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彰さんは「秋山彰だよ」と、やっと口を開けた。
普通ならそれ以外の答えは無い。でもそうじゃなく、その質問の意図は別にあるのだろう。
「ちょっと、あなたこそ誰? まず最初に、自分が名乗ったらどうなの?」
堀がそう言った。全く正論である。
あの人は誰だ。彰さんの知り合いか? また未来人か?
いや、知り合いなら、なんでこんな質問をしているんだ?
「ほんとそうだよねえ~」
と、彰さんはすっとぼけた声を出した。
「ねぇ? 相原直樹くん」
あの人の怒りのボルテージが上がっていく。
「てめぇ、それ以上なめた口利ぃてっとぶっ殺すぞ」
目が本気だ。
「はいはいこわいこわい」
「で、あなたは誰なんですか?」
僕は彰さんとやっと落ち着いたあの人を席に着かせ、そう訊ねた。
「コイツは高橋直樹っつって、彰の弟子的な存在」
変わりに彰さんが説明する。高橋さんはずっと貧乏ゆすりをしている。
「じゃあ、彰さんの弟子ってことですか?」
「いんや」
と彰さんは否定する。
「俺は本当は、秋山彰じゃなくて、平井明っつーの。コイツが怒ってたのは俺が彰に成り済ましたからかな、多分」
なるほど、それってつまり……。
「平井……いえ、どっちにしろ“あきら”ですね。明さんは、偽名でこっちに来たってことですか?」
「そうだよ」
あっさりと認めた。
ああ、なるほど、だから、高橋さんはそう訊いたのか。
「で、お前は何しに来たんだよ。彰のふりまでして」
高橋さんは、まだイラついているようだ。
「彰に、研究を託されてね」
「……それは本当か?」
高橋さんの目付きが変わった。
「ああ、本当さ」
「なんで、なんで俺じゃないんだ?!」
高橋さんは机を拳で思いっきり叩く。
堀のストローを刺してあるパックジュースが倒れ、少し中身が溢れた。
「それは君が無能だからに決まってるじゃないか」
「んだとジジイゴラ!」
乱暴に席から立ち上がる。椅子がガタッと音を立て倒れた。
「君より有能な俺に研究を託した。それまでだ。全く、死ぬまで彰の側に居なかった人間が今更何を」
「それはてめぇが……!」
「ちょ、ちょちょ、あたしをおいてけぼりにしないでよ、話が見えない」
堀が二人の喧嘩を止める。確かにそうだ。僕でも話がよくわからない。
堀なら尚更じゃないか?
「……わかった、話すよ。君も、一旦座って」
高橋さんは舌打ちを一つし、席に着いた。
「えっとねえ、まずおじさん達は、こっちで言う未来から来たんだ」
それだと僕のときのように混乱するんじゃないか?
「へぇ~、そーなんだ」
堀はすぐさま理解したようだ。
いくらなんでも早すぎる。まるで身近な人に未来人が居るように当然としている。
何故だ? 堀の考えていることはいつもわからない。
彰さんは既に亡くなっていること、高橋さんと彰さんはいわゆる師弟関係にあること、明さんは彰さんに救われ、慕っていること、こっちに来た目的は彰さんより託された不老不死の研究を最後まで進めることであること、彰さんと明さんは体格から顔まで双子のようにそっくりなことを話した。
そして「俺と彰が似てるのはどうでもいいかな」と付け加えた。
「話は戻るけどさ」
と堀。
「偽名でこっち来るとかやばくないの? 追われたりしないの?」
「鋭いなあ。もちろん、身分詐称してるから強制的に未来に帰らされるよ」
そりゃあそうだよな。普通に大問題だ。
「そのことなんだが」
高橋さんは話を切り出す。
「お前、追われてるぞ」