかわの魂はなおも、マイルの魂を蝕み続けている。
魔法は発動していたはずだ。
「おかしいなぁ、せめぎ合う、という事象そのものを消した。君は、同時にとっくに消えてるはずなんだけど…?」
しかし、となかわはそこに立っている。消える気配など、微塵も感じない。
「理解した?君の本当の眼で、しっかり視てみなよ。滅ぶのはお前だけだ、マイル」
マイルが魂を凝視する。
奴の本当の眼に映ったのは………。
圧倒的なとなかわの魂に蹂躙される、矮小なマイルの魂……。
「え…?な……ぁ……あ、な、なぜ……あ、ありえない………!」
「お前は、何も見えてなかったのさ。何も。借り物の眼を、心臓を過信して……
ほら、もう一度見てごらん?この“世界”を。本当の眼で。」
マイルが、自身の眼を凝らす。
「ぁ……あ……な、こ…これは……なん…だ…、この…世界、は………!?な、なぜ………」
今度は、となかわがあの世界を模した球を持ち出す。奴がそうしたように、トン、トンと叩き、世界を隅々まで見渡させる。
「勇者の眼とはいえ、1000年前の物だ。世界全てを見渡せるほどじゃない。それに、見えたとしても、君は弱いから、見えるわけがない。池の中で育った蛙は、すぐそばの広大な海に気づかないんだ」
巨大な闇、巨大な光、そして、巨大な影。矢継ぎ早に、その眼には"怪物"が映る。
「と、となかわ…君…はずっと…ずっと、こんな世界で…」
「まぁね。それに、この君が作った弱々しい世界じゃあ、いつ壊れてモザちゃんが危険にさらされるか心配だった。この世界がどうなろうと関係ないと、遠慮なく攻撃できる君と、モザちゃんを傷つけないように戦う僕。その条件下なら勝負は拮抗するかもしれないね。けれど、魂本来の力の勝負なら桁が違うよ」
「な……な、な……き、君は…。」
「僕の名は、“滅びを纏う聖騎士”となかわ。滅びゆく魂に、その名を刻み、逝け。」
「ほ…滅びを…纏う……」
声が、だんだんと小さくなっていく。
「あぁ……そんな……こ…の、ボク、が…………」
最後の力を振り絞り、虚空に魔方陣を描く。しかし、となかわは容赦なく陣を消し去った。
「お前は、元の世界に転生することさえさせないよ。僕の魂の中で、永遠に滅び続けるといいさ」
「と…とな…か…わ……、君は……君達は……」
もう、魂を、意識を外に保っていられないのだろう。
「ボ……クは……なんて……もの…に……手を…出して……しま……っ……」
もはや、話などしないと、踵を返す。
鳳凰剣を回収し、魂を閉じた。
あのおしゃべりな男の声は、もう、聞こえない。
"決着"………だった。
一転、スウ、と世界が元に戻る。
……となかわの目の前に、誰かが倒れていた。
お面のような、あのにやけ顔ではない。哀しい、顔をしている。
「君が、本当の、“原初の勇者”マイル……か…。」
金の髪。輝く鎧。おそらく、1000年前の姿のままなのだろう。
「無念のうちに利用されて、魔族の進行を止めるどころか、その体を異世界のクソ野郎に勝手に使われて……。」
となかわは、膝をついてその体をやさしく抱えた。
「僕たちが、君の無念を晴らすよ。僕たちが終わらせてやる。その哀しみを僕が受け継いでやる。……だから、安心して眠ってくれ。」
そう言うと、その場に簡単な墓を造った。そして、何やら魔方陣を描く。
「<廻星愛棺>。…これで、安らぎのままに眠れるよ。もしかしたら、その綺麗な魂のまま現代に転生できるかもしれない。…かなり昔の肉体だから、厳しいかもしれないけどね。」
光り輝く棺の中に、マイルを寝かせる。
ずっと、哀しい表情をしていたその顔が、わずかに微笑んだように見えた。
……………………………………
「ふぁ…あれ、私、寝ちゃって…」
「おはよう、モザちゃん。」
「あ、おはようございます…。つい、寝ちゃってました……って、ど、どうしたんですか!?服が凄く汚れてますが……」
「ああ、ちょっとさっきの池で蛙と戯れててね」
はは、と笑いながらとなかわは語る。
「か、蛙とですか?それでそんなに汚れて…?お、お茶目なところもあるんですね」
「ははは、確かに、変だね。でもその蛙、そこの池の鯉に食べられちゃった」
「はぁ……鯉、蛙まで食べるんですね」
「うん、食べちゃったんだ。さっきご飯食べたのに。…お腹壊しちゃうかもしれないね」
会話が続く。まるで、何もなかったかのように。
はじめは違和感を感じていたモザちゃんも、話しているうちにそんなことなど気にも留めなくなった。
今は、ピクニック真っ最中。ついうっかり、居眠りをしてしまっただけ。
山の上、のどかな木々と小鳥の真下。二人の笑い声は優しく、優しくこだまする。




