2. 三月 騎士シャルロット
私、シャルロット・プリドゥエンは貴族である。
だけど自分が貴族という感覚は限りなく薄い。父は自由な冒険者。母は規律と伝統の王国騎士。そんな両極端な二人が大恋愛のすえに結婚、私が生まれたのは素敵な話なのだが……。
領地も持たない名ばかりの準騎士爵。力も無ければ、お金もない──。
父は冒険者としては有名だがそれだけ、母も元男爵子女だったが結婚を反対され勘当されていた。
社交界に出ても、特に後ろ盾がない私ではダンスのお誘いも無く常に壁の花。鍛錬場では令嬢が兵士に混ざって訓練なんてと腫れ物に触るよう……。どこに行っても居場所が無いのがシャルロット・プリドゥエンの日常だった。
『成り上がり』『貴族もどき』『貧乏貴族』シャルロットの耳に入る心無い言葉の数々は、彼女を更に社交界から遠ざけ屋敷に籠らせるようになる。
だがシャルロットは腐らなかった。いつか我が家を馬鹿にした者達を見返してやろうと、必死に勉強、鍛錬をして遂にはこの国に七つしかない学園に合格してみせたのだ。
「シャル。馬車の時間」
「クスクス。ナナさん『シャル様』……よ」
いつも通り呼び捨てにするナナさんをエリーさんが戒めます。
「シャル……様。馬車の時間」
「クスクス。『時間です』……よ」
「……」
「エリーさんまだいつも通りでいいですよ。ナナさん学園内で気をつけてくれればいいです。他の人がいない所では気にしないで」
「わかった」
「『わかりました』……よ」
「……」
んべぇ~と舌を出しそっぽを向いてしまうナナさん。可愛い。
ナナさんは私達の中で一番年上の二十五才。元冒険者の優秀な魔術師だったそうだ。
でも全然そうは見えない。
別に優秀に見えない訳じゃないのよ。外見が二十五才に見えないの。その幼い見た目のせいで、十二才の私と良く姉妹と間違えられる程だ。身長も体型も似た者同士だから仕方ないのかもしれない。エリーさん曰く昼間寝て、夜更かししてるから育たないそうだ。でも私はまだ成長期のはず気をつけよう。
だけど実力は一流。若くしてCランクへと上がり将来を有望視されていた。今は私の魔術の先生で厳しい。
「クスクス。舌を出さない……の」
そしてナナさんといつも一緒にいるエリーさん。歳はナナさんの二つ下の二十三才。
こちらはボッキュンボンな大人な女性って感じがする。おっぱいも大きい。私もそのうちあれくらいになる予定。
いつも笑顔──に見えるが、時々村で『馬鹿にしてるのか!』と絡まれてる事があるから人によって見え方は様々なんだろう。私の体術の先生だ。
二人とも私が学園に入学するにあたって、従者兼護衛として着いてきてくれた優しい人達。
私達は今お揃いのメイド服姿。
二人の従者にお嬢様一人では襲って下さい見られかねない。その点メイド三人なら『人質としての価値はないですよ』と知らせる事ができる。村娘三人でも良かったかもしれないがナナさんもエリーさんもそんな服は持っていないとの事。なら「皆メイドで良くない?」となり私はナナさんからメイド服を借りている。
十二才の私が二十五才のナナさんの服を借りて胸元までピッタリなのはナナさんの名誉の為にも言わないでおきましょう。
でも私の貴族オーラでバレたりしたらごめんなさいね。
──すみません。嘘です。村娘全然いけます。
「行きましょうか。道中の私はメイドのシャルです」
「おけ」
「クスクス。りょーかい」
□■□■□
「今なんて?」
「クスクス。聞いてなかったのですか? あの子シャル様と同い年らしいですよ」
二日目の野宿の時。
寝所の用意をしている時に聞いた衝撃の一言でした。
皆と関わろうとせず、今も一人座ったまま眠る少女の姿に目をやります。自衛用なのか木刀を抱くように眠っていますが、その木刀が胸の谷間に挟まって──挟まって?……。胸に物が挟まる事なんてあるの? 世の中は不公平です。思わず目の前で揺れていたエリーさんの胸の谷間に手を挟んでみます。
柔らかい。暖かい。気持ちいい。今日私はここで寝ます。
馬鹿な事を考えているとポカリとエリーさんに優しく頭を叩かれました。
「準備が……先よ?」
それって準備が終わったら良いって事?! 急いで椅子替わりの荷物をどかし横になれるスペースを作ります。毛布を出して床に引くとマントを羽織って終了です。
「クスクス。はい……どうぞ」
同じ様にマントを羽織ったエリーさんが前を開き私を優しく迎えてくれます。ちょっと恥ずかしいですがエリーさんに横から抱きつくようにくっつき、その大きな胸に顔を埋めます。
な~に~こ~れ~。
フワフワのフカフカで気持ちいい──。
春とはいえまだまだ夜は寒いのですが、エリーさんに抱かれて暖かです。
お陰でとても良い夢が見れました。大きく育った私です。
当然胸もポヨンポヨン。エリーさんにもあのリリィって子にも負けてません。何ですナナさん? 僻みですか? 以前は同族でも私はまだ成長期なのです。ふははははは──「見て胸が山のようです」
歯噛みするナナさんに高笑いしている所で目が覚めました。
起きて自分の胸元を確認すると見慣れた平野が広がっています。
人の夢は儚いですね。
□■□■□
やばいです。まずいです。絶体絶命です。
なんでこんな領都近くに、これ程の規模の盗賊団が?
護衛の冒険者は裏切り者で。ナナさんは捕まり、エリーさんは毒で動けません。
ヒルドさんが自分の商材を引き換えに何とか命乞いを試みましたが失敗のようです。
真っ青な顔で崩れ落ちるヒルドさんを見て私の恐怖は極限まで達しました。私達はこれからどうなってしまうのでしょうか……。
盗賊の一人が汚い手を伸ばしてきます。嫌っ! 誰か助けて!
その時です。私同様に立ち竦んでしまっていると思われた少女リリィが動きます。
「アポーツ」
聞きなれない魔法名……効果は一瞬にして分かります。彼女の手元に木刀が現れ今にも私に触れようとしていた男を一撃で叩きのめしました。
そこからはもう「凄い」の一言です。
魔法によってナナさん達を拘束していた男を無力化。エリーさんの毒の治療とナナさんの肩を蹴っ飛ばして治療します。
そして裏切った冒険者達を手玉に取り、リーダーと思しき盗賊も簡単に倒し、今もナナさん達と遜色のない動きで残敵を掃討しています。
その間私はというと、皆さんの邪魔にならないようにヒルドさんを守るように障壁を張り続けるのみ。同じ十二才なのにCランク冒険者であったナナさん達と同等に動けているリリィに軽い嫉妬心を覚えます。
その後、30分もしないうちに盗賊団を壊滅させてしまいました。
「ありがとうございます。皆さんは私の恩人です!」
ヒルドさんは戦いが終わるとリリィ達の元へ走っていき頭を下げてお礼を言います。
「リリィ……さんでしたよね、本当にありがとうございます。貴方がいなかったらきっと私達も酷い目に会っていたわ」
私も大人しく頭を下げます。
「貴方達は巻き込まれただけですし」
「?」
「いえ、気にしないでくださいです」
盗賊達もひとまず木に縛り上げておきます。こうして置いて後から街からの守備隊に引き渡すそうです。
ナナさんははリリィに話しかけていました。
「強いね。冒険者登録はしてる?」
「はいです」
「ランクは?」
「Gです」
「G!!」
Gと言えば初心者講習すら終わっていない最低ランク。駆け出しの駆け出しクラスだ。冒険者と名乗る事すら笑われます。
しかしこれにはエリーさんもびっくりな様子。
「貴方程の実力でなんで?! D、いえCでもおかしくないわよ!」
「そうですか」
「今までどんなクエスト受けてきたの!」
「クエストを受けた事はありません」
「……なんで冒険者になったの?」
「両親がお金儲けに使えるから取っておけと。領都では登録がめんど……厳しいと聞いたので村を出る前に登録だけしたのです」
「そんな理由で取らせる親がいるなんて……変わったご両親なのね」
「はい。そこは否定出来ないです」
全くでしょう。
お金の為に腕っ節に自信があるものが冒険者の扉を叩くのは珍し事ではありません。他には名誉や探求、正義心など冒険者になる理由は様々だが、どちらかというと荒事がメインの冒険者は命の危険が隣り合わせであり一般人には忌避される職業です。真っ当な親なら自分の子供が冒険者になると言ったら止めるでしょう。私も取ろうとして親に止められましたし。
「冒険者の先輩としてアドバイス」
「元」
ナナさんの言葉にエリーさんが付け足す。
「元でも冒険者の先輩! 冒険者は一般人を優先する決まりがある。さっきの場合先に助けるのはヒルドさんとシャル。私達は後回し」
「シャルさんは助けました」
「ヒルドさんの周りにはまだいたでしょ」
「?」
「なんでキョトン顔なの!」
「だって、この盗賊達はヒルドさんの仕込みですよ」
「!?」
「!?」
「!?」
「!!」
そう言って少女リリィはヒルドさんに木刀の切っ先を向けたのだった。
「な、何を根拠に……」
「あっそういうのはいいです。それに他にも証人は沢山いますし──」
縛られた盗賊を見渡します。生け捕りにされている中にリーダーの姿があるのを確認して観念したのかヒルドさんはあっさりと認めました。
「そうです。今回の盗賊は当商会が雇ったものです」
「何故です?」
「狂言強盗の予定だったのです──」
そこからヒルドさんはポツリポツリと話し始めました。
ヒルドさんは昨年までただの学生だったのに急に親が亡くなって家督を継いだ事。商会はかなりの火の車だった事。やもなく今回の狂言強盗に至ったとの事……。
もともと怪我人は出さない予定だった。
この馬車に貴族子女が乗る情報を得ていたので、馬車を襲い積荷と引き換えに見逃してもらう。その後貴族から謝礼金を貰い、さらに貴族とのコネが出来る。積荷のミスリルは元々盗賊に売り渡す予定との事でした。
「本当にすみませんでした。貴族様に怪我まで追わせたのだから覚悟はしています。ですが虫のいい話とは思いますが、せめて商会の者達はどうか見逃してもらえないでしょうか!」
道中で捕まえた罪人はその場にいる一番身分が高い人が決定権を持つ。この中では子供とはいえ貴族である私が一番だろう。なのでこうやって情に訴える方法は往々にしてよく見られる。ただ問題なのは──
地面に土下座をして謝っているのが私にではなくナナさんにという事だろう……。
「……私、貴族、違う」
余りの事にナナさんも何故かカタコトです。
「えっ? で、でも確かに今年から学園通う十二才の少女がこの馬車に乗ると──」
それは私の事ですね。どこから情報が漏れたのか気になりますが十二才と間違えられたナナさんの落ち込む姿がそこにありました。
「その……貴族子女は私です。プリドゥエン準騎士爵が長女シャルロット・ツェー・プリドゥエンです」
スカートの裾をちょこんと摘み持ち上げます。
「重ね重ね申し訳ありませんでした! …………準騎士爵? 情報ではちゃんとした貴族だと──」
『貴族もどき』ですがなにか? 準騎士爵はちゃんとしてないとでも? 準騎士爵と聞いて驚いた顔をするヒルドさんにらイラりとします。腐っても商人なら顔には出さないで欲しいですね。
わかってますよ。領地も貰えない名ばかり貴族は貴族では無いと言いたいのでしょ? そんなの子供の頃から言われてますから。
この人は自分の処分が私の匙加減で決まる事を忘れてないでしょうか? 不敬罪で死罪ですよ? 嘘嘘そんなの決めれる訳ないですよ、自分が殺した様で気分が悪いです。だって三十人ですよ、三十人。でもやはり私が決めなくては……高貴なる者の義務
こんな時だけ貴族扱いって本当に嫌になります。いっそこのリリィって子がこっちも解決してくれないでしょうか? って無理ですよね……護衛も付けずに一人旅をさせる貴族なんて──。
「すみませんが皆さんの処遇は私が決めてもいいです? 私ソルテール準男爵が長女、リリィ・フォン・ソルテールです」
護衛も付けずに一人旅している貴族いたーーー!!
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