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女騎士と世界のれき「おいバイク乗らねぇか」

 村長宅の庭に小さな子どもたちの声が満ちる。

 集まった子どもたちは20人ほど。

 ヒトはもちろん、耳が長いの、ウロコが生えたの、肌が緑色だの桃色だのとなんともバラエティにあふれている。

 親と思しき者たちも一緒にいる。

 時刻は明け九つ。

 朝と言うには少し遅く、昼と言うにはまだ早い。

 庭の片隅には小さな人形劇用の舞台が作られ、そこで何かやるようだ。

 舞台の前には大きなラグマットがしかれ、モニカとシャンテが少し離れた位置に子どもたちをまとわりつかせながら、あれこれと道具を用意している。

 そうこうするうちに、村長がメルを伴って現れた。

 子どもたちはキャーと声を上げて二人に駆け寄り、撫で回されたり抱き上げられたりするたびに嬉しそうな声を上げ笑っていた。

 そこへ子どもたちの付き添い――紺色の布地の作業ズボンを履いた猫耳の女性が歩み寄り、子どもたちに「ごあいさつは?」と注意を促した。

 それを聞くと子どもたちは数秒で集合し、村長とメルに向き直った。


「せーのっ」


 年長(?)の子どもが調子を取ると、


「「「「おあようごじゃいましゅ!!!!」」」」


 と、ちびっ子たちは大きな声で唱和した。


 村長とメルは腰をかがめ、


「はい、おはようございます」


 と返事を返し、子どもたち一人ひとりの頭をなでた。

 何人かは村長に抱きつき、肩車をせがんでいる。

 元気の良い一人は勝手に村長によじ登る始末だ。


「こぉら、おとなしくなさい!」


 と、猫耳の女性が手を叩きながら言うと、子どもたちは一斉におとなしくなった。

 そのまま子どもたちを舞台の前に集めて座らせる。

 親と思しき一団は、子どもたちの後ろや庭の生け垣の外からにこやかにその光景を眺めていた。


「はーいそれじゃみんな、始めるわよ~☆」


 モニカの陽気な声を合図に、シャンテが四角い蛇腹の両端に鍵盤がついた楽器で音楽を奏でる。

 人形劇が始まった。

 人形を操るのはモニカ、ナレーションはメル。

 題材は創世記と魔王領の歴史だ。


 ----------


『むかしむかし、そのまたむかし、まだ大地が泥の海だったころ。

 しずかでまっ平らだった泥の海に、ある時ふとした拍子で波が立ち、泥は次第に水と砂に分かれはじめました。

 もうひとたび波が立つと、波のしぶきが泡立って、中からふたりの神様が現れました。

 光の神と闇の神です。

(舞台の下の方から飛び出す男女の人形)

 光の神は、闇の神の物静かなところと、黒くて長くてキラキラ光る美しい髪に一目惚れ。

 闇の神は、光の神の陽気なところと、真っ青な瞳、金色に光る髪に一目惚れ。

 二人の神は出会ったその日に仲良くなり、一緒に遊び始めました。

(絡みあう人形)

 二人の跳ね上げた泥が陸地となり、二人のつけた足あとは海となりました。

 光の神が上になると昼となり、闇の神が上になると夜になりました。』



 子どもの一人が茶々を入れた。


「それうちのお父さんとお母さんもやってるー」


「やめなさい」


 親と思しき羊頭の紳士が鋭く注意した。

 隣の羊頭の婦人は顔を真赤にしてうつむいている。

 周りの者達は礼儀正しくそれらを無視した。



『やがて二人はたくさんの子供を作りはじめました。

 森の木々に草原の草花、野をかけるけもの、空を飛ぶ鳥たち、水の中を泳ぎ回る魚たちです。

(人形舞台に野花が咲き乱れ、動物たちがうごきまわる)

 しかしどの子供たちも神様たちには似ていません。

 闇の神はそれでもかまいませんでしたが、光の神様は「私たちにそっくりな子供がほしい」といいました。

 神様たちは三日三晩かけてまた新しく子供たちを作りはじめました。

 そうすると今度は神様たちによく似たこどもたちができました。

 海の神、山の神、風の神、火の神、そしてヒト族でした。

(小さなヒト型の人形がたくさん出てきた)

 神様たちはすっかり疲れてしまいましたが、子供たちが成長し、思い思いに歩きはじめると満足され、『私たちの役目は終わった。これからは空から彼らを見守ろう』と、太陽と月に姿を変えてお隠れになりました。

(太陽と月にそれぞれ姿を変える男女の神々)』



 ここまではどこの国でも同じようだな、とアンネリーゼは庭の隅のベンチにもたれながら思った。

 吐く息がいささか酒臭い。

 目の下には濃い隈が生じている。

 昨日の深酒が祟り、頭が重いわ目眩はするわで迎え酒をしているのだ。

 実を言えば、この程度の二日酔いはアンネリーゼの使える医療魔法で瞬時に解毒できる。

 それをしないのは周囲にあまり警戒されたくないからなのと、不要に体力を消耗すること、医療魔法を使うと余計なことを思い出すからだ。

 先程まで二日酔いの頭を抱えてぐでぐでとしていたものが急にシャッキリとしたら、魔法感応力を持たないものでも何があったのかと訝しむことだろう。


 魔法そのものにも問題がある。

 160年前の大戦で得られた知見により、そこらの娘でも少しの訓練でちょっとした傷や息切れを治す『回復』魔法は使えるようになった。

「痛いの痛いの、飛んで行け」で擦り傷を治すことは誰にでもできるようになったのだ。

 ところが解毒や深い傷、病気の治癒といった『医療』魔法は著しく体力を消耗してしまう。

 習得するには才能が必要で、さらには強靭な体力(生命力と言ってもいい)も必要となる。

 千切れそうになった腕や脚を自分で治したその数分後、体力を消耗しきって倒れこむというような事例は多かった。

 また、医療部隊や百人隊所属の医療兵はそこまではしない。

 せいぜい止血までで抑えないと、自分が体力低下で死んでしまうからだ。

 その勘所をつかむのも、また才能である。


 なぜその猛烈に才能が必要な技術をアンネリーゼが使えるかといえば、単純に「使いこなさなければ生き残れなかった」というだけにすぎない。

 ヒト族の魔法適正の開花は成長期、なかんずく初潮や精通を迎える頃というのは(聖法王国においては)はっきりとした事実である。

 ならば、そういった年頃の者たちを戦場に放り込むのは、ある意味で正しい実験であったといえるかもしれない。

 各地の孤児院、修道院から騎士見習い名目で集められた少年少女は長槍一つ手渡され西方蛮族との戦争に投入されたが、その実に半数は1年と持たなかった。

 残りの半数が医療魔法の才能を開花させた者達だったが、生き残ったものはさらにその四分の一だ。

 無闇やたらと医療魔法を用いたものから基礎体力の低下に苛まれ、命を落としていったのだ。

 その当時の思い出は、彼女にとって苦痛でしかない。


 なんだかんだと理由をつけてアンネリーゼは魔法を使用しての解毒を行わなかったが、本当の理由は明白だ。

 悪酔いでも構わないからもう少し酔っていたい。

 ただそれだけの事だった。


 人形劇は続く。


『何千年、何万年の月日が経ち、ヒト族はこの地上にみちあふれました。

 何万人の何万倍もの人々が地にあふれました。

 街はとてつもない広さになり、建物は天にも届くほど。

(にょきにょきと細長い建物がいくつも現れる)

 ヒトたちはいろいろな便利な道具をつくり、世に広め、世界をどんどん自分たちの都合のいいように作り替えていきました。

(目まぐるしく変わる背景)

 もっと遠くへ。

 もっと高くへ。

 もっと速く。

 もっと快適に。

(大蛇のような乗り物?翼の細い鳥?のような道具の紙人形が舞台を行き交う)

 空を飛び、海に潜るにはとどまらず、星々の世界まで手を伸ばしかけたのです』


 ここから先しばらくも、教会の教えとほぼ同じだ。

 ただし、ある部分から先が決定的に違う。


『ひとびとの望みはとどまることを知りませんでした。

 他人より綺麗な服を着たい。

(きらびやかなドレスが宙を舞う)

 他人より美味しいものを食べたい。

(豪勢な食卓が飛び出てくる)

 他人よりいい家に住みたい

(貴族の別荘のような家が立ち並ぶ)

 ひとびとはがんばってがんばって、そういった世界をつくっていきました』


 過去に存在したきらびやかな世界。

 子どもたちがキラキラした目で人形舞台を見つめていた。

 アンネリーゼも内心同じ気持になりかけた。

 だが、ここからはちがう。

 シャンテの奏でる音楽が、突如としておどろおどろしい曲調に変化した。


『ですがその世界は長続きしませんでした』


 人形舞台の中のセットが小気味良く動き、曇った空と荒れ果てた大地が背景となった。


『ひとびとは、少しずつふしあわせになっていきました。

 ひとびとは何かと理由をつけて他人を区別し、少しでも自分と違う人を見つけては自分の周りから追いだそうとしました。

(黒い肌の人々が白い肌の人々に石で打たれる。あるいはその反対)

 お金持ちがびんぼうな人をいっぱいいっぱいはたらかせ、高いものを売りつける。

(金持ちの人形が貧乏人の人形にムチを振るう)

 びんぼうな人たちがもっとびんぼうな人たちをおそったり、

 びんぼうな人たちがみんなでお金持ちを追い出したり殺したりしました。

(貧乏人の人形たちが暴動を起こし、金持ちの人形を家族ごと虐殺していく)』


 子どもたちはつばを飲み、あるいは仲の良いものや年長にしがみついた。


『ひとびとのあらそいはひとびと同士の争いにとどまりませんでした。

 ひとびとのつくった幾つもの国は、たがいに争い、いつも戦争をしていました。

(互いに闘う人々の群れと大きな乗り物。大地は血に染まり、いくつもの死体があふれた)

 また、鉄や銅やそのほかいろいろなものを奪いあったため、大地は荒れ果て木々は枯れ、水は汚くにごりました。

 そしてまた、空気も汚れていったのです。

(曇った空は今や真っ黒に曇っている)

 それだけではありません。

 人々が大地を汚したことで、木々や動物などのきょうだいたちは多くがいなくなってしまいました。

 これに怒った光の神様は日照り、長雨、猛吹雪、地震、大津波、そして治せない病気などで人々に罰をお与えになりましたが、ひとびとはなおいっそう激しく戦いました。

 そして、とてもとても大きな戦争が起きたのです。

(大地が炎に包まれる)』


 絶滅戦争。

 伝説の戦争だ。

 相次ぐ戦争や天災、流行病にもめげず人口を80億にまで増やした人類が、鉱物資源どころか水すらも奪い合って殺しあった大戦争。

 その戦争ではそれまでたったの2度しか使われなかった『神の火』と呼ばれた、とてつもなく広大な面積を瞬時に焼き払い毒を撒き散らす忌まわしい兵器が大量に使われたそうだ。

 戦争は五年で終わったとも百年続いたとも言われるが、どの話も大筋では一致している。

 曰く、最初の1時間で5億人が、続く3日間で30億人が『消滅』。

 最終的には数万人にまでその数を減らしたという。

 単純に人口が減ったという話ではない。

 それまでの経済や流通の拠点とともに、30億人以上が一瞬で消し飛び、農地や漁場も毒で侵されたのだ。

 生き残った人々に残されたのは、物流が途絶えたことによる疫病と飢え、舞い上がった大量の埃と煙による延々と続く冬、撒き散らされた毒、それらがもたらした生き地獄だった。


「問題はここからだな」


 いつの間にか隣にザボスが座っていた。

 今日は明るい灰色の仕立ての良い外出着に身を包んでいる。

 伊達男、の一言だ。

 腰に佩いた(はばいた)愛刀の鯉口は切られていない。


「ええ、そうですね」


 アンネリーゼは両の手を拝むように合わせると、それで口と鼻を包み、折り曲げた肘を膝の上にのせた。


『その有様を見ていた光の神様と闇の神様は、暗闇とともに嘆き悲しみました。

 残された人々が飢えと凍えで残り僅かになった時、光の神様は「罰を与えたのは誤りだった。我が子ら、我が大地をこのままにするには忍びない」と言いました。

 闇の神様は涙を流しながら「我が子らのために今一度、新たな子を作りましょう」と言いました。

 光の神様と闇の神様は、それぞれ光の大地、闇の大地からいとこたちを呼び寄せ、世界を作り直しまし、また子供たちを作りました。

 永遠につづくかと思われた夜は終わりを告げ、分厚い雪雲は取り払われ、わたしたちが生まれたのです』


 ここだ。

 アンネリーゼはほんの少し表情を険しくした。

 教会の教えとはここが決定的に違う。


 教会の教えでは、大地を汚されたことに怒り狂った闇の神が、絶滅戦争とその後の冬の時代で決定的にその数を減らした人類にとどめを刺すべく生み出したのが魔族であり、彼らは闇の世界から召喚されたことになっている。

 それを滅ぼすため降臨された法の神、彼によってもたらされた聖法典、それを戴いた教会によって組織された、魔族廃滅のための軍隊が教会騎士団だ。


 魔族廃滅のための軍隊が教会騎士団だ、などとはアンネリーゼ自身は全く信じていなかったが、人類を、ヒト族を滅ぼすために魔族が生まれたということ自体は何の疑いもなく信じていた。

 憎悪によるものではない。

 魔族というものはそういうものだと教わったから、そうだと思っていただけだ。

 憎悪ということであれば、ここの親切な異形の者達より、血に飢え言葉の通じぬ西方蛮族や、聖法王国に巣食う私利私欲に飢えた豚どものほうがよほど憎むに値する。


 だが彼らの教えは?

 彼らの教えのほうが正しければ、彼女たち教会騎士団、いや教会そのものの存在する意味は?

 アンネリーゼ個人はうまくやれるだろう。

 人と人を分かつものは悪意や利害、それに偏見といったものだと承知しているからだ。

 容姿や言葉などは問題にはならない(匂いや清潔感といったものはかなり影響するが、決定的ではない)。

 宗教やその戒律にしたところで、アンネリーゼ個人にとっては「そちらはそうなのですね、ではお互いうまくやりましょう」というだけの問題でしかない。


 だが市井の民にとってはどうだ?

 教会の指導者層にとってはどうなのだ。

 そんなことを思っている間にも、物語は進んでいく。


 ひとびとと新たな兄弟たちは混ざり合い、ときに争いながら大地を復興させていった。

 やがて幾千年が経ち、再び大地に緑があふれたころ、ひとびとは自らをヒトと呼び、それ以外の知恵ある者たちを魔族と呼び始めた。

 魔族と呼ばれた者たちはそれぞれの言葉、それぞれの文化において自分自身を「ヒト」と呼んでいたが、それは無視された。

 ヒトと魔族は激しく争うようになり、ついに2000年前、ヒト族と魔族の大規模な戦争が起こった。

 これにより大陸の東端においてヒト族と魔族は袂を分かち、それぞれ聖法王国、魔族領と呼ばれるようになった。

 魔族領は、当初は魔族や聖法王国から追い出されたヒト族が群雄割拠、あるいはお互いゆるやかに交わるだけであったが、ひとまずの王を決め、たがいにあまり激しく争わないようにいろいろな取り決めを作り始めた。

 これは言葉や文化があまりに違いすぎるためうまく行かず、つい近年まで魔族はヒト族とさして代わりのない相争う歴史から逃れられなかったが、ひとまずそれで魔王領と呼ばれるようにはなった。

 その間に、魔族を脅威と捉えていたヒト族は結束を整え、順調に文明を発達させていった。


 420年前、竜人族の学徒ギュンター・グリュン・ドラゴは留学先のマンネルハイム伯爵領で放浪の魔道士コーと出会う。

 ギュンターはコーに水と食べ物を施し、コーはギュンターに世の実情を知らせた。

 二人は意気投合し、貧しい土地であるにもかかわらず魔族たちが相争う魔王領を一つの国としてまとめることを決意する。

 時には権力者に取り入り、またある時はみっともなく這いつくばり、ギュンターはなんとか100年ほどで第8代魔王、コーはその主席技術補佐官となることが出来た。

 それから二人は魔王領の公正な発展のために治水、灌漑、街道整備に始まり、度量衡と貨幣単位の統一、『遺跡』と『遺産』の安全な資源化といった問題に寝食を惜しんで尽力した。


 そうした魔王領の動きを見てか、ギュンターの魔王就任から80年ほど過ぎたある日、突如として聖法王国軍が南部国境を越境して侵攻した。

 一部では聖法王国を凌駕する文化・文明を持つ魔王領ではあったが、この時、各地の種族や氏族の反発もあり統一国家としての軍隊を保持していないことが仇となった。

 聖法王国軍は南部諸州を荒らしまわり、一時は首都ピオニールまで20kmまで迫られることになった。

 後手に回った魔王ギュンターは聖法王国軍討伐の軍を発したが、一部の高級貴族に首を狙われ首都を追われてしまう。クーデターである。

 ギュンターとコーは命からがら首都ピオニールを脱出、僅かな供回りのみを連れてとある廃村に身を寄せ、難民であった淫魔メル・メルルゥと出会った。

 聖法王国軍は5年ほどで駆逐されたが、その後も何度か遠征に訪れ、そのたびに魔王領は混乱した。

 ギュンターたち返り咲くのは80年後。

 その間に彼らが施した政策の多くが忘れ去られるか、あるいは憎しみの対象となっていた。

 これ以上魔王領内での内乱は好ましくないと見た魔王ギュンターは、大遠征の号を発する。

 先陣を切るのは前年ついにギュンターに屈した虐殺王ザボスである。

 こうして聖魔大戦が勃発した。


 いや、とアンネリーゼは思った。


 聖魔大戦は160年前に生起したのではない。そのずっと以前に生起していたのだ。

 260年前の遠征は聖法王国の史書にも記録がある。

 だがその後の数次の遠征についてはほのめかしがあるだけで、はっきりいついつに遠征した、とはどの史書にも記録がない。なぜか?決まっている。

 すべて負け戦のうえに、すべて口減らしのための戦争だったからだ。


 聖法王国領土は実り豊かな土地だ。

 おおよそ丸みのある直角三角形状の領土の北と西は巨大な山脈に囲まれ、東から南端にかけては6割ほどが断崖絶壁の海岸。

 山脈からは滋味豊かな河水が大地を潤し、あふれる魚介類が毎日山のように水揚げされる。

 それでいて昔から税率は厳しく、国内に争いは耐えない。

 人口を増やすなという方が無理なものだ。


 しかしこれでは、我らヒト族は争いの種を播き、戦争という果実を収穫するだけの化物ではないか!


 アンネリーゼは暗澹たる気分に侵された。

 酒を飲んでいるのも悪影響をもたらしている。

 彼女はまさに逃避のために酒に酔っている、酔っているというよりも依っている。

 昨晩の自分の言葉とは正反対の行動であることはわかりきってた。

 しかしそうせざるを得なかった。

 思えば酒が苦手なのも、酒に酔いやすい体質である以上に、必ず悪酔いして精神がおかしな具合になるからだった。

 だが飲まずにはいられない。

 過去の戦場で、あるいは路上で見てきた惨憺たる光景が脳裏を満たすからだ。


 のちの言葉で言えば、アンネリーゼはこの時PTSDを発症していたといえる。

 だが、彼女に「気を紛らわせる」という救いの手を差し伸べたのは、隣りに座るザボスやギュンターら年寄りではなかった。



「よう」


 アンネリーゼの背後から声がかけられ、アンネリーゼの柔らかい頬に冷たいガラスの瓶が押し付けられた。

 アンネリーゼは飛び上がり、振り向いて腰のものを掴んだ。

 鯉口を切りかけて相手が誰か認識する。

 背後に立った、というより生け垣越しにガラスの瓶を押し付けてきたのはボグロウだった。

 流石に周囲の視線が二人に突き刺さる。余計な騒ぎを起こすなということだ。

 涼しい顔をしているのはザボスただ一人。


「あ、あー、」


 周囲に申し訳無さそうな顔で会釈したボグロゥが、アンネリーゼを近くまで招き寄せて言う。


「おい、バイク乗らねぇか?」


 なんともとぼけたことをいう人だなぁ、とアンネリーゼは思った。

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