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起きたらライくんが居た。
やっぱり夢なのかもしれないと思っていると、痛いくらいに抱き締められて夢じゃ無いのかもしれないと思うと嬉しくて、やっぱり涙が溢れて来た。
泣いているのは私だけじゃなくて、何故だかライくんまでが涙を流していた。
泣かないで、痛くないよと声を掛けるが「バカ、俺じゃねえよ」とまた一層強く抱き締められる。
双方の涙が引っ込むまで抱き合って、ふと抱き締められていた手の力が抜ける。
それに少し寂しい気もしたが、向かい合う先に綺麗な金色の瞳があった。
ライくん、ライくんが目の前に居る。
それが本当に嬉しくて、解かれたその手を自分から取った。
「……元気、だった?」
「ああ」
「怪我は?そうだ、怪我とかは大丈夫?」
「ああ」
「ライくん、騎士団に居るの?」
「……ああ」
私の質問に答えながら、ライくんはまた黙り込む。
「……寂し、かったよ」
「!」
ぎゅっと手を握ると、硬かった。
男の子なんだなあと自覚しながら、ゴツゴツとしたその手を包み込む。
「ライくんが居なくなって、目の前が真っ暗になったの。
今まで私がどれだけライくんに頼ってたか、分かったよ」
「……すまん」
「ううん、別に責めてるわけじゃないの。
ただ……君が元気なら、それで良いの」
本当はもっと色々と聞きたい事がある。
今まで何してたの?どうして何も言わずに行ってしまったの?
だけど私はもう、ライくんに甘えているだけじゃなくならなくちゃ。
だから出来るだけ言葉を選びながら、私は言葉を紡ぐ。
怖くて顔を上げられない私に、ライくんは舌打ちをして私の顎を捕らえた。
「いいかフィアラ!お前は怒って良いんだよ、俺の勝手でお前の側を離れた事を、怒って良いんだ!!
なんだってそんなに抱え込むんだよ!!」
「……怒るなんて、そんな。
ライくんにも色々事情があったんでしょう?」
「その理由をだバカ!聞く権利はお前にはあるだろうが!!」
「……聞いても、良いの?」
「当たり前だ!…当たり前なんだ、お前に責められるくらいでちょうど良い」
力無く項垂れたライくんに、私は頷いてまた手を取る。
「聞かせて、私を置いて行った理由」
「ああ」
疲れたように返事をしたライくんの話しは、想像を絶するものだった。
私達の住んでいた村は田舎の田舎の小さな、森の端に位置する大きな国から離れた場所。
しかし、国のお偉いさんがまたまた村の近くを通りかかって、ライくんを見付けたらしい。
ライくんは昔から森の中の事、特に獲物の狩りや剣の扱いに長けていた。
たまたまそれを見ていたお偉いさんの従者がライくんの両親にその事を話し、留学と言う名目で国へと来るようにお金を握らせた。
田舎村でその金額は破格だったらしく、次の日には気付けばもうアゼルア公国へ向かう馬車の中。
抵抗したり、抜け出そうと試みたもののガードが固く、全然出る事が出来なかったらしい。
ライくんの事をライくんのお父さんお母さんに聞いたが答えてくれなかったのは、そう言う背景があったのかと納得が行った。
「……悪かった」
「もう、大丈夫だよライくん」
「全然大丈夫なんかじゃねえよ」
ぎろりと睨まれて、なんでだろうかと首を傾げると。
またもぎゅっと抱き締められる。
「お前は寂しかったんだろ」
「ライくんも寂しかった?」
「…………」
黙り込まれて、私は「私だけかあ」と呟いた。
それにびくりと肩を躍らせて「そんなわけあるか!」と頬を引っ張る。
「こっちがどれっだけ脱走試みたか!
昔は屋敷に住んでたが、扉突き破っても、ガラス突き破っても、屋根から飛んでも地面を掘っても逃げられやしねえ!!」
「突き破ったの?」
「それくらい当たり前だ」
ライくんの当たり前は難しい。
私はうんと頷いておいた。
「私だけじゃないんだ」
「当たり前だろうが」
睨まれているが、私は頬が緩まってしまう。
怖いより嬉しい感情が優先的らしい。
「お前今はここに住んでるのか?」
「うん、あの村を出て色んな場所に行ったんだけど、たまたま立ち寄った国で知り合った店長が、この国で店を出すらしくて、店員を探してたんだって。
事情があるからって一度は断ったんだけど、どんな人にだって居場所は必要なんだよって言って店員として雇ってくれた上このお部屋まで使わせてくれたの。
私今、ここの店員なんだよ」
「そうか」
ふと私の服装を見下ろして、ライくんはため息を吐き出した。
「俺、ここの近くの駐屯地に行く事になってる」
「じゃあまた会える?」
ぱっと顔を上げると大きなてのひらで顔を掴まれた。
「前が見えない」
「うるせえ、会える、会いに来る。
昼飯はここで食う」
「本当!?」
「ああ、休みの日も来る」
「じゃあもっとライくんに会えるのねっ」
「……ああ」
ようやく手を退けてくれて、私は部屋を出ようとするライくんに駆け寄る。
「その、本当に来てくれる?」
「絶対に来る」
「……分かった、待ってるね」
ぎゅっと服の裾を掴むと、抱き寄せられて「フィアラ」と名前を呼ばれた。
「今まで悪かった」
「……うん」
背中に手を回して、私もライくんを抱き締める。
少しして離れたライくんは、階下に降りていった。
「……良かった」
部屋に戻って、私は溜め込んでいた涙を流した。
良かった、本当に良かった。
ライくん怪我をしていた訳じゃ無かった、私を忘れて行った訳じゃ無かった、嫌われてたんじゃ無かった。
やっぱり事情があったんだ。
力の強いライくんが抵抗出来ないくらいの、大きな事になっていたけれど、だけど。
「無事で、良かった……っ」
安心と嬉しさのせめぎ合いで、私はその後先輩が部屋に声を掛けに来るまで泣き腫らしてしまった。
「……戻りました」
「ああ、お帰り」
駐屯地の寮へ帰って来た俺は、隊長に報告するべく隊長室へやって来た。
今までの事とこれからの事をこの人には報告しておこうと思ったからだ。
しかし、既にある程度の事情を飲み込んでいるのか、隊長の顔付きは穏やかだ。
「彼女、大丈夫だったのかい?」
「ええ、まあ……話して、また泣かれました」
「それは辛かったろう」
「……そうっすね」
フィアラの感情を考えると、怒りより心配や安堵の方が大きそうだが。
席に座れと促されて、俺は隊長の前の席へと腰を掛ける。
そして勢い良く頭を下げた。
「今まで世話になりました、隊を抜けさせて下さい」
「…………やはりか」
苦笑する隊長に、俺はただ沈黙を続けた。