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第二十三話

 数日後。

「どうしよう……どうしよう……」と、マーは一定の距離を行ったり来たりうろうろしながら「今なら……今ならまだ間に合う……」と呟いていた。

「もう間に合わないと思うよ。それに、今止めちゃったら、魔法陣がただ粉々になるだけで、かえってもったいないって」

 優柔不断にそわそわするマーとは違い、ヤッカは落ち着いていた。

 マーとヤッカの丁度真ん中の地面に置かれている魔法陣は、風を発生させる魔法陣だ。少しでもミジミがフェロモンを感知しやすいように、拡散の力を持つ風の魔力を使っているので、ウィッチーズカーズが起これば、反対の位置に属する土の魔力が働き、土に還ってしまう。

「でも、もしかしたら重要なことが書いてあるかも……」

「読めないんでしょ?」

「そのうち読めるようになるかも……」

「読めないんだから諦めなよ。確かに天魔録だから勿体ないとは思うけど。そもそも本物かどうかもわからないんだから、そこに固執してても時間の無駄だよ」

「それは、ヤッカが魔法陣を描くのが苦手で、興味もないから言えること」

「別に興味がないわけじゃないよ。……ただ、どうしても魔力制御が理解できなくて……」

 女尊男卑の魔女の世界で差別されないようにという理由から女の格好をしているが、ヤッカは男だ。他の男魔女と同様に魔力の制御が苦手であり、それが理由で魔女薬を専門に学んでいる。

「魔力の流れを汲み取らないからいつまでも苦手なんだよ。『風は拡散』その反対に位置する『土は着地』。でも、四大元素とは違い、魔力の流れは対立しないの。拡散の反対は『水の吸収』になって、着地の反対は『火の上昇』になるの。これは四性質の結びつきの一つであって、流れはもう一つ存在するわけ。なぜなら、四性質が二つ合わさって出来るのが四大元素。つまり、もう一つの四性質の組み合わせ――」

「わかってるよ。理解はしてるけど出来ないの。そういうこともあるでしょ。ね? リットさん」

 ヤッカは助けを求めるように、リットへと振り返った。

「いいや、オレは理解してるぞ。バカとアホが合わさればマヌケだし、マヌケとバカが合わせればアホだ。つまり、アホとマヌケが合わせればバカってことだ」

 リットはヤッカとマーを指差すと、最後に上空を指した。水柱は高く上がっているので姿は見えないが、そこには浮遊大陸の植物の世話をしているシーナがいる。

「それじゃあ三性質だよ。リットのドジも入れて四性質にしないと」

 マーがケケケと抑揚のない笑いを響かせた。

「仲間に入れてもらって光栄だけどよ。酒が完成すれば切れる縁だ。オレに構わず三人で仲良くやっててくれ」

「いやいや、それは可哀想だよ。ただでさえ男の魔女ってだけで、当たりが強い世界。ここは優しさを見せて、私が一抜けよう。リットとシーナとヤッカ。三人仲良く、トンとチンとカンを分けるといい。栄えあるチンの称号はリットの呼び名にしよう」

「ご配慮どうも。おかげで男の尊厳が傷つかずに済んだ。ついでに虫の方も呼んでくれると、そっちの尊厳も傷つかずに済むぞ」

 マーは「それは大丈夫」とヤッカの袖を握った。

 いきなり引っ張られたヤッカは為す術もなくよろめくと、魔法陣を踏まないようになんとか大股で避けた。

 すると、魔法陣から発生している風がヤッカのローブの裾を翻した。

 ヤッカは思わず「キャア!」と羞恥の声を上げて裾を手で押さえた。

「ご覧の通り、魔力はしっかり働いてるから、あとは座して待つだけ」と、マーは「えへん」と声に出して、腰に手をついて威張るポーズをした。

「もう……こういう証明のしかたなら、自分でやってよ……」

「こういうのは中性的なヤッカだから効果があるんだよ。タブーの魅力ってやつ。ほら、リットの目も釘付けになっている」

 マーが指をさしたのでヤッカが顔を向けると、心配そうな瞳を向けるリットの顔が目に入った。

「オマエがどの道に進むのかは勝手だけどよ……。自分は見失うなよ」

「な、なにを言ってるんですか! 道は決まっています。そ、そう……魔女薬です! 虫を使った魔女薬を作る道を選んだんです」

「蓼食う虫も好き好きだ。別にオレに言い訳する必要はねぇよ。自分に対しての言い訳だったらもっとする必要がねぇ」

「むむむ……わけのわからない会話……二人は怪しい関係と見た……」マーはジトッと二人の顔を見比べると、自分を指して「もしかして……おじゃま虫?」と聞いた。

「今後、もし本当にそう思う時があったら、聞くんじゃなくて黙って消えろ」

「でも、それだと肝心の面白いところが見えないじゃん」

「そういうのは、影から黙って見るから面白えんだ。から回ればから回るほど、いい酒の肴になる。近くで見てみろ。酒を飲む前に雰囲気に呑まれて損だ。隠れてるからこそ、無責任に飲んでられる。わかったか?」

 マーはわかったような顔で「御意」と返事をした。

「リットさんは本当に魔女らしくないですね」

 ヤッカはリットのことを不思議に思っていた。それは好意的にだ。男の魔女らしくもなければ、ただの魔女らしくもない。今までに出会ったことのないタイプだからだ。

 師匠にも強く出るし、他の魔女にも怯む様子はない。男という身を隠して修行しているヤッカには、リットの存在は可能性というなの太陽のように大きく見えていた。

 リットは魔女ではないので当然のことなのだが、グリザベルと『闇に呑まれる』という現象の解決のために一緒に動いていたせいで、中途半端に魔女としての重要な知識をつけていったので、言葉に妙な説得力が生まれたしまっていた。

 それがヤッカだけではなく、マーやシーナにも影響を与えたことは間違いなかった。

 グリザベルの思惑は当たっていたことになる。

「魔女ってのは嫌味で、人の話を聞かなくて、なにかと上から目線の奴だろ」

「そう聞くと、リットには魔女の才能しかないね」

 ヤッカは手持ち無沙汰に、土埃を魔法陣に吹きかけて舞い上がらせながら言った。

 土埃は魔法陣の近くで小さく渦を巻き、上昇するつれて大きな渦になって広がっていった。木の頭を超えると、風にのって更に拡散されていく。

 リット達はそれを目で追って空を見上げていた。すると、空の色とは違う小さな青色が向かって飛んでくるのが見えた。

 近付いてくると、ヤッカは「ミジミですよ!!」とテンションを上げて叫んだが。

 リットとマーはミジミが向かってくる魔法陣から一歩どころか、二歩三歩と素早く離れた。

 その姿があまりに気持ち悪かったからだ。

 見た目はセミに似ているが、光沢のある青い体に、黄色と黒の濁点模様の羽根。糸のように細く長い前脚が柳の葉のように垂れ下がっている。

 それをヤッカが難なく手に取って見せてくるものだから、マーは鳥肌を立ててリットの背中に隠れたかと思うと、背中をよじ登って、おぶさるような格好で、距離をとった。

「無理……絶対無理。あんなの触れない。光ってるのと、毛むくじゃらの虫は無理。ハチに刺されるのほうが全然いい。それを近付けるなら、毒針で刺して私を殺して……」

「気持ち悪いのは完全に同意するけどよ。オマエが張り付いてたら、もし飛んできたらオレが逃げられないだろ……どけろよ」

 リットが揺らして落とそうとすればするほど、マーは上へ上へと逃げていった。最終的には肩に尻を乗せて頭に抱きついてきたので、リットは支えることが出来ずに尻餅をついてしまった。

「そんな過剰に反応しなくても……可愛いのに……」

 ヤッカはミジミを虫カゴの中に入れた。

 しかし、魔法陣はまだ作動しているので、そこに向かおうとミジミはカゴの中で体をぶつけながら飛んで暴れた。

 それからのマーの動きは、今までに見たことないほど早かった。魔力供給を解除して、これ以上ミジミが飛んでこないようにすると、また素早くリットを盾にして後ろに隠れた。

 魔法陣はウィッチーズカーズを起こして粉々に砕けると、土と混ざって見えなくなってしまった。

 マーは「可愛くない」と言い切った。

「クモは平気なのに変なの」

「むしろ、クモにそいつを退治してもらいたいくらい……」

 リットはマーの腰を抱きかかえて、投げ捨てるように地面に置くと、気持ちを入れ替えるために深呼吸をした。

「とりあえず、そいつがミジミで間違いないんだな?」

「間違いないです。ちゃんと文献で勉強しましたから。ほら、このお尻のイボ。ここに分泌液を溜めるんですよ」

 ヤッカは得意げに虫カゴを見せた。

「リット……本当に……あんな気持ち悪い虫から出た分泌液で作ったお酒を飲むの?」

「いいか……あれは虫じゃない。植物だ。あんな色の植物なら、天望の木で見たからな」

「なるほど……」とヤッカが頷いた。「隠蔽的擬態ですね。やはり天敵は鳥なのでしょうか、虫が少ない環境だとお互いに共存しそうですからね」

「聞いてたか? それは虫じゃなくて植物だって言ってんだろう」

「それでリットさんの気が紛れるならいいんですけど……問題が一つ」

「直接口で吸って分泌液を搾り取れってんなら、遠慮すんな。存分にやらせてやる。オレに聞かなくていい」

「僕もそれは嫌ですよ……。そうじゃなくてですね。ここまで飛んでくるのに相当の体力を使っているはずですから、早く栄養を与えないと弱って死んじゃいます。ミジミが長寿なのは、浮遊大陸の栄養価の高い果実を餌にしてるだけではなくて、普段はほとんど動かないということなので。ここまで来るのも命がけなんですよ。だから感謝しませんと」

「頬ずりして、キスして感謝の意を現すなら、一人でやってくれ」

 リットの言葉に、マーは頭が取れるのではないかという勢いで首を縦に振って同意した。

「……あんまり変なことばっかり言うと協力しませんよ」

 ヤッカはむくれてリットとマーを睨みつけた。

「悪かったよ。はやく果実を用意しろって言ってんだろうけど。それは上にいる奴に聞いてくれ。ウンディーネに言えば、水柱で上まで運んでくれるぞ」

「そうですね。浮遊大陸の植物自体も気になるので、少し見てきますね」

 ヤッカは虫かごを持ったまま湖に向かって駆けていった。

 その背中を見送りながら、マーがぽつりと呟いた。

「リットは……悪い男。浮遊大陸の植物のことなら、今朝確認しに行ってた」

「オレらだけ驚くのは癪だからな。デカ魔女にもしっかり驚いてもらわねぇと」

「リットはモテないっていうのが、ありありとわかる所業だね」

 マーは呆れた言い方をしながらも、しっかり耳を空へと傾けていた。

「一人分持てりゃ十分だ。二人以上担いでみろ。腕が痺れて酒も飲めやしねぇ」

 リットも空に向かって耳を傾けた。

 少しして、絹を裂くようなシーナの叫びが聞こえたかと思うと、影が勢いよく空へと飛び出した。

 すぐに水柱から枝分かれするようにもう一本水柱が伸びて、シーナの体をキャッチした。

 そこでもまだ、声を甲高くしてシーナはなにかを叫んでいた。

「シーナは思い切った行動に出るね」とマーは感心していた。「いつも決断力が早い、私を裏切った時も……」

 マーはリットと出会った時の出来事を思い出していた。

「だいたいな……あの時はオレになにを飲まそうとしてたんだよ」

「怒らないなら言う」

「怒るけど言え」

「……酔いを覚ましてあげようとした?」

 マーは自分の言ったことに、眉をしかめて首を傾げた。

「もっと上手に嘘をつこうって気はねぇのか……」

「二日酔いを治してあげようとしたのは本当。でも、ちょっと無茶な配合したを飲ませようとしたのも本当」

 マーは口を半月のように開けると、ケケケと抑揚のない笑い声を響かせた。

「魔女ってのはなにを考えてるのか本当にわからねぇな……」

「お互い様、お互い様。私もわからないし、他の魔女がなにを考えてるのかもわからないよ」

 マーが見てとリットのシャツの裾を引っ張ると、空に向かって指をさした。

 そこではシーナがぴょんぴょん跳ねて、こっちに向かって手招きをしていた。

「リットがなにしてるんだ……」と怪訝に思った瞬間。

 水のヘビにとぐろ巻かれて捕獲されたかと思うと、マーと一緒に一気にシーナの元まで連れていかれた。

「ほい、ご到着だよ」

 ウンディーネは陽気に言うと、水の絨毯の上に二人を降ろした。

 てっきりさっきの仕返しをされるのかと思って身構えたリットだが、シーナは満面の笑みで手招きの続きをしていた。

 思わずリットとマーは顔を見合わせて首を傾げた。

「花ですわ! 花! 浮遊大陸の植物の花が咲いたんですの!!」

 シーナは石に植えた植物を指した。

 そこでは頼りない長くヒョロヒョロの茎が伸びており、そこには大きく真っ赤な花が二つ。太陽に向かって咲き誇っていた。

「やったね!」とヤッカが自分のことのように喜ぶと、シーナは「やりましたわ!」と駆け寄った。

「やった、やった」同じく喜ぶマーと一緒に三人は抱き合って喜び称え合った。

 その抱擁に巻き込まれそうだったリットは距離を取っていた。

「あらあら、大の大人が照れちゃって」

 ウンディーネが茶化すように言うと、リットは鼻で笑った。

「大の大人だから、距離を取ったんだ。冷静にな」

「それって大の大人だから、若い子に興味ないってこと?」

「いいや、大の大人だから。この先もわかるってことだ」

「ほほう……四精霊にもない予知能力をお持ちとは、大きく出ましたなぁ」

「オレはあの虫が気持ち悪いと思ってる。ヤッカは虫かごを胸に抱いてる。でも、有頂天になった二人は気付いてない。気付いた頃には……ここから落ちるぞ」

「それは予知じゃなくて、ただの推理だよ……」

 ウンディーネは呆れるの同時に、二人をキャッチするための水柱を新たに呼び出した。






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