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第十四話

 昼食を終えると、グリザベルは再び魔女の酒を作るための調べ物を始めたので、リットは好都合だとさっそく魔女弟子三人を小屋に集めていた。

「――ということだ。わかったか?」

 説明を終えたリットは、三人の顔をそれぞれ順番に見た。

「小屋が汚いですわ。よくこんなところで寝られますわね……」

 シーナは座るのも嫌だと一人立っていた。

「でも、藁は良い匂い。嗅いでると眠くなってくる……ぐぅ……」

 目をつむるマーの肩をヤッカが揺らした。

「シーナもマーも、ここに住んでる人の目の前で失礼だよ」

 三者三様の反応にリットはため息を落とした。

「オマエらが普段使ってた小屋だろうが……汚えのは普段の手入れをサボったからだ。つーか、話を聞いてたか?」

「リットがお酒を飲みたい。だから作らせたい。私達は興味がない。ってことでオーケー?」

 マーは言葉通り興味のない無表情を浮かべて、さっさと話を打ち切ろうと結論を早めた。

「全然違う。オレは魔女の酒が飲みたい。だから、魔女のオマエらが作るのが手っ取り早い。古来から続いてる魔女の歴史なんだから、魔女のオマエらが興味を持たないのはおかしい」

「あまり違いがわかりません」と、首をかしげるシーナに向かってリットは指をさした。

「ちょっとはわかるなら、それはもう理解したってことだ。少なくとも、これはお願いじゃなくて命令だってことくらいはな」

「横暴……」

 マーは無表情のままだが、唇を尖らせて不満をあらわにした。

 グリザベルからの課題もあるのに、リットの手伝いをしている暇などないからだ。他の二人も同じように思っており、文句が止まることなく出続けた。課題が思うように進まない日々の鬱憤とストレスのぶつけどころを見つけたかのように、リットにあれこれと言葉を投げかけた。

「ピーチクパーチクうるせぇな……。だいたいオマエら、今のままでグリザベルの課題をクリアできると思ってんのか? 特にデカ魔女と乳魔女。オマエら二人は、オレが力を貸さなけりゃ一生課題のクリアなんて出来ねぇぞ」

 シーナの課題は浮遊大陸の植物を地上で育てることだ。時折、鳥類の糞から浮遊大陸の植物が芽生えることがある。芽生えたものの八割は成長し切る前に枯れてしまい。残りほぼ二割も、繁殖することなく枯れる。だがほぼ二割の中に入らない極一部の植物は、地上と環境が合い成長することがあるという。それを魔女の間では『落し種』と呼ばれており、魔女薬の発展に役立ててきた。新しい植物は魔女薬の常識に新しい風を吹き込む。それをクリアするには、ヨルアカリグサを育てるのに使った保護ケースが必要になる。元々は浮遊大陸の植物を持ち帰るために作られたものなので、今のシーナに最も必要なものだった。それに不完全ではあるが、リットはマニア・ストゥッピドゥが砂漠の畑で浮遊大陸の植物を育ててるのも見ている。

 マーの課題は他者が描いた魔法陣の魔力制御だ。魔法陣というのは描く人物により癖があり、同じ効果の魔法陣でも図形は大きく異なってくる。それに手を加えるということは、様々な知識が必要になってくる。同じ『火』という魔法陣を作るにも、四性質の組み合わせ方は何パターンもあるし、魔力制御のための図形や文字を組み合わせるとなると、何万以上もパターンがある。それに手を加えて、自分が理解できる魔法陣にするというのは、色々な魔法陣に触れるのが早い。なんといってもリットは、ディアドレの魔法陣の力というものを身を以て体験している。そしてグリザベルの魔力解析も一番間近で見てきている。他にも魔宝石を使った重層魔法陣や、浮遊大陸のように形を変える魔法陣など、他の魔女が体験していないことが常に身近にあった。マーにとってはリットは知識の宝庫だった。

 二人共リットの知識が必要なのは理解しているので、文句は言えるが、突っぱねることは出来ずにいた。

「脅しはよくない……」

 マーはまだ不服そうに唇を尖らせたままだ。

「脅してねぇよ。命令だって言ってんだろ」

 ヤッカは「僕は断ってもよさそうですね」と厄介ごとから位置抜けしようと小屋から出ようとした。「リットさんは虫に詳しくなさそうですし」

「おい、ヤッカ……なに言ってんだ……。デカ魔女と乳魔女は命令。偽魔女のオマエには脅しに決まってるだろう」

 ヤッカはおとなしく元の立ち位置に戻ると、バラされて魔女になる道を閉ざされては敵わないと他の二人を説得し始めた。

 その様子を「怪しいですわ」とシーナが訝しんだ。

「怪しくないよ。師事を受ける側の姿勢の話。僕達はもっと謙虚にならなきゃ」

「私はムリ。二人と違って自己主張をやめてくれないから」

 マーは腕を組んで大きな胸を強調すると、シーナが不機嫌に眉をしかめてヤッカの胸を指した。

「私だって偽乳と呼ばれるほど小細工はしていませんわ」

 ヤッカは「偽魔女なんだけど……まぁいっか」と、勘違いした二人にほっと胸をなでおろした。

 あーだーこーだと言い合いをする三人に、リットは思わず天井を仰いだ

「おい……いいか? どうせ手伝わせるんだから、話を進めるぞ。魔女の酒造りについてだ」

「手伝うと言っても……」とヤッカが首を傾げた。「どうやって作るんですか?」

「知ってたら、魔女見習いのオマエらなんかに頼ると思うか? 三人いりゃなにかしら思いつくこともあんだろ。なんかあったら喋れ」

 さっそくシーナが意見があると手を上げた。

「リットさんはもっとものの頼み方を知るべきだと思いますわ」

「あのなぁ……思いついたことを喋れってのは、有益な情報を喋れってことだ。思いつくまま適当に喋れってことじゃねぇ」

「はい」とマーが手を上げた。「ちょー有益な情報。そろそろ戻らないと、お師匠様が巡回に来る」

「仕方ねぇ……各自空いた時間に考えとけ」

 リットは解散だと手を打つと、早く出て行けと手を払って魔女弟子達を追い払った。



 それからしばらくはいつも通り過ごしていたリットだが、影の長さが目に見えて変わる頃になると、シーナが管理している畑にいた。

「それでなんか思いついたか?」

「リットさん……私、忙しいんですの。手伝う気がないのなら、どっかに行ってくれませんか」

 シーナは大きな体をかがめて、小さな雑草の芽を一つ一つ抜いていた。

「空いた時間に考えとけって言っただろ」

「時間が空いているように見えますこと?」

「今から空く。こんなやり取りをしながら作業を続けたいか?」

 シーナはため息をつくと立ち上がったが、急なめまいに襲われてフラフラとリットにしなだれかかった。そして短く悲鳴を上げると、今度は腰を抑えてうずくまった。

「なにやってんだよ。一人で騒がしい奴だな……」

 シーナは「もう! もう……もうもう!」と子供が癇癪を起こしたような声を上げた。「だから草むしりは嫌いなのですわ! 除草剤を使えばこんな思いをしなくて済んだのに!」

「あの薬を使えば今頃は。チルカの嫌がらせの対策を練るのにうんざりしてる頃だ」

「もう……手を貸してください……」

 頬を赤く染めて伸ばしてきたシーナの手をリットは握った。

「早くしろよ」

「ゆっくり! ゆっくりですわよ! そんなに早くすると腰が壊れてしまいますわ……」

 シーナはなんとか立ち上がると、ローブの中に手を入れて内ポケットからハーブを取り出した。それを口に入れると、飲み込まずに何度も何度も咀嚼した。

「まるっきり婆さんだな」

「嫌味を言うなら、私と同じ身長になって、同じ時間だけ屈んでからにしてください。このハーブもよく噛んでから飲み込まないと痛みに効きませんの」

「まさか腰痛を治すために、魔女薬を勉強してんのか?」

「それも一つです。起立性の低血圧とか、血流増加による顔のほてりとか、様々な症状に効果のある魔女薬を作るのが私の夢なんです」

「そりゃまた……体に悪そうなものを作るつもりなんだな」

「リットさんにわかりません。背の高い年頃の女の子の悩みなんて」

「背が高かろうが低かろうが、小娘の悩みなんてわからねぇし、知りたくもねぇ。知りてぇのは魔女の酒の作り方だけだ」

 リットは置いてあるコップで木桶から水を汲むと、シーナに押し付けるように渡した。シーナは口の中をゆすぐようにして、噛み砕いたハーブを飲み込んだ。

「しょうがないですわね……。私が知ってるのは魔女薬にも使われることのある、ハーブ酒くらいのものですわよ」

「まさしくそれだ。あの酒場も雑草を詰め込んだ酒ばかりだったからな」

「雑草じゃなくてハーブです。ちゃんと一つ一つに意味があるんですのよ。ハーブの香りの組み合わせは、魔法陣を描くのに似てるといいます。花や果実には優しさや華やかさ、スパイスには刺激やまろやかさがありますわよね」

 当然知っていると思って聞いたシーナだが、リットはなにも言わず首を傾げるだけだ。

「これだから男の魔女は……。もっと繊細さを感じる努力をするべきです。香りの調和が出来ない者は、魔力の調和も出来ないんです。いいですか? 感じてください。これから話すことにとても重要なんですから。ほら、どんな匂いがします?」

 シーナは体を少し傾けると、ローブの胸元を引っ張りリットの鼻に近づけた。内側のポケットに鎮静作用のあるハーブをいくつか常備してあるので、匂いが染み込んでいるのだが、リットにとってはハーブの匂いなど一種類しかなかった。

「オマエ……なんか臭うぞ……」

「臭くないですわ! これがハーブの匂いなんです! 女の子に言ったら絶対にダメな言葉ですわよ」

「じゃあ、嗅がせんなよ……。匂いなんて分かるやつが担当すりゃいいんだから、理解したていで話を進めてくれ」

「もう……ですわ。本当にもうです。ハーブ一つを取っても、生のまま使うか、乾燥させるのか、蒸すのかで味も匂いも大きく変わってきます。この味と香りは、魔法陣における四性質みたいなものです。これを組み合わせることによって、効果を生み出すんです。そして、それを一つの元素に閉じ込めるのが魔女薬ですのよ」

「一つの元素ってのはなんだ?」

「リットさんの魔女のお酒というのは『水』ですわね。焼き薬なんてものがありましたり、道具を使って元素分解で蒸気に戻したり、煙にしたりすることもあります」

「なるほど……それでウンディーネが来るっていう湖の水を使うわけだな。で、その酒はどうやって作るんだ」

「どうって……お酒に漬けるんじゃありませんの?」

「漬けるにしたって、色々あるだろう。温水に漬ける温浸漬法なのか、それとも予め配合したものを原酒につけて成分を浸出させる合醸法なのか、酒と一緒に蒸留して香味成分だす蒸留法なのかとか」

「知りませんわ。お酒なんて飲みませんもの。『水』を使う魔女薬はお茶と、飲み薬くらいですわ。お酒を作るなって趣味の域ですわよ」

「消えゆく技術って言ってたしな……」

 リットが肝心のところはわからずじまいかと、腕を組んで考え込んでいると、シーナに袖を引っ張られた。

「リットさんて、思ったよりハーブのことにお詳しいんですね」

「いいや、全然。興味もねぇよ」

「でも、ハーブの抽出法を色々知ってるみたいな言い方でしたわよ」

「ランプのオイルを作る時に、似たようなことをするってだけだ。匂いってのはオイルと一緒に出てくるからな。別にハーブ限った話じゃねぇ。ハーブも試したってだけだ」

「変なことをなさるんですね。ランプのオイルを自分で作る魔女なんて聞いたことありませんよ」

「あー……」とリットは今自分はグリザベルの魔女弟子だということを思い出した。「そうだったな。アレだな男は錬金術師になるとかってやつだろ。オイルの抽出は錬金術師が確立した技術が多いしな。心のどっかで魔女をやめて錬金術師になろうとか思ってるんじゃねぇのか」

 いっそ本当のことを言ったほうが楽になるのだが、まだグリザベルが魔女の酒を作る技術を思い出す可能性もあるので、ここ最近で得た知識で誤魔化した。

「自分のことを他人事のように話しますのね」

「ある意味他人だからな」

「そんなことだから、燻っているのですわ」

「燻るってのも捨てたもんじゃねぇぞ。その煙のおかげで助かった世界もある」

「なにを言っているんですの?」

 シーナのもっともな疑問にリットは肩をすくめた。

「さぁな」

「ですが、魔宝石が作られたように、ランプを使ってなにかやってみるのもいいかも知れませんわよ。そうすれば、男でも魔女史に名を残せるはずですわ。世界を変えられますわよ」

「ところが、世の中そうもいかねぇんだよ。世界を変えようが、世の中には世の中の都合ってもんがある。もし、名を残して、こんな魔女見習い達が弟子志願に来ると思うとぞっとする」

 リットはもう一度肩をすくめると、今日の用は済んだと去っていた。

 その後姿をシーナは、首を傾げながら見つめていた。






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