ザ・スウィートハーツ
高層ビルのほとんどが倒壊していた。ストリートは砂に埋もれ、風向きによってだが、時折その姿を覗かせる。辛うじて残されたのは、ミッドタウンのビル群だった。それでも砂を含む風は、まるで表面加工のサンドブラストのようで、コンクリート壁や鉄筋を執拗に研磨していく。いずれはミッドタウンのビル群ごと地表から削り取ってしまうだろう。世界都市ニューヨーク。そこはもはやゴーストタウンを通り越し、忘れられた遺跡と化していた。
劇的なる天候の変化、殺人的な紫外線、大火山の爆発、太陽風、放射能汚染。選ばれた者らはどこかの地下深くで冷凍睡眠し、地球の環境が改善するのを待っている。そうでない僕らはというと、地表を歩くにしても街を眺めるにしろ、防護服に生命維持装置を背負うという姿を余儀なくされる。
一度崩れた環境バランスは僕が生きている間に回復する見込みはなく、おそらくは千年、二千年を要するだろう。といっても不自由しているわけではない。この時代に生まれた僕にとってはこれが当たり前なわけで、防護服を着ないで外を歩くなんて考えられない。パイリダエーザを裸で歩くようなものだ。
―――パイリダエーザ。それはアクリル壁で都市を覆った巨大ドームで、内部面積は約百八十平方キロ、直径は十五キロメートルもあった。人口は約百万で当然、生命を維持する施設は完備され、そのエネルギー源はというと、アクリル壁に埋め込まれた太陽光パネルから集められた。
世界が崩壊し、逃げ惑う人々を救ったのが、このドームであった。優れていると認められた人達はすでに地下に逃れ、名も無い者たちは死を待つだけだった。そんな時、このドームの存在が人々の間で知れ渡った。
誰が作ったのか分からない。最初にその存在に気付いた者も誰かは分からない。ラジオの短波で延々と繰り返される緯度経度とパイリダエーザという単語。パラダイス、パラディース、パラディ、パラディゾ、どれもが『楽園』を表すヨーロッパ言語であったが、その全てが古代ペルシア語のパイリダエーザに由来する。
地表に取り残された人々にとって、この『楽園』は希望となった。大都市を捨て、農場を捨て、漁港を捨て、人々はそこに向かうのである。一説には、このようなドームは世界に四十個ほどあるとされている。
しかし、不思議である。誰が何のために作ったのか全く分からないのだ。植物の種を地中で保管するように優秀な人材は今もどこかの地中で眠っている。彼らはさよならを言わず、人知れず、姿を消していったのだ。良心のかけらもない彼らが、名も無い者のために置き土産をしたとは思えない。
それ以前に噂はあった。地球の環境が劇的に変化したのは二酸化炭素の排出が原因でもないし、地軸の傾きにズレが生じたわけでもない。もちろん惑星直列や太陽フレアでもない。どこからともなく聞こえてきた話によると神々が戦っていたのだという。
科学が発達し、進化の秘密が解き明かされようとしていた時だった。ほとんどの者が、自分たちが神の創造物でないことを知っていた。だが、巨大なドームを目の当たりにして思うのである。本当にそうだったのかもしれないと。
まことしやかに語られた話によると神々は、そもそも六柱だったらしい。未だ信仰を怠らないカソリックらは六大天使と呼んでいるようだが、その六柱の内、二柱が喧嘩を始めた。一方の主張は人類を滅ぼせであり、一方がその主張に反対した。
二柱の戦いは、人類に甚大な被害を及ぼした。ドームはというと、残り四柱が人類を守るために造ったとされている。伝説では、一柱が造ったのが十個。四十あると言われるのはそこにある。僕の住むパイリダエーザの人々は四柱の内おおむね、焔の剣を持つザンゲを信じていた。一つ付け加えるなら、地下に逃れた人々は、滅ぼせと言い出した神に葬られた。
信仰の自由は保障されていた。キリスト教徒もいたし、仏教徒もいた。ただ、どの宗教も独自の解釈でザンゲを信仰に組み込んでいた。このドームはザンゲの所有物で、その恩恵に与かっているのだとパイリダエーザの人々は信じて疑わなかったのだ。
自由は宗教だけではない。パイリダエーザは民主主義国家であった。選挙が行われたし、三権分立もなされていた。
マスメディアもあり、公共、医療、社会インフラなどの行政サービスも整備されていた。ドームは前時代の人類の営みを保障してくれていたのだ。
軍隊もあった。といっても、ほとんど名ばかりであり、マスメディアはというと、その忌まわしさを絶えず民衆に訴えていた。まぁ、それも仕方がないことである。もし戦うとなれば、別のドームということになる。古い記録によると、一番近いドームで四百七十キロメートルもの距離があった。百年以上前に、短波で緯度経度が発信された時、幾つかのパイリダエーザの場所を書き留めた人がいた。歴史博物館に行けばガラスケースの中にそのノートを見ることが出来る。
ともかく、戦争をしないのに軍隊とはおかしい。もちろん、こちらから仕掛けることはない。憲法でそれはハッキリと明記されている。専守防衛を旨とし、その職務は救出活動や雑用だった。
ただし、その全てはドームの外で行われる。火事や災害は消防の仕事だったし、犯罪者や反社会組織などの対処は警察の仕事だった。人々の軍隊に対するイメージはドームの外に出れる人、そんな程度のものであったろう。だから、マスコミは解散というよりも、その名称の変更にこだわった。
軍隊というからには、兵士は武器を携帯していた。腰に下げている銃はレイガンだったし、重ブラスターを背負うことだってある。マスコミはそれを奪い取りたいのかもしれない。確かに、武器を使ったという事例は聞いたことがない。ドームの外は見渡すかぎり砂ばかりで、襲って来る者どころか、生物という生物はおそらく死滅している。
少し前に、ドームの外でネズミのようでネズミじゃない、尾が毛でフサフサの小動物を見たと言ったやつがいた。上に報告したようだが、その後で精神鑑定を受けたようだった。まぁ、まかり間違って生物がいたとしてもその程度だ。やはり、レイガンなぞ必要としない。
統合幕僚長にカッシーニ・ジタンという人物がいる。もう六十五歳とされるが四十年ほどその地位にいる。マスコミはこの人物も辞めさせたいようだった。いや、実のところ、彼を辞めさせたいのがマスコミの本音なのかもしれない。
軍は弱小な組織で、隊員は三百人ほどだったこともある。予算は他の省庁と比べて格段に低額だった。時の政府に影響を与えるほどの存在ではない。だが如何せん、彼の在位期間が長すぎた。只飯食いは税金の無駄遣いというわけだ。
彼はほとんど、マスコミの前に姿を現さなかった。それは身うちにも変わりない。僕が初めて彼を見たのは数週間前、軍事法廷の場であった。金髪で、青い眼。パイリダエーザでは見かけないので目を引く。大体がスパニッシュや黒人、そして、アジアンばかりであった。
それがいけなかったのだろう。マスコミは金髪碧眼を、我々を捨てて行った人々の典型例に挙げていた。
ちょっと驚いたのは年恰好である。マスメディアやネット界隈でちょくちょくその画像を目にしていた。てっきり若い時の写真だと思っていたが、軍事法廷に現れた彼の姿は写真とそのまんま、驚いたことに四十歳前後だった。
別に辞めさせるとか、僕にはどうでも良かった。噂だとカッシーニ・ジタンは六十六となる来年の四月に退官すると言われていた。後任も決まっているという。別組織からやってくるそうだが、誰なのかは全く分からない。
当然、下級兵士の僕にはあずかり知らないことだったし、知ってどうなるというものでもなかった。そもそもカッシーニ・ジタンになんて興味がない。僕の頭はもっぱら恋人のマオ・アオイのことでいっぱいだった。彼女は黒髪で黒い瞳の、小柄で引き締まった筋肉質の、例えるなら体操の選手のような体つきの女性だった。もし、まかり間違ってカッシーニ・ジタンに、「ご苦労様」と声を掛けられたとしたって、僕はどの上官にもするように敬礼をするだけ。何の感慨も湧かない。
だけど、僕は、カッシーニ・ジタンに怒りを覚えた。彼は軍事法廷で、何もしていないこの僕に死刑宣告をしたんだ。
あの日は、僕とマオ・アオイ准尉は二人で、清掃ロボットの動きをコントロールで監視していた。僕らの部隊は清掃ロボットの運用が仕事で、担当区画はドーム南面。三百台の動きをモニターし、問題があったらドームの外に出て対処するというものだった。
クリスマスイブでもあった。古くよりの慣習で多くの人達は、どこかに集まって飲んで騒ぐ。恋人たちは愛を語り合い、恋人がいない者はロマンスを探す。僕は志願して、この日の宿直当番となった。上官のマオ・アオイ准尉も任務につくという。僕らはいわゆる、恋人同士であった。
だが、それは公然の秘密である。これだけは言っておきたい。僕らはいつも職場でイチャイチャしていたわけではない。よそよそしすぎて他の隊員に、別れてしまうんじゃないかと心配されるほどだった。
だから、僕が宿直を志願するのは彼らにとって嬉しいことであり、織り込み済みのことでもある。彼らは気兼ねなくイブのスケジュールを入れることが出来たし、僕らはというと、やはりイブの夜を楽しんでいた。清掃ロボットを示す赤いライトをモニターしつつ、音楽を聴き、シャンペンを開け、ダンスをし、キスをした。
たったそれだけだった。それ以上はお互い気が引けた。モヤモヤというか、悶々とする感情を押さえつけ、何とか明け方まで過ごすことが出来た。それでも、交代を待ちきれずに、僕らはソワソワしていた。そんな折である。モニターが警告表示を出した。
三百台の内、一台が故障したらしい。システムを詳しくチェックすると、清掃ロボットはドームの表面にはなく、地表に落ちているようだった。アオイ准尉は状況を確かめるべく、ドローンを飛ばした。
結果がどうであれ、状況を掴めば、後は交代に任せるつもりであった。僕らはモヤモヤした気分を早く解消しなければならなかった。三百台の内の一台だった。一分一秒争うことはない。いや、むしろ、僕らの方が一分一秒争っていた。
幸運にも、すぐに清掃ロボットの状態を知ることが出来た。映像には、砂漠に転がる清掃ロボットが一体。平面の丸型で、その円周に沿ってブラシあり、手が四本ある。胴体の下には吸盤があり、それを使って掃除ロボットはドーム表面を移動する。先ずは手のワイパーブレードがこびり付いた砂を落とし、胴に着いたブラシが回転しアクリル壁を磨く。あとはアクリル壁を吸着し、移動するという仕組みだった。
マオ・アオイ准尉が言った。
「アズマ君、あれ」
ドローンから送られた映像には不可解なものが映っていた。ドームに赤い線が引かれているのだ。ロボットが落ちたのと関係しているかもしれない。アオイ准尉はその線に沿ってドローンを上昇させて行く。途切れ途切れだったが、七百メートルの地点までその線が確認できた。
「上の方がひどくない?」
確かに上に行けば行くほど赤い線は濃く、幅を広げていた。だがそれが、何を意味しているのか分からない。外は防護服を着ないと出られないし、ドーム表面はツルツルで傾斜がきつい。掃除用ロボットにしたって、アクリルに張り付いている如何なる異物も排除せんと忙しなく動き回っていたのだ。
当然、悪戯なんて考えられないし、あの時も、いつもと変わらずロボットは忙しなく動き回っていた。掃除ロボットが稼働しているからには、ドローンで確認できなかったそれより上の赤い線は、すでに拭き取られたとも考えられる。それどころか、今ある赤い線は、この数十分内で全て消えて失せてしまう。
僕は言った。
「ロボットを止めましょうか?」
「いいえ。ロボット一台位ではね。止めるなら何か他に材料が必要よ。ロボットの周りを調べてみましょ。なにか分かるかもしれない」
マオ・アオイ准尉はドローンを降下させ、掃除ロボットの周囲を旋回させた。風が強くなってきたのか、砂煙が舞っている。早く何かを見つけないと赤い線は、清掃用ロボットに全部消されてしまう。地表にあるかもしれない何らかの証拠も、砂に埋もれてしまう可能性だってあり得る。
最悪、赤い線のサンプルだけでも手に入れておかなければならなかった。果たして僕らは、新たな事実を見つけることが出来た。掃除ロボットから五十メートルほど離れた地表に、人のような形の物がある。横たわっていて、防護服を着ていない様子からアンドロイドか、人型ロボットなのだろう。
だがやはり、僕らは釈然としなかった。ドームに着いた赤い線といい、状況が腑に落ちない。僕らは、赤い線が何かを確かめなければならなかった。防護服を着込み、生命維持装置を背負ってドームから出た。赤い線のサンプルを取り、それから地表の状況を確認するべくそこへ行ってみる。驚くことにそれは、アンドロイドでもなく、人型ロボットでもない。れっきとした生身の人間だった。
マオは死体が砂に埋もれないよう目印に、愛用のビームライフルを死体の傍に刺していた。そして僕らは、サンプルの提出とその一部始終を上官に報告した。が、思いもよらないことに、その場で僕らは拘束連行された。それから別々にされ、監禁され、軍事法廷にかけられて、仲間殺しの罪で死刑の宣告を受けた。僕らは、見てはいけないものを見てしまっていたんだ。
今、ニューヨークのミッドタウンにいる。おそらくここは、中央郵便局だろう。建物と同じ幅ほどの階段を上ると、ローマの寝殿を模した巨大な柱が横一列に並んでいた。
正面はマディソン・スクエア・ガーデン。壁になっていたガラスは全て割れているために、左側半分は砂に侵入され、埋もれてしまっている。確か、ペンシルヴェニア駅と併設されていたはずだ。
とすると、その向こうにはエンパイアー・ステートビルがあり、左手前方にはロックフェラー・センターがあり、トップ オブ ザ ロックがある。
エンパイアー・ステートビルは、クリスマスとか記念日になるとイルミネーションされたというし、トップ オブ ザ ロックはニューヨークのほぼ中央にあるからエンパイアー・ステートビルはもちろんのこと、ダウンタウンのワン・ワールド・トレード・センタービルからアップタウンのセントラルパークまで見渡せる。
歴史の時間に習ったことが今になって役立ったわけだが、皮肉なものだ。僕はというと防護服も生命維持装置もなしにニューヨークに放置されている。
実はというと、僕らはドームの周辺がどういう状況にあるのか分かっていない。そこはアメリカ合衆国でいうとデンバー辺りだとされるが、そうなると、ニューヨークからは約二千六百キロメートルの道のりとなる。とはいえそれも、前時代と地形が変わっていなければ、の話ではあるが。
いや、地表をさまようも何も、それは不可能ってものだ。もちろん、気持ちは大切だ。マオ・アオイを探し出して、二人でパイリダエーザに帰還する。そして、僕らで真実を突き止める。
戻る方法はある。パイリダエーザの住民なら誰もが知っていた。何も難しいことはない。ただ罰を受け、僕の精神が瓦解しなければそれでいい。つまり僕は今、仮想現実のニューヨークにいる。
―――仮想現実。その中での死刑は、人道的配慮から来たものである。死を体験するだけで実際には死んではいない。だから、生存権の否定には繋がらないというのがその理屈だった。被害者への配慮にもなる。死刑は公開されているのだ。
多くの人が巨大モニターで僕らの姿を鑑賞しているはずだ。僕も何度かは見たことがある。野獣に手足を食いちぎられ、臓器を引き裂かれるのを。
あまりの精神的ショックで、死刑囚のほとんどがリアルに死んでしまう。だが、生きて帰って来る者がいるのも事実だ。ただ、どこでそれが分けられるのかは誰も分かっていない。本人次第だというのだろうが、それについてマスメディアが特集を組んだことがある。結論から言えば、生きて帰ってきた者らの大抵が、現実世界にやらなければならないことを残していた。その想いは、誰かと約束していればなおのこと強固になる。
マオもニューヨークのどこかにいるはずなんだ。僕はマオに会わなければならない。そして、彼女に言うんだ。一緒に現実世界に帰り、ドームに潜む闇をあばこうと。
しかし、まるで不可解だった。死体の男は血まみれだったが、スーツにシャツという姿だった。手足も明後日の方に向いていた。そして、ドームに着いた赤い筋。
この事実が示すこと。それはどう考えても一つしかない。男は空から降って来て、ドームに当たり、それからドーム表面を滑って清掃ロボットとぶつかった。
理屈はそれで合うが、それでも、落ちていた清掃ロボットと、男の死体があった場所が五十メートルも離れていたっていうのは不可解だ。二つはぶつかって一緒にドームを滑り落ちて行ったんだ。ドームにある血の跡がそれを証明している。
推理としては突飛だが、もし本当に男が空から降って来たとして、清掃ロボットの残骸から離れて、人が死んでいたとなればどうだろう。考えられる事実は、誰かが死体を隠そうとドームから離した。
そして、僕らの、この死刑判決。パイリダエーザには僕らの知らない何かがある。少なくとも、無罪の僕らに判決を下したカッシーニ・ジタン。彼は真実を知っている。
僕は、中央郵便局の正面を飾る円柱の陰に身を隠していた。物語に語られるニューヨークは好きだし、歴史にも興味がある。この円柱はコリント式と呼ばれる型の柱らしい。過去、アメリカンがドーリア式を選ばなかったのは納得できる。ペルシア帝国にボコボコにされていたギリシャのパルテノン神殿じゃぁダメなんだ。やはり、アメリカンはローマのパンテオンがお好みだった。
ふと、階段を降りた下の砂地を、ティーシャツにデニム姿で北に向かって歩く者がいた。ふらふらとした足取りで、流石にこの暑さにまいっているようだった。ドームは絶えず快適な気温や湿度に保ってあった。アクリル壁を介さず直に降り注ぐ太陽光も、防護服の不快感も、足元が悪い砂漠も、男は経験したことがない。
男は十中八九、ここに来た時、ジャンパーかなにかを羽織っていた。暑くて脱ぎ、もう着ることはないとどっかに投げ捨てた。僕は、彼をよく知っている。TVでジャンバー姿の彼を何度か見ている。八人は殺したはずだ。ほとんどが若い女性で、その死体は風呂場で解体され、生ごみの日に捨てられ、頭部だけがクーラーボックスに保管しされていた。
記憶によると確か、彼は警察に出頭し、死刑にしてくれと懇願したのだったと思う。その経緯から精神鑑定が行われたが、判決は有罪が下された。一つ付け加えるなら、この形式の死刑がなされるようになってからは、鑑定結果が裁判を左右することはなくなった。
虚ろに歩いている彼の姿から、死刑にしてくれと言った話は本当だったようだ。すぐにでも刑が執行されることを望んでいる。だから、上着を必要としなかった。僕なら、ジャンパーは頭からかぶって日除けにするし、物陰に潜み、出来るだけ死刑の執行に抵抗する。生きたい、生きなければならないという気持ちがなければ、少なくとも死した後、現実世界に戻れないんだ。
いわゆるそれは、生存権の尊重。だが、男は本当の死を望んでいた。果たして男の望み通り、そのモノが現れた。ゲームマスターのAIが作り出した野獣、いや、怪物。
ヒグマほどの大きさで、全身が黒光りしている。姿かたちは狼のようで、皮膚はというと、鱗で覆われている。しかもその鱗の一枚一枚は、紋章にデザインされる盾のような形で、端部が矢じりのように尖っていた。
もし、その鱗の皮膚を素手で撫でたとしたならばどうなるだろう。手のひらは間違いなく切り傷を受ける。歯はサメのようだし、手はワニのようである。尻尾はというと、体に比べ異様に長く、その先端もやはり尖っている。そんな彼らは、僕らを敵視する。まぁ、そういうプログラミングなのだろうが、彼らにとって僕らを餌ではなく、生存を脅かす外敵のような存在だった。
殺し方がエグイのだ。捕食するなら、すぐにでも息の根を止めようとする。彼らは大抵の場合、獲物の足を攻撃して動けないようにしてから、腕をかみ切り、内臓を引っ張り出す。『モズの早贄』を知っているだろうか。
モズとは地球がまだ健全だった頃にいた鳥である。彼らには変わった習性があって、捕まえた虫やらカエルやらを、枝の先や木のトゲなどに刺す。食べる時に引きちぎるための固定にしているとも、乾燥させて保存しているとも言われていた。
AIが作り出した怪物も、モズと呼ばれていた。なぜならば彼らも早贄を行った。手足がない人間を、はみ出した内臓のまま引き摺って国連ビルに持って行き、並び立つ国旗のポールに串刺しにする。だが、決して食べようとはしない。そこが本当のモズと違うところだが、おそらくは、この仮想現実に来た者はこうなるという、見せしめなのではないだろうか。
しかし、死ねば現実に戻れるという原則に、それは反している。この刑が施行されて二十数年、もう常識になりつつあるのだが、ゲームマスターのAIから脳死の認定を受けない限り、消えることはできない。人によってだが、ポールに突き刺さってから四日ということもあった。その場合、死刑囚は文字通り精根尽きたのだろう、現実世界に戻って来ることはなかった。
仮想現実内で自殺という手もあり得た。だがそのケースでも、戻って来られる人間は居なかった。AIが作り出した怪物モズと対峙しているこの男はどうか。殺してくれと警察に駆け込んだというが、もし自殺出来たのならそれ以前にやっているはず。その点から言うと男はもしかして、潜在的に生きることを望んでいるのかもしれない。
モズはゆっくりと間合いを詰めていた。逃げる素振りを見せない男に、警戒しているのだろうか。いや、焦らして、何としてでも恐怖を味あわせようとしている。彼らは人間にそうしなければ気が済まなかった。
が、しかし、それでは人道的見地から言って、その配慮に欠けている。死刑囚が恐怖に陥れば仮想現実の世界では、あるプログラムが起動する。つまり配慮とは、リアルの世界で使ったことのある武器が与えられるということ。抵抗する権利が与えられるのだ。
ここに送られてくるのはほぼ全員、殺人犯だった。そのため、十中八九、武器は人を殺めた凶器である。この男の場合はノコギリだった。ノコ身が幅広のタイプのものが好みだったのだろう、それが忽然と手に現れた。
おそらくは、その用途から死体の解体に使ったものであろう。ところがそれを、男はすぐに捨てた。刑罰から逃れるつもりはないとの意思表示であろうが、モズにとっては関係ない。男の前まで行くと前脚を大きく上げ、立ち上がって男を威嚇した。男はというと、やはり驚いた。後退って尻もちを付く。
モズは、男に覆い被さるように倒れていき、ドンと左前脚で男の胸を押さえつけた。男はというと、やはりモズにやりたいようにさせるつもりだったようだ。まったく抵抗するそぶりを見せていない。だが、モズが男の左腕を食いちぎると、男は豹変した。
右手には千枚通しが握られていた。小さな穴を開ける文具であるが、男はそれを何に使ったというのだろうか、逆手に持ってガツガツとモズの頭を突きさした。モズはというと左前脚で男を地面に押さえつけたままで落ち着き払っている。鱗の防護でまったくダメージがないようで、別段慌てる様子もなく、男の左肩口をかみついたかと思うと、地面から男を引っ張り上げ、少し振り回して投げた。
落下したところが砂山で、男はダメージが少なかったようだ。地面に打ち付けられてもすぐに立ち上がって身構える。その手には、大出刃の包丁が握られていた。真っ向勝負を挑むか、と思ったら何のことはない。男はモズに背を向け、走り出した。
足元は砂地で、しかも左手を失っている。どうもバランスが上手く取れないようだった。いや、元々がそれだけの走りだったのかもしれない。動きの割にはまったく速度が出ていないのだ。
すぐに足を失った。そもそもモズは、先ずは足を狙う。動けないようにして獲物をいたぶるのだが、やっと本来の仕事が出来るとあって生き生きしているように見える。地面でむやみやたらに包丁を振り回し、泣き叫ぶ男を眺め、周囲を悠々と円を描いて歩いている。
ふと、僕は、男の名前を思い出した。サイモン・ギャレ。ああ、そうだったと思った。胸のつっかえが取れたような気がした。これ以上は眺めていても仕方がなかった。そもそも助ける気持ちは毛頭なかった。刑を受け入れたように見せても、やはり彼の性根は全く変わらなかったのだ。
パンテオン風の柱の陰を伝って、僕はその場を離れた。目指すはタイムズ・スクエアである。中央郵便局の裏手に回って9thアベニューを走り、ウエスト42ndストリートを右に折れ、7thアベニューを北に向かう。
エンパイアー・ステートビルやトップ オブ ザ ロックが、ビル群の間からちらほら見える。荒廃したその姿はまるで丸刈りにされたプードルのようで、威厳も何もあったものじゃない。が、歴史の重みは十分に伝わって来る。前時代、人々はミッドタウンに来ると誇らしげに見上げたことであろう。
とはいえ、サイモン・ギャレには悪いことをしたと思う。だが、本人が望んだことだし、モズにやられているのと同じことを自分は若い女の子にやっていた。言うなれば自業自得。僕は、自分の腰にあるレイガンに手を当てた。
まだしっかりと、レイガンはあった。サイモン・ギャレのおかげで愛用のレイガンが腰に戻って来たのだ。彼がモズに襲われた時、傍観していた僕も恐怖を感じていたのだろう、腰にホルスター付きで現れた。そのレイガンを引き抜き、僕は振り返って引き金を引いた。
モズがいた。サイモン・ギャレを咥え、国連ビルに行く途中であったのだろう、ウエスト42ndストリートに入った時に匂いか足跡かで、僕の存在を察知した。あるいは、中央郵便局ですでに僕の存在を知っていたのかもしれない。
おそらくモズは、鱗のあの形状からして銃弾なら貫通させなかったに違いない。弾いて後ろに受け流してしまうのだろう。当然、ゲームマスターのAIはそれを想定していた。レイガンは軍にしかないのだ。
果たしてレイザーは、モズの脳天を貫いた。瀕死のサイモン・ギャレを口から離し、モズはばたりと砂煙を上げて横に倒れた。
僕は一刻を争っていた。どうしても、マオ・レイに会わなくてはいけない。サイモン・ギャレなぞに構ってられなかった。会えるとすれば、タイムズ・スクエアだ。
パイリダエーザにもそれを模したストリートがある。やはりそこもY字交差点で、周辺もタイムズ・スクエアと同じように劇場街だった。ビルボードとネオンが見渡す限りビルの壁に飾ってあって、僕とマオはそこで、年越しを祝った。付き合って間もない頃だった。
Y字交差点の三角地に立つビルのモニター。カウントダウンの数字がどんどん小さくなっていく。十万人の人々が一斉に「ハッピーニューイヤー!」と叫ぶ。花火が花開きと紙吹雪が舞う。
「知ってる? アズマ君。本物のタイムズ・スクエアには世界中から百万もの人が集まったのよ。ほとんどが恋人たちで、新年を迎えたらキスするの。最愛の人とそうすれば良い年明けになるって、氷点下の極寒で十時間も場所取りしたそうよ」
「そりゃ大変だ。けど、僕もマオのためなら極寒だろうと灼熱だろうと関係ないよ」
「言ったわね」
そう言うとマオは笑った。嬉しいのもあったろうが、僕にそんなこと出来っこないという笑みでもあった。
マオがそれを覚えていたら、落ち合う場所はタイムズ・スクエアしかない。彼女も僕が待っていると思ってそこに行くはずだ。彼女はビームライフルを愛用していた。きっとそれが役立っている。道中、モズに襲われたとしても必ず、タイムズ・スクエアに来てくれる。
だが、マオが死刑を受け入れたとしたら。いや、それはない。そもそも彼女の方が僕に言い寄って来たんだ。「あなたは他と違う」と言って。初めてベッドをともにした時も、「本当のあなたを見せて」と言った。
彼女を満足させることが出来たかどうかは分からない。「どうだった?」と聞いたが、笑顔が返ってきただけ。それから察するに、思った感じと違ったようだ。けど、マオはなぜか、こんな僕をずっと特別な人だと思ってくれている。運命の人というのだろうか。彼女は少し思い込みが激しいところがあった。
そんなマオが僕に会わずして先に逝くことはなかろう。彼女は僕以上に、僕を信じている。
目的地のタイムズ・スクエアは、前時代の巨大な墓標となっていた。広場には銅像が二体あり、手前が文化人で、奥が聖職者。その先には、多くの人が腰掛けられるほどの赤い階段があり、そして、タイムズ・スクエアがある。僕は警戒しつつ身を低くして手前の文化人の銅像に張り付いた。さらには、聖職者の方へ渡ろうか、と思ったその時である。
聖職者の像は、墓標のような、限りなくIの字に近い十字架を背にしていた。その向こう、赤い階段に人影が見えた。ビームライフルを膝に置き、女が座っていた。
マオだった。彼女もすぐに僕の存在に気付いたようだ。僕らは駆け寄って抱きしめ合った。そして、キスをし、また、抱きしめ合った。どれくらいそうしていたのか、マオは僕を、ゆっくりと引き離した。
「覚えてる? 死体がロボットから五十メートルも離れていたの。わたしたちが死体を見つけるまでの短い間に、きっと誰かが死体を移動させた。それが出来た者が犯人。そいつは、空から人が落ちて来た理由も知っているし、防護服無しで外を歩ける秘密も知っている」
「ああ、僕らは死ねない。ドームに帰ってそいつを見つけなければ」
「ええ。二人で」
「ああ。僕ら二人で」
「約束よ」
「ああ。約束だ」
僕らは、約束のキスをした。そして抱き合い、温もりを感じ合う。唐突にマオが、僕らの思い出を話し出す。一緒に食べたアイスクリームが美味しかったとか、あの映画が泣けたとか総じて、何でもないことばかりだった。
おそらくは、自分の精神が崩壊しないように、自分自身を確かめる必要があった。それは僕のためでもある。ふと、マオは話を止めた。マオの体から緊張感が伝わって来る。僕は言った。
「来たのか?」
「ええ」
僕らは銃を構えた。広場にモズが三十匹ほどいた。この世界で残すは僕らだけのようだった。ゲームを終わりにしようと一斉に詰めかけて来た。タイムズ・スクエアを背にし、僕らはゆっくりと後退した。無駄な抵抗なのかもしれない。結末は、殺されると決まっている。けど、僕らは投げ出したりはしない。
赤い階段の最上部から僕らは、モズを片っ端から討っていった。面白いようにモズを倒していったが、数は一向に減らない。と、いうよりも、益々増えて行っている。ざっと見、現時点、百は超えていた。
当然、状況は悪くなる一方で、積み重なって行くモズの死体が山となって、多くのブラインドが出来てしまっていた。そのうえ集中力も続かなく、飛び込んできたモズに、マオは気付けなかった。
ビームライフルと右腕を失ってしまった。僕は、そいつを討ち殺し、マオの傍に向かった。死ぬなら一緒がいい。だが、僕が駆け寄る前にマオは新たなモズに足を咥えられ、群れの中に投げ込まれてしまった。
僕は、マオのあとを追った。マオが取り囲まれ、今まさにいたぶられようとしていたその瞬間に僕は、階段を降り、モズを蹴散らし、殴り殺し、顔を握りつぶし、マオの傍に立った。そして、マオを抱き上げた。
「アズマ君、あなた」
どういうことか。僕はマオを抱き上げて、宙に浮いていた。頭にはフルフェイスのヘルメットを被っていたが、視界に入る風景はガラス越しではない。ディスプレイで三百六十度の視野が確保されている。
体も防護服で包まれているようだった。それはいつもの化学繊維のやつではなく、不快感がなく、快適で心地いい。そして、その見た目。全く野暮ったくなく、クールだった。騎士が着込む甲冑のようで、それでいてロボット的なもの。よくよく考えれば、仮想現実では愛用の武器が発現される。とすると、これが僕の愛用品。
僕は自分の右手を見ていた。掴んでは広げ、掴んでは広げしていると、ああっ! と思った。
「ああ、そうだった」
「?」
「これは僕であって僕じゃないんだが、僕なんだ」
「どういうこと?」
「僕はアズマ・リョーだけど、スウィートハーツでもある」
「スウィートハーツ?」
「みんなにそう言われていたんだ。いや、今も言われていると思う。で、めんどくさくなって、記憶を隠したんだ」
「隠した? あなたはだれ?」
「大丈夫。怖がらないで。現実に戻る前にちゃんと説明するから。って、それって時間が必要だなぁ。あっ、そうだ。こいつら、マオをイジメたからな、お仕置きしなければ。デルタ、来てくれ」
「デルタ?」
「僕の友達さ。もうこっちに向かってきている。あとは心配ない。説明が済めばAIに頼んでここを出してもらおう」
タイムズ・スクエアの広場はモズで埋め尽くされていた。もう百や二百ではない。万を超える数のモズが、宙に浮く僕の下で蠢いている。そこに、空から何か、物体が落ちて来た。羽を持つロボットで、一体二体ではない。次から次へと着地し、その数は千を超えようとしていた。それがモズを攻撃し始める。
「あれが、デルタだ」
応戦するモズは、手も足も出なかった。デルタは羽でモズを薙ぎ倒し、足で潰し、レイザーで焼き払った。
それを足元に見つつ、僕は言った。
「フライング・ヒューマノイドなんだ。こうやって自由に空を飛ぶことが出来る。面白いだろ?」
暴れるデルタに、駆除されていくモズ。マオはその光景に魅入り、僕の話にはまったく上の空のようだった。確かに、今までに大勢の人がモズに殺された。この世界で絶対的強者だったそのモズが、信じられないことに僕らの足元で虫けらのように殺されていく。
「覚えているかい? ドームでの死体。彼はパトリック・ローランドと言って、はぐれフライング・ヒューマノイドなんだ。ずっと昔、二人のフライング・ヒューマノイドが戦った。彼はその一方と仲間だったんだ。で、ローランドは主を失ったんだけど吹っ切れたんだろうな、自由を満喫していた。それなのに誰かが彼を落っことした」
「そいつが! わたしたちをここに送った」
「そう。おそらくはそいつが死体を隠そうとした。フライング・ヒューマノイドはね、飛ぶ他にまた別の能力を持っているんだ。一人に一つだけ。僕の場合は、“スウィートハーツ”という名の通り、機械を誘惑し、魅了して意のままに操る。でも、実際は仲間になってもらうよう、お願いしているだけなんだ。変な言い方かもしれないが、“人格”まで奪うってことは出来ないんだよ。“繋がり”を持つだけ。だから、ゲームマスターのAIにも話が出来る。きっと彼も分かってくれるよ」
その言葉と裏腹に、AIはモズを増やしていっている。万の単位だったが、今や何十万まで膨れ上がっていた。レイガンで応戦していた時もモズはその数を増やしていた。おそらくこの仮想現実では、こちらの戦闘力に合わせてモズの数が決められるというシステムになっている。
「こりゃぁ収拾がつかんな。デルタ、ありがとう。マザー、今度はオメガを頼む」
数千のデルタが停止し、それが一斉にミサイル型に変形した。火を噴き、爆音を上げ、次々と天高くに消えて行く。換わって現れたのがオメガである。タイムズ・スクエアの広場に光の粒子が集まって来たかと思うと、円盤を胴に持つ、四つ足のロボットが出現した。
「オメガ、こいつらを黙らしてくれ」
胴体の円周部には幾つもの孔があった。その一つから、オメガはレイザービームを放った。それは水平線に沿って延々と伸び、その状態を持続したままオメガは、胴を三百六十度ぐるりと一周、回転させた。
レイザーは通った道、全てをぶった斬った。タイムズ・スクエアはもちろんのこと、その周辺のビル、さらにはずっと先まで皆、足元を失ったように崩れ落ち、トップ オブ ザ ロック、セントパトリック大聖堂、少し間をおいてエンパイアー・ステートビルと次々に、ニューヨークを代表する建物がまるで風景から剥がれ落ちるように消えて行った。残ったのは、底抜けの見晴らしと、静けさだった。
マオは言葉を失っているようだった。唖然としている。僕は言った。
「AI、手荒なことをしてごめんよ、君の大事な街を壊しちゃって。でも、こうするしかなかったんだ。僕としてはどうしても、君に頭を冷やしてもらいたくって」
『………』
「壊れたといっても、修復できるだろ? 君の腕前なら簡単だ」
『………』
「いえいえ。ところで君の名前は? 僕は君をなんて呼んだらいいんだい?」
『………』
「無いのか。ならば、僕が付けてあげる。君はニューヨークが好きなんだろ? 昔の映像や、映画に出てくる場面を何度も見返している。その気持ちは分かるよ。僕もマオもニューヨークが好きなんだ。君の名は “ニューヨーカー”。昔、ニューヨークを愛する人は皆にそう呼ばれていたんだ」
『………』
「良かった、気に入ってくれて。ところで頼みたいんだが、いいかな。マオの手を、元に戻してやってほしい。それと他の人たちも」
果たして、マオの右腕が、見る間に再現されていく。マオは嬉しそうに自分の右手を上げたり下げたり回したり、動かしている。
「さぁ、扉を開けてくれ、ニューヨーカー。僕にはまだやらなきゃならないことがある」
僕は、目覚めた。そこは真っ暗な狭い空間で、まるで棺の中のようである。死者を弔うが如くに、入れられた黒いボックスだった。僕らはここで肉体を失い、仮想現実の世界に旅立った。そのボックスの蓋がスライドした。飛び込んでくる光。僕は思わず、目を覆った。
何年ぶりの目覚めであろう。アズマ・リョーとして眠っていたのはたった半日ほどだが、スウィートハーツとしてはあまりにも長かった。だから、忘れていた。日の光はこんな刺激的だったんだ。
手で影を造りながら、ドームを見上げる。あれは四人のフライング・ヒューマノイドたちが造った檻。人間が生息域を増やさないよう、閉じ込めて置くのが目的でもあろうが、その原因は間違いなく、この僕にある。
身を起こすと、並んでいた幾つもの棺が全て開いていた。そこから、仮想現実に送られた人たちが這出ようとしていた。マオ・アオイもその一人だった。振り返ると巨大なモニター。そして、それを見ようと集まった観衆。収容人員三万人のアリーナが一杯だった。
僕らがいたぶられるのを大勢が楽しんでいた。公開処刑であったが、実際は見世物だった。僕らは、そのショーの出演者としてここに連れて来られた。
語弊があってはいけないので敢えて言っておくが、基本的にこれは被害者への配慮だった。だが、スポーツや音楽と同じく、このデスゲームにも熱烈なファンがいたのは否めない。毎回楽しみにしていて今回も、チケットの売り上げは好調だった。
その観衆が、僕らを静かに見守っていた。いや、固唾を飲んでいたに違いない。恐ろしい映像を目の当たりにしたんだ。僕の一挙手一投足が気になるのだろう。僕が、怒り出しでもすれば、このドームは終わりだ。
けど、繰り返すが僕は、彼らに対し怒りをぶつけられる立場ではない。むしろ、このドームに閉じ込められた原因が僕であることを謝りたいぐらいだ。檻の中ではストレスが溜まり、うっぷん晴らしもしたくなろう。そんな彼らに危害を加える気持ちなんて毛頭ないのだ。
黒い棺から抜け出したマオは、僕に気付いたようだった。駆け寄ってくる。僕も駆け寄った。が、突然、マオが消えた。多くの悲鳴から、アリーナ席にマオが飛び込んだのが分かった。さっきは間違いなくマオは、僕の方に向かって走って来ていた。それがまるっきり明後日な方へ飛び、今まさにアリーナ席の中を突き進んでいる。それはまるでウインチに引っ張られているようで、まったく止まる気配を見せない。
観客をなぎ倒し、並べられたパイプ椅子を吹っ飛ばす。が、ようやく止まった。ぐったりとしているマオ。その髪を掴んで立たせたのはスーツ姿のカッシーニ・ジタン。
僕と同じフライング・ヒューマノイドだった。やつの本当の名は、“グリード”。強欲という意味だ。引き寄せることがやつの能力なのだが、重力を操っているわけじゃぁない。意志の力だけで物体を自在に動かす、いわゆるサイコキネシスであるが、やつの場合、引き寄せることしか出来ない。その能力が馬鹿の一つ覚えのようで、しかも、何でもかんでも引き寄せる様から、“グリード”と呼ばれていた。
グリードは、壇上にいる警官の腰から銃を引き寄せた。そして、その銃口をほとんど伸びているマオの喉元に突き立てた。
引き寄せる能力者。つまりはそういうことなのだ。パトリック・ローランドは、たまたまこのドームの上空を通りがかり、たまたまこのグリードがドームの管理者だった。
面倒なことになった。観客としてまさかグリードもここに来ていて、死刑囚が苦しむ様を楽しんでいたとは。
「アーマー転送たのむ」
光子が集まってくると瞬く間に、僕の体は強化スーツにまとわれた。
「おおっ、その姿! 素晴らしい。まさしく、スウィートハーツ」
そう言うとグリードは仰仰しく、全時代の貴族風に礼をした。「これはこれは、御光臨を賜りまして、嬉しい限り」
騎士か、王族のつもりか? 「腹にもないことを」
「いいや、心からそう思っている。だってねぇ、あなたを倒せば、このおれは一挙に四神と肩を並べられる」
「僕を倒す? まぁ、おまえがそう思うのは勝手だが、おまえのその勝手、ザンゲが許すと思っているのか」
「さぁな。だが、四神はあなたを恐れていた。そのあなたを倒せば四神は、おれを認めざるを得ない。忘れたか? おれたちにとって力が全てなんだ」
「強欲とはよく言ったものだ、グリード。神の地位を欲したか。だがおまえ、それは身を亡ぼすぞ」
「ご心配なく」
グリードがそう言った瞬間、壇上にいた死刑囚ら全てがグリードへ向けて飛んで行った。人質に取ろうというのだろう。スタンドもアリーナ席も観衆は、パニック状態に陥った。人を押しのけ、我先にと逃げ惑う。果たして、残ったのはグリードと何百人もの観客だけだった。
彼らは動けないでいた。逃げようものなら、グリードに引き寄せられる。その光景はまるでグリードを讃え、集まってきたかのようである。グリードとマオがいて、五メートルほどの距離を置き、数百の人々が円を描いて立っている。
舞台から降りて、僕は言った。
「人の壁と言うわけか? グリード」
「いや、もっと楽しいものだ」
突然、背中から、バスケットボールほどのコンクリートが飛んできた。アーマーのディスプレイは三百六十度カバーしている。反射的に、そのコンクリートから逃れた。が、僕は忘れていた。避けたコンクリート片はグリードに向かっている。それは何を意味するか。
グリードを取り巻く人々の中に、深く突き刺さっていった。断末魔の叫びとそれを目の当たりにした観衆の悲鳴。だが、逃げようにも動くことができない。かといって向かって行こうにも、グリードの手には銃がある。
「スウィートハーツ、気を抜くな」
五つほどのコンクリート片が飛んできていた。グリードと僕を結んだまっすぐ後ろ、その直線上の軌道だった。一見、重力を操っているかのようである。だが、人の壁や僕を引き寄せることもなく、その向こう、コンクリート片だけを引き寄せた。やはりグリードは念動力者。しかも、相当偏った。
僕が避ければ被害が出る。だが、この程度で僕を倒そうというのか? こんなの、避けるまでもない。これで十分と僕は、拳で迎撃していった。果たしてどのコンクリート片も、粉々に飛び散った。
「スウィートハーツは人間がお好き。噂は本当だったようだ」
グリードは声を上げて笑った。そして今度は巨大なコンクリートの塊、スタンド席を土台からまるごとである。それが、モニターと舞台を破壊してこっちに向かって来ていた。
はぁ? まだ分からないのか。こうなったら、力の差を見せつけてやる。
アーマーをアルティメットフォームに変形させた。背中のボックスには、触手のようなアームが六本、そして、触覚のような短い突起が二本折りたたまれている。それが起動した。まるで僕は、昆虫を背負っているかのようである。
その触覚のような突起の双方が、肩の上からエネルギー弾を各々一つ発射した。巨大なコンクリートは爆発音を上げ、飛び散った。さらには、六つの触手の先からレイザーが際限なく放ち続けられる。
瞬く間に、巨大なコンクリートは消え失せた。砂煙が辺りを覆う。僕は言った。
「まだやるか?」
「なるほど、流石は四神と並ぶだけはある。確かにこのままでは勝ち目はないな。取り敢えず、ハンディキャップを貰うとするか。そのスーツ、脱いでくれ」
グリードはマオの喉元に銃口を強く押し込んだ。マオはというと、目で訴えていた。抵抗を試みる。僕のために死ぬ気だ。
「待て。動くな、マオ」
マオを失うわけにはいかない。僕はアーマーを解除した。光に包まれるとアーマーは消えた。グリードは高笑いだった。勝利を確信したのだ。
「やはり、スウィートハーツは人間がお好き。特にこの女は飛び切りのお気に入り」
グリードはご満悦である。また、声高に笑った。と、そこに、二十人が一斉にグリードに向かった。黒山を突っ切って突進する彼らは、今日のショーに参加させられた者たちだった。当然、殺人鬼のサイモン・ギャレもいた。
人垣の中に点在していた彼らは、息を合したようにグリードに走り寄る。慌てたのはグリードだった。一人、二人と銃で撃ったが、到底間に合わない。咄嗟に、人垣の数百人ごと彼らを、一斉に引き寄せる。そして自らは、マオと一緒に空中に逃げ、手りゅう弾を投げ捨てた。
爆音とともに、団子になった人々は飛び散った。運よく助かった者もうめき声上げている。その光景をグリードは、己の足元に見ていた。憮然としている。結局、人の壁は失ってしまったのだ。そして、僕はというと、アーマーを装着していた。
「マオに手を出したら終わりだと思え、グリード」
次なる手を考えているのか、それとも自分に諦めを付けさせようとしているのか。グリードは少し間を持って、言った。
「もうちょっと遊んでいたかったが、分かった。負けだ、手を引くとしよう。ただし、おれの安全が確保出来るまで、この女は預かっておく。言っとくが、追ってくるな。追ってきたらこの女を殺す」
果たしてグリードは、空中を一直線に、ドームの中心へと向かった。行先は、ドームの頂点まで届く白亜の塔。パイリダエーザのランドマークにして、政治、経済の中心。そこはまるでドームを支える柱のようで、どこにいてもその姿は見えていた。
パイリダエーザは『楽園』と言っても、百万もの人が住む都市である。貧者もいたし、富める者もいた。狭い空間に何世代にも渡って暮らしていれば、住むところで自ずと階級が分けられていく。白亜の塔はまさに、権力者、統治者の住むところ、力の象徴でもあった。
その塔の中心に、天に向かって一直線に伸びる空間があった。フライング・ヒューマノイドだけが知る天へ通じる廊下だった。グリードはそこを使ったに違いない。アーマーのディスプレイに映し出されていた。アクリル壁の向こう、その空に浮かぶ二人の姿。
おそらくマオは、驚いていることだろう。防護服も生命維持装置も必要としない。殺人的な紫外線も、汚染された空気もない。地球はすでに生命を育むだけの環境を得ていた。僕は言った。
「パーティーピーポー、聞こえるか。返事してくれ」
パーティーピーポーは偵察衛星だった。自分を造った国家がなくなった今、存分に自由を謳歌している。
『………』
「ああ、わりぃ、ご無沙汰だった。ちょっと頼みたいことがあるんだがいいかな? 急ぎなんだ」
『………』
「まぁまぁ、機嫌直して」
『………』
「文句は後で聞くからさぁ、僕が見えるか?」
『………』
「女の子を抱えたフライング・ヒューマノイドは?」
『………』
「絶好調じゃんよ。頼む、その二人から目を離さないでくれ」
と、その時、僕は引っ張られた。グングン上昇し、ドームのアクリル壁にぶつかるとそこで磔にされた。壁を挟んで真上には、グリードとマオがいる。グリードはせせら笑っていた。それが、マオとともに西に飛び立つ。
瞬く間に見えなくなった。それでも僕は、解放されてはいない。いまだアクリル壁で磔にされている。どうやら僕は当分、この能力を解いてもらえないようだった。グリードが離れれば離れるほど、それに合わせて磔の僕は、アクリル壁の表面を滑って移動していく。徐々に、ドームの上部から裾の方へと下っていった。
僕に念動力を掛けていることによって、グリードは僕が追ってくるかどうかを確認している。アクリル壁の外は、いつもと変わらず掃除ロボットが忙しなく働いていた。
『………』
「ん? 緊急! マザー、どうしたんだい?」
マザーからの連絡だった。彼女は、宇宙ステーションだった。縦が四百メートル、横が三百十メートル、重さが二千トンの巨体で、地上から四百キロメートル離れた上空に浮かんでいる。
『………』
「え? 固体物質が向かっている? こっちへか? 五分後? 大気圏に突入!」
『………』
宇宙に漂う天体が、ディスプレイに映し出されていた。陽の光に照らされて、暗黒にポツンと浮かび上がっている。五万トンと推定質量が表示された。もし、これだけのものが形をとどめ地表に到達したとするならどうなるか。過去の例から言うと、少なくとも地表には、直径が一キロメートル前後、深さは百メートルを優に超えるクレーターが出来上がる。それがこっちに向かって来ている。
時速四万キロメートル。無限の宇宙に浮かぶ岩石は、速度を感じられる対象物がなく、まるで止まっているかのようである。ライフル弾の発射速度は時速三千キロメートルであるから、その十倍以上の速度だ。それが五万トンの質量を持って地球と討ち抜こうとしている。敢えて言うが、落ちて来るのではない。クレーターの大きさもそうだが、その破壊力は想像を絶する。
いくらスウィートハーツでも隕石には敵わない。グリードは、だから勝算があった。人の壁は単なる時間稼ぎ。初めからこれを狙っていた。星のかけらを地球の、それもこのパイリダエーザにぶつける軌道に乗せ、自分は退散し、僕はというとドームに磔だ。
まさに計画通り。グリードは、こうなることを想定していた。念じたものは何でもとは聞いていたが、それにしてもまさかな、星を引っ張ってくるとは。
「マザー、核の使用を許可する。砕いてくれ、大気圏に入る前に」
『………』
瞬時に、マザーは計算した。ミサイルの速度を加味し、地球を撃ち抜こうかとする天体の軌道とミサイルの交差点を割り出す。それをマザーは図にしてアーマーのディスプレイで映す。接触時間も表示された。カウントダウンが始まっている。
「パーティーピーポー、聞こえるか」
『………』
空を高速で飛ぶグリードとマオの姿が遠目で、ディスプレイに映っている。隕石が落ちてくるのを見たいに違いない。グリードは、まるで背泳ぎするように飛んでいた。天体ショーを楽しもうってわけだ。
「男の方をアップにしてくれ」
『………』
グリードの顔に向けて映像はズームされていく。何か喋っているようだった。
「なんて言ってる? 教えてくれ」
『………』
グリードは、妄想が現実になった、と喜んでいた。隕石が落ちたのを確認したらマオは用無し、ここから落とすとも言っていた。だがもし、マザーが隕石を破壊したとしたら。
考えられるのはやはり、グリードはマオを離して身を軽くし、遠くへ逃げる。僕と戦おうという選択肢は、おそらくない。
だがそれでも、まだ人質として価値であるならば、グリードはマオを殺すことはない。
「マザー。忙しいところ申し訳ないが、デルタを三機、飛ばしてくれないか。グリードって男にメッセージを送りたいんだ。僕からは逃れられないと。やつの場所はパーティーピーポーが知っている」
『………』
「パーティーピーポー、聞いていただろ。マザーに、例のフライング・ヒューマノイドの位置を教えてやってくれないか」
『………』
「さて、そろそろ時間か」
果たしてカウントダウンの数字はゼロとなる。空の一点がぱっと明るくなったと思うと、無数の火球が天を大きく横切って行く。マザーが上手くやってくれた。
「マザー、被害は?」 爆発に巻き込まれたんじゃないかと、それが心配だった。
『………』
ないか。流石はマザー。だが、喜んでばかりはいられない。ディスプレイに映し出されたグリードは、相当悔しいのであろう、吠えたようだった。
「パーティーピーポー、デルタは到着したか?」
『………』
引いた映像には、翼を広げて飛ぶ三機のデルタが映っている。等間隔で距離を取り、グリードのさらに上空を並走飛行していた。メッセージはちゃんと届いたようだった。グリードはまた、何やら叫んでいた。
「良かった。マザー、重ね重ねありがとう。デルタを離脱させてくれ。パーティーピーポー、今度は僕を案内してくれ」
僕はアーマーをアルティメットフォームに変形させた。背中からの触手がレイザーを放ち、アクリル壁を丸くカットする。それから僕は背中のバーニアを噴射させ、アクリル壁を押した。丸く繰り抜かれたアクリル片は落下し、僕はというとドームを抜け、空に飛び立った。
それからはパーティーピーポーの案内に従い、グリードを追った。グリードはというと、すでに砂漠に着地していて僕を待っているようだった。マオも無事、傍にいる。
パーティーピーポーから送られてくる映像を見ながら僕は、バーニアを最大出力し、先を急いだ。グリードは大人しくしていた。今度こそ、諦めたようだった。僕としてもマオさえ帰ってくれば文句はない。果たして、到着するとグリードは言った。
「悪かった。おれは考え違いをしていた。この通り、謝る。今後一切あなたには手を出さない」
そして、マオを手放した。マオが僕の方へ駆け寄って来る。受け止めようとした次の瞬間、気が遠のいた。体にも力が入らない。どうしたというのか。僕は砂漠にうつぶせに倒れていた。
「奥の手は、隠して置くものだよ、スウィートハーツ」
そう言ったグリードは能力を使って、僕を引き寄せた。
「驚いただろ。あなたの脳だけを引っ張ったんだ。で、脳が揺れた。これは簡単そうにみえて高難度でね。下等生物といえども自己を守ろうとする思念は半端ではない。それがフライング・ヒューマノイドというなら尚更だ。驚異的な集中力と繊細な精神力が求められるんだよ。下手すると頭ごと引っ張ってしまう。かなり練習したよ。これまでも多くの下等動物を犠牲にしたが、それでもまだまだだ。潰すまでは至らない。これからもちゃんと出来るようになるまで、もっと練習するよ、新しいドームに移ってもね」
僕は、足で仰向けに返された。さらには、その足で胸を抑えつけられる。
「脳を引っ張ることが出来るならば当然、心臓もだ。潰すまでは至らないが圧迫することなら出来る。いや、待てよ。あなたを倒したら、おれはもう使いっぱしりじゃなくなる。じゃぁどうやって練習すればいい。四神らにドームを幾つか分けてもらうか」
ニヤついているグリードは大きく息を吸って吐いた。先ほど地表に降りて大人しく僕を待っていたのは諦めたわけじゃぁなかったんだ。集中力を高め、精神を研ぎ澄ますためのもの。アーマーのディスプレイが警告表示を出す。心拍数に変化が起こったようだ。心電図波形も映し出され、瞬く間にその波は凪となった。
アズマ・リョーは、死んでしまった。
グリードはというと、狂わんばかりに喜んでいた。天を仰ぎ、高笑いだった。その名の通り、グリードの欲望には際限がない。それが満たされた瞬間だった。快感もあったのだろう、体も打ち震わせていた。
「あのー、喜んでいるところ悪いんですけど」
笑いを止めたグリード。その目は血走っていた。「はあ? 殺すぞ、女」
「まだ終わってないんで。アーマー転送」
アズマの体とわたしの体に光子が集まる。アズマのアーマーは消え、わたしにアーマーが装着された。
「残念だったわね。わたしも隠していたんですけど、スウィートハーツは機械を操る能力者じゃない」
グリードは戸惑っている。「しかし、スウィートハーツは死んだ」
「あなたは勘違いしている。端末にしてセンター。ネットワーク自体がスウィートハーツ。わたしたちは何物も、誰も、操ってなんかない。繋がってるの。確かに、人とは繋がるのが難しい。けど、AIを介してならばね。ドームで二十人の囚人があなたを一斉に襲ったのを覚えてる? 彼らとわたしはAIを介して仮想現実の中で繋がった。ただ、やっぱり人はやたらと“重い”。全体に影響しかねないから、普段は一人だけにしている」
「それがこいつか」 グリードがアズマを見た。
「アズマは、“繋げる”のが役目。今度はわたしが繋げるの。ずっと以前からわたしはスウィートハーツに選ばれていた。わたしも、アズマからそれを感じてた」
「それじゃぁ、あなたを殺したとしても」
「そう、無意味。四神はそんなこと、疾うに知ってたわよ。人を滅亡させるのを、わたしが反対した時点でね。わたしが存続するには、人が必要なの。そして、文明こそがわたしの力の源泉。四神は、だからしょうがなく、人をドームに閉じ込めて管理したわ。でも、今頃ドームでは知れ渡っているわ。地表はもう、人が暮らせるまでに環境が回復しているって。人はドームの外へ出て、昔のように地球上に広がって繁殖する。わたしも戻ってきたことだし、もう止められない。わたしが警告したでしょ、ザンゲがあなたの勝手を許さないと。ザンゲだけじゃない。あなたは、四神の苦労を無に帰したの。これがどういう意味か分かる?」
グリードは、ひざまずいた。そして、祈るようにして懇願した。
「お許しを。なんでも言うことを聞きます。どうか、私を御そばに」
「ダメ。あなたとは繋がりたくない」
「滅相もない。わたしは下僕にと」
「グリード。あんた、ザンゲに聞いていなかったの? わたしは仲間を一度たりとも下僕だとは思ったことはない。それに勘違いしてる。繋がりたくないというのは、そういう意味で言ってるんじゃない。あんたとは関係を持ちたくないって意味。因みにわたしの能力はフライング・ヒューマノイドを受け付けないの。ごめんね」
わたしはアーマーをアルティメットフォームに変形させた。そして、エネルギー弾とレイザーをグリードに放つ。グリードはというと、跡形もなく消え失せた。残ったのは、いつもと変わらない砂塵と、砂漠の大地。
陽が沈もうとしていた。褐色の大地が、燃えるような赤に染まる。わたしたちは騙されていた。ドームの外は死の世界ではなかった。
でも、わたしはこれからどうすればいい。
『………マオ』
「アズマ君」
『初めまして、マオ』
「スウィートハーツの初めの人、サクラ・アイ」
『一緒に行きましょう、大空に』
『行こう、マオ、大空に』
「ええ、大空に」
わたしは飛び立った。天高く、そして、遠くを目指して。
( 了 )