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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

本当は怖い童話たち

白雪姫 継母の真実

作者: usa

オリジナルの設定が目立ちます。

あまり気持ちのいいお話ではありません。


以上のご注意を読んだ方のみ、お進みくださいませ……。

※読了後の不快感については、一切の責任を負いかねます。






 私が一番になると、そう決めたの。




「鏡よ鏡よ、鏡さん。この国の王妃に一番ふさわしいのは、だぁれ?」

「それは、あなたでございます」


 私は王妃になるために生まれてきた。幼い頃から何度も、お父様にそういわれ続けてきた。王妃になり、王子を生んで、父の役に立つこと、そしてこの家を発展させることが、私の役目なのだと。女として、この国の一番になるのだ、と。

 まだ年端もいかない頃から、血のにじむような努力を続けてきた。私こそが王妃になるのだ、王妃にふさわしいのは、私しかいないのだと。そう自らに言い聞かせながら。


 唯一の慰めは、お母様がこっそり渡してくれた、魔法の鏡だった。質問したことに、真実のみを答えてくれる。私はいつも、同じ質問を繰り返した。

「鏡よ鏡よ、鏡さん。この国の王妃に一番ふさわしいのは、だぁれ?」

 鏡の答えも、いつも同じだった。

「それはお嬢様、あなたでございます」


 それなのに、その地位についたのは、私ではなかった。私を蹴落として王妃の座に就いたのは、私よりも身分も、教養も、品性も、語学力も、マナーも、社交術も劣るような、小娘だった。

 あの小娘にあって、私に足りないものはなに? 私のなにがいけなかったというの。

 許さない。


「鏡よ鏡よ、鏡さん。あの小娘と私の違いは、なに」

「それは、美しさです。彼女はお嬢様の、何倍もお美しい」


 心のよりどころだった鏡からの返答に、私は激昂した。

 私の方がふさわしいと、私が一番ふさわしいといっていたくせに! あの小娘がほんの少し、私より見目がいいからって。たったそれだけの理由で、私の人生をめちゃくちゃにした。

 許さない許さない。


 王妃争いから間もなく、私はお父様の命令で、王都から最も離れた領地の屋敷に連れていかれた。王妃になれなかった娘など、もう顔も見たくないということだろう。私は父に捨てられたのだ。

 屋敷についてきてくれたのは、なじみの侍女が二人だけ。そして、あの日思わず叩き割ってしまった鏡のかけら。


「鏡よ鏡よ、鏡さん……この国で一番美しいのは、だぁれ?」

「それは、王妃様でございます」


 壊れてもなお、真実のみを答える鏡。


「それでは、二番目に美しいのは、だぁれ?」

「それはお嬢様、あなたでございます」


 そう。私はまだ二番目。あの小娘が消えない限り。私はずっとずっと二番目。お父様が望んでいた、この国の一番にはなれない。

 許さない許さない許さない。


 それから数年が経って、あの女が子どもを生んだという知らせが来た。地方に届いた新聞には、幸せそうに子どもを抱くあの女と、愛おしそうにそれを見つめる国王の姿が描かれていた。どこから見ても幸せそうな、理想の夫婦。女は以前会った時よりも、数倍も美しくなっていた。

 許さない許さない許さない許さない。


 あの女が死んだのは、それから間もなくだった。産後の肥立ちが悪かったらしい。

 私は興奮して奇声を上げ、鏡に向かっていつもの質問をした。


「鏡よ鏡よ、鏡さん。この国で一番美しいのは、だぁれ!?」

「それはお嬢様、あなたでございます」


 あの女が死んだ! 私からすべてを奪ったあの女狐が! ざまあみろ、ざまあみろ、ざまあみろ!!

 この国の一番は、私よ。


 そして一年が過ぎた頃、お父様から呼び出され、私は数年ぶりに王都に戻った。その理由は、予想した通りだった。


「国王は後妻を探しておられる。今度こそモノにしろ。そして、王子を生め」


 あの女の子どもは王女だった。王位継承権はあるものの、男児が生まれれば王太子になるのは間違いなく後者。あの女が成し得なかったことを、私がやり遂げる! そうすれば私は名実ともに、あの女に勝ち、この国の一番になれる。

 あの女さえいなければ、私に勝てる人間はいない。身分も、教養も、品性も、語学力も、マナーも、社交術も。そして美しさだって。誰にも私に勝てやしない。


 そうして私はようやく、この国の女性の一番になった。






「お父様、お父様。シュニィはこの前、お歌を先生にほめられたのよ。それに、ダンスもとても上手になったって」

「ああ、シュニィ。おまえは本当に素晴らしい娘だ。美しく賢く、朗らかで清らかで愛らしい。おまえのような娘を持って、父様は鼻が高い」

「ふふふ、お父様ったら」


 日増しにあの女に似ていく、義理の娘。あの女の娘である、シュニィ。艶やかな黒髪、真っ白な肌、ぷっくりした赤い唇、紅色に色づいた頬。なにもかも、あの女にそっくり。

 あの女の忘れ形見である娘を、私の夫である王は溺愛していた。妻であり、王妃である私を差し置いて、娘を抱き上げてくるくるとまわっている。


「きゃははははっお父様、早い早い!」


 甲高い娘の声が、耳障りだった。この娘は、声まで母親にそっくり。王に選ばれたその場で、私を哀れむような目で見てきた、あの女に。「ごめんなさい」といったあのか細い声も、私は未だに鮮明に覚えている。


「シュニィ。お父様はお忙しいのです。そんなくだらない話でお父様の邪魔をしてはなりません」


 私がたしなめると、娘はちぢこまった。


「シュニィはただ、お父様とお義母様と、おしゃべりをしたかっただけなの」

「シュニィ……!」

「ねえ、お父様。シュニィが会いに来るのは、そんなにいけないこと? シュニィは悪い子なのかしら」


 娘がクリっとした目で国王を見つめた。すると王は、目尻を下げて、愛しそうに娘の髪を撫でた。


「いけないことなんて、あるものか。愛するおまえが会いに来てくれるだけで、父様がどれほど頑張れることか」


 そういったすぐ後に、王は私を一瞥もせずに、言い捨てた。


「ミランダ。つまらぬことでシュニィを責めるのはよせ。シュニィはまだ幼いのだから、親の愛情をたっぷり注いでやらねばならぬ。母親亡き今、余がその分愛してやらねば」


 王はもう忘れているのかもしれない。私のお腹にも、ご自身の御子がいるのだということを。もしかしたら、役立たずの娘なんかよりもよっぽど使える、優秀な男児が生まれるかもしれないというのに。

 扇子を持っていた手に、ギリッと力がこもった。私は苛立ちまぎれにいった。


「部屋に戻ります」


 王も娘も、私の方を見ようとすらしなかった。

 許さない許さない許さない許さない許さない。


 間もなくして、私にも子どもが生まれた。その子を見て、私は危うく気を失うのではと思った。

 女児だった。王子を生んで、あの女よりも立場が上であることを証明しようとしたのに、よりにもよって女が生まれた。これで王に似ていれば少しは慰めになったのに、髪の色も目の色も、母親である私と同じだった。


 二人目の王女誕生の知らせは、一人目の時よりも静かに受け入れられた。上位貴族からは、「なんだ、また女か」という無言の失意が伝わってきた。あの女を気に入っていた民たちは、どうでもよさげな反応だった。

 唇から血が流れるぐらいにギリギリと噛みしめた。結局あの女が邪魔をする。死してなお、私の立場を脅かす。

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない。


「いいですか、サティア、あなたがこの国の女王になるのです。誰にも負けてはダメよ……一番になるのです」


 生まれたばかりの娘に、私はそう言い聞かせた。






 それから幾年もの時が過ぎた。王は私に娘が生まれてから、指一本触れてこようとはしなかった。王子を生ませることは諦めたのだ。サティアのことはそれなりに可愛がってはくれているが、やはりあの娘……シュニィよりも劣る。


 シュニィはあれから、ますます母親そっくりになった。雪のように白い肌と、黒檀のような黒々とした髪、血のように赤い唇。『白雪姫』と謳われるに等しい美貌。誰が見てもうっとりするほど愛らしく、知性もあり、国民からも慕われ、次期女王としてふさわしいと、誰もが口をそろえて評価した。私と、私の一族以外は。


 一方で私の娘、サティアは、平々凡々な娘になっていた。シュニィよりも評判も腕も良い家庭教師を、倍近くも雇い、昼は勉学、夜は淑女教育をこなさせてきた。なのにどうしたことか、サティアは飲み込みが遅く、普通なら一度で覚えられることも、二度も三度も叩き込まねばならなかった。容姿も、成長するにつれてパッとしないものになっていく。


「あたしは白雪の義姉様のようにはなれないんだわ」

 というのが、サティアの口癖だった。

 幼い頃からなにかと比べ続けられた、義理の姉。教養も、品性も、語学力も、マナーも、社交術も、そして美しさも。なに一つとして、シュニィには敵わない、と。

 その卑屈さが余計に、サティアをみすぼらしくしていくようだった。


「バカなことをいわないで。あなたはこのお母様の子です。白雪姫なんぞに……あの女の娘なんぞに、負けるものですか」


 そう口で娘にいいながらも、私は娘に心底がっかりしていた。

 この子を女王に仕立て上げれば、私は女王の母として、一番になれると思っていた。なるにはそれしかないと、思っていた。それなのに、娘は思い通りに成長しないどころか、シュニィを尊敬するような言葉さえ口にする。かつて私を人生のどん底に突き落とした、あの女の娘を。


「鏡よ鏡よ、鏡さん。この国の女王にふさわしいのは、だぁれ?」

「それは、白雪姫です」

「では、この国で一番美しいのは?」

「それも、白雪姫です」

「私の娘が、あの女の娘に勝るものは?」

「………」


 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。






 白雪姫を、殺す。


 頭の中で、本当は何度も描いてきた。もっと早くに決断すればよかった。そうすれば私の娘は、もっとまともに育っていたはずなのに。王だってもう少し私を見て、もしかしたら別の子どもを生ませてくれたかもしれないのに。

 いえ、本来ならもっと早く……。あの女が一度選ばれた直後に、殺してしまえばよかった。そうしたら私はもっと早く、一番に返り咲いていたのに。


 でも、もういいわ。いなくなってしまえば、順番なんてどうでも。私が一番になるのだから、どっちでもかまわないでしょう?

 あの女の娘がいなくなる。私を十年以上もの間苦しめてきた、あの女と同じように、この世から消えてもらう。ああ、愉快だ。こんなに楽しい気分になったのは、何年ぶりかしら。


 早速家来の一人に、白雪姫を森に連れていって殺すよう命じた。万が一にも王にバレたら危険だ。殺したことがわからぬよう、死体は熊にでも食わせればいい。ああ、でも。


「肝臓だけは持って帰ってちょうだい」


 若く美しい娘の肝臓は、食べるだけで若返る、最高の美容の妙薬だという。せっかくだから、利用させてもらおうじゃないか。あの女の娘がようやく、死んでから私と私の娘の役に立ちそうだ。


 家来は命令通り、血に染まった内臓を持ち帰り、「白雪姫を殺した」と報告した。大いに満足した私は、その肝臓を「イノシシの内臓だ」といい、調理させた。サティアを呼んで、二人で夕食にそれを食べることにした。娘はテーブルに置かれたメインの肉を見て、怪訝な顔をした。


「お母様、このお肉、ずいぶん獣臭いのね」

「あらあらサティアったら。これは手の付けられない、凶悪なイノシシの肉だから、仕方がないわ。さ、いただきましょう」


 白雪姫の味は、最高に美味だった。






「鏡よ鏡よ、鏡さん。この国の一番の女性は、だぁれ」

「それは、王妃様です」


 鏡の答えも、満足にいくものだった。ようやく私が一番だ。お父様がなによりも望んでいた、私の生まれた意味。白雪姫亡き今、私の娘サティアが女王になるのは確実。我が家は安泰。一族は栄光に包まれる。お父様は大喜びなさるわ。

 そう私が恍惚としたのも、束の間だった。


「この国の一番は、王妃様。しかしながら、国の境の森に住む白雪姫は、王妃様より素晴らしい」


 鏡が続けた言葉に、私は言葉を失った。

 白雪姫が、森に住んでいるって? バカな。あの娘は始末して、たった今肝臓だって食ってやったのに。


 白雪姫を始末させた家来を呼び出すと、洗いざらい告白した。殺す土壇場になって怖気づいた家来は、白雪姫をそのまま森に置き去りにしたらしい。自分が手を下さずとも、獣が食べてくれると思った、と供述した。私と娘が食べたものは、本物のイノシシの内臓だった。

 その話を聞いた直後のことは、あまりよく覚えていない。気づいた時には家来はすでに息絶えていて、私の手は血まみれだった。

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。


 無能なやつになど、もう任せておけない。自分自身で手を下さねば。私がこの手で、白雪姫を殺してやる。

 城にあった禁書に載っていた、特殊な魔術を用いて、私は美しい王妃から、醜い老婆に変身した。白雪姫を確実に殺すため、道具も用意した。年頃の娘が気に入りそうな、美しい絹糸で編んだ腰ひもだ。


 鏡に案内をさせ、白雪姫が今住んでいるとされる森へいった。森の中には粗末な小屋が立っていて、鏡によれば、すんでいるのは七人の小人らしい。白雪姫はどうやら、その小人に拾われたようだ。

 小人が留守の間を狙い、私はふらっと訪れた老婆のふりをして、小屋の戸を叩いた。


「もし、お嬢さん。きれいな腰ひもはいらんかね。可愛らしいお嬢さんに、とてもよく似合うよ」

「まあ、本当、おばあさん」


 幼い頃から王に溺愛され、今まで大人からちやほやされ続けていた白雪姫は、疑うことなく戸を開けて、私を迎え入れた。


「とても素敵な腰ひもね」

「ああ、そうだろう? どれ、私が結んであげようじゃないか」


 無防備に私に背を向けた白雪姫に、私は確固たる殺意を向けて、腰ひもをギュッと締めつけた。驚いた白雪姫は抵抗しようとしたが、あえなく力尽きた。


 今度こそ、私の邪魔をする者は消えたのだ。


「鏡よ鏡よ、鏡さん。この国の一番は、だぁれ?」

「この国の一番は、王妃様。しかしながら、国の境の森に住む白雪姫は、王妃様より素晴らしい」


 城に戻った直後、鏡に問いかけると、返ってきたのは予想だにしない答えだった。殺したはずなのに、息を吹き返している。いや、あれは気を失っただけだったのだ。もっと、もっと確実な方法で殺らねば。


 そこで翌日、私はまた老婆に化けて、小屋へいった。白雪姫に、毒を染みこませた櫛を渡すために。

 しかし、どうやら一緒に暮す小人とやらが、余計なことを吹き込んだらしい。白雪姫は私を小屋にいれるのを拒んだ。


「おやおや、それは残念だ。この櫛は世界に二つとない素晴らしい逸品で、今を逃せば、二度と手に入らんというのに」


 そう囁けば、好奇心に負けた白雪姫は、おそるおそる戸を開けた。その一瞬で私は、白雪姫の髪に、毒の櫛を差しこんだ。頭皮から毒を流しこまれた白雪姫は、ぱたりと倒れた。

 毒ならそう簡単に助かるまい。私はほくそ笑んで、城に帰った。


「鏡よ鏡よ、鏡さん。この国の一番は、だぁれ?」

「この国の一番は、王妃様。しかしながら、国の境の森に住む白雪姫は、王妃様より素晴らしい」


 私は激怒した。あの娘は、まだ生きているのだ。有頂天になって帰ってきてしまったが、とどめを刺さなかった自分の落ち度だった。しぶとい小娘。殺しても殺しても、ゴキブリのように蘇る。

 今度こそ。今度こそあの娘を殺さねば……!


「お嬢さん。おいしいリンゴはいらんかね?」


 三度目に選んだのは、二度目と同じ毒。ただし今度のは、先頃よりももっと強力な毒で、肌ではなく体内に直接入れることで、確実にあの世へ送ることができる。

 たっぷりと毒をまとったリンゴは、蠱惑的につやつやと輝いていた。


「ごめんなさい、おばあさん。小人さんたちに、誰からもものをもらってはいけないと、いわれているの」

「おや、なぜだい?」

「私がいけないのよ。不用意に扉を開けてしまって、二度も危ない目に遭ってしまったから」

「扉を開ける必要なんてないじゃないか。ほら、窓をほんの少し開けるだけでいい。リンゴを渡すだけなんだから。ほぅら、真っ赤でよく熟している。今食べないなんて、もったいないと思わんかね?」


 扉のうしろで、白雪姫がごくりと唾を飲んだ気配がした。このリンゴには、見ると食べたくてどうしようもなくなる、魅惑の魔術がかかっている。術者である私以外が、抗えるはずもない。


「もったい、ないわ」

「そうだろう? 食べてみたいと思わんかね」

「食べて……みたい、です」

「いい子だ。さあ、窓をお開け」

「はい」


 うつろに返事をし、白雪姫の細い手が、窓を開けた。真っ白な指が、真っ赤なリンゴに伸びてくる。さあ、さあ、さあ。


「お食べ、白雪姫」


 白雪姫が、かぷりとその果実にかじりついた。次の瞬間、その細い身体は、不釣り合いに重い音を立てて床に倒れた。私は窓からその様をのぞき込んだ。


「ふ、ふふ、ふふ、ふ。ははは、おほ、ほ。ほほほ、ほほ、ほほほほほ!」


 自分の口から、よくわからない笑い声が漏れ出てくる。

 ご覧なさいよ、あの惨めな死に様を。あんなにヒクヒクけいれんして、口の端から泡が出ているじゃない。やだやだ、汚らしい。あれが国一番の美しい娘ですって? とんでもない。私の方が数倍、数十倍、数百倍美しいに決まっている。


 白雪姫のけいれんが止まった。一目で死んだとわかる。

 ついにやった。やってやった。これで私が一番。私だけが一番。もう誰にも、邪魔されない……!


「鏡よ鏡よ、鏡さん。この国の一番は、だぁれ?」

「それは王妃様、あなたでございます」


 鏡はようやく、私の満足する答えを口にした。






 白雪姫が謎の失踪を遂げてから二年が経った。王はようやく、愛娘の捜索を諦めようとしていた。

 国の第一王女の失踪に伴い、第二王女であるサティアが立太子することが確実となった。お父様は誇らしげだった。


「ミランダ。それでこそ私の娘。私は王妃の父、ゆくゆくは女王の祖父となる。これで我が一族も、王族の仲間入りだ」

「はい、お父様」


 生まれてはじめて、父に認められた。今までの苦労と努力が報われた瞬間だった。

 子どもの時からずっと、父の愛がほしかった。それがたとえ、権力に固執するが故の愛だとしても。私はずっと、お父様にも愛されたかった。


「シュニィ王女が消えたのは不思議だが、これで我が一族の邪魔者は消えた。願わくば、ひょっこり戻ってくることもないといいが」

「ほほほ、お父様ったら、ご冗談を」


 あの娘が戻ってくるはずがない。今頃小人の手によって、手厚く葬られ、とっくに土に還っているだろう。

 シュニィが消えたことにより、サティアもようやく王女としての才能を開花させた。今ではサティアが女王になることを反対する者も、すっかりいなくなった。


 愉快な気分で、私は鏡のかけらに向かって問いかけた。


「鏡よ鏡よ、鏡さん。この世で一番の女性は、だぁーれだ?」


 それはもちろん


「隣国の王子の妃、白雪姫です」


 ……は?


 聞き間違いかと思い、私はもう一度たずねた。


「この世で一番の女性は誰!?」

「それは、隣国の王子の妃、白雪姫です」

「この世で一番……っ」

「それは、隣国の王子の妃、白雪姫です」


 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。


 あの女狐は、結局まだ生きていたのだ。なんてしぶとさ。森へ捨てても、締め上げても、毒を盛っても、なぜまだ生きている。

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。


「殺して、やる……っ」


 隣国の王子の妃。鏡はそういった。隣国といえば、数ヶ月前に第二王子が婚礼をあげたと聞いた。残念ながら我が国の王は、愛娘の捜索に必死で、祝いには参列しなかったけど。

 まさかその隣国に、殺したはずのシュニィがいるとは。しかも、その王子の妃におさまっているだなんて。


 怒りと憎しみで手が震える。どうしてあの女の娘ばかりが、都合よく生きていけるの? 私や私の娘は、こんなに生きづらい思いをしながら、必死で足掻いているのに。

 不公平だわ。少しばかり恵まれた容姿を持った、ただそれだけで。なぜたったそれだけで、私よりもいい人生を送れるというの? 

 生まれた時から一番になるべく努力をし続けてきた私を、やすやすと踏みにじるあのクソ女ども。今度こそ、今度こそ地獄へ堕ちろ。


「鏡よ鏡よ、鏡さん……今度こそ、白雪姫を殺すには、どうすればいい」

「心の蔵をナイフで一突き」


 やっぱりそれが、一番よね。






 白雪姫を、今度こそ殺す。その思いだけを胸に、隣国の王城へ乗り込んだ。

 老婆に化けずとも、私の美貌もボロボロだった。いつの間にか私は、身も心も醜い化け物になっていた。


 白雪姫を殺す寸前、あの小娘は、私に気づいた。そして、こう呟いたのよ。


「ごめんな、さい」


 自分の母親が、王に選ばれた瞬間、私に囁いたその言葉。憐みのような、苦しみのような、そんな表情を浮かべながら。

 どうして、どうして、どうしてよ。苦しいのは私なのに、私だけなのに、どうしてあなたがそんな顔をするのよ。美しい身なりを持つ人間は、心まで美しいと、そんな戯言をいうつもりなの?


 獣のような咆哮をあげ、白雪姫の心臓にナイフを刺した……刺したはずだった。

 けれども、実際に私のナイフに心臓を貫かれたのは、白雪姫ではなかった。


「サティ、ア……」


 実の娘が、どうしたことか私の目の前にいて、私が手にしていたナイフによって、ドレスを真っ赤に染めていた。

 サティアは、私にそっくりの目にうっすらと涙を浮かべ、わずかに笑った。震える唇が、最期の言葉を紡いだ。


「わ、わたし、を……」


 愛して。


 娘はそう遺して、息絶えた。


 義理の娘を殺すはずが、どんな手違いか実の娘を手にかけてしまった。

 娘はきっと、私の内なる狂気に気づいていたのだろう。たぶん、幼い頃からずっと。私が自分の父に愛されていないと気づくのと同じように。サティア自身も、私に愛されていないと、感じていたのだろう。


 私がずっと、義理の娘を憎んでいたことも、その母親を恨んでいたことも、父からの愛を欲するあまり、悪魔に魂を売ってしまったことも。

 この子はきっと、知っていた。知っていて、止めようと……いえ、義姉を守ろうとしたのね。

 バカな子……。


 娘の亡骸を前に呆然と立ちすくむ私を、隣国の兵士が取り押さえてきた。シュニィが「乱暴はやめて!」と叫んでいるが、もうどうでもいい。


 これで私はようやく一番の女性になれた。白雪姫を殺そうと、娘に刃物を向けたその瞬間に。

“義理の娘への嫉妬に狂った、世界一の悪女”として。“実の娘を愛することもなく、無情にも殺した最低な母親”として。


 ねえ、鏡よ鏡よ、鏡さん。

 この世で一番、醜い女性は、だぁれ?


「それは、あなたでございます」


 ほら、ね。







シュニィはドイツ語で雪、だそうです。

サティアはたぶん、普通の家庭で育っていれば、十分に優秀な子だったと思います。


ここまでお読みくださった皆様に、心からの感謝を込めて。

by usa♪

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