課題1:自己紹介
「はーい、ではまずお互いに自己紹介」
パンパンと手を叩きその場を仕切っている能天気な江頭に対し、私たちの雰囲気はギスギスしていて最悪だった。
顔を上げて見えるのは、不機嫌に座っているヤンキー。最悪だ。
「おーい、お二人さん。さっきと違って今度は恥ずかしくなっているのか?」
横でニマニマと笑い、自分のモサモサ癖毛を弄る江頭。
人の不幸を楽しむ江頭め、お前なんか桃瀬さんに「毛が濃い人苦手なの」って真顔に言われて、立ち直れなくなればいいんだ。
「はぁ?何が自己紹介ですか、そもそもこんなヤンキーとパートナーになるという事が不可解です。確かに私は協調性がわからないとおっしゃいましたが、こんなヤンキーとパートナーになりたいだなんて1ミリも言ってません!もしくは、別の人にしてください。チェンジです!!」
私はただ平穏に暮らしたいだけなのに、こんなヤンキーと一緒にいたら平穏どころか毎日が物騒に決まっている。
「あ゛、さっきから黙っていれば……言いたい放題言いやがってこのチビ!
俺もお前みたいな自分のことしか考えていねぇクソみたいな奴と組みたかねぇよ!俺がキレる前にさっさと失せやがれ!」
ガタッ!
音を立て椅子から立ち上がり、ガンを飛ばすヤンキー。
もう、すでにキレているじゃん!これだから、感情で動く単細胞は…っ!
「はいはい二人ともどーどー。お互い反論していると深まるのは絆じゃなく溝になるぞー」
江頭の仲介に入り、ヤンキーはドスッと音を立てながら椅子に座り腕を組む。
そもそも、状況が読めないからこんなことになるんだ。
生徒指導室に呼ばれたかと思えば、いきなりヤンキーが乱入し「彼はあなたの一年間お世話になるパートナーです。それでは自己紹介しましょう」ってカオスすぎるだろ!
「そもそも、お前が勝手に状況を進めていくのが悪いんだろうが!なんなんだよ、自宅謹慎が終わったら、いきなり初対面の女とパートナーになるなんてよ!意味わかんねぇ、ぶっ飛ばすぞ江頭ぁ!」
それな。
ヤンキーよ言っていることが正論だ。いいぞもっと言え!
江頭は「はいはい」と適当に返事をするが、納得がいかないのはお互い一緒だ。
「江頭、私も不本意ながらヤンキーと考えが一緒です。納得できません」
「先生つけろよお前ら…」
うるさい。
今回の横暴で、私がお前に対する好感度はマイナスに等しい。
江頭はため息を吐き、後ろ髪をわしゃわしゃと掻く。
癖毛のせいもあるが江頭の髪がさらにモサモサになり、スチールウールみたいだ。
「実はな先週、職員会議でお前らの名前が挙がったんだ」
江頭が困った表情する。
「お前らはこのまま社会で生きていけない、出せない。
しかし、我々教師もお前らみたいな癖が強い生徒を相手するのを一苦労。そこで開かれた会議は見事二つの意見に分かれたんだ」
江頭は指を一つ上げる。
「一つの陣営、過激派陣営と言おうか。
過激派陣営である教師はお前らを処分……まぁ簡単に言えばお前らが次問題を起こしたら、退学させようという考えを持った陣営だ」
教師である江頭の口から、ありえないことを言われた。
今何て言った?退学?私のことを腫れ物扱いした教師たちが、いきなり退学なんてふざけるな。何で…こんなっ!
「はぁ!?なんですかそれ横暴です!」
「クソ教師が!」
ヤンキーは机をダンッと勢いよく殴りつけ、対する私は悔しくてぐっと拳を握る。
江頭は落ち着けと言わんばかりに、両手を挙げてなだめる。
「おい、話は最後まで聞け。これはあくまでも一部の教師が抱いた考えだ、実際お前らを退学するのに反対している教師はいる。それがもう一つの陣営だ。穏便派陣営とでも言おうか、俺もその陣営の1人だ」
江頭は手の指を二本出して、再び説明をする。
「しかし、穏便派より過激派の方が少し多くて、彼らには一応お前らの良さを説明したが効果が薄くてな……あんまりいい感情を抱いていないというのが正直なところだ」
江頭の考え言いたいことや、大まかな流れが読めてきた。
生徒や先生の不満。
今回の呼び出し、突然パートナーと言われたヤンキー。
事の始まりはこの職員会議からだ。
「結論から言うと俺たち穏便派は、過激派の主張である『そんなに問題児を庇いたいなら、奴らを更生させろ』という任命が送られてきたんだ。
んで、穏便派の中でも特にお前らの関わりや理解がある俺が、指導を任命されて更生を任された」
更生。
なんだよそれ。くそくらえだ。
さっきとは違う意味で、また空気がギスギスする。
「そこで俺が考えた案は、『【問題児】であるお前ら二人をパートナーにして俺が出す課題を放課後受け、徐々に更生させる』だ」
こうなる経緯の説明を受けた。だが、納得はいかなかない。
【問題児】
協調性がない理由で、このレッテルを貼られるのは苦痛で仕方ない。
「一つだけ質問があります」
さっきの説明の受けて、納得がいかないことは多い。
だが、江頭は一つだけ大切なことを説明していなかった。
「なぜこの方がパートナーなんですか?」
「お前!まだそんなことを言ってやがるのか!」
私の質問にヤンキーが歯向かう。
少しの怒鳴り声に肩がビクッとなったが、黙ってなさいと思いを込めて彼を睨みつけた。
「確かに今の状況で私たち二人が危うい立場にいるという事が分かりました、けど、それならなおさらです!
なぜ【問題児】同士を組ませたんですか?
私の場合、自分と全く違う立場…協調性がある人間をパートナーにするべきだと思います。でないと、今さっき先生が話したことと辻褄が合いません!」
江頭は何を思って私たちを組ませたんだ。
合理的ではない、むしろリスクが大きい方にいくなんて……江頭は私たちのことを退学させたいのか?
不安と疑念。
江頭は私たちに一体何をさせたい。何に期待している。
「…そうだなぁ、お前ら二人はお互い学校を退学させられると困る立場にいるからだ」
緩く返された江頭の答えに、私は首を傾げた。
「仮にだ、西園寺が言った通りにして協調性がある奴がお前のパートナーだとする。お前の性格のことだ、きっと己の退学回避のために相手を利用するだろう、そうすると相手はどう思う?俺だったらキレているね、なんで赤の他人のためにこんなことをしなければならないのかと思うよ。
何故なら、自分にメリットからだ。善意で問題を引き取るなんてそう簡単にいない。それに相手の気分や性格の合う合わないで、お前はまた問題を起こすかもしれない」
そんなことはない。
と言いたいところだが、実際ありえそうなので反論できない。
「しかし、お前と同じ状況である光牙なら話は変わる。
何故ならお前ら二人は、退学回避のためお互いがお互いを利用するからだ。俺の言っている意味は分かるか?お前ら二人を組ませた理由は『利害の一致』がある。まずここが大きい」
利害の一致ね。
江頭の私たちの評価はひどいものだが、的を得ている。
「…わかりました」
仕方ない。退学されたら元も子もないのだから。
「そういうことだ、さぁお互いもう一回自己紹介しろ」
江頭はまたパンパンと手を叩いて場を仕切る。
「…ヤンキー私と取引をしなさい。私、これ以上に屈辱で不本意なことは人生で初めてよ」
「お前みたいな自己中な奴と取引するのはごめんだが、このまま退学させられる気はさらさらねぇ」
利害の一致。
どうやら人間を動かすのは損得関係が一番かもしれない。
いいよ、やってあげる。
散々こいつを利用してやる、どうせ一年後にはパートナーは解約しているんだから。
「2年A組、西園寺 御影」
「2年A組 藤井 光牙だ。もうヤンキーって呼ぶんじゃねーぞ」
お互い握手し、不敵な笑みを浮かべる。
((こいつとは絶対仲良くなれないが、利用価値はあるからな!!))
二人の駄々洩れな思考に、江頭は呆れた。
こいつら、似た者同士なのに…これが世に言う同族嫌悪かぁ?と思い、
「というかお前ら同じクラスなのに初対面扱いって…」
二人の人間の関心のなさに呆れたのであった。