髪を切るだけの話
「命ちゃん、髪切るの?」
真っ赤な髪を掬い上げるように触れれば、丸い目がこちらに向けられた。
その手には美容室にあるような、髪型カタログが開かれており、ショートカットメインのページだ。
腰よりも下に伸ばされたその髪を、ばっさりと肩口辺りまでにしてしまうのだろうか。
サラサラと指通りを確かめながら、自然と眉が寄せられるのを感じる。
それを見た命ちゃんは、困ったように笑う。
似合わないかな、その言葉に、ほぼ反射で首を横に振っていた。
「……ボクが切ろうか」
学生時代にクラスメイトの前髪を切ったことがある。
結果を言えば、決して綺麗に切れたわけではなく、寧ろアシンメトリーになった。
眉スレスレの長さでアシンメトリーで、鏡を持たせた後に頭を下げたのは今でも鮮明に思い出せる。
勿論それは、学生時代を共に過ごした命ちゃんも知っていることで、ほんの少し目を逸らした。
迷うように、視線を右へ左へ。
「それじゃあ、お願いしようかな」最後には、そう言って笑った。
***
「……伸びたね」
目に掛かるくらいの長さになった前髪を持ち上げて言えば、そうかも、と笑い混じりに返ってきた。
カットバサミを近付けて、止める。
「失恋した女の子が、髪を切るのってどうしてだと思う?」
命ちゃんが失恋したわけではないけれど、ハサミを止めて吐き出した言葉に、目の前の丸い目が、もっと丸く見開かれる。
閉じた方が良いよ、というボクの言葉に素直に従った命ちゃんは、静かに目を伏せた。
睫毛が小刻みに揺れている。
目を閉じたまま「分からないよ」と言う言葉に、するりと髪先へ指先を移動させた。
吹っ切れたいのかなぁ、独り言のような呟き。
ハサミを持っている方の指先を大きく開き、ハサミの刃の部分を大きく開く。
「何かねぇ、例えその恋が終わっても想いは残っちゃうんだって。この、毛先に」
大きく開いた刃を大きく閉じる。
持ち上げた前髪の下には、色素の薄い黄色混じりの茶色い目が、こぼれ落ちそうなくらいに見開かれていた。
ジョキンッ、潔い音と共に、パラパラと落ちていく髪の毛。
「……え?」
命ちゃんの指先が、切り揃えられた前髪に伸びる。
前髪と瞳の間、二重の線の丁度上くらいに切り揃えた前髪は、今度はアシンメトリーじゃない。
と言っても、今回は前髪だけじゃなく、後ろ髪も切るつもりなので、問題はここからだったりする。
「うん。切るの上手くなったみたいだから、このまま後ろもいっちゃうね」
困惑したように、瞳を揺らしている命ちゃんに薄く笑い掛け、横髪を撫でる。
前からでは切れないので、後ろに回れば、細い肩が小さく跳ねた。
長くて重い後ろ髪を持ち上げて、背中の中央辺りで一度、真横に切る。
ばさり、重たい音が響く。
足元には長い赤い髪が広がっていた。
シャキシャキ、無言で切り揃えていく。
落ちていく髪の量は増えるけれど、命ちゃんの髪の長さはそれに比例して短くなる。
ずっと長かった髪をここまで短くするのは、いつぶりだろうか。
きっと幼少期ぶり。
シャキシャキ、シャキシャキ、シャキシャキ、十数分後には頭が軽いと笑う命ちゃんがいる。