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第十一話

 翌朝になり、目覚めたリットの傍らには、スープと魚を香草で蒸し焼きにした料理が置いてあった。誰かが朝食を作って持ってきたのかと思ったが、スープは冷めて表面に膜が張っており、魚の香草焼きはパサパに乾燥していた。

 昨夜、リットにツマミだけでいいと伝えられたグリザベルだが、弟子達に師匠らしく出来るとすっかり有頂天になってしまっていたので、そのことが頭から抜け落ちてしまっていた。なので、昨夜の夕食がそのまま、ノーラがつまみ食いをしながら持ってきたままで残っていた。

 それを見たリットは、昨夜は酒を飲まないで早々に寝たことを思い出した。

 部屋には自分とノーラの足跡だけということは、昨夜は魔女弟子達と酒に酔って変な約束をしないですんだということだ。

 リットは空っぽの胃に冷めたスープを一気に流し込むと、手で持てるくらいに乾燥した魚の切り身をつまんで口に咥えた。そして、空の木桶を手に取ると、肩で押しのけるようにして小屋のドアを開けた。

 外はまだ薄暗く、明けたばかりの太陽が遠くから照らしてる。まるでナイフで切り取ったかのように鋭く差し込んだ朝日は、湖を一部だけを自分色に染めこんでいた。

 乾いた魚の切り身を一口食べるごとに、乾いた香草がぽろぽろと地面に落ちていくが、リットは気にぜず湖に向かった。

 ついた湖で一息つき、魚を全部食べ終えてから、水を汲んで来た道を戻ると、黒いローブが一人。倒れるようにしてうずくまっていた。

 リットが避けて通ろうとすると、「あっ、そこは踏まないでくださいと!」と注意された。

 うずくまっているのはヤッカだった。地面にいる虫をこれでもかと言うほど顔を近づけて観察している。その姿は魔女というよりも、研究者のようだった。

 リットが方向を変えようとすると「動かないでください!!」と強い口調で言われた。

「どうしろってんだよ……カカシみたいにずっと突っ立てろってか?」

「それはいい考えですね。お願いします。今は鳥にも邪魔されたくないので」

 ヤッカは自分のことに集中しているので、リットの嫌味を理解などせず、都合の良いところだけ都合よく解釈していた。

 歩こうとすると、いちいち声を張り上げてうるさいので、リットはその場で待っているしかなかった。

「終わったか?」と声をかけるが、「まだです」と返ってくる。

「終わっただろ」とうんざりして言うが、「まーだまだです」と返される。

「終われよ……」とイライラして言うと、「まだまってください」と粘る。

「終わらせるぞ……人生を」と声を低くして言うと、ヤッカは「しょうがないですね」と、ようやく腰を上げた。

 リットはやっと歩けると、黙ってヤッカの横を通り過ぎたが、後ろ向きに歩いてヤッカの隣に立った。

「……なにしてたんだ?」

「珍しい虫が飛んできてたので、観察していたんです。森には生息している種類ですが、普段はもっと水気の少ないところにいるはずなので」

 ヤッカは手に持った虫の羽を開いて見せて、この構造は水に弱いのだと説明した。

「なるほど……」と、リットは数歩歩くと、同じ数だけ後ろ向きに戻って、またヤッカの隣に立った。「なんか意味あるのか?」

「魔女薬で虫を材料に使う場合は、餌としているものが何かというのがとても重要になってくるんです。同じ個体でも、水を多く摂取するなら効果の度合いが違いますし、まったく作用が違うこともあります。虫も植物と同じで、火・風・水・土の四大元素の影響を強く受けますからね。土に潜っている幼虫と、空を飛ぶ成虫では全然効能が違うんですよ。それも、火に掛けるか、水に浸すかでも大きく違ってくるんです。『元素分解』をすると」

「あっそ……」と呟いたリットは、まったく同じように言って戻ってを繰り返した。「なんだよ、元素分解ってのは」

「なんなんですか……さっきから」

「魔女が作る酒ってのは、魔女薬の延長上みたいなものなのかと思ってな」

 リットはカマをかけて言ってみたのだが、ヤッカは首を傾げるばかりだった。

「なんですか? 魔女の作るお酒とは」

「オレが聞いてたんだ」

「聞いたことないですね……でも、元素分解の説明はできますよ」

 リットは「勝手に話せ」と興味なく言ったが、実際に聞いてみると興味のあることだらけだった。

「『元素分解』というのは、簡単に説明すると『煮る』みたいなことですよ。『火』と『水』という四大元素を使うと、四性質の『湿』が出来ることです。四性質が合わせって出来るのが四大元素なので、分解しているということです」

「なるほど……要は蒸留技術ってことか」

「そうです、魔女というよりも錬金術よりの知識です。魔女は人工的に自然エネルギーを作り、錬金術師は自然物から人工的に作り出す。リットさんは錬金術にも明るいんですか? やはり男の人はそっちの道を選ぶんですかね……。皆魔女を諦めて、錬金術師になりますから」

「なんで錬金術を発展させたガルベラが女なのに、男はそっちの道にいくんだ?」

「お詳しいんですね!」と、ヤッカはパァっと目を輝かせた。「魔女学ばかりで錬金術に目を向ける魔女が少ないんですよ。ガルベラは魔女の期間が長く、錬金術師の期間が短い。なのに名を残せたということは、錬金術の方が水に合ってたということだと思うんです。そして現代。錬金術師で高名な師は男ばかり、ガルベラは男だった可能性もあるんじゃないかと思うんですよ。逆に考えれば、ガルベらは魔女としても名を残したわけですから、男でも魔女として高名を轟かせることが出来るのではないかと考えているんです」

 ヤッカはグリザベルのように冗長な話を一気に言い切った。誰かに聞かせてウズウズしていたのが丸わかりなほどの熱がこもった言葉だった。

 リットが黙って聞いていたのは、気になることがあったからだ。

「話を少し戻すけどよ、その元素分解ってのは植物にも使われるのか?」

「そうですよ。難しく説明すると、火と風と土窯に水が――」

 嬉々として説明しようとするヤッカだが、リットにフードを被せられ、言葉を遮られてしまった。

「つまり魔女の作る酒は本当に存在してるってことだな」

 リットの含みある口元の笑みに、ヤッカはどう反応していいのかわからず眉を寄せていた。

「そこに結びつける話ではなかったのですが……」

「いや、確信した。今までの話を聞いててな。これで、うるせえ小娘共の面倒を見るのも、少しは我慢できるってもんだ」

 リットは自分だけが解決した疑問に清々しく伸びをすると、木桶を持って小屋へと戻ろうとした。

 その背中に「僕も質問をいいですか?」とヤッカが聞いた。

「ダメだ。まだ夜が明けたばかりじゃねぇか、おとなしく寝ろ。昼になって、オレに聞く気がありゃ聞いてやる」

「あの二人を手懐けたということは、それなりに知識がないと不可能だと思うんですけど……もしかしてリットさんは名のある魔女なんですか?」

 背を向けて歩くリットの後ろをついていきながら、ヤッカは質問をやめることをしない。

 足を早めても、止めても、蛇行しても、カモのヒナのようにピッタリくっついてくるので、リットは諦めて質問に答えた。

「まず、あの二人は懐いてるんじゃなくて、好き勝手やってるだけだ。次に、名のある魔女は周りにいただけだ」

「やっぱり……高尚な魔女のところばかり修行巡りをしないとダメなんでしょうかね」

「なんで、それをオレに聞くんだよ」

「だってリットさんも、修行巡りをしていたんじゃないですか?」

「ん? あぁ……そうだったな。そういうもんかもな」

「ですが、その結果。魔女弟子のままでいるということは、男だと難しいんでしょうね……やっぱり一人前の魔女になるのは。だから、最初会った時に、僕に魔女じゃないって言ったんですか?」

「さぁな、なってみりゃわかる。オレはまだ一人前の魔女にも、一人前の女にもなったことがねぇからな」

「僕は魔女の古臭いしきたりは、断固としてなくすべきだと思ってるんですよ。男女関係なく、活躍の場を広げるべきだと。そうすることで、魔女は文化は更に発展していくと考えているんです。新しい発明は常に型を破ることで生まれてきました。いつの時代も型破りの魔女というのは誕生するんです。魔女三大発明に名を連ねる魔女達のように」

 ヤッカは強く拳を握り、熱のこもった声で言った。あまりに純粋な瞳をしているせいで、リットもいつものように茶化すのをやめていた。

「グリザベルもそんな考えだ。弟子入り先としては間違ってなかったんじゃねぇか?」

「そうなんです!! 他の魔女にはない独自の考えを持ち、あのディアドレの謎の一端を解いた明晰な頭脳を持ち、一人で生きていける心の強さを持った素晴らしい魔女なんです」

「最後の以外は概ね同意だ。アイツは知的で冷静で美人だ。ケツはもっとデカイほうが好みだが、乳はでけぇな。その上スパイスが効いていて色深くて奥行きもあってぽんぽこぴーでズンダガダッダだ。オマエの大好きな師匠をこれほど褒めたんだ。もういいだろ。……どこまでついてきて、いつまでいる気だ」

 話している間にリットはもう小屋の中に入っていたが、ヤッカはそれに気付かないほど熱中して話をしていた。

「では失礼します」とヤッカは頭を下げた。「リットさんも他の魔女にはない考えをお持ちなので、きっと大きく飛躍できると思います。魔女修行を諦めずに頑張ってください」と言って小屋を出ていった。

 ヤッカは良い話が出来たと興奮していたので、小屋の棚の影にグリザベルがいるのにも気付いていなかった。

「どうだ、素直で良い子だろう。努力家で知識に貪欲。型破りだが、常識にも目を向ける。なにより我を尊敬しておる」

「それに、ぽんぽこぴーでズンダガダッダだ」

「ぽんぽこぴーでズンダガダッダなのは我だ! ……我なのか?」

「好きに名乗れよ。それでなんの用だ? 魔女ってのは皆早起きなのか?」

「お主も早起きをしているではないか。ふむ……本気で魔女修業をするなら付き合ってやるぞ」

「起きたんだろ。寝言じゃなくて、用事を言え」

「そう急かすな……なにせ言いにくいことだからな」

 グリザベルは胸に手をおいて深呼吸を繰り返した。

「言いにくいなら言ってやろうか? アイツが男って話だろ」

「そうだ……また我が朝食を作るハメに……もう一度お主からガツンと……なんだ? なんと言った? 誰だ? 誰が男と?」

「ヤッカが男だって話じゃねぇのか?」

「魔女修行だぞ」

「男の魔女だっているって自分で言ってたじゃねぇか。そもそもオレを一番弟子としてんだしよ。なんの不思議もねぇよ」

「おなごの顔をしておるぞ」

「そういう顔の男もいるし、男みてぇな女もいるだろ」

「何を突拍子もないことを……」

「あんだけ男の魔女のことを気にしてるのになんとも思わなかったのか? オレが男の身でウィッチーズ・マーケットの中に入ったことを凄い興味持って聞いてきたぞ」

「ヤッカは特に我を尊敬しておるのでな……その……なんというか……お主なら言いたいことがわかるであろう?」

「ボロを出さねぇように、あんまり話してねぇんだろ。保たねぇもんな、オマエの威厳。今日も朝飯を作るくらいだもんな」

「しっかり聞いておったのか……」

「自分で言ったんだろうが。で、なんだ男とわかったら追い返すのか?」

「いや、男でも学ぶことは大事だ。我は他の魔女と違いぞんざいに扱うようなことはせぬ……むしろこれはチャンスだ。我が鋭い眼光で見抜いたことにすれば、ヤッカは我を一層尊敬することに違いない……いや、だが……年頃の男女を同じベッドに寝かせておくのは問題にならぬか? そもそもヤッカが男だとまだ決まったわけではない。この問題は早急に方を付けることではないな。冷静になって対処しなければ」

「なんなら股間を鷲掴みにして確かめろよ。オレがやってもいいけど、ヤッカが女だった場合は新たな問題が生まれてくる」

「生まれるって……子供は困るぞ! ヤッカはまだ修行の身だ!」

「冷静はどうしたんだよ……。まぁ、今まで問題がなけりゃいいんじゃねぇのか」

「そ、そうか……?」

 グリザベルは問題の解決の後回しを、共犯者がいることによってほっとしたが、元よりリットは責任のない立場なのでお気楽なものだった。

「なにより、面白そうだ。男女のこじれってのは、なかなかいい酒のツマミになる。酒場代わりにもってこいだ」

「お主という奴は……問題ばかり起こしおって。言われなければ気付かなかったというのに……意識してしまうではないか」

「なんだ惚れそうなのか?」

「違うわ! あほ! 童だぞ。年頃の娘でも扱いが難しいと言うのに、男だった場合どうすればいいというのだ」

「まず、オマエの人付き合いの下手さを直せばいいんじゃねぇのか?」

「いいや、責任を取ってリットに面倒を見てもらおう。先程の話を盗み聞きしていたが、お主に興味を持っているらしいし丁度いいだろう」

「なに勝手に決めてんだよ」

「嫌ならば、シーナとマーの両方の面倒を見てもらうが……よいのか?」

 機能のことを思い出しあの二人よりは、断然ヤッカの方がマシだと「わーったよ……」とリットは渋々だが受け入れた。

「面倒を見ると言っても、いつもより気にかけるだけでよい。なにより自分でやることが大事だからな」

 そう言うとグリザベルは、リットの背中を押して小屋の外へと出した。

「今度はなんだよ」

「もう忘れたのか? 弟子達に朝食を作れとガツンと言うてくれ」

「自分でやることが大事なんじゃねぇのか?」

「我はもう師匠の身だからよいのだ」






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