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2016年/短編まとめ

髪を切るだけの話

作者: 文崎 美生

(ミコト)ちゃん、髪切るの?」


真っ赤な髪を掬い上げるように触れれば、丸い目がこちらに向けられた。

その手には美容室にあるような、髪型カタログが開かれており、ショートカットメインのページだ。

腰よりも下に伸ばされたその髪を、ばっさりと肩口辺りまでにしてしまうのだろうか。


サラサラと指通りを確かめながら、自然と眉が寄せられるのを感じる。

それを見た命ちゃんは、困ったように笑う。

似合わないかな、その言葉に、ほぼ反射で首を横に振っていた。


「……ボクが切ろうか」


学生時代にクラスメイトの前髪を切ったことがある。

結果を言えば、決して綺麗に切れたわけではなく、寧ろアシンメトリーになった。

眉スレスレの長さでアシンメトリーで、鏡を持たせた後に頭を下げたのは今でも鮮明に思い出せる。


勿論それは、学生時代を共に過ごした命ちゃんも知っていることで、ほんの少し目を逸らした。

迷うように、視線を右へ左へ。

「それじゃあ、お願いしようかな」最後には、そう言って笑った。




***




「……伸びたね」


目に掛かるくらいの長さになった前髪を持ち上げて言えば、そうかも、と笑い混じりに返ってきた。

カットバサミを近付けて、止める。


「失恋した女の子が、髪を切るのってどうしてだと思う?」


命ちゃんが失恋したわけではないけれど、ハサミを止めて吐き出した言葉に、目の前の丸い目が、もっと丸く見開かれる。

閉じた方が良いよ、というボクの言葉に素直に従った命ちゃんは、静かに目を伏せた。

睫毛が小刻みに揺れている。


目を閉じたまま「分からないよ」と言う言葉に、するりと髪先へ指先を移動させた。

吹っ切れたいのかなぁ、独り言のような呟き。

ハサミを持っている方の指先を大きく開き、ハサミの刃の部分を大きく開く。


「何かねぇ、例えその恋が終わっても想いは残っちゃうんだって。この、毛先に」


大きく開いた刃を大きく閉じる。

持ち上げた前髪の下には、色素の薄い黄色混じりの茶色い目が、こぼれ落ちそうなくらいに見開かれていた。

ジョキンッ、潔い音と共に、パラパラと落ちていく髪の毛。


「……え?」


命ちゃんの指先が、切り揃えられた前髪に伸びる。

前髪と瞳の間、二重の線の丁度上くらいに切り揃えた前髪は、今度はアシンメトリーじゃない。

と言っても、今回は前髪だけじゃなく、後ろ髪も切るつもりなので、問題はここからだったりする。


「うん。切るの上手くなったみたいだから、このまま後ろもいっちゃうね」


困惑したように、瞳を揺らしている命ちゃんに薄く笑い掛け、横髪を撫でる。

前からでは切れないので、後ろに回れば、細い肩が小さく跳ねた。


長くて重い後ろ髪を持ち上げて、背中の中央辺りで一度、真横に切る。

ばさり、重たい音が響く。

足元には長い赤い髪が広がっていた。


シャキシャキ、無言で切り揃えていく。

落ちていく髪の量は増えるけれど、命ちゃんの髪の長さはそれに比例して短くなる。

ずっと長かった髪をここまで短くするのは、いつぶりだろうか。

きっと幼少期ぶり。


シャキシャキ、シャキシャキ、シャキシャキ、十数分後には頭が軽いと笑う命ちゃんがいる。

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