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付喪憑く者  作者: 九木圭人
第一章
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初陣

【警告】本編に登場する武器等に関しては誇張表現が含まれます。実際に使用した場合、使用者及び他者の生命、健康、財産等に著しい損害をもたらす恐れがあります。

また、これらを製造、所有及び使用した場合、刑法犯として処罰される可能性があります。絶対に真似しないでください。


以上の警告を無視した場合に発生するあらゆる損害については、その責任を負いかねますのでご了承ください。


 「行くぜっ!」

 脳筋が威勢よく構えをとる。空手の様な構え方だ、経験者だろうか。

 一歩近づいてみる。脳筋も近づく。

 もう一歩。脳筋も一歩。

 

 更にもう一歩…と見せかけて右手のパチンコ玉を投げつける。狙うは脳筋の顔面。

 「くっ!?」

 首で躱したようだが、俺の目的は果たされた。

 「おらッ!」

 つまり、踏み込む隙は生まれた。

 大きく一歩踏み込み、顔面を狙って殴りつける。無論、ミルウォール・ブリックを使って。

 恐らく空手の経験者だけあって流石に躱されるが、間髪入れず今度は左を鏡写しの軌道で叩き込む。


 「ちいっ!」

 「ぐっ!?」

 突きだした左腕を掴まれた。それを感じた瞬間に左肋骨が悲鳴を上げた。

 腕を掴まれると同時に回し蹴りが叩き込まれていた事を、戻っていく奴の足を見てようやく悟った。


 そしてずれた視点を戻す間もなく、左頬へ雷が落ちる。

 「ぶふっ!」

 右の頬を打たれたら左の頬を出せなどという言葉を信じている奴は、一度こいつに頬を思い切り打たれたらいい。もう片方差し出す暇なんてなく、吹っ飛ばされて無様に尻餅をつくという事が身を持ってよく分かるだろう。


 「へっ!ざまあねえぜ、卑怯者!」

 口の中に鉄を舐めたような味が広がっていく。幸いそれだけで、何かが動いている感じは無い。歯は無事だったようだ。

 転がって距離を取り、その勢いを使ってすぐ立ち上がる。踏みつけられてはたまらない。

 「空手……か」

 「どうだッ!宮ノ島流喧嘩空手だ!覚えとけ!」

 ご紹介どうも。

 口の端から流れ出す血を右手でごしごしこすり、殴られた拍子に彼方へ落ちたミルウォール・ブリックの代わりに密かに襟元から丸めた凧糸を引き抜く。

 俺が再び構えようとするより早く、脳筋が飛び込んでくる。

 「くうっ!」

 両腕で防御を試みるが、それをすり抜けるように正拳突きが顔面へ吸い込まれる。命中と言うより着弾と呼んだ方が近い、至近距離で飛び道具をぶっ放すような凄まじいスピードだ。

 本日二度目のスローモーション。差し出さなくても左の頬へ。

 「がっ!?」

 糞、すごい痛い。流石は空手家だ。殴りあいでは敵わない。


 だから、殴りあいはしない。

 「……かかった」

 血を吹きながら笑う。左手で頬に突き刺さっている脳筋の右手首を掴む。

 咄嗟に腕を引こうとするがもう遅い。相手を殴るという事は、相手に触れるという事だ。相手に触れるという事は、相手からも触れられているという事だ。


 左斜め前に一歩前進。そのままラリアットの様に右腕をぶつけに行く。左手と右手の間には凧糸が一本の線になっている。頭を下げたところで右腕は頭上を通り過ぎるが、凧糸はそうもいかない。少しだけ弛ませたそれが首に引っかかり、そのまま首をぐるりと一周する。


 「か……っ!?」

 「寝ろ」

 右足を少し前に出しながら、脳筋を担ぎ上げる。

 「か……、こ……!」

 バタバタと暴れる感覚が背中越しに伝わってくる。

 「そう暴れるなよ。もうすぐだ。すぐ終わる」

 経験上、空手家と戦う場合、というか格闘技経験者を相手にする場合、これが最高にして唯一の手だ。

 相手と対等に殴る蹴るで渡り合うのは不可能だ。もし戒の様に刀を持っているなら、それを使ってバッサリやるべきだと思う。

 同様に、もし拳銃があるなら、ショットガンやマシンガンがあるなら、当然使うべきだ。

 要するに、厄介な奴を敵に回したら武器の使用を躊躇ってはならない。卑怯と思うかもしれないが、そもそも気に入らない奴をぶん殴って黙らせるという行為自体が卑怯なのだから何も気にすることは無い。


 毒を以て毒を制す。卑怯な相手にはより卑怯な手を。

 だが勿論法律があるので刀や銃を持ち歩く訳にはいかない。となれば何を使うのか、おのずと答えは出てくる。

 法律上持ち歩いているだけでは捕まらず、かつすぐに武器として使用できるもの。要するに今俺が使っているような物だ。


 どんな格闘家でも――いや、プロは知らないが、少なくともその辺のアマチュアならば想定外の攻撃には弱い。

 「く……っ、ぁ……」


 背中でバタバタしている脳筋のように。

 「ぐ……っ、お、お……」


 その想定外をついて、一気に攻め落とすのが俺のやり方だ。

 「ぐおおおあああっ!」

 

 ……嘘だろ?

 凧糸は見た目より遥かに強い。今回使ったのは投げ売りされていた安物だが、それでも90kgまで耐える事が出来る。

 それを、引きちぎりやがった。

 脳筋は格闘家としては小柄だ。162かそこらの戒よりぱっと見て分かるほど小さいのだから多分160cmもないだろう。吊ってみた感じでは体重も50kg程度といった所だ。

 切れるはずがない。本来ならば。だが、はずがなくても現実にそうなった。


 そうか、忘れていた。これが付喪憑きの力か。


 「がはっ!?」

 着地した脳筋が振り返りながら俺の肩を掴んで正面に向き合い、俺の腹に杭を打たれたように膝が突き刺さる。

 「ぐっ!?」

 更にもう一発。

 完全に体を「く」の字に折り、十分下がった俺の顎をアッパーが捉える。

 再び無様にすっころぶ。

 

 「げほっ……、どうだっ!」

 脳筋が吠えるのを、流星群みたいに動き回る夜空を見上げながら聞いていた。

 このまま寝ていたい。だが、喧嘩ばかりしていた体がそれを許さない。

 反射的に起き上がると、少しでも回復を早めようとして悪い意味でよく回っている頭を左右に振る。

 効果が出る前に脳筋の膝が頬を捉えた。こんなに痛けりゃキリストだってガードを高く上げて顔を守ろうとするだろう。

 俺はもう声も上げずに三度倒れた。


 「これで終わりだぜ卑怯者!」

 脳筋が馬乗りになって喚きながら拳を振り下ろしてくる。自分の勝利は揺るがぬ事を確認するように、辛うじて防御している俺を容赦なく殴りつける。

 (参ったよ。すごいよお前。大したもんだ)

 口には出さないが、俺は心の中で彼を褒め称えていた。俺より小柄で、格闘家としてはリーチも体重も足りないであろう彼が、体格で上回る俺を、172cm、70kgの俺をここまで圧倒できる。もし彼と俺とが同じ体格だったら、俺はとっくに失神しているだろう。


 (宮ノ島流喧嘩空手とやらの実力……か)

 体格の割に重いパンチが、防御をすり抜けて叩き込まれる。痛い。いや、痛いなんてもんじゃない。一撃で生きていることが嫌になる。

 もはや勝負はついた。


 だから、勝てる。


 更に一発が顔面にヒットする。殴るのに夢中なのか、防御していた腕が一本であることに気付いた様子はない。

 圧倒的優勢だ。無理もない。


 だから、俺の勝ちだ。


 (いいパンチだよ、喧嘩素人ッ!)

 奴の動きが止まる。

 奴の左脇腹から手を離す。そこにはしっかりと、俺の万年筆が半分ぐらいの長さで生えている。

 マウントポジションを返すのに格闘技の経験は必ずしも必須ではない。それよりむしろ、鋭利な刃物なんかがあるといい。もしくは今回のような万年筆とか。


 「て……っ、てめっ……ぐっ!?」

 脇腹を押さえたまま腰を浮かび上がらせていたので、足を奴の股から引き抜いて下腹部を蹴り、マウントから脱出する。

 「しゃあああああっ!」

 己を奮い立たせるように気勢を上げて起き上がり、それと同時にベルトのバックルに手を伸ばす。さあ反撃だ。


 「うおお!」

 痛む口から血の味がする咆哮を上げ、俺は奴に体当たりするように突っ込む。

 バックルからは厚みが少し失われ、代わりに俺の手には細く鋭利な刃が握られている。

 「おらあっ!」

 「ッ!?」

 スナップを効かせた裏拳で、奴の瞼を斬った。

 そのまま押し倒し、今度は俺がマウントを取る。

 「とでも思ったか?」

 あんな反撃法を自分でやっておいて、そんな真似はしない。相手と同じ土俵で戦わないのは、格闘家を相手にする鉄則だ。

 「へへへ……御開帳ってな!」

 マウント対策として立ててきた両膝を無理矢理押し開け、その言葉を吐き終わると同時に、奴の一物を踏みつけた。


 「ッッッ!」

 股間を押さえ、胎児のような格好でのたうつ脳筋。二発目、三発目を胴体にしたのは、俺に残った最後の良心からだ。

 四発目、五発目、六発目、七発目、八発目……動かなくなるまで何度も踏みつけた。股間以外の全てを。

 動かなくなったことを確認するため、最後の一発を左手の指先に落とす。指がひしゃげるが反応はない。気絶したか。……死んではいない、多分。


 「悪いな、だが喧嘩ってのは汚いもんだ」

 大の字に伸びている脳筋にそう吐き捨てる。喧嘩空手使いにこんな事を言うのはおかしな気もするが。

 恐らくだが、こいつは喧嘩というものをあまりやったことがないか、或いは宮ノ島流喧嘩空手とやらが優秀すぎるのだろう。

 暗器の使用に対して「卑怯者」と罵っていたが、友情が芽生える前提で夕日をバックに殴りあうだけが喧嘩ではない。こういう卑怯姑息が常套手段であって、文句があるなら勝ってみろというだけの話だ。

 邪道だという事は認めるが俺の知っている喧嘩とは詰まるところ、そういうものだ。


 「討ち取ったり!ってか」

 勝利を確信して駐車場の方に目を移すと、丁度大男と目があった。

 「なっ……、京也ッ!」

 信じられない、と言った感じで大男が叫ぶ。伸された相方が転がっているのを見てしまったのだ。無理もない。


 だが、目の前の相手から目を離すのは失策中の失策だ。

 戒が一歩、滑るように大男の間合いに踏み込む。

 「く……っ、うおおおおっ」

 明らかに狼狽えながら一歩大きく右足を引くと、両手の中で棒を回転させ、すぐに下がった右足で踏み込みながら戒の脳天めがけて振り下ろす。


 「あっ」

 声が出た時には終わっていた。

 大男が棒を振り下ろすのと同時に戒も振り下ろす。素人目に見れば同時に動きだし、全く同じ速度であったように見えた。

 相打ち、その言葉が脳裏に浮かぶより早くけりがついた。


 戒の脳天に向かった筈の棒は何故か軌道が逸れて左肩を僅かにかすめ、反対に戒の刃は大男の額にその刀身を完全にめり込ませていた。


 これが、俺の口が音の形に開き、肺から送り出した空気が音になるまでの間の出来事だ。

 刃が頭から外れて上段に振りかぶり、大男が膝をつき、俯せにゆっくりと崩れ落ちていく。

 中途半端な高さで止まっていた棒がからりと音を立てて転がった。

 面あり。勝負あり。

 逃走劇はこれにて終了だ。


 「やったな。か――」

 戒。と呼ぼうとして、俺は息をのんだ。

 戒は上段に振り上げていた刀をゆっくりと降ろすと、そのまま血振りを一回してこちらに振り返る。浅黄色の着物は、返り血を浴びて斑に黒く光っている。

 夜風が静かに吹き抜け、戒の背中の辺りまである癖のない黒髪が緩やかになびく。

 その姿があまりにも様になっていて、下腹部に冷たいものが差し込まれたようなぞくりとくる美しさがあった。

 左手だけで器用に胴の下から懐紙を取出して刀身の血を拭う。ただそれだけの動作が、釘付けになるほど美しい。

 神秘的とはこういうものを指す言葉なのか。

 剣士とは、こういう者なのか。

 凛としているというのは、こういう事なのか。


 「終わったな」

 誰に言うでもなくそう呟き、俺の顔を見る。そこで初めて、月明かりによって俺の顔を見たようだった。

 「兵衛ッ!、怪我したのか!?大丈夫か?痛くないか?」

 「えっ?あ……」

 駆け寄ってきた戒を見て、初めてその言葉が俺に向けられていたことに気付いた。

 おかしな話かもしれないが、他の何も見えないほど見とれていたのに、その言葉に気付いた時には彼女は俺の目の前まで来ていて、心配そうにその左手が顔を撫でていた。

 「血が出てる……傷は深いのか!?」

 「あ……、いや、だ、大丈夫だ。大した怪我じゃない」

 少し強がった。

 俺も男だ。喧嘩の傷を心配されて痛いとはなかなか言えない。たとえ実際には未だに痛みが残っているとしても。

 まあ、これぐらいの怪我は経験上大して深くないし、傷の治りが早くなるらしい付喪憑きならば、すぐに治るだろう。

 「そうか?なら、良いんだが……」

 そう言ってため息を一つ。その表情はさっきまでの怪しい魅力を備えた女剣士ではなく、腕白な弟を心配する姉のように見える。いや、姉いないから想像だけど。

 

 「なら、済まないが少し手伝ってくれ」

 そう言って右手に持っていた刀を土が露出したアスファルトの割れ目につきたてる。

 心なしか恥ずかしそうに目を伏せている。

 「なんだ?」

 「その、恥ずかしい話なんだが……、この手を刀から剥がしてくれないか。左手は自力でとれたんだが、右手が強張って離れないんだ」

 何を言っているのかよく分からなかった。右手って、恐らく刀を持っている戒の右手の事だろう。多分。それなら自分で離せばいい筈だ。

 「離れないって、まさかお前こそ」

 どっかやられたのかと尋ねる前に戒は首を横に振った。

 「違うんだ。ただその、緊張して……、手がいう事を聞かないんだ。……仕方ないだろ、真剣で斬ったのは初めてなんだ。……あいつ強かったし、怖かったし……」

 手がいう事を~の辺りから声が小さくなっていき、最後の方は辛うじて聞き取れるレベルだった。だが大事なことはその蚊の鳴くような声の方にある。


 真剣で斬ったのは初めて。大事なのはここだ。

 真剣で斬った。つまりこういう事だ。相手を殺すつもりで戦いその通りにした。


  (糞ッ、いつまでも痛がってんじゃねえよ根性無しが!)

 俺は咄嗟に自分が情けなくなった。

 痛みを感じるのは仕方がない事だとはいえ、その体に妙な苛立ちを覚えていた。

 いや、それだけじゃない。俺は目の前の相棒に大きな劣等感を覚えていた。

 俺はさっき、倒れて動かなくなった相手の指を踏み折った。

 相手が死んだふりをしていないか確認するためだったが、それをしながらどこかで相手が生きていることを願っていた。死んだら魂が取れなくなると思ったから?それは言い訳だ。本当は違う。

 俺は相手を殺すことを恐れていた。何とも半端な話だが、あんな覚悟を決めながら、あれだけやっておきながら殺しが怖いのだ。


 だから、戒に対して劣等感がある。

 人を殺すかもしれない己の性を知りながら、そしてそれを嫌いながら、必要とあれば戦う恐怖を感じながらでも相手を斬れるその強さに嫉妬している。

 

 「あいつ……、死んだのか?」

 「いや、深手を負って封印されただけだ。付喪はあの程度じゃ死なない」

 親指を引き剥がしつつ尋ねた答えに、だから俺は勢いだった。あの程度で付喪は死なないというのなら、殺すまでやるだけ。

 これから付喪の相棒として、付喪憑きとしてやっていくなら、付喪の足手まといになってはならない。 そのためには、敵へのとどめ位させなくてはいけない。


 「なら始末する。どうすれば殺せる?」

 言いながら人差し指を剥がす。

 強張って離れないというのは本当らしく、サウナでも入ったのかと思う程ぐっしょりと汗をかいている戒の指はギィギィと音が聞こえそうなぐらい硬くなっている。

 「いや、その必要はないよ」

 「何故?封印というのはそんなに強いのか?」

 いかれているが、俺は何とかして殺しの許可を得ようとした。

 別に殺したい訳じゃない。ただ、戒の役に立ちたい。危険は完全に排除するべきだ。

 いや、それも違う。俺は戒に追い付きたかった。この劣等感を解消したかった。そのために殺しとは、我ながら改めて屑だ。

 それを知ってか知らずか、戒はその必要はないという。


 「大した封印じゃない。おそらくあの傷なら三か月もすればまた復活するだろう」

 「その後また追ってくるかもしれないだろ」

 「まあ、そうだな。だけど……」

 中指を剥がす。

 俺の考えが正しければ、戒は相手を斬ったとはいえ、殺しには抵抗がある。それならそれでいい。殺すのが嫌ならば、それを俺がやる。

 戒が出来ないと言うならば、俺がやる。そうしないと俺は完全にこいつにとってお荷物になる気がしてならなかった。


 戒は一人でも戦える。移動さえできれば。

 対する俺はどうだ?戒を移動させる以外に何ができる?

 戦えるか?あの大男相手に一人で。戦えるか?生きるために傷つけるという性と。

 どちらも心許ないならば、ならばせめて、俺の出来る範囲で最大限、戒の、状況的に仕方なかったとはいえ俺と組んでくれた相棒の助けになりたい。


 だから殺る。

 劣等感からくる下衆な殺し。それでいい。それがこいつの役に立つなら、こいつの為になるなら、俺は何だってしよう。

 戒の為に、その言葉を隠れ蓑にしていると言われても否定はしない。それが実益を伴っていれば問題ない筈だ。


 だが、戒の言葉は彼女がそんなものとは無関係の世界にいることを教えてくれた。

 「もうこいつらに戦う力はないだろ」


 その言葉に俺は薬指を持ったまま呆気にとられた。

 「私達が戦った理由は、追っ手をまく事と、兵衛が魂を食う事だろ?両方成し遂げられる今ならもうこれ以上無益な殺生はしたくない。相手を殺す必要は無いんだ」

 模範的というかなんというか、俺なら絶対に思いつかない答えだ。考え方の違いというより異文化コミュニケーションと言った方が近いぐらい異質な考えだ。

 

 「いや、でもさ、あいつ復活したらまた襲ってくるんじゃないのか?なら今のうちに――」

 殺してしまえ。俺が殺す。

 「兵衛……、気持ちは分からないじゃないし、そう考えるのももっともだ。でも、あいつは昨日真逆の状況で私を殺さなかった。付喪同士の戦いとはそういうものなんだ。だから私は今こうしていられる。そんな相手を私は殺せないし、そんな事で兵衛に手を汚して欲しくない」

 それを聞きながら俺はきっとひどい間抜け面を晒していたのだろう。ぽかん、と口を開けて意味が分からないと書かれているような表情で、だ。


 どんな表情をしていいのか分からない。

 怒ってみるか?いや、筋違いだろう。

 泣いてみるか?いや、意味が分からん。

 疑ってみるか?いや、仮に今の言葉が嘘だとしても、そんな嘘をつくメリットが分からない。


 「フフッ、フフフッ、アハハハハハハ!」

 俺は笑う事にした。多分これが一番いい。

 誰が言ったのか忘れたが、負けた時には堂々とそれを認める方が良いらしい。今まで嘘だと思っていたが、何だ、意外といい気分じゃないか。

(つづく)


ほぼ全編戦闘かと思ったらそうでもなかった。

次話は8/10(水)までに投稿予定です。

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