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例えば私が進みたいその道を選ぼうとする時は、いつだって君が居てくれた。
泣いてる時はそばに居てくれた、不安な時も、君はずっとずっといつだって側に居てくれた。
情けない私を、君はいつも怒ってくれた。
あの親以上に私の事を大切に思ってくれていた。
感謝の言葉じゃ伝え切れなくて、私もいつか君にお返しをするんだと思っていたのに。
どうして居なくなってしまったんだろう。
10年、彼が居なくなって10年の年月が経つ。
満月のあの日、私に何かを言いかけて「また明日」と言ったその次の日、彼は居なくなってしまった。
今まで住んで居た場所はもぬけの殻、近所の人も知り合いも、沢山の人に聞いたけどみんな知らなくて、混乱した。
あの時のお礼をしないままに。
「……ちょっと、また心ここに在らずって感じだよ、大丈夫?」
「ん!?あ、ごめんなさい、大丈夫です!」
店の開店準備をしながら、先輩にそう言われてようやく意識を取り戻す。
ダメだ、朝からこれはダメなやつだと頭を振って、机の上に乗せていた椅子を下ろして、テーブルの上をふきんで拭いた。
「今日から隣の国の騎士団がウチの街に来るらしいから忙しくなるし、疲れてたり調子悪かったら言うのよ?
特に最近はあの時期だから不安定になるだろうし」
「……大丈夫です、ごめんなさい」
「そこはありがとう、でしょ」
苦笑してくれた先輩に頷いて、私は看板を出しに外に出た。
住んで居た村を出てこの街に来たのは、あの村には彼との思い出が凄く残っていたから。
混乱していた私はあの場所に居る事で泣き続け、壊れ続けていた。
それ程までの心の支えを失った事、それは事実。
だけどいつまでも彼に支えて貰える訳じゃ無い。
そして、村を出て独り立ちしようとしていた私を住み込みで雇ってくれた店長や、ここまで私を育ててくれた先輩に応えるべく、私は今日も頑張って働くのだ。
朝、昼に掛けて人の入りは如実に増えて行った。
隣の国の騎士団の人達が近くの食堂やレストランに行くであろう事は分かっていたので、それぞれ店を選びながら行くとしてもこんなに来るか!と、店の忙しさもヒートアップして、頭がおかしくなりそうだ。
「フィアラ、向こう3番6番テーブル片付けてて!」
「はいっ!」
お客様の喧騒の中先輩の指示が飛び、私はふきん片手にテーブルの上を片付ける。
ちょうど食器を運び終わったタイミングで入口のベルが鳴り、案内するべくお客様の元へ。
騎士服を身に付けている男の人三人で、私は慌てて伝票を持って走った。
「いらっしゃいませ!こちらへどう……」
「あ?」
持っていた伝票が落ちた。
そして、男の人の内の一人を見て私は、言葉を失う。
「……フィアラか?」
「え、ライゼンの知り合い?あ、伝票落としましたよー」
少しの間固まっていた私だが、ハッとしてもう一人の男の人から伝票を受け取った。
「すみません、こちらへどうぞ!」
三人の男の人を奥のテーブルに案内して、ただ注文を聞いて、席から離れた。
「……っ、」
「えっ、フィアラちゃん!?」
伝票を店長に手渡して、私は力尽きた。
心臓がうるさい、音が聞こえなくなってきた。
足に力が入らない。
短く息を吐き出していると、肩に手が置かれる。
「ゆっくり、息しろ」
懐かしいその声に、私は浅く浅く息を吐き出す。
彼の声が聞こえた、その手からじわりと暖かくなって来て、安心した私は、意識を失ってしまうのだった。
「……アンタ、フィアラの探してた子?」
「……………」
想像より小さな身体を見下ろしながら、店員の声に頷いた。
キッチンで料理を作っていた店主であろう初老の男とが「ずっと、君を待っていたんだね」と嬉しそうにキッチンに戻って行く様子に「店長!もっと言う事無いの!?」と女の方がキレている。
「私はこの子のしんどい時期を見て来たんだ!
こんな男に、この子がどれだけ大変な思いをしたか!!」
「…………」
自分の過去を振り返っても、酷い事をしたと言う自覚がある。
答えようとした俺の言葉を遮って「すまない」と後ろから隊長の声が聞こえて振り返った。
「この子の意思じゃなかった。
部外者である私が言えるのはこれだけだが」
「……部外者、か」
女の方は、その言葉に溜飲を下げて「二階の突き当たりがフィアラの部屋、運んであげて」とキッチンの奥にある階段を指差した。
「ライゼン、今日は初日で疲れただろう。
明日の昼まで休暇だ、好きに使え」
「はい」
促されるままにこの小さな身体を抱き上げて、俺はフィアラの部屋へ向かった。
「…………」
息遣いが穏やかになった。
それにホッとしながらも、どのツラ下げて今更……と言葉を探す。
あれから何年経った?今までこいつはどうやって生きて来た?
俺に対して依存していた、そうさせていた自分が突然欠けて、平気だった訳じゃ無いだろう、そんな訳無い、そう分かっていた。
そんな奴から今更どんな言葉を掛けてやれる?
さっき会った時の反応を見るだけで、拒絶されたら、どうしようなんて。
「……フィアラ」
頬を撫でると、ゆっくりと瞼を開けた。
綺麗な青色の瞳を見て、ぐっと心臓が痛む。
「……ライくん」
へにゃりと綻んだその顔に、どうしようもなくて抱き締める。
ずっと、言えなかった事も。
聞けなかった事も。
何があったのかも。
全て話そう。
「……ごめんな」
小さく呟いた謝罪を、フィアラはただ涙を流して頷いた。