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元素術師-Element Master-  作者: 山石 悠
0章 元素術師-Element Master-
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プロローグ

 世界がもうすぐ滅ぶかもしれないという事実を、人類は七年前にようやく理解した。






 外は、十一月にしては少し暖かかった。


 神殿の周囲は森になっており街の方は見えないが、きっと部屋の中で暖を取っていた子供達が遊びに出ているのだろう。現に、狭い森の向こう側から、子供達の歓声が聞こえてくる。もしかすると、神殿までやってくるかもしれない。

 綺麗に晴れた空には薄い雲が微かに漂っており、朝の凛とした空気で眠気は飛んでいた。


 儀式まで時間があると聞いたモノルは、祭儀用の金の刺繍が入った白い法衣を着たまま神殿の裏に来ていた。

 小さな小屋と広場以外には何もない場所だが、ここで静かに過ごすのが彼女の数少ない癒しだ。


 この神殿を囲う森には、様々な鳥や獣が住んでいる。故郷の懐かしい森とは違うが、あの場所を連想させるには十分な要素を持っている森だ。

 静かに目を閉じて、自然の音に耳を澄ませる。木々を吹き抜ける風の音や、どこかで羽ばたいている小鳥のさえずりが、モノルの心を落ち着かせてくれる。

 時間の感覚が曖昧になり、どれほど目を閉じていたのか分からなくなる。雑然としていた胸の内はいつの間にか無になっていた。


 そんな意識の向こうで、ふと、小さな足音が近づいてきた。


「また、ここにいたんですか」

「……フルオロ」


 モノルは目を開けて振り返った。後ろには、モノルよりも質素な法衣に身を包んだ細身の青年が胡散臭い笑みを浮かべている。


「モノル様は、本当に探すのが楽で助かりますよ。だって、ここに来れば大体いるんですから」

「それ、褒めてるの?」

「どうでしょう、人それぞれだと思いますね」


 神官衣装である白い法衣が、なぜか狂気をはらんだ学者の白衣のように見えるのは、このフルオロくらいだろう。常に嘘くさい笑みを浮かべながら嘘八百を並べ立てる口だけは、あまり信用してはいない。

 彼がモノルの補佐を始めてから三年は経過するが、未だにフルオロのことはよく分かっていないのが現状だった。


 モノルはおもむろに立ち上がると、大きく深呼吸をした。


「それで? もう始まるの?」

「いえ、まだです。トリス殿の話では、もう一時間は確認に欲しいとのことで」

「じゃあ、別件?」

「……用事がないと来てはいけないのですか?」

「ダメじゃないけど、あなた、用事がない限り来ないでしょう?」

「おっと、それもそうでした」


 痛いところを突かれた、と笑いながら、フルオロがモノルの横に座った。男性にしても長身であるフルオロと女性にしても小柄なモノルの二人が並べば、その身長差はそれなりのものになる。

 音もたてずにモノルの横に座ったフルオロは、身体を伸ばしながら天を仰いだ。


「天気がいいですね」

「そうね。儀式を行うには、気分的にもちょうどいいし」

「大気の魔力濃度が濃くなると、気温が高くなるんでしたっけ? 確か、今日のためにトリス殿が魔力濃度を調節していたと聞きます」

「別に、魔力濃度が濃いからって気温が高くなるわけじゃないの。気温が高いと魔力が満ちることは多いけど」


 大気中の魔力濃度、気温、気圧等といった要素は、ある関係式を作ることが知られている。その変化は複雑であり、一つが大きくなるからと言って他の値も大きくなるとは限らない。


「魔力状態方程式……でしたっけ? 私には、小難しい理論は分かりません」

「別に分からなくたって問題ないでしょう? フルオロ」

「そうですね。それを知らなかったところで、私の天命には何ら影響がありませんから」


 様々な生物は魔力を持つ。しかし、その魔力を自発的に使うには、個人が持つ“天命”と呼ばれる特殊能力を行使するしかない。

 そして、天命を行使するのに、複雑な魔力操作は必要ないことが多い。


「ですが、それならなぜ天気がいいのでしょうか?」

「そんなの、偶然に決まってるじゃない」


 神が粋な計らいをした、などという気は毛頭なかった。

 モノルは、あまり神という存在を信頼してはいない。もしも神が何かをした結果助かったというのであれば、それは神の意図するところではなかったに違いない。


「では、今日くらいは、主の祝福だと思っておきましょう」

「欠片もそう思ってないくせに?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。何せ、私は敬虔な神の僕ですから」


 モノルも神を信じてはいないが、このフルオロには負けると思う。

 結局、二人とも神を信じてこの立場にいるというわけではないのだから。


 外は、太陽が昇っていることもあり、徐々に気温が上がっていた。神殿の表の方では、遊びに来たのであろう子供達の声がする。確か、神官の一人が子供に人気だったはずだ。


「一つ、訊いてもいいでしょうか?」


 無言の時間が続いていたのを、フルオロが止めた。先ほどまでとは違い、今度はまっすぐモノルの方を見つめている。

 モノルは、少し驚いた。


「……珍しいことをいうのね。いつもは遠慮なく訊いてくるくせに」

「まあ、私の方にも、それなりの覚悟というものがいるんですよ」


 フルオロは薄く笑った。

 それはいつもの胡散臭い笑みではなく、どこか慈愛を感じさせる、兄のような笑みだった。


「最後に、一つだけ確認したいのです」

「どうしたの? なんでも聞いて構わないから」

「本当に、召喚するのですか?」


 もうすぐ、彼女達は勇者を召喚する。この大地アフテルの中から、七天魔を討ち倒すにふさわしい資質を持った人間を選び出すのだ。


「それって、どういう意味?」

「後悔、しませんか?」

「何言ってるの? 召喚しないと、人類は滅ぶ。分かり切ってるでしょう?」

「ええ、もちろん。ですが、そうじゃない。あなたは、今のまま召喚することを後悔しないのですか?」


 モノルは、唐突に立ち上がった。白い法衣をたたいて土ぼこりを落とす。

 そして、舞うようにフルオロに向き直った。


「やっぱり戻るわ。向こうの様子も気になるし」

「分かりました」


 フルオロも立ち上がる。もうすぐ、召喚の儀を始める準備が概ね終了する頃だろう。


「それとね」


 神殿内に戻ろうとしたフルオロが立ち止まる。


「後悔とか、するわけないでしょう? これは、私の天命なんだから」

「……そうですか」


 フルオロは振り返らなかった。


「それでは、行きましょうか」

「ええ、そうね」

設定作りこみすぎて、最初の何話かが分かりにくくなってるかもしれません。

世界観を受け入れやすくなるよう、頑張って書きます。


そして、フルオロの名前の意味が分かったあなた。あなたはきっと理系に違いない。

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