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婚約破棄シリーズ

たとえ死がふたりを分かつとも

作者: 佐崎 一路

「――っっっ!?!」

 聖ベネディクティオ魔導帝国の聖女にしてベドナーシュ公爵令嬢であるエヴェリーナは、その夜、突然に一方的に断ち切られた婚約者ヤン・ネポムク王子との魔術契約の破棄により、制御を失った魔力・霊力の暴走によって飛び起きた。


 突然に破断された魔術経路が神経を逆流する痛みと、暴発しそうになる霊気の奔流を必死に制御しようとするエヴェリーナ。

「……くっ――これは……?!」

 例えるなら常時莫大な水を送っていたホースが、先端の部分で突然に切り取られ、ついでに思いっきり堅結びで閉じられたようなものである。

 流れる水圧に抗しきれずにホースは暴れ回り、あちこちから水が漏れてあふれ出し、そして逆流してきた水がポンプであるエヴェリーナに襲い掛かってきたようなものであった。


 並みの術者であればそのまま壊れてもおかしくはなかったが、そこは魔導帝国屈指の実力者にして聖女の称号をいただくエヴェリーナのこと。また、幾重にも結界が張られた公爵邸であったことが幸いして、どうにか力づくで暴走を抑えることに成功するのだった。

 もっとものその余波でエヴェリーナの寝室と屋根が吹き飛んだが、人的被害がほぼ皆無だったのは不幸中の幸いであった。


『お嬢様っ!!』

『公女様、何がいったい!?』

『凄い、これだけの霊気を咄嗟にこれほど完璧になだめるとは……!』


「……ヤン殿下に、何か……危急の事態が……かも知れませ……至急、殿下の離宮へ……」

 血相を変えておっとり刀で駆け付けてきた使用人たちに、そう荒い息の下で伝言を託すと、さすがに疲労困憊(ひろうこんぱい)したのか、エヴェリーナはそのまま半壊したベッドに突っ伏し、その後、三日間昏睡状態となったのである。


 一週間後――。

【ヤン・ネポムク王子、異国の姫君と交際宣言!】

【スーリア姫の肩を抱いて微笑むヤン・ネポムク王子】

【挙式はスーリア姫の母国であるアニュス・デイ国にて来月行われる見込み】

【「この結婚が両国の親善と平和と安定のための架け橋となることを切に希望する」とヤン・ネポムク王子談】

【そのことを踏まえて、元婚約者であらせられた聖女エヴェリーナ様も「心よりお祝い申し上げます」と、婚約を白紙撤回することに同意されたとのこと】


 各新聞の一面で踊る一大ロマンスを報じる記事を前にして、椅子に座ったままのエヴェリーナがやるせないため息をついた。

「……同意するも何も今日まで寝耳に水なのですけど」

 婚約破棄はおろか、ヤン・ネポムク王子とスーリア姫が付き合っていること自体、まったく関知も認知もしていないのだから、そんなコメントを出しようがない。


「おおかたマスメディアにあることないこと吹き込んで、外堀を埋めてしまおうって腹なんだろう。姑息なアレが考えそうな手段だ」


 毒を吐きながらも朗らかな笑顔で、金髪金眼の途方もない美貌の貴公子が指先でクルクルとリンゴを回しつつ、まるで毛球の紐を解くように魔術でもって皮を剥いて、きっかり八等分して侍女が差し出した皿の上に乗せた。

 エヴェリーナの又従兄弟(はとこ)に当たるマティアーシュ公爵家の継嗣ルカーシュ公子である。


「はい、剥けたよ。――あーん」

「子供じゃないのですからそれくらい自分で食べられます!」

 そう微かに頬を赤らめながら、ルカーシュ公子の手からフォークごとリンゴを受け取って口に含むエヴェリーナ。

 植物魔術に特化した魔術師が何世代もかけて作りだした王室御用達のリンゴは、市販のそれと違って爽やかな香りとほのかな酸味、そして流れ落ちる蜜の甘さが特徴的な、まさに食べる宝石・芸術品とも言えるエヴェリーナの好物であった。

「あら、冷たくて美味しい。切りながら冷却の魔術も併用されたのですね。相変わらず器用ですこと」

「片手間に一国を守護する聖女様に比べれば、ほんの座興だけどね。――もっとも、今後は()()()()()()()()()()、ずいぶんと楽になるだろうけどね」


 ちらりと新聞の大見出しでスーリア姫を片手に脂下がった笑みを満面に浮かべている、ヤン・ネポムク王子の能天気なアホ面を眺めて、ルカーシュ公子が冷笑を浮かべた。

 元が完璧に整っているだけに、研ぎ澄まされた刃物のような凄味がある。


「はあ~~っ……ということは、今回の婚約破棄についてはお父様も皇帝陛下、ユリウス王、ラドミール殿下も了承済みということですね?」

「まあこうなってはね。無論エヴェリーナ嬢に何ら瑕疵(かし)がないことを公式に表明した上で、それなりの違約金――ベドナーシュ公爵家としては金銭ではなく、帝国直轄領にある龍穴(マナ・スポット)のひとつを割譲することと、宝物殿に眠る歴代のお宝五点で譲らない構えらしいけれど――を払うと明言しているけれどね」

「当然ですわね。それが最低条件として当初から魔術契約をなされたものですから。まさか一方的に破棄されるとは思いませんでしたけれど……」


 憂いるエヴェリーナの『月の女神』とも称される横顔を眺めながら、微かな苛立ちとともにルカーシュ公子が何気ない口調で尋ねた。

「傷ついているのかい、ヤン・ネポムクに裏切られたことに?」

「ええ」

 躊躇なく頷いたエヴェリーナの答えに、ルカーシュ公子は自分が明確にヤン・ネポムク王子に対して嫉妬していることを自覚した――が、続くエヴェリーナの言葉に一気にその感情が霧散するのだった。

「世話をしていた野良猫に噛みつかれた気分ですわ。私なりに(しつけ)をしてきたつもりだったのですが……。それにしてもスーリア姫と婚姻を結ぶとは、本気なのでしょうかヤン・ネポムク王子は?」


 我知らず口角が上がるのを誤魔化しつつ、ルカーシュ公子はアルカイックスマイルを浮かべて肩をすくめた。

「むしろ『正気か』と聞きたいところだけれどね。それと時間帯と前後の状況から考えて、君との魔術経路が断ち切られたその瞬間に、おそらくはふたりは一線を越えたのだろうね。婚約の条件は『結婚するまで両者とも清廉な体であること』という条項も盛り込まれていたわけだから」

「はあ~~っ……ずいぶんと軽く見られたものですわね、いろいろと。仮にも聖ベネディクティオ魔導帝国の王子が」


 皇帝陛下が認めた婚約の一方的な破棄。神聖なる魔術契約に対する侮辱。それによって聖女たるエヴェリーナを危機に陥れた重大事。

 およそ国の(いしずえ)である王族の所業とは思えない軽率さである。


「ま、さすがにあの出来損ないの愚行には、子煩悩――いや親馬鹿、いや亡き愛妻の遺言を順守していただけで、特に息子に個人的な思い入れはなかったか? ――なラドミール殿下も弁解のしようがないということで、粛々とベドナーシュ公爵家からの要求を受け入れたようだ。それと今後一切、エヴェリーナ嬢への干渉は控えるとのことなので、まずは重畳だね」

 憂いの晴れた顔でルカーシュ公子が言い放つ。

「なるほど。もともと能力至上主義であった上層部としては、この機会に王家の不純物(うみ)を切り捨てて、なおかつ交換条件としてアニュス・デイ国で採取される魔晶石の大量輸入狙いというわけですか」

 帝国議会や元老院の意向を読み取って、残りのリンゴをシャリシャリと口に運びながらエヴェリーナが面白くもなさそうに、

「当て馬にされた私はいい面の皮ですわね」

 と続ける。

「いや、別に帝国議会や元老院は最初から狙っていたわけではないと思うよ。あのバカの独断専行の帳尻を、苦し紛れの泥縄で縛って合わせたってだけで」

 苦笑しながら一応長老たちを擁護するルカーシュ公子。

 とはいえ昨今、ろくに魔術が使えない市民の間で魔道具が広く使われるようになり、それに合わせて魔晶石の消費が右肩上がりで増えているのも、それに対して市場が苦慮しているのも事実であった。


「――っと、そういえばそろそろヤン・ネポムクとスーリア姫との独占会見とやらが、魔導放送で帝都周辺に流される予定だったな。どうするエヴェリーナ嬢、つらいのなら」

「拝見しますわ」

 あっさりと言い切って空の皿にフォークを置いたエヴェリーナ。


 その毅然とした姿に改めて見ほれるルカーシュ公子であった。


 侍女が皿を下げて、新しい紅茶を淹れるのを尻目に、軽くパチンと指を鳴らしたルカーシュ公子の合図ひとつで、何もない空中に半透明の窓のようなものが現われた。


 市民であれば中流階級の収入半年分にも相当する魔導放送受信用の水晶画面。それと同等以上のものを苦も無く即興で展開できるからこそ、聖ベネディクティオ魔導帝国の貴族なのであり、国を支える柱と言われる由縁なのである。



《そう致しますと、結婚式はあくまでアニュス・デイ国式で行うと言うわけですか、殿下?》

《ええ、私の身命はすでにスーリアとともにあります。ならばこそスーリアの望む通り。〝郷に入っては郷に従う”というやつですよ》


 画面の中で「あはははははっ」と屈託なく笑っているヤン・ネポムク王子に対して、ルカーシュ公子が鼻で嗤う。

「ふん。神殿で定められた契約を破棄して、聖女たるエヴェリーナ嬢を傷つけた貴様など、どこの神殿でも祝福などするわけがないだろう。仕方ないからアニュス・デイ国で挙式するしかないというのが本音だろうに。それと相変わらず言葉のチョイスがズレいるぞ無能が」


 一方、エヴェリーナはまじまじとヤン・ネポムク王子の顔を凝視して、「この方って笑うこともあるのですね」と呟いていた。

 なにしろ自分と会う時には、いつもぶすっと不貞腐れた顔をしていたので、それが地顔かと六歳で婚約してから十一年、ずっとそう思っていたのである。

 と同時に気になったのは――。


「隠しているけどずいぶんと衰弱……消耗しているわね」

「それはそうだろう。いままではエヴェリーナ嬢が肩代わりしていたが、婚約破棄に伴って魔術経路が断たれたことで、その身分に応じた霊圧が直接降りかかるようになったわけだしね」


 紅茶を飲みながら溜飲が下がったという口調でルカーシュ公子が、エヴェリーナの疑問に答える。

 聖ベネディクティオ魔導帝国の貴族というものは、ほぼ全員が他国であれば大賢者と呼ばれるレベルの魔術師であり、ことに皇帝並びに王族になればほぼ現人神(あらひとがみ)に匹敵する超常の能力の持ち主である。


 彼・彼女たちは文字通り国の礎として、また柱として、霊的に国を守護し支えることを使命としていた。

 その負担はその地位に応じて重くなり、王族クラスであれば並の魔術師なら数日で廃人と化すほどである。


「とはいえヤン・ネポムク王子の継承権は第三十六位。王族なら五歳の子供でも耐えられる程度の霊圧ですよ……?」


 いくら霊力が極端に少ない出来損ないと呼ばれるヤン・ネポムク王子であっても、今年十八歳になる成人男性である。さすがに五歳児以下ということはないでしょう。まさか何かの罰則ですか? と疑念を示すエヴェリーナに対して、苦笑を深めながらルカーシュ公子が説明を加える。


「いや別に罰でも韜晦(とうかい)しているわけでもありませんよ、こいつは。もともと一般人以下の霊力しか持たないボンクラでしたが、どうやらまったく研鑽を積むということをしていなかったようで、御覧の有様。まるで無防備な赤子も同然です」


 こうなることを恐れて、実母である今は亡きヴラスタ妃の是非にとの希望(ワガママ)により、一般市民出身である彼女をこよなく愛していたラドミール殿下(皇帝陛下の孫にあたる)が、使える権力と手蔓を総動員して、当時六歳にして天才、麒麟児と誉れも高かったエヴェリーナを、半ば無理やり息子であるヤン・ネポムク王子の婚約者に据えるという経緯があっのだが……。


「……もしかして理解されていなかったのですか? 国を担うという言霊(ことば)の意味を。仮にも王族が?」

「どうやらそうらしいね。エヴェリーナ嬢の忠告を無視するどころか、事あるごとに『自分に惚れて勝手に押し掛けてきた婚約者だ』とか、『王位目当ての卑しい女だ』とエヴェリーナ嬢を卑しめる上から目線の発言が多く、そのたびに周囲が窘めていたくらいですから――周りも呆れて最近は何も言わなくましたけれど――案の定、まったく理解していなかったようだね」


 そもそも当時六歳の幼女が、会ったこともない七歳の幼児に惚れて婚約者に収まるわけがないだろうし、だいたいにおいて、王族とはいえヤン・ネポムク王子の皇位継承権は途轍もなく低く、あってなきがごとくで、ぶっちゃけ公女にして聖女であるエヴェリーナのほうが遥かに高い。


「この際ついでに打ち明ければ、『急に体がおかしくなった。エヴェリーナが呪いをかけているんだろう!』とか喚いて、五日前に公爵邸(こちら)の門前まで押しかけてきたとかで、当時、昏睡状態であったエヴェリーナ嬢の看病でまんじりともしなかったベドナーシュ公爵閣下の逆鱗に触れ、まあ……いささか言葉にするのもはばかれる罰を受けたと聞いておりますが」


 言外に『部外者として軽々しく内容は口外できません』と含みを持たせた言葉に、そのうち折を見て確認しようと心に留めるエヴェリーナであった。

 なお、ベドナーシュ公爵の答えは、

「ちょっと蛙にして、尻の穴から空気を吹き込んで路上に放置しただけだ」

 という、ある程度分別をわきまえたものであった(その場で八つ裂きにしなかっただけマシである)。


「ともかくも近々王籍は剥奪され、国を離れてスーリア姫の婿になるわけですから、それまでの辛抱……と言い含められて、どうにか納得というか、黙らせたようですが。それにしてもバカな男ですね。たったひとりで聖ベネディクティオ魔導帝国全土を支え切れるほどの霊気を宿した、我が国の至宝――実質的な皇位継承権第一の〝皇女”であるエヴェリーナ嬢との婚約を破棄するとは。まさに豚に真珠だな」

 そうあっさりと国家機密(トップシークレット)を口に出すルカーシュ公子。


 この国において皇帝陛下の長子であるユリウス王も、その息子であるラドミール殿下も『王』『王子』であり、皇位継承権第一位に相当する『皇子』『皇女』と呼ばれる人物は、表立っては存在しないことになっている。

 それにふさわしい霊力と血統の人物が、その時になれば指名される――というのが暗黙の了解であり、現在は誰がそうなのか王侯貴族であれば公然の秘密なのだが、あの調子ではヤン・ネポムクの奴は『聖女』の意味も理解していないのだろうな、とルカーシュ公子は内心で続けるのだった。


 そんなルカーシュ公子の失笑に対して、エヴェリーナはやりきれない吐息を漏らした。

「霊力がなくても芸術や文学、または文官として実績を残す者はいます。王子という身分からくる特権は享受し、そのくせ恵まれた立場にありながら何ら努力もせず、二言目には『霊力がない俺を見下しているんだろうっ。こんな国は間違っている!』と私やこの国の貴族制度に不満を述べるダブルスタンダード。その滑稽さになぜ気づかなかったのでしょうか? ……ふう。つまりは我儘な子供をそのまま大人にしてしまったということで、これは甘やかせた私とラドミール殿下の失態なのでしょうね」

「ふふん、エヴェリーナ嬢。それはいささか不遜な考えですね。そもそも頑是(がんぜ)なき子供ならともかく、分別のつく大人が自分で選んで自分で行った所業はすべて個人に帰結するものですよ。自分の人生は自分のもの。当然でしょう? それを他人が、ましてあのバカよりも一つ年下の貴女が責任を感じるなど、それこそ奴を一個人と見做していないと明言するも同然ですよ」


 そんなエヴェリーナの憂いを一笑に付するルカーシュ公子。

 その言葉に胸を突かれた思いで、エヴェリーナは改めて画面を注視するのだった。

「そう……ですね。ならばヤン・ネポムク王子の決断を見守りましょう」


 と、画面の中心がスーリア姫へと向けられた。

 エキゾチックな容姿に、帝国ではいささか煽情的(はっきりと破廉恥(はれんち)と気嫌いする婦女子も数多くいる)な衣装を身にまとったスーリア姫もまた、満面の笑みで受け答えをする。


《アニュス・デイ国式というと、確か……まずは婚約の(あかし)として、お互いの小指と小指を生のまま食いちぎるんでしたよね?》

《はいデス。ワタシ楽しみです。ヤン・ネポムク様の小指を食べられる時が》

《――えっ!?》


 にこやかに答えるスーリア姫。画面が見切れて見えないが、隣からヤン・ネポムク王子の素っ頓狂な声が響く。


「……知らなかったのでしょうか?」

 割と有名な風習なのですけれど、と言葉に出さずに続けるエヴェリーナに相槌を打つ形で、ルカーシュ公子が頷いた。

「知らなかったんだろうな」


 画面の中ではにわかに顔を強張らせてダラダラと汗を流すヤン・ネポムク王子の隣で、無邪気に舌なめずりをするスーリア姫へ向かって、キャスターが質問を続ける。

《それと王家の配偶者は、共感魔術の一種で全身に同じ入れ墨を入れるのでしたよね? 麻酔なしで》

 そんなスーリア姫の手足や背中など、いたるところに原色の入れ墨が彫られていた。

《えっ、それ化粧じゃないの!?》

 再び愕然とするヤン・ネポムク王子を無視して、スーリア姫が艶然と笑いながら頷く。

《そうデス。結婚式までに全身に彫りマス。ワタシ、ひとつ彫るだけでも三日三晩寝られなカッタ。それ一気に彫るんだからタイヘン。二人に一人は耐えられずに死ぬネ。けど、それを乗り越えられる勇者ダケガ王配になれるネ》


 その答えに、もはや無言で震えるだけのヤン・ネポムク王子。


《それが終わると、最後にお互いの心臓の上に〝(きずな)の紋”を描くネ。これは文字通りお互いの命を結ぶものデ、どちらかが死ぬと同時に寿命を迎えるモノ。『たとえ死がふたりを分かつとも、ふたりは永遠に別れない』という誓いの形デス》

《なるほど、ロマンティックですね! とはいえ確かアニュス・デイ国人の平均寿命は三十歳前後でしたよね? 帝国は魔術治療が普及しているので、平均百二十歳ですが》

《アニュス・デイは自然のままに生きるのが本分ネ。結婚して子供を作って、次の世代にバトンを渡すのガ、人の営みデス》

《なるほどなるほど。愛のために様々なしがらみや特権を捨てて、アニュス・デイ国人となられるヤン・ネポムク王子。いまの心境を一言で言うならば?》


 促されても死人のような顔色で震え続けるだけのヤン・ネポムク王子。


《……幸せ過ぎて喜びに打ち震えて言葉にならないヤン・ネポムク王子でした!》

 そこは適当にまとめたところで、独占取材とやらは終わった。


 再び指先ひとつでスクリーンを消したルカーシュ公子は、ため息とともに誰にともなく注意を喚起する。


「この調子ではあのバカがエヴェリーナ嬢に助けを求めに来襲するかも知れないな、恥知らずにも。私もアレをできる限り止めるつもりだが、バカの行動力というのはこちらの予想を悪い意味で裏切るのが常なので、十分に注意しておいてくれ」

 その言葉に無言で頭を下げる侍女や警備兵たち。

「わかりました。私の方でも結界を張っておきます。霊力のないヤン・ネポムク王子では突破はできないと思いますわ」


 エヴェリーナの言葉に苦笑いを浮かべるルカーシュ公子。


「貴女が本気で張った結界を突破できる者など、ヤン・ネポムク王子どころかこの国に五人といないと思いますが」

「とはいえ、そうなるとヤン・ネポムク王子が出国するまで、屋敷から安心して出られそうもないですから退屈ですわね」

「病み上がりですから、ちょうどいい休養だと思ってください。それに――」

 そこでルカーシュ公子は改まって威儀を正した。

「それにお邪魔でなければ、私が今後も折を見て見舞いに訪れますので、無聊(ぶりょう)の慰めになれば、と。――ああ、いえ、これは建前ですね。実のところ見舞いにかこつけて、誰よりも早く貴女に会いたかっただけです。エヴェリーナ嬢、ずっと貴女に恋をしていました。どうか私とお付き合い願えませんでしょうか?」


 そう折り目正しく、真摯にかき口説くルカーシュ公子の態度に面食らった様子で、エヴェリーナは瞬きを繰り返した。


「付き合う……というのはどういう意味でしょう? 婚約という意味なら、家同士の契約であり私個人の意見は介在しないと思うのですが?」

「それに関しては皇帝陛下並びに元老院も、『余計な口出しはしないので、好きな相手と結ばれるがいい』との言質を得ています。今回の件に対する詫びなのでしょう」


 思いがけないルカーシュ公子からの告白を受けて、しばし考え込んだエヴェリーナは、

「正直言って、いまはすぐさま色恋沙汰にうつつを抜かせるような気持ではありません。けれど、気持ちが落ち着けば、そして貴方の気持ちが本気であれば、私の心も変わるかも知れません。そのためには、まずは『この国でも突破できる者が五人といるかどうか』という私の結界を無事に通り抜けられ、私に会いに来てください。それからですわ」

 そう提案したのだった。


「なるほど。ならばその障害、なにがなんでも突破してみせましょう!」

 そう自信ありげに宣言するルカーシュ公子であった。



 そしてその翌日――。

「エヴェリーナっ! 助けてくれ~っ! 殺される!! 僕が間違っていた! この結界を開けてくれーっ!!!」

 結界の前で恥も外聞もなくキーキー喚いているヤン・ネポムク王子を尻目に、鮮やかな手際で結界に自分だけが通れる穴を開けて、一瞬で素通りするルカーシュ公子の姿があった。

エヴェリーナ嬢はルカーシュ公子と幸せな家庭を築いて、なお二十年後に女帝として即位し、百年近く帝国を支えることとなった。

老いてなお霊力は磨き抜かれて、帝国全土を支えて矍鑠としていたとか。

帝配であるルカーシュ公との間には十人以上の子供と、さらに晩年は二百人近い孫やひ孫に囲まれて幸せな生涯を送ったとのことである。


なおヤン・ネポムクは最初の入れ墨の段階で逃げ出し、スーリア姫の失望を買ったが、帝国との関係上離縁するわけにもいかず、翌年、国内に凶事が続いたことから国事として、スーリア姫は生贄として聖なる山の噴火口に身を投げる儀式のついでに、泣き叫ぶそれの手足を縛ったまま一緒に溶岩の海へ投げ入れられ、短い生涯を終えたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 相手の風習くらい調べましょう それすらしないからボンクラなんだけど 帝国としては不良債権を他所に押し付ける事が出来て次代の女帝がフリーに そこに優秀な帝配がくっついて万々歳、相手側は凶事の…
[一言] ヤンのあっけない最後に(笑 スーリアと共に最後を迎えられて、良かったっすね、ヤン!
[一言] 皇位継承権の話、めちゃくちゃファイブスター物語っぽいですね。
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