第十話 “勇者”
それは、まだ“しぃけーちき”が世に君臨する前———
1000年前の“神話の時代”では、既に高い水準の剣術を持つ人間と練り上げられた魔力を持つ魔族が存在していた。
だが、当時は魔族がかなり優勢的に世界を支配し、多くの魔族が“魔王”の座を求め、選りすぐりの魔物たちが犇めく、群雄割拠の時代だった。
我こそが魔王だと魔族たちは何年も諍いを続け、力を示すために意味もなく人間界に侵攻するものもいた。
魔界の中、外、どちらでも毎日のように血しぶきが舞い、家屋は倒壊。…抗争が途切れることはなかった。
所変わって、人間界。
人間たちは、この状況にほとほと困り果て、最も強い力を持つ人間に“勇者”の称号を与えた。
“勇者”を人間たちみんなで祝福し、みんなの希望と願いを一つにまとめることで、圧倒的な力を持つ魔族に対抗しようとしたのだ。
その王国の名は、“マイル”。勇者が現れてから、王国はその名を勇者の名へと変えた。つまり、勇者の名もまた、マイルである。
彼が、神話の時代以前まで含めて、人間としての最初の勇者であった。
そして今日、勇者御一行は、ついに魔界へと赴く。
度重なる人間界への襲撃を止めるため、皆の命を守るため、…この戦争を終わらせるために。
「や、やばいって!うっ、後ろ、どんどん撃たれてるっ!!」
姿を隠し、慎重に魔界へと入っていった勇者たちは、逆に姿を隠した魔物たちの奇襲を受けていた。
「大丈夫だよ、恐らくだけど、これは<“陰影擬態隠”>の魔法。それに術式が不完全だ。本物の“陰影擬態隠”なら魔力攻撃だって隠せる。それに、魔物は自分の力を誇示したい目立ちたがり屋ばかり。たぶん、たいしたことない魔族だろう。」
勇者マイルの言う通り、魔法の威力はさほどでもなく、魔法の不得手な勇者の仲間面々でも十分に迎撃可能であった。
勇者マイルが赫く輝く聖剣を抜く。鳳凰剣エグジル・プロミダーゼ。瞬く間の一閃で、魔族を全員、仕留めて見せた。
“焔神”セラブォラの加護をうけた、唯一無二の聖剣である。この加護がある限り、隠蔽魔法はその効能を軽減される。さらには、マイルのもつ"聖眼"。この加護が手伝って、魔族をいとも簡単に退けることができたのである。
「さっすがマイル♪アンタが居る限り絶対に安心ね!」
「うんうん、やはり“勇者”は違うなあ」
勇者のメンバーが次々に感嘆の声をあげる。
「いやいや、そんなことはないよ。またいきなり現れるかもしれないから、油断しないようにね」
そう応えるマイルも、少し嬉しそうだ。
そんな談笑をしているとき、急に、目の前に一人の男が現れた。人間のような姿かたちだが、魔力の波長が人間と一致しない。勇者のメンバーは直感的に魔族だと感じ、身構えた。
勇者だけは違った。なぜなら、気配を全く感じなかったのだ。焔神の加護があってもなお。そして、この魔力の波長は人間でも、魔族でもなかったのだ。
危険を本能で感じ取った勇者は、剣を抜き、斬りかかった。
…男?は避ける素振りも見せない。
そして剣は、その男?を素通りした。
「な…………!?」
まるで、何もないところに剣を振った時のように、虚空を切ったのだ。
……男?が、ニィと笑った気がした。
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時代は変わって現在。
ピクニックの途中、眠ってしまったモザちゃんの首に、何者かが手を伸ばす。
不敵に笑うその者の手が、今まさにその首に触れようとした途端、
一閃。その腕に鋭い剣戟が振るわれた。
その者は不敵な笑みをしたまま、此方を向いた。
「へえ。まさか“起きる”とはね。」
「何物か知らないが、彼女を傷つけようとするなら、容赦しないよ」
「いやいや、傷つけようなんてとんでもない。」
「じゃあなんだ、お前は何をするつもりだったんだい?」
となかわが殺気を放つ。一目で尋常じゃない相手だと理解したのだ。その目には一片の油断も感じられない。
となかわの剣は、確かに腕を両断したはずだったが、一切の感触がなかった。かすり傷も負わせていない。
「ボクを倒す気?無理さ、君たちにはボクは倒せないよ。確信を持って言える」
ずっと、不敵な笑みのまま話す。ヒトの形をしているが、話しているときに口が動いていない。目の焦点もあっていない。表情どころか、顔そのものがずっと変わっていないのだ。ヒトの形をした、異形の生物、といった方が正しいかもしれない。
「やってみなきゃ、わからないけどね」
となかわが構える。
「で、君はいったい何なんだい?何の目的で彼女を狙った。何をしにここへ来たんだ。」
構えたまま、となかわがまたも問いただす。
「目的?何者?言えないなぁ、どうせ君は“虚”になるんだし、言っても意味はないよね。…それでも、せっかく聞かれたからね。名くらいは教えてやるよ。」
相変わらず、口を一切動かさずに、その者は話し出す。
「僕はマイル。“原初の勇者”マイルと言ったら分かるかな?」
突如現れた、勇者と名乗る謎の者。
彼は一体—————。




