一人っきりの僕
僕はパソコンが得意だ。
どの程度得意かというと、富士山まで十分で駆け上がる登山家並みの速さで文字を打ち、資格という資格は有名どころを網羅し、それら全てを満点で取得するほどだ。
正直、僕以上にパソコンができる人間と、今まで出会ったことがない。
「ほんと人生って退屈だな」
そう呟いてみた。そうすることで僕以上の存在に出会えるのではないかと期待しながら。まぁ、それで出会える確立は天文学的数値になるだろうけど。
そんなことを頭に浮かべながら、僕はパソコンをいじる。
ちなみに今行っているのは、木星に辿り着くには、どの程度の時間と質量と金銭が必要なのか、という何の面白味もない大人の計算だ。僕がこの計算をすることで、現実的に実現するまでの時間を五年くらい縮めるというのだから、ほんと大人ってのは頭の緩い連中だなって思う。
「馬鹿みたい」
また呟いてみた。何も変わらないのは解りきってるのに呟いてしまう。どうしてだろう。
「そんなこと言っちゃだめだよ!」
と、目の前で誰かが言った。いや、目の前ではなく、視線を四十五度程度下げたところに。
女の子だった。小さな女の子。僕が百四十センチだから、この子は百二十センチかはたまた百センチ未満という可能性すらあるほど小さい女の子が、これでもかって程度にふんぞり返っていた。
「え、なにが」
「なにがじゃないよ! 人生が退屈とか馬鹿とか、そんな言葉、口にしちゃいけないんですよ! 年上のくせにそんなこともわからないのですかお兄ちゃんは!」
ふんぞり返りまくった少女にそんなことを言われた。え、もしかして僕は説教されてるのか? こんな女の子に? まさか…あり得ない。
「あ、あのさ、君、見知らぬ人に対してその口の聞き方はよくないと思うんだよね。僕ってほら、一応年上だし」
「そんなこと関係ありません!」
あぁ、この子はどれだけふんぞり返れば気が済むんだ。退屈だった状況から一変、非常に面倒な事態へと発展した現状況に、頭を抱えた。
「あのさ、どこから来たか知らないけど、ここは関係者以外立ち入り禁止だよ。わかってるの? 君のことがばれたらご両親にとても迷惑がかかるよ?」
「うっ……それは困りますぅ」
少し怯んだその仕草は、年相応のあどけなさを持ち合わせている。
「奈美は、お母さんがここに居るっていうからやってきたのに…お母さんにお伝えしなきゃいけないことがあるから、ダメって言われてるお母さんがいる会社にきただけなのに。お母さんがどこにいるかわかんないし、誰も教えてくれそうにないし…」
そう呟き小さくなってしまった。心なしか「はやくお母さんを連れてこい」と遠回しに伝わってきたのは気のせいだろうか。
「はぁ…わかったよ。君のお母さんの名前は?」
「みきしずく」
三木さんの娘さんか。あーでもあの人はたしか…。それに今は手が離せないんだっけ。はぁ…とことんめんどくさいなほんと。
「お母さんは今来られないから、僕が代わりに要件を聞いておくよ。後でお母さんに伝えるから」
女の子は、残念そうな、仕方ないかという表情をして、一言「わかった」と頷いた。
「お母さん、奈美はお父さんのとこに行ってもいつでも会いにくるからね! ぜったいぜぇぇぇったい! 来るからね! と伝えてほしいの!」
この娘は、たったそれだけ伝える為にここまで来たのかと、逆に驚愕してしまった。僕は物心ついたときから研究室で衣食住を送っていたから家族というものをほとんど知らないし、全くと言っていいほど『親』という存在を認知していない。いや、むしろを認めてないとすら言っても過言ではないかもしれない。
だから僕はこう言ってやった。
「あーはいはい覚えていたらね」
その後、僕はいつものように社会の発展という名のパソコンいじりの日々に戻った。
ある日、
たまたま僕の部屋(パソコンいじりの為用意された場所)に三木さんが資料を持ってきた時があった。なんとなーく忘れていたことがあったように頭を整理すると「あーそういえば」と頭の隅にあったかけらが出てきたのでなんとか引っ張り出し、めんどいくさいながらにも『娘からの伝言』を大まかに概要だけ伝えてやった。
「そう、あの子がここへ来たのね」
そう口ずさみ、彼女は一粒の涙を流した。僕にはその涙の意図が正直あまり理解できなかったが、間違いなく言えることは、この話を伝えてほんとうによかったこと、そして家族の絆というのは僕の考えるような化学でも計算でも表すことのできないものだということだと。うまくは説明できないけど、そうだな
とても温かいものであり、心に響くという字の如く感情なのだろう。
「家族ってのも悪くないかもな」と、僕は思わずつぶやいた。
「あぁもう! 仕方ないなぁ」
後日、僕は両親に会いに行って、心穏やかな感情に浸る事になるのは言うまでもない。