名前がない
緊張に包まれた教室。机に伏せている人もいれば、手を組んで、何かを祈っているような体制の人もいる。多分、事情を知らない人が入ってきたら、卒業を目前に控えている生徒たちなんてことは、思いもしないと思う。
そんな中で、2人。全く緊張していない人物がいた。
一方は諦めたように。もう一方は自信の表れなのか、余裕の笑みを浮かべている。
ガラリと音を立てて、教室のドアが開く。
「さてみなさん。卒業おめでとう。君たちは魔法使いとしての第一歩を踏み出した。私は驚いたよ。全員卒業できたとは」
最後の言葉を聞いて、2人のうち1人の表情が明るくなった。
「けれども、それは始まりに過ぎない。けれども、終りといっても過言ではないだろう。これから師弟関係を築くための資料を配る。あとは各自、魔法使いが個人に送ってきた資料を見て、『師匠を選んで』これからの道を進んでくれ。……まあ、最もカルトのように一人しか来ていないものもいるがな」
カルトと呼ばれた少年が、ばつが悪そうな表情になる中、周りの生徒は馬鹿にしたような笑いを漏らした。
「さて。とりあえず裏にして列ごとに回すぞ。上からとっていくように。決して他のを見ないように」
そう警告して、先生は資料を配り始めた。
「複数来てるやつのは留まってるから気を付けろよ」
……先生、何も俺のこと晒さなくていいでしょう。なんて思わないけどね。
その表情からは、もう慣れた。といったようなあきらめも感じてとれる。
内心、ため息をつきながら、自分の分をとって後ろに回す。
自分の分の紙を表に返さずまじまじと見やる。ものすごく不思議そうに、そして警戒しているかのように。なぜなら、カルトは、先生に言われる前までは、自分が卒業できるなんて思ってもみなかった。
今の魔法時代にとって、一番わかりやすい『魔法使いとしての功績』としては、いかに優秀な弟子を育てるか。それ以外で言うならといわれると、特にない。今の時代、魔法なんてものは物珍しくない。つまりは、研究されつくしている。残っているものといえば、まだない魔法を探すことだが、これに関しては、「燃費が悪くすごく遅い車」のような、今あるものを使った方がはるかに扱いやすいものばかりが出てきて、もはや研究が打ち止めされているレベル。そんなことをしても功績とは言えないだろう。あとは儀式の簡略化などだが、大体のものがリスクに対して名誉がない。というものばかりなのだ。
だから意外だった。魔法学の成績なんて下の中がいいとこの僕に、たった一人でも募集が来るなんて。
まあ、ふたを開けてみたら、儀式の簡略化とかしてる変わり者か、あとはイチから教えたいとかいう変わり者か。どちらにせよ変わり者なことに変わりはない。
なんだか警戒している自分が馬鹿らしくなり、紙をめくった。
いざとなれば、この募集を蹴って留年することもできるのだ。弟子入りする側にも蹴る権利がある。故の「募集」なのだと、自分を言い聞かせて紙に目を落とす。
「お前はどうだったんだよ。優秀なカルトさん」
嫌な奴が来た。先生がいつの間にかいなくなったことにより、周りでは見せ合いが始まっていた。
カルトの近くに来たのは、さっきの自信があったであろうもう一人だ。
「優秀じゃないって、最初から言ってるだろ。ただ氷魔法が使えるからって――」
「氷魔法しか使えないんだろ」
……そう。そもそも俺がこんな奴に絡まれるのも、元々は先生の勘違いなのだ。
「知ってるならなんだよ。卒業試験の結果お前見てたろ。最後の自由アピール意外全滅だったの見てたろ」
「だから気になるんじゃないか。誰がそんな奴を弟子に誘うのか」
グルマの話はもっともだ。最初からそういうつもりで来たのは知ってるし、見て馬鹿にしようとしているのも知ってる。
「後にしてくれ。まだ読み終わってないんだ」
「ぶはっ! まだ速読の魔法も使えないのか」
笑いながら馬鹿にしてきた。ちなみに、速読の魔法と呼ばれているのは身体強化魔法の一部である。
「まだ読もうともしてな――」
「じゃあ俺が先に読むわ」
するんと、俺の机の上から紙を奪っていく。
「代わりにこれ見せてやるよ。5番目見てみろよ。驚くぜ」
舌打ちをしながら、指定通り5番目までめくってみてやる。
「……おまえこれ伯爵のジョセフって――」
伯爵といえば、僕らが資格を取るまでは「見習い」で、試験に受かれば「魔法使い」そしてそれのもう一つ上。このレベルになると、名誉を持ち合わせている人間が少なくはない。否、かなり多く、5~6割程度の人間は名が知れている。それのジョセフといえば、知らない人は少ないレベルだ。
さすがというしかない。性格に難はあるものの、魔法学はこの学校始まって以来の天才と言われるだけある。
そして、あくまでジョセフさんが持っているのは、魔法使いの功績ではあるが、一般よりのものばかりというのもある。そういう意味あっての、今回の募集なのだろう。
「……どうしたんだよ黙って」
いぶかしげに俺の紙を見てばかりのグルマがようやく口を開いた。
「お前、これ名前も階級も書かれてないんだけど。いたずらでもされたか?」
「いたずらってなんだよ……そろそろ返して――あれ。ほんとだ」
一通り見ていくと、待ち合わせ日時のところに『学校の裏庭。当日』と書かれているだけだった。
「つまらな。わかりにくいことしやがって。テンション下がった。じゃあな」
そう告げると、勝手に押し付けた自分のものを勝手に取っていった。
備考のところも空欄ときて、記入されてるのはほんとに待ち合わせ日時のみだった。
一人だけ留年。そんなことになってしまっているから、先生が気を効かせ、書いてくれたのだろうか。などと思考を巡らす。
「……まあ、行けばわかる話……か?」
腑に落ちないも、席を立って、カルトは裏庭に向かった。
何がシークレットなんでしょうね。
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