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部屋を荒らしたことを隠すつもりはからっきしなかったが、まさか、こんなにも早く帰ってくるとは。
「さっきね、高橋君がここへ来た。つい、興奮して怒鳴ってしまったよ。君から謝っておいてくれないか」
高橋がここに来たのか。高橋は生きている。
「それで、お前はまたお得意のヒーローごっこか?」
米山は俺のことを秋山だと認識しているらしい。これは好都合だ。
米山は、平井と秋山を見分けられなかった。人から言われないと気づくことはない。
「お前はまた悪役に酔ってるんだな」
「ふん。なんとでも言え。私達のこの計画こそが、この野望こそが、何よりも正しいことだ。昔からだ。何故お前はそれを理解しない?」
自分の立ち位置に酔いしれている米山を心底軽蔑する。
「それを娘が知ったらどう思うんだろうな」
「貴様、知ってか? まあ、いい」
米山の神経を逆撫でしようと、娘を話題に出したが、怒りを抑えたようでそうはいかなかった。
「どうだ、堀……だと、お前には伝わらないな。相原に会いに行ってみてはどうだ。ちょうどこの世界に居るんだよ、相原が」
相原というワードを強調して米山は喋る。きっと相原というワードを出せば、俺が飛び付くと思っている。だが、米山は堀と言ったか。
不覚にも食いついてしまう。
「そうか。相原は今堀っていうのか」
「ああ」
「婿にでも入ったのか?」
「確かそうだった。娘も居る」
「どんな子だ」
「優秀な子だと。名前は……確かひなたと言ったかな」
コイツは俺の訊いてないこと何でも喋ってくれるからいい。
とにかくビンゴだ。このことをひなたちゃんが聞いたら、絶望するだろうか。もしくは失望するだろうか。
「よしわかった。気は乗らないが連れていってくれ」
米山は意外そうな顔をした。
「ああ、わかった。すぐに」
「ただ、ひとついいか?」
「なんだ」
「ナナと会って話をしたいんだが」
米山は鬼の形相でこちらを睨んできた。当然かといえば当然だ。今俺は秋山。米山の認識でいうと、ナナを殺した張本人といったところか。実際のところ、死んでから行ったのだから殺してはいないのだが、そう認識されているだろう。
「ナナは……高橋と外に出たっきり帰ってこない。きっとあちらの味方。つまり、お前達の味方をしていることだ。ここには居ない」
それはまた好都合だ。
「じゃあ、連絡が取れる端末でも寄越してくれ」
米山は「端末のひとつやふたつ、持っていないのか」と嫌味たらしく呟いた。平井であると認識されたときの対応よりかは幾分かましか。
「こっちのもんにはまだ慣れてないものでね」
米山は「勝手に使え」と端末を乱暴に手渡した。「準備ができたら呼ぶよ」と言うとこの部屋からは姿を消した。
この端末はナナと通信が出来るという。どう見たってこの時代の携帯に等しく特別なものではないそうだ。ナナの連絡先が登録されていることから、電話をかければいい、ということか。
俺はボタンをひとつ押してかけてみた。ワンコールで出たのには少々驚いた。
流石に話を聞かれる訳にはいかないので一度フェニックスから出た。会話を盗聴されていては元も子もないが。
「はい、お父様……ではありませんね。どなたでしょうか」
「あきらだ」
「秋山さんでしょうか、それとも平井さん? 該当しない方は……」
「後者」
ナナの発言を遮ってしまった。
「では存じ上げません」
「ああ、違う、真ん中、でいいのか」
「ふふっ、わかってますよ。平井さんですね。言葉を交わすことはあまりなかったですが、お久しぶりです」
「そうだな」
「何の用でしょうか。私に連絡してきたということは、父に会ったということでしょう? 父はあなたをまだ嫌っているので、あなたは秋山さんのふりをしているんでしょうが、父に、あなたが平井だという事実が伝われば、危ないのでは? っていうか、秋山さんも私がこの体になって以来良い印象は持ってないように思いますけど」
「目ざといね。そこまでわかってるから俺があきらだって言ったとき、名字を言わずとも返事ができる質問で返したんじゃないのか」
「そうですけどー、もう」
ナナが口をつぐんだので「本題に移ろうか」と話題転換した。
「君は高橋と一緒にフェニックスを出てきたって聞いたが、今は誰と一緒に居る?」
「高橋さん、実果さん、綾小路さん、堀さんです」
「本当か」
「はい」
これは僥倖だ。実果さんは存じ上げないが、綾小路君とひなたちゃんの無事が同時に確認できた。
ひなたちゃんとも、連絡が取れるのは好都合だ。
「わかった。ありがとう。またあとで連絡する」
「ええ」
ナナの方から通話が切れる。
この空間に誰か俺以外の者が居ないか確認するとフェニックスに戻った。
「いいタイミングで来た」
と米山。「さっさと行こう」と歩き出した。しばらくどこか知らぬ道を歩いた。たわいもない会話を繰り広げながら。
その会話の流れで米山はこんなことを言った。
「いや、まさか秋山君が生きているとはね。死んだという噂も流れていたから、ここに来たときは心底驚いたよ」
ここまではいい。全く問題はない。ここからだ。
「だから、相原に一刻も早く、君が生きていることを伝えたくてね、さっき電話で伝えておいた。そんなに驚いていなかったようだから、知ってたんだろうか」
驚いていない。当たり前だろう。相原は恐らく、もう、俺が平井であると見抜いている。アイツは、秋山の死を一番よく知っている人物と言っても差し支えない。
余計なことをしやがって。そうは思うが、どっちにしろ、相原の前では俺が秋山だと騙せる訳はない。端から平井として会いに行くつもりだ。
相原が米山に「そいつは秋山じゃなくて平井だ」と言ってやらなかったことについては感謝だ。
今は、米山さえ欺ければそれでいい。
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