【全年齢版】女のにおい
人 物
酒井清志(30)単身赴任中の会社員
酒井聡美(28)清志の妻
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
○アパートの前
閑静な住宅街を酒井聡美(28)がキャリーバッグを引きながら歩いてくる。
聡美はアパートの前で一度立ち止まり、アパートを見上げる。
○アパート・清志の部屋前
ドアの前までやって来た聡美がチャイムを鳴らす。
中から物音が聞こえて、酒井清志(30)がドアを開ける。
酒井「はーい……聡美!?」
ドアの前に立つ聡美の顔を見た酒井は大袈裟な程驚く。
聡美「単身赴任生活もそろそろ寂しいだろうと思って、来ちゃった」
対して聡美はにっこりと笑う。
酒井「ご、ごめん、今散らかってるからっ」
聡美「そうだと思って片付けに来てあげたのよ」
その時、聡美はドアの隙間から玄関に女物の靴が置かれているのを見つける。
聡美「誰か来てるの?」
酒井「あ、いや、これは違うんだ」
酒井は身体を動かして聡美の視線を遮ろうとするが、聡美は酒井の身体を押しのけて家の中に入る。
○清志の部屋・玄関
玄関には男物の靴の他に、女物の靴が二種類置かれている。
聡美が備え付けの靴箱を開ければ、更に複数の女物の靴が出てくる。
酒井「ち、違うんだ聡美、聞いてくれ!」
動揺した様子で酒井は言う。
聡美はじっと酒井を睨んだ後、キャリーバッグの持ち手から手を離し、急に笑顔になる。
聡美「中、上がらせてもらうね」
素早く靴を脱いでずかずかと家の中に上がる聡美の後を、酒井がオロオロしながら追いかける。
○清志の部屋・洗面所
掃除の行き届いた洗面所にはスキンケア用品が並んでいる。
聡美は蛇口周辺を人差し指でなぞってその指を見る。
聡美「何一つ家事が出来なかったあなたが、この半年で、随分女子力を上げたのね?」
聡美は冷たい瞳で酒井を一瞥すると、更に部屋の奥に進む。
○清志の部屋・リビング
きれいに整頓されたリビングには、女物の服が何着掛けてある。
部屋の脇にはアイロン台があり、女物のハンカチがアイロンがけの途中で放置されている。
聡美「最近急に身なりを整えたり、頑なに私を家に上げようとしないから、まさかとは思ったけど……」
酒井「聡美、誤解なんだ、話し合……」
聡美「この状況でどう誤解しろって言うのよ! 浮気女を連れ込んでるんじゃないなら何だって言うのよ!」
聡美は声を荒げて酒井に掴みかかる。
酒井「わかった。聡美、ちゃんと説明させてくれ」
真剣な顔で酒井が言えば、聡美は黙って掴んでいた酒井の服を手放す。
酒井はテーブルの上に置いてあるスマホを取り出してしばらく操作した後、聡美にその画面を見せた。
酒井が聡美に見せたスマホ画面には、清楚な女性が写っている。
聡美「これが浮気相手って訳?」
怒りをこらえながら聡美はたずねる。
酒井「この写真、俺なんだ」
聡美「はあ? つくならもっとマシな嘘つきなさいよ」
聡美は高圧的な態度で酒井に詰め寄る。
酒井「嘘じゃない。見ててくれ」
酒井がクローゼットを開ければ、メイクボックスと服とウィッグが出てくる。
酒井は聡美に椅子に座らせ、自分は向かいの席に座ると、テーブルの上にメイクボックスとウィッグを置き、折りたたみ式の鏡をセットする。
○タイトル『三十分後』
○清志の部屋・リビング
聡美は呆然とした顔で目の前の人物の顔を見つめる。
目の前にはメイクをしてウィッグを付けた酒井が座っている。
酒井「初めは出来心だったんだ。暇だし、ツイッターの裏アカウントで女装した写真を載せたら予想外に反響があって……」
聡美の手には酒井のスマホがあり、女装した酒井の写真を載せたツイッターアカウントが開かれている。
フォロワーは一万人を超えている。
酒井「そしたらだんだん癖になって」
聡美「でも、それならこの部屋は?」
酒井「自分の理想とする女の子になりきって生活してたら楽しくなってきて……」
酒井の言葉に、聡美はアイロンがけの途中のハンカチを見る。
聡美「設定に入り込み過ぎじゃない?」
聡美は神妙な顔で呟く。