脅威が生まれた日
「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとう。もう、大丈夫だ」
そう言いながらもその顔には生気がなく、本当にただ喋れるようになっただけという状態だ。
「とりあえず何がどうなっているのか教えてくれ」
女の回復を待つ間に考えていた質問をぶつけてみる。
「どこから……そうだな」
少し考えるように女はぶつぶつ言っていたが、どうやらまとまったらしい。
「まずあの大男も、私と同じ付喪だ。ただし私とあいつは派閥が違う。あいつらは『進歩派』とか名乗っていた」
「『進歩派』?」
「ああ。正確には進歩派の中でも特に過激な連中。自分たちの意にそぐわない相手にはさっきのような襲撃すら行う過激派だ」
そこで一度話を止め、ゆっくりと深呼吸する女。
「ふぅ……さて、そもそも進歩派、あー、まず付喪というのは、人の魂を食らうというのは前に話しただろ?」
俺が頷くのを確認して話が再開する。
「そのためにはさっきの男にそうしたみたいに人を襲わなければならないが、進歩派はそれを野蛮な行為と見なして、そういった付喪を敵視している」
「え?でもそれは」
おかしくないか?進歩派も付喪なら魂を食らう筈だろ?
俺のその疑問こそ女の意図していたものらしい。
「そうだ。進歩派の連中も付喪である以上魂を食らう。だから連中は人間を襲った付喪やその協力者を襲ってその魂を奪う。もし人を襲う場合は『悪人だけを食らう』として人間の世界に介入していく」
ちょっと待て、言っていることが無茶苦茶だ。
魚を釣って食べるのは生き物を殺しているから、魚を釣った人間を食うと言っているようなものだろう。
というか付喪同士でって、それを人間に当てはめると……いや、よそう。
「連中に言わせれば、私たち普通の付喪は『無思慮に命の選別をしている』んだそうだ。……好き勝手な判断で『悪人』を生み出して襲う相手を選ぶことは命の選別に当たらないらしい」
「命の選別って、付喪に魂を食われても死なないんだろ?」
ただ単に、本当にただ単に気になったから投げかけた疑問だった。
だから女が急に沈痛な面持ちになった瞬間、俺は何か触れてはいけないものに触れてしまったような気がした。
「……確かにそれが直接の死因にはならないさ。だが、一部とはいえ記憶を失い、ひどいうつ状態になった人間が回復するまで自殺しない可能性がどれだけあると思う?」
「あっ」
女は消えそうな声で言う。
「私だって分かっている。魂を奪うのは結果的に相手を殺す可能性があるって。でもやらないと私達は飢えて死ぬ。人間だって何も食べなければ死ぬだろ?でも、食べれば動物や植物を殺すことになる」
俺は自分がひどく迂闊な判断をしたように思えた。
もし牛や豚が人間のような姿をしていて言葉を喋ったら、それを殺して食う事への抵抗は想像できないほどに強いだろう。
しかしこの女はそうしないと生きられない。だから殺していないと言う。たとえそれが現実とずれているとしても。
「その、なんだ……ごめん」
思わず謝った。
「気にしてないよ。でも、ありがとう」
女はそう言って心なしか少し寂しそうに笑った。
「あー、話がそれたな。あいつらはどうやら私があそこに封印されていることを知って見張っていたらしい。それで荒覇吐が抜かれたことで封印が解けた危険な危険な命の選別者を襲撃したって所だろう」
うん?荒覇吐を抜いたことで封印が解けた?
「じゃあ、あいつらが来た理由って……」
「あっ。きっ、気にするな。どうせ封印は弱まっていたんだしいずれ解けたさ。そこにお前がたまたま居合わせただけだ」
「いや、でもさ」
「それにだ。お前が来てくれた時私は正直嬉しかったんだぞ。十年前の約束を律儀に守ってくれたんだからな。……あんな寂しさまぎれに言った冗談を覚えていてくれたなんて」
それについても詫びなければならない。
何しろ、その約束自体忘れていたのだから。
俺のそんな思いは表情に出ていたのだろう。女は俺の顔を見てから少し困ったような表情を見せ、それらを打ち消すように言った。
「とにかくだっ!私はお前を見逃すことに決めた!だからこうして巻き添えを食らったお前を連れてきた訳だ」
「それはありがたいが……」
成程、俺が襲われた理由は分かった。その進歩派とやらが俺をこの女の仲間だと誤解したのだろう。
そこは分かったが、もう一つ気になる点がある。
「ありがたいが、なんだ?」
「ちょっと手出せ」
訝しがりながらも差し出された女の手を掴み、ぐっと力を入れて握りこむ。
女らしい細い指と幾分小さな掌は所々タコのように固くなっている所がある。
ただ、その手のどの部分からも一切体温を感じられない。
「痛っ!何だよ!」
「いいから握り返してみろ。全力でだ」
「はあっ?意味が分からん。遊んでないでさっさと逃げろ!」
「これが終わったらすぐそうするよ」
俺の態度に諦めたのか、女の白い手首に血管や筋が浮き上がるが、手の感触は一向に変わらない。
「ほら、これでいいだろ」
「お前……」
そっと手を離し、より強まった疑念をぶつけてみる。
「お前、やっぱりどこかやられたのか?」
「……気にするなといっても聞かんのだろ?」
俺が頷くのを確認して、女は駄々っ子を諭すようにゆっくりと語り出した。
「付喪は本来自力では大した移動はできない。憑代を自分で持っていれば多少は無理矢理動けるが、それでもこれぐらいの距離が限界だ。直線距離にして百メートルもないだろうな」
そう言ってから女はきっと俺を睨みつけて続ける。
「だから私を気にしていて、もし一緒に逃げようなどと考えていてくれるなら、その気持ちだけで結構だ。私はきっとこれ以上無理に動けばこの山の頂上にもつかずに死ぬだろうしな。そんな事を考える暇があったらあいつらから少しでも早く逃げてくれ」
なんだよそれ。それはいくら何でもなしだ。
だってそれでは「俺を助けた結果私は死ぬけど、気にしないで見捨ててください」と言っているようなものだ。
ふざけるな馬鹿め、そんな話をはいそうですかと飲み込めるか。
「早く行け。折角の私の努力が無駄になるじゃないか」
大体こいつはなんで平然としていられるんだ。俺がこいつに何かしてやったか?
封印を解いた?たまたま十年前の約束を果たした?どれ一つとしてお前が自分を犠牲にするような理由じゃあねえだろう。
「お前は、それで良いのかよ」
「良いから行けと言っている!」
「何でだよ。なんで俺になんかそこまでできるんだ!?俺が何かしたか」
「何で何でとうるさい奴だな。あまり女心を詮索するな」
お互い苛立って声が大きくなってきたが、流石に俺ほど大声を張り上げられるほどには回復していないのだろう。女は低く静かな声で答えている。
やがてとてもうざったそうにため息を一つ。
「一回しか言わないからよく聞けよ」
そう言って、それから俺の方を見ず、どこか遠くに思いを馳せるように目を細めて語り始めた。
「昔々、今から十年と少し前。一人の付喪がおりました」
「は?」
唐突な昔話に聞き返す俺だったが、女は意に介さず話を続ける。
「その付喪はひょんなことから一人の女と出会いました。女には新婚の亭主がおり、そのお腹には子供を身籠っておりました」
もう一度問いただそうとしたが、女が何故俺を助けるのか説明していると何となく思えたので黙って聞くことにした。
「女は亭主の仕事である運送屋を手伝っていましたが、身重であることから小さくて軽い荷物を担当し、その仕事もしばらく産休に入ろうとした時に、件の付喪と出会ったのでした。本来付喪本人が姿を現そうとしない限り特異体質の人間以外には見えませんが、生まれつきそういう体質だった女は、その付喪を恐れずに近づき、付喪の方も初めてできた人間の友人に心を許し、女の車に付喪の憑代が乗せられて一緒に行動するようになりました」
心なしか、女の声が震えているように思えた。
「ある日、女の車が山道を走っていた時、付喪はほんの好奇心から姿を現し、車の外の景色を眺めようと思いました。しかしその瞬間を進歩派の付喪に見られてしまい、進歩派は付喪に襲いかかろうとします。こうして、突然目の前に現れた進歩派の付喪に驚いた女はハンドル操作を誤って谷底へ落ちていったのでした」
そこで女はいったん話をやめ、何度か深呼吸を繰り返す。
伏せられた顔は見えなかったが、それまでの声も深呼吸の音も震えていた。
「付喪は自分の行動を後悔しました。そしてそんな付喪を女は憑代を車外に放り出すことで逃がしたのでした。こうして付喪は好奇心の代償として初めての友達の、その命と彼女の子供の命を失い、自分一人だけが生き残り、紆余曲折あってある田舎の家の蔵へと納められ、そこで刀を新たな憑代にして取りつき自身を封印しようとしましたが、寂しさに負けてたまたまやって来たその家の子供に声をかけたのでした。めでたしめでたし」
話は終わった。
何も言えない。何と言っていいか分からない。
沈黙。
「もう嫌なんだ」
女が顔を上げる。
「私のせいで、私の知り合った人間が死ぬのはもう……」
それだけ言って顔を手で覆い、何も言わなくなった。俺は何も言えず、辺りにはただすすり泣く声だけが響いていた。
なんで他人のトラウマに触れた時というのはこんなに後味が悪いのだろう。
(そういうのは反則だろ)
そんな事を心の中で呟く。これでは言われた通り逃げる以外の選択を選べないじゃないか。いや、最初から逃げる気ではいたが、こいつを目の前で見捨てていけというのは予想外だ。
それにこんな状態のこいつを一人で放置して、あの大男にでも見つかれば結果は言わずもがなだ。それだけは何としてでも避けたい。
こいつはトラウマから俺を逃がすつもりらしいが、そんな事された日には俺が仮に逃げ切ってもトラウマものだ。
「何とかならねぇのかよ」
「えっ?」
咄嗟に口を突いて出た言葉は、思いの他大きな声だった。
「要はあれだよ。ほら、あいつらが追ってこなければ俺が逃げる必要もない訳だろ?」
言いながら次に言うべき言葉を必死で考えつつ、思いついたものから順次出していく。
どうやら俺は自分でも思いもしなかったことをどこかで考えていたらしい。この状況では好都合だ。
「何かねえのかよ。あいつらに対抗する方法とか」
そうだ。向かってくる相手からは何も逃げるだけが能ではない。
「どうせ逃げてもあいつらは追ってくるんだろ?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて俺の言葉を聞いていた女は一瞬はっとしたように真っ赤になった眼を見開いたが、すぐに顔を伏せた。
これは俺の考えが正しければ、対抗する方法を思いついたが何か訳あって話せないという事だろう。
「何かあるのか!?」
「無い訳じゃないが……」
やっぱりそうだ。なんだ?どんなリスクだ?命がかかっている以上俺だってある程度は覚悟の上だ。
「無い訳じゃないが?」
「無い訳じゃないが、お前のリスクが大きすぎる」
「何だ?」
「お前に、人間をやめてもらう」
正直な話、こんなことを言われてどういう表情をしたものか。リアクションに困りへぇとしか言えなかった。
いや、へぇって。我ながらひどく他人事なリアクションすぎる。
「分かってないな?」
「そりゃあ……」
その一言で分かる奴の方がどうかしている。
「具体的に言うとお前を『付喪憑き』という状態にして私を運んでもらうという事だ。付喪は単体では動けないが、人間と契約して人間を『付喪憑き』にすれば移動の制限はなくなる。もともと移動できない付喪が遠くまで魂を探しに行く必要に駆られて生み出した術とされているが、進歩派の連中もほとんどがこれを使っている。さっきの奴も恐らくは付喪憑きだろう」
成程、俺を付喪憑きとやらにすればあいつらと同じ条件で渡り合えるということか。
だが女の口ぶりからして付喪憑きになるには何らかのデメリットもあるようだ。
「で、俺のリスクってのは?」
「……よく聞いてくれ」
ごくりと生唾を飲み込む。
「付喪憑きになった場合、付喪と同様に動けるようになり、姿を隠している付喪も視認できるようになる上に通常の人間より高い体の耐久性を得ることができるようになる。ただし付喪同様に人間の魂を食うことになる」
「それだけか?」
「それだけって、十分すぎるリスクじゃないか!付喪と同じってことは、もう二度とまっとうな人生を歩めないってことだぞ?つまりは……つまりは、人類の敵になるってことだぞ?」
『人類の敵』女はそう言った。自分がそうであると確認するようにゆっくりと。
『人類の敵』なんだ、それだけの事か。
強がりでも何でもなく、本当にそれが正直な感想だ。
「二度も命を救ってくれた相手を見捨てて逃げるような人生、どうまっとうに生きようが後悔しかねえだろうよ」
今のは少し強がった。多分富と名誉と権力を好きにできるとなったらもしかしたら少し揺らぐかもしれない。
まあ、その可能性は極めて低いから、言い切ってもいいだろう。
「それに、だ」
「え?」
「お前が思っている以上に、人間なんて、少なくとも俺の人生なんて良いものじゃねえ」
少なくとも俺にとってはそうだ。
だが女にはそれがどうにも信じられないらしい。
「でも人間は人間を食う事がないだろう」
確かに、付喪になるというのであれば、それが恐らく一番の問題になるだろう。
だが、俺は自分がそんなに人格者じゃないことぐらいわかっているつもりだ。
詭弁かもしれないが、人間をやめて怪物になればもうそれは同族食いではない。
「お前だって、相手を殺すことになるかもしれないと思いながら、生きるために人間を襲うだろ?」
俺の問いに女は頷く。
「人間にとっても空腹ってのは何より強い。俺は己の倫理やら良心やらがそんなにすごいとも思わない」
こういうのを『衣食足りて礼節を知る』と言うのだろうか。極限まで追い詰められても尚も倫理や良心を追及する程俺は聖人君子じゃない。
そもそも大多数の人ができないから、それができる一握りの倫理マニアが聖人君子と呼ばれるのだろう。そして俺は間違いなくそんな人種とは程遠い。
更に言えば、魂を食われたとしても必ずしも死ぬわけではない。無責任な言い方かもしれないが、俺の襲った相手が自殺するかしないかはそいつの決める事で俺の知った事ではない。
それに、捨てるのが惜しい程楽しい人生でもなかった。
『生きていればきっと良いことがある』とか『もっと辛い思いをしている人もいるのだから我慢しろ』とか『今の苦労は将来絶対に役に立つ』なんて人は言うだろうが、生憎それを信じて今まで日を追うごとに暮らし向きがひどくなってきたのであって、アフリカで何人飢え死にしようが子供が地雷で手足無くしていようが俺は幸せにはなれないのであって、仮に将来良くなるにしても目の前の危機を何とかしなければその将来だってない。
自分で吐いた言葉通り、二度も助けられた恩人を見捨てて逃げたいような人生ではないし、第一このままじゃ逃げられないかもしれない。
「自慢できることじゃないな」
「まあ、そうだな」
苦笑する女に俺も納得する。
確かにそうだが、この状況ではむしろ好都合じゃないだろうか。
「じゃあ、本当に人間をやめて良いんだな?家族や友人は?」
「気にするな」
俺の意思を確認するように女は俺の目を見つめて問いただす。
だが、そんなことで俺の意思は変わらない。家族?友人?そんなものが惜しいくらいあればこんな事にはなっていないだろう。
俺の答えに意を決したように女は深く頷き、鞘ごと腰から引き抜いた荒覇吐を杖に立ち上がると、ほんの僅かに抜刀し、鍔元の刃を自分の親指に押し付けた。
「手を出せ」
言われるがままに差し出した右手親指に女は同様に荒覇吐の刃を押し当てる。
「痛っ!」
「我慢しろ」
痛みに思わず手を引くが、指先に少し傷がつき、血がにじみ出てくる。
それを見た女は荒覇吐を一度置いて俺の右手と自分の左手を突き合わせ指相撲のような形を作ると、俺の親指に自分の親指を押し付けた。
「これでよし」
押し付けられたことで親指の傷が開いたか、指先が真っ赤に染まっている。おそらく女の血も付着しているだろう。
指先の痛みから思わず唾をつけると、真っ赤な指先は更に赤くにじんだ。
「これで契約完了だ。これから宜しくな。私の付喪憑き」
そう言って今度は開いた右手を差し出して握手を求めてくる。これで俺は付喪憑きになったという事だろうか。
「これで良いのか?」
「ああ。付喪と付喪憑きが互いの血を交換すればそれで成功だ。簡単だろ」
とりあえず握手に応じると、女の手は先程と同じ手とは思えないほど温かく、血色が戻っている。
驚いて改めて顔を見つめてみると青白かったそこにも血色が戻り、泣き腫らした目以外は最初に出会った時と変わらない姿になっている。
「お前、体治ったのか!?」
「ああ。新たに付喪憑きを得たからな。これでもうどこへでも行けるさ。一人でもな」
そんな出鱈目な回復があるか。
俺の疑いというか戸惑いを察したのだろう。女は握手した手を離した。
「お前ももう変わっている筈だ。自分の指を見てみろ」
言われるがまま自分の手を見ると、先程の親指の傷がすでに塞がっていた。そう言えば痛みも感じない。
どうやら俺も出鱈目な存在になったようだ。
だが悪くない。
これまで感じたことの無い程に気力、体力が充溢してくるのを感じる。今ならそれこそ何でもできそうな気がしている。
「意外といい気分だな」
「ふふっ。そうだろう。そうだ、これから相棒としてやっていくんだから私も名前が要るな」
「名前?そうだな。それじゃあ教えてくれ」
「私の名前は、そうだな」
そう言ったきり女は黙り少し考えている。
どういう事だ?自分の名前くらい憶えているだろ。
そんな俺を尻目に、女は荒覇吐の鞘にこびりついたお札の残骸に目をやると、ほとんど読めなくなっているそれから読める文字を拾うように探し始めた。
もっとも、仮に新品のお札が貼られていてもその文字なんか読めないだろうが。
「よし決めた。私の名前はカイ。戒めるという字で戒だ」
「なんだそりゃ。本名を教えろ」
明らかに本名ではないが、昔からの通り名という訳でもないだろう。何しろお札の残骸から唯一判読できる文字をそのまま名前と言っているのだから。
「申し訳ないが、付喪の本名というのは本人と名付け親しか知ってはならないことになっているんだ。でもこれから一々『荒覇吐の付喪』じゃ長いし他人行儀だろ?だから今から私は戒だ。名乗れない名前などないのと同じだからな」
よく分からないがそれが付喪のルールというのなら仕方がない。本人がそう名乗ったのならその名で呼ぶべきだろう。
「これからよろしくな!滝口兵衛」
「あー、俺の名前なんだがな、滝口は旧姓で今は北面兵衛だ」
「キタオモテか。珍しい名前だな」
戒に言われたくはない。初見で読めた人は今まで一人もいないのは事実だが。
「まあ、その名で呼ばれてはいないし、フルネームも呼びづらいだろ。兵衛で良いよ」
中学、高校とこの苗字になってからは学校などでも専ら下の名前で呼ばれることが多かった。
「そっか。分かった。それじゃあよろしくな!兵衛!」
「ああ、よろしくな。戒」
こうして俺は人間をやめた。
と言っても、翼が生える訳でも尻尾が生える訳でもなく、見た目は人間のままだ。
「付喪憑きって具体的に何があるんだ?」
「うん。さっき言ったようにまずは私達付喪が見えるようになるという事が一番大きいな。後は身体能力と耐久力の向上。要は跳んだり跳ねたりできるようになってやたら丈夫になる。ああそれと一番大事なことだが」
「うん?」
「今から二十四時間以内に人間か、もしくは同じ付喪憑きの魂を食わなきゃならん」
早速、人間を止めたことの洗礼を受けることとなった。
(つづく)
3話目どうにか今日中に間に合いました。
次話は今週中には投稿する予定です。