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第七話

 畑についたリットはなにを作業するわけでもなく、杭にもたれ掛かって魔女薬の本を読んでいた。

「旦那ってばァ……手を動かさないと、またグリザベルに文句を言われますぜェ」

 ノーラは地中深く根を張っている、水鳥の小さな羽毛のような葉を抜いては、枯れ葉の山に捨てている。

「文句を言われないために読んでんだよ。例えば、オマエが今雑草と思って引っこ抜いた『ダウン草』ってのは、魔女薬として使われるもんらしいぞ」

「あらら……まぁ、植物の生命力は凄いっスからねェ。こうしておけば、万事解決ってなもんですよ」

 ノーラは捨てた草を拾うと、乱暴に土に植え直して、足の裏を押し付けて土を固めた。

「魔女薬としては根を使い。その根は一度太陽に晒されると、黒く焼け焦げてしまうほど脆く、二度と根が張ることはない。本来は洞窟の入り口付近の岩に根を張る植物だが、品種改良を重ねて土でも育つようになったが、根の脆さは従来のままである」

「あらら……まぁ、植物ってのは儚いものっスからねぇ。そこに美学を見出す人も多いって話でさァ」

 ノーラは再びダウン草を引っこ抜くと、枯れ葉の山に捨てた。

「太陽に焼かれたダウン草は効能を失ってしまうので、魔女薬として使うことは出来なくなるが、甘さが増すので、根を乾燥させて粉にし、魔女薬の味を整えるのにも使う」

「あんらァー……美味ですわァ。やっぱり植物ってのは食べられてなんぼっすねェ」

「ソレ……生で食べたらお腹壊しますわよ」とノーラからダウン草を取り上げたのは、グリザベルの三人目の弟子の『シーナ』だ。

 リットより頭一つ分ほど高い背に、定規で測って切ったかのようなまっすぐのおかっぱ頭の影を地面に落としている。

「旦那ァ!?」

「勝手に口に入れたのはオマエだろうが。つーかオマエはさっき逃げた奴だな……逃げたってことは、あの水に何かを仕込んだ張本人ってことだろ」

 リットが睨むと、シーナは恥ずかしそうに身を捩って顔を背けた。

「仕込んだなんてそんな……口に入れても安全かどうかわからなかったので、試してみただけで……少しは床に落ちたのを舐めてみたりしましたか?」

 シーナは潤んだ瞳でリットの様子をチラチラ確認していた。

「そんな地に落ちるようなことするか」

「でも旦那ってば、テーブルにこぼしたお酒は口をつけてすすってるじゃないっスかァ」

「ノーラ……黙ってろ。今この図体のでかい奴に、立場ってものをわからそうとしてるところだ」

「そんなことする必要あります。見てください」とノーラは、シーナの体をよじ登っていくと、フードを外して飛び降りた。「紅潮した頬……潤んだ瞳……旦那に送る幾度もの視線。これは俗に言う、『ほ』の字に『れ』の字に『た』の字ってやつですよ」

 ノーラは囃し立てるように言うが、リットの視線は冷たく、シーナもぽかんとしていた。

 シーナは「いえ……」と首を横に振る。「知能が低く、話はつまらない、どんくさくて、ポルノハッスル行為に命をかけるようなみっともない生物に心は惹かれませんわ。道端に落ちているうんこを見るのと同じ感情です。汚いし、臭いけど、存在が気になってしまうのはなぜでしょう……」

 言い終わりにシーナは、またリットの顔をちらっと見た。

「そりゃ、オマエが変態だからだ。よかったな解決だ。あとは回れ右をして家に帰るなり、自分の吐いた毒に当たって死ぬなり好きにしてくれ」

 リットが手で払って追い返そうとするが、シーナはリットの襟首を付かんで引っ張った。

「ソコはこれから新しいハーブを植えるので、踏み固めないでください……。あぁ……こんなに足跡だらけにして……」

「オレじゃねぇよ」

「でも……こんなに」

「オマエが引っ張るから今ついたんだ。オレは本を読んで畑仕事なんかしてねぇから、足跡なんかつかねぇよ」

 リットは手に持っている本で、襟首を掴んでいるシーナの手を軽く叩いた。

 その時に本が魔女薬の初心者向けの本というのがわかったので、シーナは見下すようにこれ見よがしなため息を付いた。

「なぜお姉さまが、畑に入れたのかも謎です。もしかして、うんこだから肥料になるとでも思ったのでしょうか?」

「だとしたら、オマエにはここで寝泊まりするように言ってるはずだ」

「旦那ァ……年下相手にみっともないっスよ。大人の余裕ってやつを見せつけてやりましょうよ」

「いいか大人の余裕ってのは、余裕のねえ大人が誰かを見下して、お手軽に心の安寧を求めるために作り出した都合のいい言葉だ。ガキは妄想で友達をつくるが、大人は妄想で敵をつくる。だけどオレの目の前にいる図体のでかい女は妄想じゃねぇ。つまり消えないってこった。なら、道は一つしかねぇだろ」

「仲直りっスね」

「退治するってこった。――いいか?」とリットが振り返ると、シーナの姿はなかった。

 少し視線をさまよわせると、家に向かう後ろ姿と、リットにも手招きをしているグリザベルが見えた。



「なんだよ……」とリットは不機嫌な足取りでノロノロと家の前まで来た。

「なんだではない。お主が忘れたから、もう一度紹介をしてやろうとしているのだ」

 グリザベルは三人の弟子を背の順に並ばせた。

「まず、一番背の小さいのが『マー』だ。我と同じく魔力解析を得意としている。好奇心旺盛だが、いかんせん集中力が足りぬ。そのせいで小規模の魔力暴走をよく起こす困った奴だ。課題は『他者が描いた魔法陣に自ら手を加えて、魔力制御を出来るようになれ』と言いつけてある。リット、お主はベテランの魔女でも見ないような、過去の魔法陣に触れてきた。思うところがあれば助言してやってくれ」

 グリザベルが紹介するとマーは頷いてみせたが、居眠りの最中船を漕いでいるようにコクンとしていた。

「次に『ヤッカ』だ。もう既に知っているだろうが、魔女薬を得意としている。それもハーブ類ではなく、虫や動物などを使った生物生薬を専門としている。物覚えは悪くないが、理解を深めるのが遅い。本を丸暗記して知識を溜め込むタイプだ。お主が自分の足で歩き、自分の手で触り、自分の目で見て、人の知識を自分の知恵としてきたように、知識を知恵に変える手伝いをしてほしい。そうすればヤッカに与えた『植物魔女薬にはない効果を、動物生薬を使って出す』という課題もクリアできるだろう」

 グリザベルの紹介中、ヤッカは不機嫌にリットから顔を逸らしていたが、しっかり一歩前に出て自分をアピールしており、紹介終わりには一礼をしてから列へと戻った。

「最後に一番大きい――」

 グリザベルが言うと、シーナではなくマーが誇らしげに鼻をふくらませて前へ一歩出た。

「一番大きい魔女。マーです。……よろしく」

「胸の話はしておらぬ……。下がれ」

 グリザベルがため息をつくと、慌ててヤッカがマーを引っ張った。その時に黒のローブドレスの胸元が盛大に揺れた。

「邪魔しちゃ、師匠に怒られるよ」

 ヤッカがヒソヒソ声で注意をするが、マーは気にした様子もなくケケケと笑い返した。

「胸をアピールすることによって、あの男は何でも言うことを聞く私の奴隷に……」

「まったく見てないよ……」

 ヤッカの言うように、リットは面倒くさそうに最後の弟子の説明を聞いているところだった。

「『シーナ』だ。魔女薬を学んでいるのはヤッカと一緒だが、伝統的な植物生薬の魔女薬を得意としている。ただ扱うだけではなく、一から育てるという一面も持っている。そうすることにより、自然の中で育つ植物よりも、育ちが均一になり改良がしやすい、見習いになったばかりの魔女でも、扱いやすいようになるという考えの元で実行している。実に将来有望な魔女の一人だ。ただ、少々古来の魔女の風習に引っ張られる傾向がある。彼女の窓を開けて、新しい風を吹き込んでやってほしい。『浮遊大陸の落し種を地上で育てる』という課題クリアに一歩近付けるだろう。お主が妖精の白ユリを庭で育てているようにな」

 シーナは先程と同様に、潤んだ瞳でチラチラとリットの顔を見ては頬を赤らめていたが、もはやリットには挑発してるように思えてならなかった。

「そして――」とグリザベルはリットではなく、見習い三人組へと振り返った。「――リットだ。我の一番弟子であり、規格外の魔女だ。他の男魔女と同じ用に扱うと痛い目を見るぞ。魔力の扱いこそ出来ぬものの、我らにない着眼点を持っている。一見相反するものでも、繋げられる点と点を見つける男だ。そして、しっかり道理を的確に見定める見識を持ち、実行へと向かう行動力も持っている」

 グリザベルは見習い三人組に表情が悟られないように振り返ると、リットにしっかり褒めてやったぞ。とでも言いたげな顔を向けた。そして、また振り返り見習い三人組の方へ向いた。

「行き詰まったら、アドバイスを貰うといい。ノーラとチルカに師事を受けることも忘れるな」

 というグリザベルの最後の言葉を聞いたリットは、手招いてグリザベルを呼んだ。

 雰囲気で文句を言われるとわかったグリザベルは小声で「なんだ?」と聞いた。

「なんでオレがアドバイスで、ノーラとチルカが師事なんだよ。まるで、オレのほうが立場が下みたいじゃねぇか」

「仕方なかろう……チルカは植物学の先生として招いており、ノーラは『ヒノカミゴ』という、ドワーフの女性だけの力。稀有な魔力構造を持つ種族代表として招いておるのだ。一番弟子のお主と同じ立場というわけにはいかんのだ」

 グリザベルはリットの文句の声が大きくなる前に、手を叩いて急かし、三人組を解散させた。

「なんか途端にめんどくさくなってきた……」

 リットが歩き出すと「こら! 約束を違う気か!!」とグリザベルが叫んだ。

「とりあえず顔を洗ってくんだよ。お師匠さんよ」

 リットが師匠と呼ぶと、グリザベルは大層気を良くしてフハハと笑い声を響かせた。

「うむ……二日酔いでたるんだ顔ををシャキッとさせてくるが良い! フハハハ!」

 グリザベルの上機嫌な高笑いは、リットが湖に付くまで聞こえてきた。



 家と湖の距離はさほど離れておらず、生活用水も畑への水やりも、すべてここの水が使われていた。

 光を浴びる水面の乱反射のせいで、湖は宝石のように輝いている。

 リットは湖に手を入れて身震いをした。指先を入れた瞬間から、あまりの冷たさに産毛が逆立つほどだった。

 水をすくって顔を洗うことなく、濡れた手で顔を拭うだけで顔が引き締まるようだ。

 リットはコップでも持ってくればよかったと思いながら、その場に腰を下ろした。いつものように、手ですくって水を飲むんでは体力が消耗しそうな冷たさだ。

 そんなことを思いながら湖を見つめていると、息も絶え絶えなチルカが湖の中心からこちらに向かって飛んでいるのが見えた。その後ろにはご機嫌なグリフォン。チルカのスピードに合わせてゆっくり飛んでいる。

 グリフォンはチルカに遊んで貰っているつもりらしい。

 チルカはリットの姿を見つけると最後の力を振り絞るようにスピードを上げて飛び、リットの背中へと隠れた。

「さぁ、妖精の一番弟子! アイツを追い払いなさい!」

「どいつもこいつも勝手に弟子にしやがって……。弟子と名乗らせるなら、せめてなんか教えやがれってんだ」

 リットが手を伸ばして制すと、グリフォンはおとなしく地面に足をおろした。懐くようにリットの手に顔を擦り付ける。

 チルカは「やるじゃない……」と息切れしながら言う。「あとは油断したところで首をへし折るのよ」

「こんな不味そうな鳥をしめるかよ。何を餌にしてるかわかったもんじゃねぇのに食うか」

「じゃあ、しっかり教育しなさいよ。妖精は食べるものじゃなくて、崇め倒すものだって」

「逃げるから追ってただけだろ。食うかよ、こんな不味そうなもんを」

「ちょっと!」とチルカは飛び上がると、リットの耳元で続きを叫ぼうとしたが、「……今の言葉って怒ればいいの?」と聞いてきた。

「知るかよ……今日はもう振り回すのは勘弁してくれ。じゃあねぇとグリフォンの糞と妖精を瓶に詰めて湖に投げ込みそうだ」

 リットはグリフォンの短いクチバシをペシペシと軽く叩くと、あっちに行ってろと追いやった。

 グリフォンは不服そうに短く鳴いたが、鳥の群れが上空を飛んでいるのに気付くと、それを目掛けて飛んでいった。

「なに? アンタも随分参ってるじゃないの。若い子に振り回されてなさけなーい」

 グリフォンがいなくなりリットの影から出てきたチルカは、嬉しそうにリットを煽った。

「なに言ってんだ。オマエだってそのうち振り回される。わがまま妖精とわがまま魔女が、仲良くてなんか繋いでられるか」

「アンタねェ……手なんか繋ぐはずないでしょ。握るのは手綱よ」

「いつまでそんなことが言えるのか見ものだな。しばらくはその変化を酒のツマミにでもするか」

 リットは気晴らしに落ちている石を湖に投げたが、すると頭を小突かれたような痛みが走った。

「なにすんだよ……」

 チルカを睨んだリットだが、チルカは「なによ」と睨み返してきた。

「人の頭を気安く叩くなっていってんだ」

「知らないわよ……。そもそもアンタの頭を叩くことなんて、雨が降るようなものでしょ。自然現象なんだから」

 チルカは疲れたと、家に帰ろうとリットに背を向けた。

 リットはその後頭部をデコピンでふっとばそうと一歩大股で踏み込んだが、急に頭に浮かんだことがあって湖へと振り返った。

「さっき石を投げた時、水に入る音が聞こえたか?」

「知らないわよ、アンタが貧弱すぎて水まで届かなかったか、どっか別の方向へ飛んでいったんでしょ」

 リットが視線を戻すと、チルカの姿はあっという間に小さくなっていた。






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