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第二十五話

「さて……説明してもらうぞ。一から十までな」

 グリザベルは見習い三人組とリットを床に座らせて、話すまでそのままだと怒っていた。

「なんでオレまで……」

 いつものリットなら素直に従うようなことはしないが、あまりにものすごい剣幕でグリザベルが詰め寄ってきたので、勢いに飲まれ、言われた通りにするしかなかった。

「そんなのアンタが原因だからに決まってるでしょ」

 シーナの裏切りを知ったチルカは、リットがなにかを隠していることをグリザベルに密告していた。

「時間がありゃ、チルカのせいにも出来るぞ」

「何を呑気に言っておる……あれはウィッチーズカーズぞ。『闇に呑まれる』という現象を引き起こした魔力に匹敵する力だ。一瞬魔力がゼロになったおかげで相殺されたようだが……見習いだけでどうするつもりだったのだ……」

 グリザベルが感じたのは紛れもない魔力の暴走だった。そして無。それは焦燥に駆られるには十分過ぎるもので、世界の終わりを想像するほどのものだった。

 だからグリザベルは怒り、心配し、諌めている。

「大丈夫ですわ、お姉さま。ウィッチーズカーズは人間だから起こるもの。ウンディーネが魔法を使ってもウィッチーズカーズは起こりませんもの」

「そういう話をしているのではない……我のように一流の魔女でも使わぬような力を、見習いが使うには危険だと言っているのだ。マー……お主が一番に止めないといけないことだ。魔力の暴走がどれほど危険かというのは身にしみてわかっているはずだからな……それをなんだ。ウンディーネだからといって……――ウンディーネ?」

「そう、ウンディーネですよ、お師匠様。私達は浮遊大陸の植物を育てて、ミジミを呼んだけ」

 マーが同意を求めると、ヤッカはすぐに頷いた。

「むしろ、ウンディーネの魔法はとても安定していました。あれだけ魔力の流れを制御することが出来たら、魔女はより発展すると思います」

 力強く言い切るヤッカの言葉を聞いて、グリザベルは頭を抱えた。

「リット……短く説明せい……」

「見習い三人組を使って、ウンディーネに酒を造らせた。どっかの立派な魔女は作れそうにもなかったからな」

「アホめ! 我が何のためにノーラとチルカを連れて出ていったと思っている。デルージを作るためぞ。見ろ! しっかり作るのに成功しておるわ!!」

 グリザベルは酒瓶を取り出すと、乱暴に音を立てて床に置いた。

 見た目はウンディーネに作らせたもののと同じで、真っ黒に見える酒が入っていた。

「グリザベル様もミジミを呼んでいたということですか?」

「違う。我は古代の技術のままでデルージを作るのは不可能だと結論付け、新たな道を模索したのだ。ドワーフであるノーラの火の魔力と、妖精であるチルカの風の魔力。この二つの力を借りて、魔力源を強くすることにより、水に魔力を込める。協力をしてくれる錬金術師を探すのには苦労したが……」

「そりゃ、すげえじゃねぇか。立派立派」

 リットは新たな方法で魔女の酒を作ったことを素直に褒め称えたが、グリザベルにとって今はそんなことはどうでも良かった。

「そうではない! お主はどうやってデルージを作る方法を見つけたのだ!」

「なに言ってんだ……デルージの作り方を調べ上げたのはグリザベルだろ」

 リットはまとめ上げたことが書かれている羊皮紙を見せた。

「たしかにこれは我が調べ上げたものだ……。だが、不可能だと思って諦めたものだぞ。それを作ったというのか?」

「七割はウンディーネのおかげだ。まぁ……」と、リットは三人組に目を向けた。「三割はこいつらのおかげと言ってもいい」

 グリザベルは「……見せてみろ」とウンディーネが作ったデルージを手に持った。

 同じ黒でも、深みが違った。グリザベルが作ったものは墨を磨ったような黒だが、ウンディーネが作った方は一言では説明できない黒だった。雨雲にも思えるし、夜にも思える。大木の影にも思える。そこには様々な黒が存在していた。

 その違いは魔力に疎いリットにも見て取れるほどだった。

 グリザベルはため息をつくと、三人組に向き直った。

「最初に言うておくが、まだ説教は続くぞ。それだけ向こう見ずなことをしたのだ。自分の力量も弁えずな」

 グリザベルが睨んで言うと、三人組はしゅんとして項垂れた。

 反論は出来ない。リットに徐々に乗せられてテンションが上っていたので気が付かなかったが、怒られて冷静になってみれば、どれだけ危ないことに手を出したかを理解したからだ。

 ウンディーネの魔力に当てられたというのもあった。あれだけ強大な魔力を目の当たりにしては、出来ないことはないと思ってしまった。

 ディアドレが欲望に溺れたように、危うく魔法の力を過信してしまうところだった。

 三人が反省しているのをその素直な表情から読み取ったグリザベルは「だが――」と続けた。

「それだけ凄いことを成し遂げたということも褒めなければならぬな……。己の力量以上の力を出せる者はそういない。己の才能を存分に誇るといい」

 グリザベルが褒めると、三人組は抱き合って歓声を上げた。

「どこで覚えたんだ? そんな人の褒め方」

 リットはようやく立ち上がれると、痛む腰を押さえながら床に手をついた。

「前途ある若者に触れただけだ。ふむ……成長を見守るというのも、存外悪くないものだな」

「留守にして全然見守ってねぇだろ」

「見ずともわかる。我が調べ上げた方法で、デルージを作ったということは、あの三人は我が与えた課題をクリアしたということだからな。それはお主の協力があったからこそだ。だから、正直に話すのだ。なにがあったのかを」

 グリザベルが話さないと返さないというように酒瓶を背中に隠したので、リットは今までどういうことがあったのかをすべて話した。

「――ってことだ。偶然一致だな。たまたま天魔録を持ってて、たまたまディープキストーンを持ってる奴を知ってただけだ。たまたまウンディーネが酔っ払って顔だしたから作れたんだ」

 グリザベルは「なるほど……」と難しい顔をしてから、フハハと豪快に笑った。「お主は本当に予測できぬ男よな。お主の旅路に一つとして無駄なことはない。友として誇りに思うぞ」

 グリザベルの真剣な瞳に、リットは睨みで返した。

「……なにが言いてえんだ?」

「この酒はお主のものだということだ。受け取ってくれ」グリザベルは自分の作ったデルージを渡した。「お主は我との約束を守り、魔女弟子の力になってくれたからな」

「言いたいのは、そうじゃねぇだろ」

 リットが凄むと、グリザベルは背中に隠したウンディーネが作ったデルージをおずおずと差し出した。

「これ……我にくれぬか?」

「絶対に嫌だ」

「ウンディーネが作った酒ぞ! 数多の魔女がつばを飲み込む代物だ。お主が持っていても意味がなかろう!」

「意味はある。酒だからな」

「あいわかった……ならば、お主の望む効果の魔宝石もつけてやろうではないか」

「わかってねぇじゃねぇか……大金を積まれようが譲るつもりはねぇよ」

「ならば三つだ。三つ魔宝石をつけてやろう」

「だからよ……」

 グリザベルの交渉は夜遅くまで続けられた。



 リットはせっかく作ったデルージを飲むことなく、小屋で横になっていた。喋り疲れたのだ。グリザベルだけではなく、魔女弟子達からもデルージを作るまでの思い出話をされ、酒を飲む気力もなくなっていた。

 疲れたのはリットだけではなく、いつもなら夜遅くまで聞こえている隣の家からのやかましい喋り声も、今日は静けさが囁いていた。

 リットも寝てしまおうと寝返りを打つと、顔に冷たいものが当たった。

「やほほー」とウンディーネが姿を現したのだ。

「太陽が昇ってたぶりだな」と、リットは体を起こした。

「ねー。どんちゃん騒ぎはこっちまで聞こえてたよ」

「誘えばよかったか?」

「んー……あーいうのはちょっとね。お茶会くらいの盛り上がりがあれば十分だよ」

「クレームを入れに来たのか?」

「いやいや忠告だよ。すっかり忘れてた。そのお酒、死んじゃうから飲んだらダメだよ」

 ウンディーネは重要なことをあっけらかんと言った。

「今……飲んだら死ぬって言わなかったか?」

「言ったよ。そこにどんだけの魔力が入ってると思ってるのさ。一か八かで試すなら全然止めないけど……魔力で汚染されるから、ここでは飲まないでね」

「いいか? 酒ってのは飲む為に存在するもんだ。飲めないものを作ってどうすんだよ」

 リットは今までの苦労は何だったんだと肩を落とした。

「もー勘違いしちゃって……今は飲めないってだけだよ。魔力が安定するまで時間が掛かるの。なんせ、今その瓶の中はお酒と呼ぶより、魔力の液体と呼ぶ方がふさわしいものが入ってるからね。見極め方は簡単。瓶の中の黒が安定したら、魔力も安定したってことだよ。今は色んな黒い色をしてるでしょ?」

「あぁ、変わらずな」

 リットはランプの火を大きくして、瓶をよく見た。昼間と変わらず、自然界の色々な黒色が渦巻いていた。

「まぁ、そんな長い期間はかからないから、心配しなくて大丈夫だよ」

「なんだよ……脅かすなよ……。安定するのは二、三日か?」

「んーと……十数年後かな?」

「たった今……長い期間はかからないって言わなかったか?」

「たった十数年だよ。あっという間だよ。世界はどれだけ時を急ぎ足で刻んでると思ってるの?」

「四精霊の感覚は知らねぇけどよ。人間にとっちゃ長えよ……」

「へー羨ましいな。時を楽しむってことが出来てさ。まぁ、私も出来たけど。魔女に関わるってのも面白いもんだね。昔にディアドレ? だっけ? あの人と交流を持った四精霊の気持ちが今ならわかるよ」

「魔女三人組も同じことを思ってるだろうよ。四精霊と交流持ったディアドレの……気持ちとかな……」

 リットは言いながら、瞼が重くなっていくのを感じた。さすがに疲れて、意識が飛びかけていた。

「あら、寝るのね。なかなか楽しかったよ、おたく。人間のわりには。まぁ……次に会うことはないだろうけどね。精霊はきまぐれなのだ。でも……十数年後、思い出の味には私がいると思うよ。思い出したら、過去の私によろしく言っておいてね。それじゃあ、さよなら、ばいばい、ごきげんよう」

 翌朝リットが目覚めると、腕にあったウンディーネの紋章は綺麗サッパリなくなっていた。



 それからは見習い三人組はグリザベルの言うことをよく聞くようになった。グリザベルに出された課題はクリアしたのだが、もう少しここで学んで痛いという言葉に感激したグリザベルは快諾した。

 グリザベルも物を教え、弟子を成長させるということの楽しさに目覚めてきているようだった。

 リットの出る幕はなくなったので、酒が出来た次の日にはリットは家に帰る支度をした。

 別れの挨拶もそこそこに、いつものランプ屋の日々へと戻っていた。

 変わったことといえば、届く手紙の数が増えたということだ。

 グリザベルだけではなく、ヤッカから、マーから、シーナから。聞いてもいないことをあれこれと書かれた手紙は、相変わらず読まずに積まれていた。

「旦那も友達がいっぱい出来てよかったスねェ」

「どこがだよ……家の周りはフクロウの糞だらけ、庭では妖精とフクロウの大戦争だ。うるさくて敵わねぇよ……」

 リットは庭の窓に目を向けた。

 ちょうど妖精が種を飛ばして、フクロウを追い払っているところだった。

 外来生物をこの森には住まわせないと必死になっている。

「よかったじゃないっスか。だいぶ帰ってくれたんでしょう?」

「森の管理のために交代制で来るんだぞ。オレの家なのによ」

「いいじゃないっスかァ。別に必要以上に絡んでくるわけじゃないんですし、それともチルカがずっといる方がよかったんスか?」

「どっちもどっちだ……酒も飲めねぇしよ。何のための旅だったんだか……」

 リットは棚の飾りとかした酒瓶に目を向けた。ウンディーネが作ったデルージは十数年後。グリザベルが作ったデルージでも、飲めるまで数年かかるとのことだった。

「でも、お酒飲むよりも、いい気晴らしになったじゃないっスかァ。前までの旦那は無気力で、せっかくのお酒もこーんな顔して飲んでましたよ」

 ノーラは眉間に寄せられるだけシワを寄せた。

「今だって同じ顔だよ。飲めねぇんだからよ」

「あらら……無自覚。せっかく黒くてよく反射するんだから、酒瓶で自分の顔を確かめてみるといいっスよ」

 ノーラに言われて酒瓶をじっと見たリットの瞳には、おもちゃ箱を明けたくてウズウズしてる子供のような笑顔の自分だった。

 そして、そこにノーラの笑顔も映った。

「さて、旦那ァ。次はどこへ行きます?」

「なにがだよ」

「だって十数年スよ。その間に、きっと思い出の味は増えてると思いますけどねェ……。どうです? 極上の豚焼きを加えるってのは?」

「またどっかで、変なことを聞いてきたのか?」

「いやーグリザベルと錬金術師を探してる間にですね。なかなかおもしろい情報を仕入れたんですよ。空飛ぶ豚を飼ってる遊牧民がいるって。それが、まさに天にも昇る味ってなもんで」

「まぁ、本当なら行ってもおもしれぇかもな。でも、今はゆっくりする。とりあえず、魔女弟子からランプ屋に戻るまではな」

 ドアの鈴が鳴ったので、客が来たと思い、リットは店の方へ出て行った。

 すると、ドアが全開なるのと同時に、聞き覚えのある三つの声がリットの名前を呼んだ。

「助けてください!!」と飛び込んできたのは、魔女弟子三人組だった。

「なにしてんだよ……ここで……」

 マーが「お師匠様が、新たな課題を出した」と言うと、シーナが「魔女なら立派に魔法石を作れるようになるべきだと」と続きを話した。最後にヤッカが「宝石を手に入れるところからなんですが……僕達じゃ手に入らないんです」と泣きついてきた。

 そして三人同時に「行き詰まったら助けてくれると言ったじゃないですか!」とリットに詰め寄った。

 その様子を見たノーラは「いやいや……旅立つのは、もう少し先になりそうっスね。魔女弟子さん」と、三人に手を引っ張られていくリットを見送った。






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