爆殺野郎、パーティ追放食らったのち、リア充目指して爆死する
チュド――――ン!
青い空、白い雲、輝く太陽。
そんな天まで届けと言わんばかりに轟く、ひとつの爆発音。
鳥たちが一斉に飛び立っていく森を遠くから発見し。
風にのって漂ってきた火薬の臭いを、胸いっぱいに吸い込んで。
軽鎧を装備した、黒髪黒目の青年ブラストは――
とても満足げに口の端を上げた。
「……うむ。音からして、今のやつの出来はなかなかだったな!」
そんなことを言いながら大きく頷いて、ドッカリと黄金色の芝生の上に座り込む。
腰のポーチに突っ込んでいた小さな黒板とチョークを取り出し、ガリガリと音や臭いのメモを書き出した。
花が飛んでいそうなほど上機嫌な彼を呆れた目で見て、純白の衣装に身を包んだ回復魔法の使い手ナタリアは、辟易としたように深いため息をつく。
ブラストと反対に芝生から立ち上がり、形のいいお尻から草を払う。
「……私、みんなのところ行ってくるね。もしかしたら、さっきので怪我しているかもしれないし」
「む、やめておけ」
「なんで?」
「もうひとつ地雷を仕掛けてある」
「……へ?」
ナタリアが目を点にするのと同時、
バアン!
まるで、なにかが叩きつけられるような、あるいは炸裂するような音が、さきほど爆発音がした方角から上がった。
顔を真っ青にしたナタリアが、目にもとまらぬ速さでブラストの肩をつかんで前後に揺する。
「ちょ、ちょ、ちょっと……! これ、まずくない? 仲間死んでない?」
「あうあうあうあうナタリア……ちょ……っ」
「どうしようどうしようどうしてくれるのあなた! 死んだら回復できないんだよっ? わかってるよね、わかってるんだよね、私、何度もあなたに言ったもんねっ?」
「ま……っ! なた……! おれが死ぬ……っ」
ブラストがナタリアの腕を叩く。
と、『伝説の聖女の再来』と呼ばれる金髪碧眼の美貌をおそろしい形相に変え、ナタリアが吠えた。
「いっそ死ねえ!」
「……! ……っ」
「待て、ナタリア!」
ガクガクとより一層激しく揺すられ、いよいよブラストの命が天に召されようとしたとき、焦った声が二人の耳に飛び込んだ。
ナタリアがブラストを放り出して振り返ると、顔を真っ黒にした二人の男が走ってきていた。
軽装のブラストとは異なり、見るからに固そうな、いかめしい鎧をまとっている。竜のうろこが用いられた性能抜群の防具だ。が、見ている方が嘆きたくなるほど泥だらけになっていた。
「ブラストをぶっ殺したい気持ちはわかる。正直、すっっごくわかる。だが、抑えてくれ……! 仲間に殺人者を出したくないんだ」
「大丈夫だよ、ナタリア。ぼくたちには鎧があるし、そう簡単に死なないから」
黒い鎧のグレンと、赤い鎧のアシュレイに説得され、ナタリアは落ち込んだように頷く。
とりあえず痛々しい火傷を負ってしまったふたりを回復させ、地面に転がって目を回しているブラストのそばに膝をついた。
「ごめんなさい……ブラスト」
温かい光に包まれ、ほっと息を吐いたブラストがよろよろと起き上がる。
「た、助かった……。さすがに天国が見えた気がしたぞ」
「安心しろ。おまえが行く先は間違いなく地獄だ」
「せめて地雷を仕掛けていた場所くらい教えておくべきだと思わないのかい? ブラスト」
「敵を欺くには、まず味方からというだろう」
憮然として言い返したブラストの頭頂部に、グレンの鉄拳が落ちた。
ブラストが再び地面に沈む。
アシュレイは昏倒した彼にナタリアのものより効果の低い回復魔法――回復魔法には適正があり、これは彼なりの全力であって手抜きではない――をかけてやりながら、苦笑を浮かべた。
「モンスターの攻撃を避ける際に、グレンが踏んじゃったんだよ、地雷。謝った方がいいと思うよ」
「む。それは……すまなかった」
「ふん。次に同じことをしたら許さんからな」
グレンが腕を組んで鼻を鳴らし、それから仕方なさそうにブラストの腕を引いて助け起こしてやった。
「ありがとう。それで、モンスターはちゃんと倒せたのか?」
「うん。ぼくたちの攻撃でうろこの装甲を引き剥がしていたこともあるけれど、きみから預かっていた爆弾がかなりの威力を発揮したよ。最後は地雷の爆風で倒れてくれた」
「む、それは少々火力が過剰だったかもしれない。きみたちの怪我がその程度で済んでよかった。……しかし、なるほど、竜のうろこは思っていたよりも頑強のようだな。攻撃に転用できないだろうか……?」
「ごめん。それはちょっとシャレにならないかな……」
真面目な顔で危険なことを考えるブラストを、アシュレイが冷や汗を浮かべて、やんわりと手で制した。
そして、ふと、これまで黙っていたナタリアに気がついて振り向く。
「ナタリア?」
「……っあ、ごめんなさい。ちょっと、ぼうっとしてたわ」
「む。熱でも出たか? ここは少し肌寒いからな」
「大丈夫よ、ブラスト……」
言いながら立ち上がるナタリアの表情は、しかしやはり、曇って見える。
ブラストとアシュレイが顔を見合わせていると、さきほどから空を見上げていたグレンが、ギルド空挺から合図を受け取ったらしく仲間全員に声をかけた。
「ギルドから、モンスター討伐の確認合図が来た。空挺に拾ってもらえるポイントまで行くぞ」
◆
黄金高原と呼ばれるその地から、冒険者ギルドの所有する大空挺で移動して五日後。
街に帰還して身体をサッパリさせたあと報酬を受け取ったブラストは、その夜、グレン、アシュレイ、ナタリアに呼び出されてとある酒場に入った。
ここは、新しい仲間を見つけるために時折利用される場所だ。
――もしかして、五人目の仲間を見つけたのか?
酒場に向かいながら、ブラストはそんなことを考えて首をかしげた。
ギルドから請け負った依頼の報酬は、パーティメンバーで必ず等分される。そのため、人数が多ければ多いほど、当然一人当たりの報酬は少なくなる。
しかし、人数が少なければ依頼を達成する難易度はそれだけ上がってしまう。ゆえに、『ちょうどいい人数』というものが、ギルドから暗に示されており、よほどのことがなければ冒険者たちはそれに倣う。
つまるところ、四人パーティがさまざまな意味で最もバランスがいいのだ。
とはいえ、ブラストの所属しているパーティはかなり実力を認められている。ABCで階級を決めるとしたら、満場一致でAクラスと認定されるだろう。
まず、ナタリアほどの回復魔法の使い手は、そうはいない。
グレンは高い機動力を誇る剣士であり、アシュレイは魔法の教養と堅実な剣技を併せ持つ、いわゆる聖騎士だ。
そしてモンスターに対する決定打となるブラストの爆弾。
実は、ブラストたちは、Aクラスのパーティのなかでも討伐速度に関して言えば最速のパーティなのである。
そのようなわけで、仲間の人数をもう一人増やし、どんどん難しい依頼を請け負っていくという方針も十分に考えられた。
――五人目とは、爆弾の有用性について語り合えたらいいのだが。
可能なかぎり爆弾の威力を引き出そうとするならば、モンスターへの接近は必須だ。
だが、モンスターたちの一撃はかなり重く、爆弾なんかに気を取られていたら死にかねない。さらに、モンスターに大ダメージを与える爆弾を人間が食らったら、普通はひとたまりもない。
なので、爆弾がいかに高威力を誇ろうとも、好んで用いる冒険者はブラストくらいのものだ。そして彼を受け入れてくれる人たちもまた、グレンたちだけだった。
「すまない。待たせた」
ブラストが酒場に入ると、他の三人はひとつのテーブルに着いていた。
「やあ、ブラスト……」
どこか歯切れの悪い調子でアシュレイが言って、軽く片手を上げる。
そんな彼を不思議に思いつつ、ブラストは残りの椅子に腰掛けた。
普段は一番目か二番目かにやさしい笑顔で声をかけてくれるナタリアは、今にも泣きそうな顔をしてずっとうつむいている。
まるで通夜のような雰囲気に戸惑うブラストへ、グレンは静かに告げた。
「……単刀直入に言わせてもらう。ブラスト」
「む?」
「おまえを、パーティから外したい」
「……急な話だな。やはり、『次』自体を許せなくなったか?」
「そういうことになる」
「…………」
重々しくため息をついて、グレンは黙り込んでいるナタリアを向いた。
「ナタリア」
促され、ナタリアがくしゃりと顔をゆがめて、ポロポロと涙をこぼしながらブラストを見つめた。
「ごめんなさい、ブラスト……。私、もう、限界なの……。もう、あなたの爆弾で傷ついた二人を治すのは……こりごりよ……」
「そうか……いや、そこまできみを思い詰めさせていたことに気付かなかったおれが悪い。すまなかった」
「ごめんなさい……」
うなだれるナタリアから視線を外し、ブラストはグレンに向き直った。
「……新しい仲間は見つかったのか?」
「いや。しばらくは、三人で戦うとおれたちで決めた。『最速』の名を冠することはできなくなるだろうし、難しい依頼を受けることも少なくなるだろうが……とりあえず、これがおれたちの最善だ」
「そうか」
「ブラスト。きみは、どうするんだい?」
席を立ったブラストに、アシュレイがそっと尋ねる。
ブラストは、ふむ、と考えるような素振りをしたが、答えはとうに決まっていた。
「一人でも戦えるように、爆弾の開発に取り組もうと思う」
「大丈夫なのかい?」
「おれはきみたちに甘えていたのだ、ということを、今回で痛感した。これからおれが負傷しても、それは、おれがきみたちに与えていた傷であり……甘受すべき痛みなのだ」
微笑むブラストを、三人ははっとして見上げる。
そんな彼らの目には――
ちょっとだけ、けれど明らかに、冷たいものが混じっていた。
「ああ、たしかにその通りだな」
「ぼくたち、何度も死にそうになったしね」
「というか爆弾は手放す気ないのね」
「ふっ。ナタリアは、まだおれを理解しきれていなかったようだな。おれから爆弾を取ったら何も残らんぞ」
『それ自慢げに言うことかっ?』
三人の言葉がきれいに揃い、全員が口を閉ざす。
ナタリアは目元を拭って、改めて、すぐそばに立っているブラストを仰ぎ見た。
「もしも怪我したら言いに来てね。回復魔法くらいは、させてもらうから」
「ありがとう、ナタリア」
心配する目で見つめてくるナタリアの頭を軽く撫でてやり、ブラストは、いつのまにか運ばれていたコップの水を一口も飲むことなく、店を出た。
足が重くて、つい立ち止まってしまう。
はあ、と吐き出した息は、いやに湿っぽい。
――こんな気持ち、すぐに吹き飛ばしてやるさ。
ブラストは熱い目頭を揉んで、まだ夜明けの遠い町中へと歩き出した。
◆
ブラストが有名になるのは早かった。
ちなみに、噂される彼の名には、必ずと言っていいほど『爆殺魔』と付けられている。
単独で竜を撃破したことで、彼の戦い方が一気に知られることとなったのだ。そのような偉業が周知されても、やはり、彼の真似をしようと考える者はいなかったが。
「うむ。けっこう稼げたな」
ギルドの依頼受付所で受け取った金をほくほくとポーチに突っ込み、その足で素材売りの店へと足を運ぶ。
爆弾の作成に必要となるものに加え、気になったものもあらかた購入し、いくらかポーチが軽くなったところで帰路についた。
今のブラストの家は、街から幾分離れた山のなかにある。
小屋と言って差し支えない、小さな民家だ。街の家ならば当然用意されている客間もない。ひとつの空間に、台所と食事するためのテーブルとベッドが置かれ、玄関を除いてひとつだけある扉の向こうは便所だ。
風呂は、民家の奥にある狭い空き地で、適当に造った浴槽に湯を入れたもの。
華々しい成果を出しているというのに質素な暮らしだった。
家から離れたところには倉庫があり、ここで爆弾や、その素材を管理していた。うっかり失敗してしまい、しばしば危ない目に遭ったが、なんとか生き延びて現在に至る。
さて、爆弾の素材などを倉庫に片付け、家に戻ったブラストは、あることに気がついた。
窓や玄関の扉から、光が漏れ出ているのだ。
「……なんだこれ」
さすがのブラストも、これには驚いて小さな声をこぼした。
ここまで明度の高い照明を備えた覚えはない。
そっと扉を開けて中をうかがうと、ひとりの女が粗末な椅子に座っていた。
とても美しい容姿をしている。絶世と言ってもいいかもしれない。
艶やかな赤い髪と赤い瞳。まるで、百年に一度大神殿に灯るという神の火が妙齢の女の形をしたようだ。
薄いワンピースのようなものをまとっており、豊かな胸を主張するようにアンダーで紐が結われている。羽織られた外套らしきものは妖精の羽のように透けていて、肩の細い線が見えていた。
思わず惚けて立ち尽くすブラストに、女はふうわりと笑みを浮かべた。
「入らないのですか?」
「む……そ、そう、だな」
入っていいのだろうか? ――ブラストの頭に、奇妙な疑問が浮かぶ。
しかし、彼女はブラストが家に入ってくるのを待っているようだ。赤い瞳で、じっとブラストを見つめる。
緊張を覚えながらもなんとか彼が家に入って扉を閉めると、外の明るさが遮断され、さきほど家から漏れ出ていた光は、この女のものだと知った。
――発光する人間なんて初めて見た。
ブラストは女の視線に促されるままテーブルに着席した。
それをみとめて、女が形のいい唇を開く。
「わたくしは、ムーアと申します。女神です」
「女神……? 本物か。いや、本物ですか」
「ええ。本物ですとも」
ムーアは薄く苦笑を浮かべた。
「ブラストさん。普通にお話しくださいな。敬語で失礼なことを言われるなんて、わたくしの自尊心が損なわれてしまいそうですわ」
「わかった。すまなかった」
慌ててブラストが縦に首を振り、はたとその動きを止める。
「おれの名前を知っているのか」
「わたくしは運命の女神。わたくしに知らぬ名はありません」
と、ムーアが誇らしげに胸を張ると、大きな膨らみが強調された。
すっかり彼女の美貌に気圧されて平常心を失っていたブラストは、ついそのふわふわしていそうな胸に目をやってしまう。
「……あ、あまり見ないでくださいな」
意外にも彼女の表情は変化が多いらしい。
ブラストの視線に気付いたムーアが恥ずかしそうに外套の裾をたぐり寄せて胸元を覆うが、透けているせいでほとんど意味はなかった。
それでも彼女の動揺を落ち着ける効果はあったのだろう。気を取り直すように、コホンとかわいらしい空咳をする。
「わたくしがあなたの元に来たのには、理由があります」
「む……?」
「このままでは、あなたはだれとも結婚できずに死んでしまうのです」
「まあ、そうだろうな」
ムーアの言葉は、ブラストにとって痛くはあるが、納得できるものだった。
なにせ、ブラストは『爆殺魔』の異名を持つ男である。
もっと言えば、爆弾を愛しすぎている。
その理由はあまりに単純だ。ブラストは地味な男だった。だから、派手な音と威力の爆弾に憧れ、好み、やみつきになってしまったのだ。
彼にとって爆弾の魅力は、女性のそれよりも上回る。
正真正銘の変態である。
「それで?」
「神々としては、あなたのような才能ある者が後継者を持たずに亡くなるのは、あまりうれしくないことなのです」
「ふむ。……ん、才能?」
「敵を滅ぼす才能です。というわけで、あなたにチャンスを与えようかと思い、このような魔法を造ってみました」
そう言って、ムーアがどこかから取り出したものは、大きな箱だった。
上半分は透明なガラスで覆われており、きらきらと美しく輝いている宝玉がこれでもかと詰められている。
そして下半分には、回すタイプのレバーと、小さな細い穴、なにかが出てくるらしい大きな穴と受け皿が設置されていた。
「これはなんだ?」
興味を持ってブラストが尋ねると、ムーアは焦らさず答えてくれた。
「『ガシャガシャ』というものですわ」
「む?」
「これにお金を入れて回すと、あら不思議、あなたの理想となる女性がここに現れます」
「金をとるのか」
「ふふ。わたくしが与えるのは、あくまで『チャンス』ですから」
ムーアはいたずらっぽく笑みを深めた。
ブラストがレバーに手をかけてみるが、回りそうにない。なるほど、金を入れなければどうにもならないらしい。
ううむ、とブラストは悩んだ。
爆弾に愛を捧げているとはいえ、やはり彼も一人の男。理想の女性を伴侶とできるとなれば、心が傾くのも仕方がない。
だが、と彼は気にかかることをムーアに聞いた。
「この魔法、洗脳するのか?」
「いいえ。わたくしが運命の女神として宣告するだけで、女性が洗脳されることはありません」
「……どういうことだ?」
「運命の女神が、『あなたは彼の妻となります』『あなたは彼女の夫となります』と告げると、そういう運命にすることができるのです。この『ガシャガシャ』は、あくまで女性をこの場に連れてくるだけですわ」
恋する乙女のように、ムーアは頬を染めて両手を組んだ。
大きな赤い瞳が、宝石のようにきらめく。
「わたくしが宣告することによって、たしかに女性はあなたを意識せずにいられなくなることでしょう。しかし、これは洗脳ではなく、乙女の心ゆえのこと。だんだんとあなたの良さを見つけて心惹かれていく娘の視線を浴びれば、あなたもまた、きっと胸を高鳴らせずにはいられませんわ……! そうして、自然とあなたたちは夫婦の誓いを交わすのです」
――運命の女神というか、恋愛の女神みたいだな。
ブラストは熱弁するムーアを眺めながら、そう思った。
「理想の女性が出てくるっていうのは……」
「あなたは爆弾にご執心の様子。ただ見目麗しく教養豊かな娘より、あなたの気になるような要素を持った娘の方が、少なくとも、あなたが寂しい思いをさせないだろうと踏みました」
「相手がいる女性がきたらどうするんだ?」
「ブラストさんには、意中の方がいらっしゃらなかったように思うのですが。その場合は、万が一にも起こり得ませんわ」
「……じゃあ、やってみるか」
突然このような場所に連れてこられる女性には申し訳ないが、それはきっと、この運命の女神がどうにか説明してくれるだろうと思うことにする。
ブラストはポーチから財布を取り出した。
「いくら必要なんだ?」
「手持ちのお金すべてが必要となります」
「……む」
「ふふ。ブラストさんならば、依頼をこなしてすぐにお金を得られるでしょう?」
「見え透いた悪徳商法じゃないか?」
言いながらも、ブラストは財布を開く。
ムーアに指で示された小さな穴に、面倒だと思いつつも一枚一枚貨幣を入れていく。
そして、レバーを回してみた。
受け皿に転がり出てきた宝玉が、パチンと弾ける。
ジャジャーン!
そんなけたたましい音が聞こえたかと思ったら、わくわくした顔で身を乗り出していたムーアの頭上から、光が降り注いだ。
テーブルにかかる自身の影を見たムーアが、光の柱のなかで硬直する。
「……え?」
「む? どういうことだ」
「えっと……ど、どうしましょう。これは、わたくしが求められているということ? なぜ? いえ、それよりも。ああ、どうしましょう。困りますわ。困ります。わたくし甲斐性のない男性と結婚するつもりはありませんでしたのに……」
頬を真っ赤にしたムーアがもじもじしながら呟いているのを聞いて、ブラストも固まった。
「…………は?」
「ああっ、そんな顔をしないでくださいな! これは、これはなにかの間違いです。そうでしょう? ……はっ! 『ガシャガシャ』が消えてるっ? ああ……そんな……」
ひとりでおろおろしていたムーアは、やがて諦めたように椅子の上で小さくなった。
ブラストは少し考えたあと、とりあえず謝った。
「……なんというか、すまない」
「いえ……きっと、なにかの間違いだと信じておりますわ」
「それで、きみはおれの伴侶になってくれるのか?」
「な、なっあ……で、ですから、これはなにかの間違いなのです。お金ならばお返しいたしますから、少々お待ちになってくださいな」
宥めるようにそう言って、ムーアはあらぬ方を向いてポソポソとなにかを話し始めた。
ブラストには聞き取れない言語だ。神の言葉だろうか。
一生懸命だれかを説得しているような彼女の背中をちらと見て――透けた外套の下に見えるワンピースは、背中が大きく開かれていた――また頬をかく。
――多分、間違いじゃないんだが。
恋愛のことを語っておきながら、美女を前にした若い男のことをまったくわかっていないムーアに、ブラストはため息が出そうだった。
ムーアが言うには、彼女がここに『ガシャガシャ』を持ってきたのは、要するにブラストに子孫を残させるためだ。
彼の理想の女性を出現させるというそれが彼女を選定したということは、つまるところ……そういうことだ。
絶対に、ブラストの口からは彼女に言えないが。
相手は運命の女神だ。もしもそのようなことを考えたと知られたら、なにを運命づけられるかわかったものではない。
幸いにも、ムーアは恋愛自体に重きを置いている女性らしく、よからぬことを考えられたから自身が選定されたとは思いもしていないようだ。
――このまま、知らないでいてほしいものだ。
ブラストは切に願った。
「困りましたわ……どういうことなのでしょう? 絶対におかしいのに、やり直しを承諾いただけないとは……」
「……」
しきりに首をかしげるムーアから、ブラストは大量の冷や汗を流しながら視線を逸らす。
そんな彼に、ムーアは無情にも告げた。
「ブラストさん。女神を妻に迎えた人間の運命は、あまりよいものではありませんよ」
「ああああ……」
「な、なんですかっ?」
女神の無自覚の宣告に、たまらずブラストが呻くと、ムーアが心外そうに柳眉をひそめる。
「おれは普通に生きていきたい」
「散々爆弾で遊んでらっしゃる方が何を言っているのですか」
「金は返さなくていい。おれの妻にもならなくていい。とりあえず、おれから爆弾を奪わないでくれ」
「な……! そんな、まるでわたくしが爆弾よりも劣るような……! なんて不遜なことをおっしゃるのですかっ! 不慮の事故とはいえ、わたくしはあなたのものにならなければいけませんのに!」
なめらかな輪郭を描く顔を真っ赤にして、ムーアが立ち上がって怒る。
どうやら『ガシャガシャ』で選定された者は、必ず運命の女神の宣告を受けなければならないようだ。
ブラストにはよくわからないが、おそらく、『ガシャガシャ』にまつわる神々の決まりのようなものがあったのだろう。
「どうしても、おれはきみを妻に迎えないといけないのか?」
「……ひとつだけ、方法がありますよ。あなたが死ねばこの問題は終わります」
「おれの才能が欲しいんじゃなかったのか」
「ええ。しかし、運が悪く、そう、少々悲しい運命のために、間に合わなかったことにいたしましょう。ブラストさんは爆弾が大好きでいらっしゃいますから、なんとなく入りたくなって向かった倉庫で爆死ということもありえます。ね?」
「……すまなかった。きみを妻に迎えさせてくれ」
女神の怒りの前には降参するしかない。
両手を上げてそう言ったブラストに、ムーアはふてくされた顔で告げた。
「わたくしは、あなたの妻となります。あなたは、わたくしの夫となります」
「うむ……」
これで、女神が宣告してくれたよいものではない運命を生きることとなってしまった――彼女を見て欲情を覚えた自身が原因とはいえ、そうかとたやすく受け入れられるものではない。肩を落としたブラストを見て、ムーアは気遣わしく声をかけた。
「……普通でない人生。その見返りに、がんばって尽くさせていただきますから……そんな、今にも死にそうな顔はしないでくださいな」
「う……」
すぐ近くからまっすぐに見つめてくる絶世の美貌には、壮絶な破壊力があった。
ブラストの顔に、じわじわと彼らしくない熱が込み上がる。
慌ててムーアから逃げるように椅子から立ち上がって、ブラストは落ち着かない自身を一喝するかのごとく声を張った。
「か、金がなくなったので依頼を受けてくる!」
――わけがわからない。おれに、一体なにが起きたんだ?
まるで調合を変えてみた爆弾を試すときのような、いや、それよりも明らかに高揚している自身の胸をなでさすりながら、ブラストが家を飛び出して倉庫へ向かって走った。
そんな彼の耳に、拒絶されたと思い込んでしまったムーアの怒れる声が飛び込む。
「もう! もうっ! 爆死してしまったらいいのですわっ」
瞬間。
ドカ――――ン!
目の前でかつてない大爆発が起こり、ブラストは爆風に吹っ飛ばされて地面に転がった。
唖然と見つめた先の倉庫が、壁も屋根も破壊されて、めらめらと炎に舐め尽くされようとしている。
――あ、あの女神、生ける地雷か……っ?
さきほどの胸の高鳴りは、もしや、生存本能が「やばい」と訴えかけてきたのか。それとも、女神という名の新たなる爆弾に心を浮き立たせたのか。
いずれにせよ、ブラストのこれからの人生が波瀾万丈となることは――
眼前の惨状を見るかぎり、明らかだった。