失敗の少年(前編)
このサイト自体の経験も浅いのでわからないことだらけです。
文章も稚拙だったり読みづらかったりするかもしれませんがどうかご容赦ください。
「さて、突然ですが、皆様はご自身の人生にいかほどの価値をお付けになりますか。
私は時商人、文字通り時を扱う商人です。」
ここは横浜のとある裏路地、中華街の喧騒とは打って変わって不気味な静けさが漂っていた。
そんな路地の一角に、ポツリと一軒のバーが立っていた。
『チリリン』
「やあ、マスター」
「おや、八代さんあなたでしたか。」
「あぁ、また来たよ…」
そういうと八代は、カウンター席の真ん中に腰かけた。
「八代さん、あなたのように時をお求めにならないお客様は大変珍しい。
希少種というやつですな~」
「おいおい、失礼だな…私は別に時に興味なんてないんだよ。」
私はこの店の常連で、マスターともこの店ができる以前からの友人だ。
「今日は何をお飲みになります?」
「そうだな、明日は出張だからな、軽めので頼むよ。」
「かしこまりました」
そういうとマスターは酒を作り出した。
しばらくして、いっぱいの酒と少量のつまみを乗せた小皿が私の前に置かれた。
私はグラスの酒を少し口に入れ、ほっと一息ついた。
「で、マスター最近のうれゆきはどうなんだい?」
「まずまず、といったところでしょうかね~」
「ほーう、どんな客が来たんだ?」
「趣味が悪いですな~よその人の事情はあまり詮索するようなものではありませんのに…」
「いつものことだろ…いいじゃないか、誰かに言いふらすわけでもない、あくまで私の趣味なんだ
から。」
「やれやれ、あなたほど性格の悪いお人を、私は今までに見たことがありませんな~
まあ、いいでしょう。この店を立ててくださったのはあなたで、名義上あなたはここのオーナー
ですからね~」
「名義上というだけだがな…」
「そうですね~、あれはつい先週のこと…
その日の夜は、大雨に見舞われ、夏だというのにやけに肌寒かった。
そんな夜でも、中華街はいつも通りの賑わいで、この路地の居酒屋もいつも通りの賑わいを見せていた。
『チリリン』
その日のお客さんは二十代前後の青年だった。
彼の眼はやつれて、生気をまるで感じられなかった。
来ている服も、古いものではなさそうなのにやけにしわくちゃで、髪もぼさぼさで、肌も荒れ放題だった。
青年はバーに入るとカウンターの右端の席にどかりと座り込んだ。
「おやおや、はじめてお目にかかるお客さんですな~」
「時を売ってくれ…」
座るなり青年はマスターの言葉を無視し、マスターにそう告げた。
「ふむふむ…」
「裏のルートから情報を得た、夜の十二時から一時の間あんたはここで時を売ってるんだって。」
「えぇ、まあ…」
「俺にも時を売ってくれ。」
マスターはグラスに水を注ぎ青年の前に置いた。
そして、その隣に一つの砂時計を置いた。
「いかほどの時をお求めで?」
「十年だ。俺を十年前の高校の入学式の日まで戻してくれ。」
「ほほう…して、どのようなわけあってそれほどの時間をお求めになるのですか?」
「は?なんでそんなことテメェーに話さなくちゃいけねえんだよ」
「ご存じの通り、今の時間私は時商人にございます。しかし時とはかくも不思議で面白いものなの
です。時間とは、時に無限の価値を有します。しかし、同じ時を過ごしていても一銭の価値にも
ならない時間もございます。私は名の通り、時を扱う商人です。その値はあなたの過去と過ごし
た時間で判断させてもらいます。故に、貴方の『訳』は、値付けに必要不可欠なのです。」
「んな、後付けで値段決めようってのか」
青年はマスターの胸ぐらをつかんで怒鳴り上げた。
青年の怒号は静かな店内に響き渡った。
「おやおや、乱暴はおよしになってくださいな。あなたも時をお求めになろうとしているお客さん
なのですから、時間というものがいったいどれほどの価値がおありなのか、重々承知のはずです
よ。」
「ちっ」
青年は舌打ちすると、乱暴にマスターから手を離した。
しかしマスターは、何事もなかったかのようにシャツを正し、青年の前に置いた砂時計を手に取り、続けた。
「落ち着きましたかな、それでは改めて、今の条件を聞いてなお時をお求めになりたいのでしたら
その訳、お聞かせ願いますか。」
「・・・わかったよ。背に腹は代えられねぇ。」
そういうと青年はコップの水を少し飲み、静かに語りだした。
「俺は失敗したんだよ…人生何もかも…
人生の歯車が狂いだしたのは、高校に入学した時からだ。
俺は中学時代、死に物狂いで勉学に励んでいた。
そのおかげで、全国でも五本の指に入るほどの名門高校に合格することができた。
しかし、油断した。
高校入試を乗り越えて、完全に浮かれ切っていたんだ。
入学式の次の日に行われた学力試験では、高校入試が終わってからの一か月遊び惚けていたことを如実に表すような結果だった。
災難なことにこれでクラス決定がなされてしまった。
当然俺は最底辺のクラスに入ることになった。
そもそも今の時代学力の優劣でクラス替えをするなんて、倫理的に間違っている。
だが、その旨を訴えれど叫べど、俺のクラスが変わるわけでもない。
まあいい、次の中間試験で上がれば何の問題もない。
でもその考えは甘かった。
俺はこのクラスで、うかつにも悪友とつるむようになってしまった。
そのころから、俺は日がな一日娯楽施設にこもるようになってしまった。
これも全て悪友とつるみだしたのが原因だ。
あの悪友たちにさえ会わなければ、俺はもっとましな人生を歩んでた。
そこからだ、俺の人生が明確に狂いだしたのは…
娯楽施設に入り浸っていた俺は、当然次の中間試験は最悪な結果を記録することになった。
だが、俺もそこまで馬鹿じゃない。
こんな結果見せられたら、勉強しださないはずがない。
しかし遅すぎたのだ。
ここは全国でも有数の高校、追いつくはずがなかった。
たった一学期の半分。それでも天才でない俺がついていけなくなるには十分すぎる時間だった。
それに一度娯楽に浸った俺の体は、そう簡単に中学時代のような努力人間には戻れなかった。
勉強の休憩と称したスマホいじりが一日の大半を占めたのは、言うまでもないことだった。
こんな調子で成績は回復するはずがない。
次の期末、俺は生まれて初めての赤点というものを取った。
俺は挫折した。
頑張ることの意味が見いだせなくなっていた。
今努力して身に着けているこの知識たちは、将来何の役に立つのだろうか。
ありていな、言い訳にも似た自問でしかない。
でもその問いは、その時の俺には何もかもから逃げ出せる、そんな魔法のような言葉に響いた。
実際、学生時代に学んだ多くのことは、大人になってまったくと言っていいほど使わない。
なら俺は、いったい何のためにこんなつらい思いをしているんだ
そこからはあっという間だった。
次の試験も、その次の試験も、俺は赤点を取り続けた。
次第に赤点というものへの恐怖や嫌悪感はなくなって、それが当たり前となっていた。
高校は、ぎりぎり卒業したようなものだった。
そんな俺がいい大学になんて行けるわけがない。
しかし浪人することは、俺の中にある無意味な自尊心が頑としてそれを許さなかった。
結局俺は、名も知れぬような大学に進学した。
そのころから、大器晩成は俺の口癖になっていた。
そもそも大器晩成を語れるのは、成功した人間だけだということにそのころの俺は気づいていなかった。
何もなさずに、ただ大器晩成を唱えるものが、何かをなせるはずがない。
俺は大学での三年を瞬く間に消費しきってしまった。
大学四年になって、就職先がないと実感した俺はようやく焦りを覚え始めた。
だが今更焦ったところで何が変わるわけでもない。
できることは、ただひたすら大半が無意味になるであろう履歴書を書き続けることだけだった。
大部分が空白な履歴書を書き続けるのは、まるで拷問にも近いものだった。
いったい何社受けただろうか
ようやく一社の内定にありつけた。
そして、社会人一年目になった俺は、早くも挫折しそうになっていた。
この会社の給料は、あまりに努力に見合わないものだった。
週に二、三度競馬やパチンコに行った程度で消えてしまうはした給料なんて俺には見合わない。
次第に俺は会社に行かなくなり、最後は首を宣告された。
それから俺は、パチプロに転職することにした。
朝から晩までパチンコ店に入り浸り、軍資金がなくなれば親から金をむしり取った。
親も最初は口うるさくごねてきたが、一年がたつ頃にはようやく俺の職業に理解を示すようになってきた。
しかし、今年の春、親は置手紙に『家と隣の封筒に入った百万はお前にやる。それが手切れ金だ』という文を残して、俺の前から姿を消してしまった。
親の口座もいつの間にか変わってしまっていた。
俺はその百万を、すべて仕事に打ち込んだ。
百万がなくなるのに、一か月もかからなかった。
俺はついに家を手放した。
しかしそれで得た金も、数か月もしないうちに消えていった。
そして夏、俺はついに路頭に迷うことになってしまった。
そんな時だった。
その街で有名な情報屋が路地裏で誰かと話しているのが聞こえてきた。
その内容が、時商人、あんたについてだった。
これはもう運命だ。
今まで運のなかった俺に、ようやく運が回ってきたんだ。
それから俺は借金をして、情報屋にあんたのことその他必要な情報を教えてもらった。
そんで、準備を整えて急いであんたの所に来たってわけさ。」
人間の本心や汚い心とかをテーマに描いてみました。
更新については次のができ次第なので未定です。