7
「高橋さん」
戻ってきた高橋は盛大に欠伸をする。
「何?」と高橋が後ろに居る女に返事をし、振り向こうとすると銃口をぺったりと頭につきつけられた。
高橋は両手を上に挙げる。
「実果さん、なんのつもり?」
実果と呼ばれた女は銃を手に持っているのではなく、手が銃になっていた。
「私は実果ではなくA-23号っていうんですよ、高橋さん。ビックリしました? まあ、そんなことどうでもいいんで着いてきてくださいよ」
A-23号は、AIの中でも最も精巧に作られた人型のAIだ。
人の目ではとても、人との区別がつかない。声も人そのものだ。
「フェニックスの使いか?」
「まあ、そんなところですよ」
「俺が素直について行くと思う?」
A-23号は「うーん」と顎に手を置き少し考える。
まるで人間だ。
「着いてきてくれないなら……今ここで殺すことも可能ですが、それならボスの聞きたがっている情報が無くなってしまいますね。ま、私はそんなことどうでもいいんで殺すんですが」
「結局殺すのかよ……」
高橋は溜め息をひとつ吐いた。
「俺殺してもなんにもならねぇ……こたぁねぇか。一応高い地位には居るからな」
「でも、あなたは着いてきてくれるのでしょう? 私にはわかります」
人に紛れている時とは違うなんとも無機質な声がこの部屋に反響する。
あれから数日経った。高橋さんが消息不明だと明さんが今日ずっとそわそわしている。
「直樹も君と同じ大学に居るんでしょ? あれから見てないか?」
「見てないですよ」
「ちょっと、ちょっとでいいから、何か無いか?」
「無いですって」
ずっとこの調子だ。高橋さんは明さんを気に入らない様子だったが、明さんがこうも心配しているのには理由があるのか?
何がなんだかわからない。
「そうだ」と、明さんは思い出したかのように早口に携帯を貸せと言ってきた。
おずおずと携帯を差し出すや否や、急いで指を動かしている。
「あああああ! もう、遅い!」
遅くて悪かったな。これでもこっちじゃ普通なんだよと、心の中で怒る。
「……やっぱり」
何かがハッキリしたのか明さんはそう呟き、携帯を適当に床へ置き、玄関の方へ慌ただしく走っていった。
「ちょ、明さん?!」
僕が部屋から顔を覗かせ、玄関の方を見たときには、乱暴に扉が閉まる音が部屋中に鳴り響いていた。
僕は急いで後を追おうと靴を履き、おびただしく階段を鳴らせ、全力で走るも虚しく、明さんの姿は全く見えなくなった。
後ろから聞こえるゴミ収集車の音楽が今日はやけに空っぽに聞こえた。
ゴミ、出してないな。
今日はまだ時間があるから、早く出そうと僕は家へ帰った。
*
「で、何なんだあんたら。俺をこんなところへ連れてきて。何が目的だよ」
俺は、例の銃を構えたAIに脅迫され、フェニックスの拠点(こんな過去に拠点があるってのも可笑しな話だろうが)と思わしき場所の、しかも総統の居るような場所で、何故か奴等に茶と菓子を出され、話をしている。
野郎と茶なんか飲んで何が楽しいんだ。
「あんたとはなんだ。私は米山だ。最後にあったのはいつだったろう? 君は幼かったからな。覚えていないのも無理はないさ」
俺の記憶は、三~五歳から今まで結構ハッキリとしているが、オールバックでたっぷりと肥えた白髪のこいつは記憶にない。
整形でもしたんなら話は別だが。
「君は、秋山君を知っているね?」
「ああ。もちろん」
当たり前だ。というか、こいつらは俺が弟子だってことはよく知っているだろう。何故こいつはそんな当たり前のことを訊くんだ。
腹が立つ野郎だな。
「その秋山君が今、この過去に来ているそうじゃないか。一時期死んだという噂が流れたが、生きているんだな。そのことは嬉しい。だがな……」
平井と同じく、秋山も、元フェニックスの一員である。
こいつらは、先生が亡くなったという事実はまだ知らないようだ。先生が亡くなって、何年も経っているというのに。
そして、こっちに来たのは先生ではなく、平井だ。平井が来ているという事が知られていないのは不幸中の幸いといったところか。
こっちに来ているのが平井だって知られるのは、ちょっと面倒だ。
「やはり、君にはあいつを止めてほしいんだ。それが出来るのなら、私はなんだってする。君は今なんの研究をしている? まさか、あいつの影響で不老不死なんてことは無いだろうがな。とにかく君の研究費用を保証するよ。約束だ」
米山は少し溜めてそう言った。
残念ながら俺が研究しているのは、その通り不老不死だ。
しかしまあ、研究内容を伏せておけば保証してくれそうだなと悪どい思考を働かせる。
「どうした、そんな険しい顔をして。茶でも飲んだらどうだ」
米山はやけに高そうなティーカップに入った紅茶をゆっくり飲んだ。
先生はこの人達と研究している頃、研究はあと少しで完成しそうだと楽しそうに俺に話してくれた。
本当の本当に、あと一歩だったそうだ。
何故やめたのか。俺はずっとその事実だけが曖昧なままでもやもやしている。
俺はすすめられた茶を一気に飲み干す。悪くない味だ。
そして「ちょっといいですか」と話を切り出した。
「なんだね」
「あの、なんで不老不死の研究やめちゃったんですか?」
「…………それはだな」
そいつは重苦しく話し出す。
「その話はお控えください」
横に居た、メイドのような存在の人型AIが俺に向かって無機質な声を発した。