生と死
二人の男女が壁に沿うようにしてそろり、そろりと歩を進めていた。
片方の足を前に出すと一旦、止まりもう片方の足を動かす…。するとまた止まり…。
そんな歩調で進んでいるため、男女の
進行速度は異常に遅く、もし見ている人が
いたならば、何をやっているんだ…と苛立ちを募らせていただろう。
もっとも、ここはある峡谷の一角。二人は
そこにある断崖を渡っているため、歩調がゆっくりになるのは致し方ないことなのだが。
女の方の名前はリウ。小柄だが、一般の女性よりも少し筋肉質である。顔の方ははっきりとしたパーツをしており、無機質な西洋人形を連想させる…。彼女のその特徴的な眼から強かでそれでいて、繊細…ガラス玉という言葉がぴったりと当てはまる。
男の方は育ちが良さそうで、背丈は人並みだろうか。一見頼りなさそうだが、身体からはどこからか大物の風格が漂い、内側に特別な何かを秘めているように感じさせる。名前は……
「兄さん!危ないですよ。もっと前を見て!」
「わかってる…!だけど…。」
電車にはもう乗るべきではないと言っていた
リウを信じて、僕らは徒歩で目的の駅まで進むことにした。とはいえ、その途中にこんな峡谷があると知っていたらもちろんその意見には、乗っていたかは定かではないが。
自然と目線が崖側にいく。黒という色以外を拒絶しているかのようなその世界は
落ちたら確実に命を落とすことをその純黒さを
もって示している。
バクバク…バクバク
心臓の鼓動が感じられる。
最初は恐れ、怖さがそれらを生み出している
んだと感じていた…。
「兄さん?どうして笑っているんですか?」
頬が緩んでいた。
リウのその言葉で気づかされる。
興奮しているんだ。
すぐ隣にある「死」に対して。
これが僕という人間なのか?
記憶の亡くす前の僕は死というものに対して近い場所にいつもいたのか?
軍人?傭兵?ならず者?
わからない。思い当たる節が…。
「その持ち方ではすぐに落としてしまいます!ほら左手にもっと力を入れて…。」
まただ...。誰かの声…。ぼんやりと浮かぶ情景…。意識が自然と遠のく…。
その瞬間僕の体が宙に浮いているのを感じた。空を飛んでいる…?いや…落ちたのだろう…。さっきまで渡っていた崖から手を伸ばし、何かを叫んでいるリウがかすかに見えたからだ…。
僕はここで死ぬのか…。何も分からないまま
自分の正体も…彼女の真意も…メルナという場所のことも…。
嫌だ。絶対に嫌だ。こんな状態のまま
死ぬのは御免だ!さっきの興奮はどこへやら
僕の心は「生」にしがみつこうと必死になっていた。
絶対に絶対に生きてやる…!
ドサッッ! そんな鈍い音を遠くに感じながら…。僕の意識は完全に途絶えた。
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