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1. 三月 商人ヒルド

 

 どうして。

 どうしてこんな事に──


 周りには三十を越す盗賊。

 目の前には血に濡れた切っ先。

 自分の周りには最早味方はいなかった。

 ああ……僕はここまでなのか……。

 観念したように目を閉じた僕に剣の持ち主は──。



 □■□■□



 山道を走る馬車の揺れが、少し小さくなってきのは街に近づいてきた証拠だろう。領都まであと少し……あと、少しで……。

 自然と目を向けるのは、揺れる馬車の中で一際場所をとっている自分の荷物である。


「大丈夫。大丈夫だぞ」


 緊張で震えそうになるのを落ち着けるため、ここまでの経緯とこれからの予定ですを考えていた。

 昨年父が急死して急遽継ぐことになったグシロフォーニ商会。今年で十八になる若造の僕ではどう考えても荷が重かった。下降線を描く経営の中でも支えてくれた従業員の為にもこの『計画』だけは成功させてみせる。


「そこでな、俺はこう言ってやったんだ。『その魔剣は偽物だ!』ってな──」


 こちらの気持ちなんてどこ吹く風で、大きな声で喋っているのは、乗合馬車の護衛をしている冒険者達のものだ。これ見よがしに派手な剣をチラつかせるのはテッドと呼ばれるこのパーティーのリーダーだが、彼は先程から自分が如何に博識で剣の才能があるか語るのに忙しいようだ。


「よっ流石リーダー」


 つまらない話を盛り上げているのはテッドの仲間であるリーとバッシュである。


「俺は剣の腕だけじゃなく、目利きにも自信があるんだ。これだって──」


 そう言うと自身が持っていた剣を自慢げに叩く。

 見た目重視のゴテゴテとした装飾が付いた鞘に、実用的とは思えない細く彫り込みの入った柄が見える。とても実戦に使う剣には見えない。


「──鍛冶屋の親父が飾っていた代物だが、俺は見た瞬間ピンと来たね。これは魔剣だって」


 魔剣──

 魔力を通す事によって様々な効果が発動する剣。

 刀身に属性を付与できる一般的な物から、火球や真空波を放出出来るもの、使用者を自動回復させる物、地形すら変えてしまう恐ろしい物もあるらしい。あれがその魔剣か──。


「あの時のリーダー本当に凄かったっすよね! 『これはただの装飾剣だ』って引かない親父に金貨投げつけて無理やり購入しましたものね」


 それは本当に装飾用なのではないだろうか? 見た目重視の装飾用の剣は確かにある。外見のみにこだわり、とても戦闘に耐えられる剣じゃない。実戦で使われ折れて文句を言われるのが嫌だっただけでは? こんな奴らで本当に大丈夫なんだろうか? と思わず首を捻ってしまう。


「商人さんはやっぱり何かの買い付けですか?」

「ヒルドでいいですよ」


 同じように彼らの会話に辟易していた様子のメイド服少女シャルに声を掛けられた。彼女はお揃いのメイド服を着込んだ何とも目立つ三人組の一人だ。

 良く喋る活発的なシャルと、常に冷笑のような乾いた笑みを浮かべているエリー、そしてほとんど食べて寝ているだけのナナ。

 そしてナナはおそらく貴族のお嬢様だと僕は考えている。ここまでの旅中では、まるでメイドさんらしくない振舞いで、まるで強引に服だけ着替えさせられたように感じたのだった。それに昨年まで学園で貴族の子供を嫌という程見てきた僕にはわかる。この子はきっと貴族だと。


「私は買い付けをしてきた所ですよ。こんな若輩ですが父から商会を受け継ぎまして」

「すっご〜い! 大旦那様なのですね。お給金が良ければ是非私を雇ってくださいよ」

「はっはっはっ。とても貴方のような方を雇える身ではありませんよ──」


 ()()じゃなく私をですか……。どうやら予想通りですね。

 貴族令嬢ナナを他の二人が護衛で付いている感じですかね。今もエリーにもたれかかって眠っている少女に優しく上着を掛けてあげています。その光景はやはり主人と侍従の関係にみえますね、これは間違いないのではないでしょうか。

 貴族との交渉を頭の中で考えつつ、これからの計画にも思いを馳せている間に、テッド達の自慢話は夢物語へと進化していました。


「──今回の仕事で大金が入る。そしたら装備を整えて街のダンジョンで一獲千金を目指すぞ!」

「おう!」

「やりますよ!」


 なるべく相手にしないように素知らぬ顔を突き通していたが、このセリフには思わず顔に出てしまう所だった。

 だが我慢できた自分とは違い、顔に……いや顔どころかはっきり声に出してしまった人物がいたのだ。


「クスクスクス。貴方達が街のダンジョンを目指すですって?」


 自分にもたれかかっている少女と同様に眠っていると思われたメイド少女……いや少女というには大人すぎる既に成熟しきった美女エリーが馬鹿にしたように口を挟んだ。


「何か可笑しいか?」

「貴方達ランクは?」

「い、今はまだDだが……」


 街にあるダンジョンに入れるのはランクCから。Dのテッド達は入場する事すらできない。


「ランクがDなのは村ではショボイ依頼しか無かったから上がらなかっただけで、本来ならもっと上の実力はあるんだ。街の依頼をこなせばCなんてすぐだ!」


 それはいくら何でもないだろう。確かに地方は中央に比べてランクが上がりにくいとは言われるが、だからと言って実力があるのに上がらないと言う事はない。Dランクと言うのならDランクの実力しかないのだ。


「C……ね。そんな実力でCなんて……ね。烏滸(おこ)がましい……わ」


 道中でもあまり喋る感じではなかったエリーが明らかにテッド達に腹を立てている。素人の自分でも分かるくらいに怒気が溢れさせているのだ。


「もうっエリーちゃんたら余計な事言って! 夢を持つ事はいい事よ」


 緊迫した空気が生まれそうな瞬間に間を取り持つように割って入るシャル。この空気を変える為に僕は話題を変えていく。


「シャルさんにも夢はありますか?」

「私? 私はやっぱりお金が欲しいです!」

「それは何とも夢のない夢ですね」


 にししっと笑うシャル。


「ヒルドさんは?」

「私ですか?」


 僕の夢……目下の所は今回の計画が上手く行く事ですね。けど計画の事は言えないですし……。


「あの商品が高値で売れる事ですかね」


 と、馬車に置いてある木箱を指さします。


「もう! ヒルドさんだってそう変わらないじゃないですか!」


 楽しそうに僕の背中を叩きながら言います。


「貴方は? 貴方は何をする為に街に行くのですか?」


 この喧騒の中でも我関せずとばかりに黙々と外の景色に目を向けていたもう一人同乗者に声を掛けた。


 リリィと言う名前以外多くは語らない少女。

 他人と余り関わりを持ちたくないのであろうか、必要最低限の言葉しか交わさず何時も一人で座っている。

 今回の話にも無視するものだと思っていたのだが、意外にも返答が返ってきた。


「私は友達を作るために来たのです」

「友達……ですか」

「はい。ブタ──おねえさんに同年代の女友達は財産ですと言われたのです」


 ブタ? 今ブタって言ったよな? ブタがお姉さんなの? ブタみたいなお姉さんなの? 頭の中でオークみたいな女性を想像してしまう。友達よりそちらが気になってしまうのだが……。

 シャルがすかさずフォローを入れるように。


「そ、そうよね。友達は大事だよね。街で同年代の友達出来るといいわね」

「はい。頑張って学園で友達つくるです」

「学園?」


 この国で学園と言えば、国に七つしかない貴族、平民関係無く優秀な人材を育てるべく創られた『大和学園』しかない。この学園卒業生なら身分を問わず、どの分野からでもスカウトが飛んでくると言われるほどだ。


「あなた学園の合格者なんですか……」

「そうですが」


 信じられない。

 このリリィと名乗る少女はどう見ても平民の娘に見えたからだ。

 毎年百人前後の新入生のうち、実に九割以上が貴族であり平民の合格者など一割にも満たない。これは貴族だけに推薦枠がある事と、学園の求める高い水準を突破できるのは幼少の頃から教育を受ける事が出来る貴族だけだからと言われている。その狭き門を平民が突破するには、才能と並々ならぬ努力が必要となるのだ。

 それに入学して終わりではない。そこから卒業に向けて更なる努力が求められるのである。「授業についていけなくなった」「学費が払えなくなった」等の理由で入学できても卒業までたどり着けない者も少なくないのだ。


 そう昨年までの自分の様に──。


「凄いですね。それなら──」


『ドンッ』と大きく馬車が揺れるのと「ヒヒィーン」と馬の鳴き声が聞こえるのと同時だった。


「何事ですか?」


 声をかけると御者が肩に矢を受け倒れていた。


「囲まれてる」


 いつの間にか起きたナナがシャルの隣にいた。


「盗賊ですか?」

「ああ。かなりの数だ」


 周囲を確認したテッドが緊張した面持ちで頷きます。

 その時外から。


「両手を上げて出て来い! 大人しくしてれば命だけは助けてやるぜ」


 ガラの悪そうな声と、複数の笑い声が聞こえてきました。


「すげぇ数だ! この人数差じゃ撃退は流石に無理だ! 大人しく積荷を渡して命乞いした方がいい」

「自称Cランクが情けないわね」


 エリーがさも汚い物を見るように言う。


「くっ……だが命あっての物種だ。命を大事にするのも冒険者の心得だ」

「命があるのは貴方達だけ。私達は死んだ方がマシだと思えるくらい酷い目にあう」

「それは私が交渉してみます」


 ナナが言うのは最もだ、抵抗されて損害がでるのなら僕達男は見逃してもらえるかもしれないが、うら若き女性であるシャル達一行やリリィには命はあるが辛い現実が待っているかもしれない。


「期待は……出来そうになさそうですね。エリーさんどう思いますか?」

「まだ打って出た方が勝算がある」

「同感。人数は多いけど実力は無さそう。上手くやれば逃げられる」


 ナナは短杖(スタッフ)長杖(ロッド)を取り出しシャルへ手渡し、エリーは手甲を素早く装着する。


「どうやるって云うんだよ!」

「私とエリーはCランク。馬車の前を塞ぐ奴らを倒すくらいなら余裕」

「お前達……冒険者なのかよ」

「クスクス。元……だけどね」


 ナナとエリーは素早く装備を整える。


「貴方達は馬車を守りなさい。私が合図したら馬車を出して。殿はエリー」

「ま、待って下さい。あまり刺激せずにまずは話をしてみましょう」


 僕は殺気立つ彼女たちを止める。

 一度戦いが始まればもう止まれない。それこそ向こうに怪我人でもでたら僕達全員殺されかねない。


「待てない。気を逃すと余計逃げれなくなる」


 そう言うとエリーと二人馬車を降りた。


「なんだ? メイド?」

「へへ、気が早いな。酌でもしてくれるのか」


 一人残されたシャルは長杖を手にすると魔法を詠唱した。途端に淡い緑色の光が拡がると同時に外から怒号が飛び交った。


「なに?!」

「こいつら!」

「相手は二人だ! 囲め、囲め!」


 短杖を片手に石礫(ストーンバレット)を飛ばし周りを牽制するナナと、一足飛びで相手に近づき素早く無力化していくエリー、囲まれないように細かく動いている。


「くそっ! 出るぞ」


 テッド達が武器を片手に外に出る。ナナ達に攻撃が集中しているせいか馬車(こちら)には攻撃がこない。こんなにナナ達が強いなんて予想外だ……。

 その時外にいる盗賊リーダーと目が合った。その瞳には確かな焦り色が出ている。思いのほかナナ達は善戦しているようだ。ならばとテッドと視線を合わせる。「援護しまょう」意を汲んだ様子でコクリと頷くとバッシュを残しリーと共にナナの近くへと走り出した。


「こっちはいいわ。邪魔!」

「いや、今はこっちの援護だろ」


 テッドはショートソード片手にナナの前に立つとリーにコクリと頷く。左手にナイフを握ったリーは前線で動くエリーの元へと駆けつける。


 その時──。


「必要無い」と口を動かしたエリーの脇腹に、深々とリーのナイフが刺さったのだ。


「くっ何を!」


 急いでリーからも距離をとるエリー。だがその身体が不自然に鈍ります。


「毒ですよ。早死にしたくなければあまり動かない事です」

「あんた達!」


 リーに向かって魔法を放とうとするナナをテッドが後ろ手に捻りあげる。


「悪いな嬢ちゃん。これが仕事なんでな」

「くっ離しなさい!」


 いくら元Cランクでも後ろ手に捕まっていては魔術師の力では逃れられないようです。


「おせーよお前ら、何人かやられちまったじゃねーか」

「悪い、悪い。こいつらいきなり戦い始めちまうもんだからよ」

「それと魔術師を舐めるな、何かやろうとしてるぞ?」

「なに? そうかよっと」


 ゴキっと嫌な音がした後、「あああああぁぁ」とここまでナナの悲鳴が聞こえます。見ると肩が外された様で力なく腕が下がっています。


「お前も毒なんて使うなよ。死んだら売れねーだろ?」


 刺さったナイフを押さえたままにしているエリーを見ながらニヤニヤと笑う。


「麻痺毒だ。まあ犯している時マグロになっちまうのは失敗だったか?」

「違いねーや」


 ガハハハと笑う盗賊達とテッドに荒事に慣れていない僕は足がすくみます。


「それに犯るならこんな血塗れや肉付の薄い奴じゃなくもっと上玉がいるぜ」


 そう言ってこちらに目を向けてきます。馬車の中には顔を青くしてしゃがみこんでしまったシャルと、現実が理解出来ていないのか、なんの感情も見せないリリィが立っていました。

 僕は「大丈夫ですよ」と二人に声をかけ馬車から声を上げる。ここからが僕の仕事だ。


「私はイチア領の商人ヒルド・グシロフォーニ! ミスリルの買付けの帰りです。積荷はどうぞお渡ししますので彼女達をお助け願えませんか!」


 一瞬の沈黙の後、ドッと盗賊達の笑いが起きる。


「この状況下じゃ既に積荷は俺達のもんなんだよ。取引にもならねーよ」

「ミ、ミスリルですよ。それに私はヒルド──」


 おかしい。聞いていた話と違う。盗賊達はミスリルを渡せば帰って行くのではなかったのか?


「それにミスリル~? この石ころがか?」


 馬車から落とされた私の木箱……割れて地面にこぼれ落ちた物はどう見てもミスリルとは思えない()()()()()()


「どうころんでも、この女共は俺達が可愛がった後に奴隷送りって決まってんだよ!!」


 なんで? どうしてこうなった? 話が違うじゃないか!

 ゲラゲラと笑い剣を突きつける盗賊達を無力感に包まれ、死を覚悟していると。


「ふぅ……本当に父様、母様が立てたフラグは裏切ってくれませんね」


 この絶望的な状況で声を漏らしたのは、怯えるでも呆然とするわけでもない。心底呆れたような少女(リリィ)は声だった。


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