3. 三月 町娘リリィ
私はこれから生まれ育った町を出ます。
初めての一人旅。初めての都会。初めての一人暮らし。初めて尽くしで期待と不安が入り交じりますが、田舎暮らしの町民には、やはり期待が上回ります。
「行ってきます」
「何時でも帰って来ていいから。気をつけてな」
「貴方なら楽勝よ。楽しんで来なさい」
笑顔で両親に挨拶すると、見送りに来てくれた皆も笑顔で送り出してくれます。
これからの生活に胸を踊らせ新しい生活の一歩を踏み出しました。
◇◆◇◆◇
一日目
街道ができ、ほとんど出なくなったと言われた魔物の襲撃に遭いました。
旅慣れた商人さんはここ数年で初めて襲撃されたと言いました……。
二日目
急な天候の変化に巻き込まれ、変な小屋で一泊する事になりました。
夜中に見たことも無い妖精が現れて好き勝手喋って消えていきました。お陰で私は寝不足です。
三日目
魔物に襲われている女の子を救いました。何でも病気のお母さんの為に近くの森に薬草を取りに来たそうです。
女の子の家まで送って行きお母さんに回復魔法をかけました。
四日目
ここで領都に向かう乗り合い馬車を待ちます。次の出発は三日後だったので、この日は市場を見て廻りました。スリに遭いそうだったので逆に捕まえると村長の息子でした。スリの被害には遭ってなかったのでこちらが一方的に悪く言われましたが、私がソルテール家の娘だと分かると途端に手の平を返しました。母様が言っていた手の平ドリルを初めて見たです。
五日目
もうトラブルはごめんでしたので、ずっと宿にいました。
夜御飯を食べに階下降りると酔っ払いに絡まれました……。
六日目
今日は領都行きの馬車が出ます。
一緒に乗り合わせたのは若いながら商談帰りという商人のヒルドさん。
明らかに普通のメイドとは思えないシャルさん、ナナさん、エリーさんの三人娘さん。
とても強そうには見えない護衛のテッドさん、リーさん、バッシュさんの冒険者さん。
そして毎日トラブル続きの私です。
この時点で私には落ちが見えていました。
違うのです。私がトラブルに愛されているわけではありません。父様と母様が町を出る前に、「魔物に遭いそう」とか「酒場で絡まれそう」やら「困っている人を助けるが定番」とか言っていたのは、予想ではなく予言だったのですか? と聞きに帰りたいレベルです。
ドキドキの馬車の旅ですが私はなるべく他の皆さんに迷惑をかけないよう一人でいました。会話も最低限だけ、何がトラブルへと進展するか分からないです。
しかしそんな私の心配は杞憂だったようで一日、二日と何事もなく進み、この旅始まって以来の心安らぐ馬車移動でした。
そして九日目、乗り合い馬車に乗ってから三日目の今日、いよいよ街に到着する最終日です。残っているフラグの中には「盗賊に遭う」の様な物騒なのもありますが、御者さんの話では街に近づくにつれ盗賊は減るそうです。そもそもの話、必ず冒険者の護衛を雇う乗り合い馬車を盗賊は狙われないとの事安心です。
街の外壁が見えた時にやっと安堵の溜息が出ました。そうですよね。あんなに毎日トラブルがある方が異常なのです。
ちょっと余裕が出来たのでシャルさんの質問に答えました。
「私は友達を作るために来たのです」
「友達……ですか」
「はい。ブタ──おねえさんに同年代の女友達は必要ですと言われたのです」
危ないです。ブタさんで通じるのは家族だけですものね。ヒルドさんにはキョトンとされましたがシャルさんは笑みを崩さずにいます。メイド長なら花丸100点をくれる対応ですね。
「そ、そうよね。友達は大事だよね。街で同年代の友達出来るといいわね」
「はい。頑張って学園で友達つくるです」
学園の言葉にヒルドさんが反応して何やら思案中ですね。
動かなくなったヒルドさんを置いておいてシャルさんとお話を続けます。その時大きく馬車が揺れるのと急停止しました。
どういうことです? 街に近づくにつれ盗賊は出なくなるんじゃないのです?
馬車の周りを囲んでいるのは、どう見ても盗賊でした……。
まだです。まだ馬車には護衛の冒険者さんもいますし、ナナさんやエリーさんは明らかに荒事に馴れた人達。このまま黙って観ていて「怖かったけど無事に終わった」があるかも知れません。
そして戦いが始まります。
冒険者さん達がひよってしまったのは予想外でしたが、ナナさん達の強さも予想外でした。このままなら何とか突破できそうですね。
──そう思っていたのですが……。
突然のテッドさん達の裏切り。
前線で足止めしていたエリーさんが崩れ落ち、ナナさんも捕まってしまいました。さてどうしましょうか? ヒルドさんはまだ余裕のある感じですが、シャルさんは真っ青な顔になってしまっています。
「へへ、わかっているだろ? 降りな」
いかにも下っ端っぽい男が下卑た笑みを浮かべながら言ってきました。「大丈夫ですよ」ヒルドさんは言いますが大丈夫な要素はどこにもありません。
予想していた通りヒルドさんの交渉は失敗します。ただどう見ても成功する見込みがない交渉に失敗したヒルドさんが驚いている事に驚きです。
流石にこれ以上は観ているだけって訳にはいきませんよね。
全く──本当にお父さんとお母さんが立てたフラグは裏切ってくれませんね。私としてはここまでの色々な出来事でもうお腹一杯なんですが……。
「あぁ~ん。何言ってんだお前?──」
どうやら考えていた事が口から出ていたようです。
不愉快に笑う連中を冷めた目で見ます。大丈夫、落ち着いています。戦闘の時は心は熱く、頭はクールにですよね教官。
「アポーツ」
私の魔力によって印を付けた物を手元に引き寄せる魔法。これで馬車に置いてある「木刀」を引き寄せます。位置出しもバッチリ90点です。
シャルさんに触ろうとしているマヌケ顔を手始めに殴り飛ばし、魔力を練りながら目の前の馬鹿を返す刀で吹き飛ばします。こちらの異常に反応される前に──。
「スタンボルト」
ナナさんエリーさんを拘束している人達を無力化。これで時間が稼げますかね。シャルさんには自身で防御魔法をお願いしましょう。
まずは出血が激しいエリーさんから、この箇所なら内臓は大丈夫でしょう。咄嗟に致命な位置を避けたのは流石ですの80点。ナイフを一息に抜き、同時に回復魔法を発動、出血を止めます。そう言えば毒がなんちゃらって言ってましたっけ?
「解毒」
エリーさんは苦悶の表情ですが、回復魔法は得意ではないのでそこは勘弁して欲しいところの60点です。
そんな私を後ろから声を掛けて剣を振りかざす馬鹿がいます。死角から攻撃するのになんで声を出すのです? これは0点。起き上がったエリーさんに殴りつけられてます。
ナナさんの方は骨折じゃなく脱臼ですね。え~っと確か位置を合わせて一気に──角度を確認して蹴りあげます。良しとりあえずハマりましたね! 痛いと転がっているけど一発でハマったので50点です。ナナさんにも回復魔法をかけます。師匠に見られたら下手くそと怒られまそうですね。
「手伝って欲しいです」
この人数を生かして無力化するのは難しいのでお手伝いを頼みます。ナナさんは「わかってる」と言いエリーさんとシャルさんに群がる盗賊達を倒していきました。なら私は今のうちにあっちを片付けておきましょう。
リーダーと思しき男とテッドさん達三人組の元へと走ります。
「なんなんだよ……お前は……」
何故か青い顔をしたテッドさんに聞かれました。
「? 学生……ではまだないです。入学前ですし……ただの町娘でしょうか?」
「んなっ……ふざけやがって」
三人共に攻撃してきますがこれは酷いです。こうもタイミングがズレていては同時攻撃の意味がありません。これではただの三連撃10点です。
一人早く飛び込んで来たバッシュさんの剣をいなして体を入れ替えます。リーさんの前に押し出される形になったバッシュのお腹にナイフが刺さります。今日はよくよく味方にナイフが刺さりますねリーさん。二人まとめて蹴り飛ばしておきます。
刺した方も刺された方も慌てている中、リーダーのテッドさんだけは私から目を離さずしっかりと二人を陰にするように動き斬りかかって来ます。間合いの詰め方は50点といったところでしょうか、しっかりと相手の剣を私の剣で受け止めます。動きはまあまあだったのに斬撃自身に工夫のない一撃10点です。
「なんで木刀なんかでこの魔剣を止められるんだよ!」
魔剣って……。こんな魔力のほとんど通らない剣が魔剣な訳ないじゃないですか? なにを勘違いしているんでしょう。
力押しからの巻き上げでテッドさんの剣を弾き飛ばし、鳩尾に柄をめり込ませます。
「あとは貴方だけですね。降伏してくれると嬉しいです」
「巫山戯たガキだ! するわきゃねぇだろーが!」
盗賊と云うより山賊のような外見のリーダーさんは大きなバトルアックスを担ぐと、一瞬で私との距離をつめて来ました。テッドさん達とは比べ物にならない速さです。
「死ね!」
「だけど師匠に比べればおそおそです」
こちらの虚を狙った攻撃ですが、うちの師匠はこの三倍は速いですね。大体師匠なら攻撃のタイミングすら感知させてくれません。気がついたら叩かれてます。
バトルアックスの重さも利用した打ち下ろしの一撃。これを余裕を持って剣で受けます。
「なん──」
「良い一撃です。80点」
実際今日見た中で一番の攻撃でした。筋力だけに頼らず、重さと速さがきちんと武器に伝わるよいモーションでした。
剣先を滑らせる様にいなすと、リーダーさんは自分の放った威力そのままに地面に大きな穴を開けます。いなした動きそのままに身体を回転させるとそこには無防備な頭を木刀でポカリとします。
「化け物だ……」
失礼しちゃいますね。私なんてお父さんの所じゃ文字通り子供扱いです。
シャルさんがヒルドさんを守るように障壁を張った事により、ナナさん、エリーさんのお二人が気兼ねなく盗賊さん達を狩り始めます。私も逃げよとする人達を魔法で拘束していきます。
それから30分もしないうちに盗賊団は捕縛されました。
それからヒルドさんやナナさん達に御礼を言われました。
けどそんなヒルドさんに私は剣先を向けます。だって恐らくこの盗賊達はヒルドさんの策略ですもの。
意外とあっさり口を割ってくれたです。
後は彼らの処遇ですが、このまま黙っていてシャルさんに任せてもよいのですが……。
青白い顔で狼狽えているシャルさんを見ると、自分達を襲ったとはいえ三十人以上の生殺与奪権を決めさせるのは気が引けます。
──仕方ありません。
私は準男爵子女である事を明かして彼らの生殺与奪権を貰います。貰いましたがどうしましょうか? ヒルドさんが懇願するような目で見てきます。
こんな時父様、母様なら──そうです。親孝行と行きましょか!
□■□■□
「全くお前達親子はいい根性してるよ」
白のノースリーブシャツに黒のベスト、黒いスラックス姿。ウチにいるウサギさんとお揃いのチョーカーとカフス、そして黒いうさ耳が特徴的なお姉さんは人参スティックを不機嫌そうに齧りながら私を睨みます。
「カランさんお久しぶりです」
「お久しぶりじゃねーよ。お前は着いて早々に面倒事持ってきやがって」
無事に領都に着いた後、私がヒルドさんと盗賊達の事を頼んだのは、お父さんが懇意にしている商会です。
武器、防具は勿論。食料生鮮品、衣類、雑貨。奴隷に魔物何でもござれのこの商会なら何とかしてくれると思ってきました。
「門の衛兵には話は通してもらいました。全員の身元引受けと処分をお願いしたいです」
「図体ばかりか、態度も大きくなったな~おい!」
カランさんは目を細め威嚇するようにこちらを睨んできます。初めて会った時は私の方が小さかったですが今では背も抜いてしまって下から見上げるように睨んで来る姿はちょっと可愛いです。
「七三でお金は父様の方にお願いするです」
「馬鹿野郎、お前らが三だ。あんな盗賊崩れなんて売り先探すのだって手間だ」
「最近大きな地底湖まで行けるダンジョンで荷運び用のダンジョン奴隷が人気で品薄と聞いたです七三」
「おまっ売り先まで決めてるのかよ。四六」
「それに怪我はしてないはずです。荷物持ちとしては十分使えるです七三」
「わざわざ回復魔法で治してあったのはその為か! それと交渉では相手に寄せてこいよ! なんでお前は七三から動かないんだよ!」
こちらを指差し激昂したように言います。でも本当にしたようになんですよね。
「グシロフォーニ商会」
「んっ?」
「とぼけても駄目ですよ。本人から聞いてます。お飾りですが商会のトップです使い道は……ありますよね」
怒った顔をしていたカランさんがニヤリと笑う。
「クソッタレ。本当に可愛く無くなったな! でも六四だ。ソルテール領までの輸送代だって馬鹿にならん」
カランさんは本当に優しい。私がお父さんの為に送ろうとしている事を分って話している。
「お願いするです」
「わかったよ。契約成立だ」
そう言って一枚の巻紙を手渡してきます。中には今言った内容と六四の金額が書かれた契約書。やっぱりまだカランさんの方が上手です。
「それでお前は?」
「?」
「これじゃあ苦労したお前の取り分がないだろ! お前は何が欲しいんだ?」
「私は……父様達に恩返しがしたいです。拾ってくれただけじゃなく、養女として育ててくれた恩を少しでも返せ──痛っい!」
おでこに強い衝撃がきました。カランのデコピンです。
「ガキがナマ言ってんじゃねぇ! 子供なら大人しく甘えてろ」
用は終わったとばかりに背中を向けるカランさん。
「今日は急すぎて時間がねぇ。今度の休みにケーキ屋連れてってやる。お前の報酬はそれだけだ」
それだけ言うと急ぎ足で行ってしまいました。
本当に私の周りは優しい人達だらけです。
これから入寮手続きと部屋の整理をしないとですね。
家を出てから十日でこれだけの騒動……。せめて学園生活は穏便に過ぎて欲しいです。
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