一つ星は変わらない
この作品は、2021.11.28名古屋コミティア59にて同内容の冊子が発行、販売されています。
わたしの彼氏はとてもかっこいい。
頭が良くて、顔が良くて、スタイルが良くて、性格はちょっと悪い。
色んな人に憧れの目を向けられているのにそれをなんとも思っていないし、なんならそれを利用する。キラキラ輝く笑顔でいる時は大抵何かを企んでいる。本当に楽しそうな顔を見せるのなんて極々一部の親しい人に限られるし、それも真っ黒な悪魔の顔なことが多い。
だけどわたしにはとても優しくて、わたしは彼が大好きだ。いずれ結婚してもらうつもりでいる。
わたしの友人はとてもうるさい。
頭が良くて、顔が良くて、スタイルはちょっとスレンダーで、性格はとってもうるさい。
隙あらば自慢をしてきて、ドヤ顔がなんともうるさくて、もう顔自体が派手でうるさい。磨くのは自分だけにしておけばいいのにわたしにまで、やれ寝癖がついているだの、食事が適当すぎるだの、授業中は起きろだの、やかましいことこの上ない。
幼い頃からずっと隣にいて、彼女はずっと変わらないし、わたしもずっと変わらない。彼女の努力も虚しく。
*
「やっぱりちょっと信じ難い。あの御影先輩が一星の恋人だなんて」
「そお?」
お昼休み、校内の寂れたベンチで、いつものように二人で昼食をとりつつ話していた。
今日も向日葵に止められて、一星は好物のヨーグルトだけで済ませることが出来なかった。
「そりゃ、一星はかわいい。整った顔に産んでもらってるし、私が長年磨き上げてきたもの。ショートも似合うしロングも似合ってた。間違いなく美少女だ。頭も悪くない。テストは手を抜いてばっかだけど」
「いつもお世話になってまーす」
「どういたしまして!崇め奉れ!性格も悪いわけじゃない。変わってるけど。友達少ないけど」
ぺらぺらと良く回る舌が紡ぐ一星の評価は段々と辛辣になっていく。
「向日葵程じゃないよ」
「私の方が!友達いるもん!」
「向日葵がいればいいよ」
「えっそう?んふっんふふふふふっ」
「笑い方かわいくなーい」
「やかましい!!」
「えー?褒めたのに」
「どう解釈したら褒められたと思えるんだ!私のどこを見たらかわいくないと言えるんだ!かわいいでしょ!どこから見ても美!少!女!」
「友達少ないのも納得だねぇ」
「こっちのセリフだ!!」
「怒んないでよ。褒めたのに」
「褒めたって言えばなんでも許されると思うな」
「本心だよ」
「…一星の考えることはやっぱり分からない。長い付き合いなのに」
「他の人に比べたら随分分かってくれてると思うけどね。先輩を除いて」
「御影先輩くらいだ。あんたの一見突拍子も無い思考回路についていけるのは」
「お似合いじゃん」
「それはそう!それはまぁそうかもしれない!でもそうじゃない!!」
「なんなのさ」
全体的に足し算ながら整った向日葵の顔が目まぐるしく変わるのを眺めながら、一星は購買のサンドイッチを齧る。
向日葵はしゃべりながらも器用にお行儀良くお弁当を減らしている。こちらは向日葵の手作りだ。野菜が多めで毎日中身が変わる。一星にはとても真似出来ないしする気もない。二人分作ると言われた時は、食費を払うのが面倒臭いと断った。
「だって知り合ったのは三年前でしょう。私たちが中一で、御影先輩が中二。一星が美術部に入ってからずっと仲良かったじゃない。なんで今更?正直なところ二人の間に変化が見られるわけでもない。男女の間にも友情は成立するんだなって思ってた。失礼だけど、今もちょっと思ってるよ」
「ふむふむ」
「だからつまり!一星も御影先輩も、ラブが想像できないの!」
「やぁ。ちょっといいか?」
低くて良く通る声が上から降ってきた。
バッ!と向日葵は振り向いた。いつのまにか後ろに立っていた男子生徒のやたら綺麗な顔を見上げ、驚きで出た声はちょっと低かった。
後ろに、とは言うものの、ベンチに座って一星の方に身体ごと顔を向けていたので、実際は横だった。そしていつのまにか、とは言うものの、見えていたので一星は気付いていた。そして黙っていた。
「こんにちは、夏宮さん。驚かせてすまない。今日も俺の彼女と仲良しだな」
「こっこここんにちは、御影先輩。ま、まぁ確かに我々二人は幼馴染ですし?仲の良さはかなりのものだと自負しております。しかし!御影先輩と一星だって、とても仲が良くていらっしゃるなと話していたところなんですよ!」
キラースマイルと称されるに相応しい微笑みを浮かべて、御影は女子トークに割り込んできた。友達のようにしか見えない発言を聞かれてしまったのではないかと向日葵はご自慢の笑顔をひきつらせて言い繕った。
「ははっ、お陰様で仲良くやってるよ。恋人には見えないみたいだけど」
「そっそんなことはっ!お似合いですよ!ほんとに!」
「あぁ、さっきもそんな風に言ってくれていたな。ありがとう」
「!!」
聞かれていた事が確実になり、いよいよ向日葵の顔は固まった。上下関係は大事にしているのである。
「先輩、向日葵をいじめるのは程々にしてください」
「いじめるだなんて。夏宮さんにはむしろ感謝を伝えたいくらいさ。おまえの世話を焼くのは大変だろうから」
からかい甲斐のある向日葵の反応に御影はとても楽しそうだが、友人の為に一星は頃合いを見て止めてやった。
「向日葵が勝手に焼いてくるんです」
「あんたが!あまりに!適当だからでしょうが!!」
「一星、ちゃんとお礼は言えよ?夏宮さんがいなくなったらおまえ、冗談抜きで生きていられないだろう」
「失敬な。あなたがいるのでせいぜい廃人ですよ」
「廃人とは一緒にいたくないぞ」
「心配しなくても、向日葵が生きてる限り大丈夫ですよ」
「私は一生一星の世話だけ焼いてるつもりは無いんだけど…」
「そんなの分かってるよ。別にずっと隣にいられるわけじゃないんだから」
ふ、と一星は笑みを浮かべた。
くるくる変わる向日葵とは対照的にずっと変わらなかった表情を、僅かに崩した。
「一星。今日、フローズンヨーグルトの移動販売が近くに来るそうだぞ。帰りに行かないか?」
「行きます!」
「うわぁ嬉しそう。御影先輩はそれを伝えにこんなところまで?」
「あぁ、一星が喜ぶだろうと思ってな」
そんなことを照れもせず言ってのける御影と、一瞬で喜びのエフェクトを纏った一星を見やり、向日葵はしばし呆れつつも二人が恋人っぽくなかろうが仲が良いならいいかと溜息をついた。
「夏宮さんもどうだ?」
「はぁ?いっ、いやいや!お邪魔ですよそんな!二人で行かれたらよろしいではありませんか!恋人同士の逢瀬に同行するなどとてもとても!!」
そしてまたしても漏れ出たちょっと低い声を、誤魔化すように大慌てで誘いを断った。
この人は私に馬に蹴られて欲しいのか、と向日葵の内心は大荒れである。
それに断るにはもうひとつ理由があった。
「駄目ですよ先輩。今日の向日葵には先約がありますから」
「おっと、それは失礼」
ぎゅっと向日葵に抱きついた一星は慣れた者にしか分からない程度に不満そうな顔になり、"先約"の事を思い出した向日葵は誰にでも分かる程度に嬉しそうな顔になった。
「確かに用事はあるけど…。そこは、二人きりで行く為に、断るべきでしょう」
「向日葵別にヨーグルト嫌いじゃないじゃん」
「あんたねぇ、恋人はもっと大事にすべきだと思うよ」
「はははっ。誘ったのは俺だよ、夏宮さん。君たちの邪魔は俺もしたくないからな。気にしなくていい」
「…イケメンですね」
「知ってる」
言われ慣れた褒め言葉には微塵も動揺せず、御影は腕時計をちらりと見た。もうすぐ予鈴が鳴る。
「とりあえず、そろそろ校舎裏のベンチで昼休みを過ごすのはよしたほうが良いだろう。教室以外で昼食を摂りたいのなら、夏場はいくつか開放されている講義室が冷房完備になるぞ」
ではな、と片手をゆるりと振って長い脚で歩き去って行く御影を、一星は少しの間目で追った。
蝉はまだ鳴かない。しかしじめじめと、汗ばむ季節になってきている。先程から向日葵に抱きついたままだったが、暑さを感じて離れた。
つい今し方出来た放課後の予定を、一星は待ち遠しく思った。
*
「季節のフルーツ盛り盛りヨーグルトのラージサイズひとつください。コーンで」
「食べ切れるのか…?」
「余裕です」
ラージサイズの見本を見て慄く御影をよそに、一星はそれが出来上がるのをわくわくしながら待っていた。
ちなみに御影が頼んだのはキウイヨーグルトのショートサイズである。
「余裕って…夕飯の時間も近いぞ」
「いいんです。今日は一人ですし食べません。それにやけ食いしたい気分なんです」
「…そうか。なら、溶ける前に食べろよ」
「お待たせしました〜」
「!」
渡されたどでかいフローズンヨーグルトを、公園のベンチに移動する間もぱくつく一星のその味にいたく満足した様子を、連れてきて良かったと御影は眺めていた。
「ごちそうさまでした」
「嘘だろおまえ…」
しばらくして一星の顔くらいあったそれはぺろりと平らげられた。御影のカップにはまだ少し残っている。決して御影の食べる速度が遅いのではない。
「あのね先輩、わたしの髪、あの子が整えてるんですよ」
「ああ」
「毎朝飽きずにうちの呼び鈴鳴らして、こんな爆発頭で学校行かせられるかって頭を鷲掴みにされるんです」
手元に残った包み紙とプラスチックのちゃちなスプーンをいじりながら、一星は一心不乱に食べていた口を話すことに使い始めた。
「おまえの髪、癖があるものな」
「短くしたら楽になるかと思ったら、束ねて誤魔化せない分変わらないんですって」
「ポニーテールが多かったのはそういう理由だったのか」
「真っ直ぐストレートだと楽そうだねってあの子に言ったら、毎朝毎晩きちんと手入れをしてるんだって怒られました」
「はははっ」
「いかに美しく保つ努力をしているかを散々聞かされました」
「確かに綺麗な髪だ」
「学校行ったら行ったで、授業中寝てたら後で怒られるし、帰ってから内容聞かされるんです」
「有難い事じゃないか」
「それがまた長くて、先生の話より長いんじゃないかって思います。ノートも書かされるし」
「まるで家庭教師だな」
「だから最近は、授業中とりあえず起きてはいます」
「偉いな」
「クラスの人とかはわたしを無口だって言いますけど、あの子のそばにいたら誰だって無口に見えますよ」
「なるほどなぁ」
「それに、興味の無い人に興味の無い話をされても、へー、くらいしか言葉出てきませんよ。それをつまんないって言われたって、わたしからしたらその人だってつまんないです」
「ごもっともだな」
「先輩はどんな人にも相槌にバリエーションがあってすごいですね」
「大したことはない」
「優しさですか」
「いや?」
「人心掌握ですか」
「ああ」
「本当にあなたは正直ですね」
「おまえもだろう」
「そう思います?」
包み紙がぐしゃりと音を立てて潰れた。
「いいえ、いいえ先輩。わたし正直じゃないです。あの子は今、あの子の好きな人と出かけてます。デートじゃなくてただの部活の用事だけど、あの子嬉しそうで。いつも自信満々でちゃんとそれに見合う努力もしてるくせして告白できてないから付き合ってすらいないのに。あんだけ分かりやすいのに気付きゃしないあんな男、あんなガサツでバカで声がデカくてお人好しな男を好いていて」
「ああ」
御影のカップももう空になっていた。
「全然誘っちゃ駄目なんかじゃなかったんです。一緒にヨーグルト食べたかったんです。先約なんて全力で邪魔したかった。でも、でも…!」
ぽろり、と一星の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「ごめんなさい。ごめんなさい先輩。わたしあなたのことが好きなんです。でもあの子のことが一番好きなんです。あの子には他に好きな人がいて、ずっと隣にはいられないから、あなたの隣を選んだんです。ひどいやつでしょう。お願い、嫌いにならないで…」
涙が止まらなくなり、胸に頭を押し付けてきた一星を撫でながら、御影は一月程前の事を思い出していた。
長かった髪がばっさり短くなっているかと思えば、今にも泣き出しそうな顔で御影に交際を申し込んできた。
罰ゲームの類かとも一瞬考えたが、そんなことで泣きそうになるような後輩では無いと思い直した御影は、その申し出を受けた。数える事が面倒になる程多くの告白を断ってきたはずなのに、二つ返事で引き受けた。
可愛がっている後輩だ。初めて会った時には御影の絵を、これの作者は人として大事なものが欠けているんじゃないかと言った。そしてそれが綺麗だとも言った。横にいる先輩が本人だとも知らずに、美術部に入部すらしていないのに、大胆に言い放った。それが面白くて目を掛けるようになった。
「…やっぱりおまえは正直だな。分かってるよ。そんなことで嫌いにはならんさ。俺だっておまえに恋情は一切無い。可愛い後輩であり、共にいて飽きない友人だよ」
「…知ってます。あなたは、そういう人ですから」
傍から見れば、公園でいちゃついているバカップルだろう。確かに二人は交際していた。だが恋人かと言われると厳密には違った。
面白いだとか気楽だとか、そういった前向きな感情をお互い隣にいて抱くことができるというだけだった。
「将来結婚してほしいと言われて、なかなか楽しそうだから当面の目標としよう、なんて答えるくらいには好いているぞ」
「情緒がありませんね」
「いるか?」
「いいえ。だってわたしたちは先輩後輩であり、友人ですから」
「そうだろう」
顔を上げた一星はまだ泣いていた。
御影に嫌われないと分かっても、まだ涙は止まらなかった。
一星は初恋を諦めた。
新しい恋をする事はきっと無い。
読んで頂きありがとうございました。
北極星って二千年くらいは変わらないみたいなので、今生きている人が死ぬまでに変わる事はきっと無いのだと思います。
「人として欠けている」という表現は不快感を覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、一星ならばそういう言い方をしてしまうだろうなと思ったので、敢えてそうしております。お目溢しをお願い致します。