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僕は階段に座り、膝を抱えた。
「何で……僕にそんな話をしたんですか?」
「うーん。そうですね、とくに深い意味は無いつもりでしたが。あ、そうだ、声と、表情の制御を外しても大丈夫ですかね? これ、わりと邪魔……というより、感覚的に気持ち悪いんです」
ナナは自分の喉を指さして説明した。そんなもの、米山の前以外はずしておけばいいじゃないかと思いつつも「勝手にしてくれ」でなく「いいですよ」と声をかけた。
「あー、ありがとうございます」
やっと人間と同じような喋りになったナナは何故か僕に礼を述べる。人間であったときと言うべきか生前と言うべきか、適切な言葉が見つからないが、その時はこんな声だったのかと思考する。
「どうですか?」
とナナは唐突に笑顔になった。
僕はその質問の意図がわからずそのまま「笑顔、です」と答えた。
「違和感はあります?」
「ないです」
「なら、大丈夫ですね」
ナナは頬に手を当てて幸せそうな笑顔を浮かべている。右腕は使い物にならないのでぶら下がったままだが。こうしてみれば、彼女も普通の人間とそう変わりない、ただの女の子のように見える。
「久しぶりに、笑いました!」
満足したようで、ナナはゆっくり手を下ろした。彼女はいつぶりに笑ったのだろうか。思えば彼女の年齢も、その体になって何年かも、知らない。干渉し過ぎることがよくないのは知っているが。
「ところで」とナナ。
「あなたは今、そうですね、簡単に言いますと無敵の状態にありますが、どうなさいますか? 今からでも高橋さんの後は追えます」
「あー」
僕は今無敵。今の状況をそう捉えることも出来るのか。僕が殺戮対象外、というよりかは、何故か、保護対象の人物であるので、僕がその銃の射程範囲内に居る限り、そこに居る者は決して殺されぬのだ。
逆に、少しでも離れてその射程範囲内より外に出た者は、先ほどのナナのよう、銃弾に体を撃ち抜かれる。
僕は英雄か。レベルマックスのプレイヤーか。いずれにせよ、ゲームの操作やルールもわからぬ子どもがプレイヤーを操っているも同然で、突然そんなことを言われたって僕は何をすれば良いのか、全くわかったもんじゃない。しかし。
「話は逸れますが、フェニックスにしたって自然世界にしたって、僕とは全く関係のないはずです、なのに何故僕がこう、守られて、殺されないんですかね」
「それは多分、堀さんかと」
「堀……? ああ!」
ああ、そうか。堀は僕の家に来て説明した。これは両親が関わっていると。だが、それだけでは僕が保護されている理由としては弱く、腑に落ちない気もする。守られるのは、堀だけじゃないのか。僕は、確かに幼い頃から堀を知っているが、関係者全員の大切な人を保護していては、この事件を起こした意味はあまりないように思える。
なら、堀が僕を保護したのか?
電話が鳴った。堀だ。噂をすれば。「もしもし」と通話に出る。
「綾小路君、今、さっきの階段のところに居る?」
「居るけど」
「殺人機械は?」
「三体排除した」
「わかった。今大人数でそっちに向かってるからよろしくね!」
「えっあっ、待って」
ここまでで通話が切れた。大人数だって? 一体何をする気なんだ。
「誰でした?」
「堀だよ」
「堀さんは何と?」
「なんか、大人数でこっちに来るって」
「ああ、了解です」
相変わらず受け入れるのが早い。堀が何をしようとしているのか、理解したっていうのか。
「とりあえず、これ以上殺人機械がこちらにこないようシャッターは閉めちゃいましょう」
ナナは理解しているんだな。
「あと何分で来そうですか?」
ナナは「そう、ですね……」と視線を外すと後ろ、地上付近を見て「もう、来ますよ」と近づく轟音を迎え入れた。大人や子ども、たくさんの人々がここに押し寄せ、一瞬にしてこの広場を埋めた。ある程度邪魔にならぬスペースを確保できるぐらいの適度な人数だ。
失礼ではあるが、こんなに生存者が居たのかと安堵する。
全世界がこの事件の被害に遭って居り、生存者だって数少ない。それぐらいの気持ちで今ここに立っているものだから。
「急にごめんね! 綾小路君!」
「あ、ああ、うん」
高橋さんや実果さんもこちらに入ってきた。
「よう。無事か」
「この通り」
見るとみな、手ぶらである。こうやって荷物を持ってきたのは僕だけか。
そうだ、と思い出したように僕はバッグに手をかけ、ペットボトルに入った水を取り出した。そして堀と、高橋さんに手渡す。
「ありがとう」「助かる」そう礼を言うと二人はキャップを開け、口をつけるとすぐに半分まで飲んでしまった。喉が渇いていたんだろう。
堀は階段に腰を下ろすと大きくため息をついた。
「もー、大変だったんだからね」
堀は話始める。簡単に言うと、堀と高橋さんと実果さんは、実果さんの能力を完全発揮し地上で人を集め匿っていたそう。
全く、よくやるよ。高橋さんはともかく、堀はこの事件は初めてのはずだろう。堀だって、怖いはずだ。なのに、堀はそんな様子ひとつ見せない。
「あ、そうだ」
ひとつ、訊きたいことがある。
「何?」
「さっき、殺人機械と会ったとき、僕に向かって弾を放たなかったんだ」
「うん」
「だから、その、もしかして僕は、保護対象人物だったりするのか?」
「そうだよー」
堀はペットボトルのキャップを撫でながらそう言った。なんだ、堀は知っていたのか。なら、さっさとそう言ってくれればよかったのに。
「なんで?」
「私がそうしたの。お母さんが、私を確実に保護したって言うから、じゃあ、綾小路君もって。いや、もちろん他の友達もお願いしたけどね。気づかれて、それから外されてる人も居るかもしれないけど」
「それは……中々怖いな」
「でしょう」
「話は変わるが」と高橋さんが割って入る。
「ここからどうするよ」
*
米山の元へ行くと、誰も居なかった。これはむしろ丁度良いと、俺は勝手に部屋の中を漁り始めた。
タブレット端末や資料を隅々まで閲覧するが、今回の事件について書いてはいないようだ。米山もバカじゃなかったか。
と、ふとカレンダーを目にした。
「二月二十九日」
カレンダーは、日が過ぎていくごとにその日を斜線で消しているようで、ほぼ全て斜線で埋まりかけている。そして明日の二月二十九日に丸がある。
秋山の、命日。米山は、事件の後すぐに過去へ逃げてきているはずなので、秋山の命日なんて知るはずがないだろう。
この組織で事件当時未来に居た者のほとんどは命日を知っている、というより、命日なんて名前で頭に留めていなくても、当時のその日死んだという情報は頭の片隅にはあるはずだ。
秋山は相原を追っていた。相原自身もそれを把握しており、むしろ秋山の行動を見、楽しんでいるようだった。よって相原は、特にその意識が強いはずだ。
前回の首謀者は相原。不確かだが今回の首謀者も相原の可能性が高い。相原以外に検討がつかないのだ。
もしそうならば、俺が相原を止める。と言いたいところだが、秋山のふりをすることはできない。
こんな人目のつくところに記しておくとは米山もバカだったか。いや、敢えてか。
思考が、相原にとらわれているような気もするが、つまりは……。
「彰君、やはり生きていたんだね」
その癪に障る喋りは俺の思考を遮った。俺はこの声を知っている。
「全く、無断で荒らすとは」
米山だ。




