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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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卒業パーティー(8)ハーツ・オブ・マインド

 ザボス家においてミーナは異端であった。

 彼女がアンネリーゼやエミリアに比較的親しむのは、彼女たちもまた異端であるからに他ならない。


 通常、公爵伯爵ともなると、その屋敷の使用人はみな氏素性のしっかりしたものである。

 例外的にザボス家は広く市井から人材を求めるところがあるが、それでも女中頭と最先任女中のエリカとフルーゼの姉妹はエルフの長たるヘンリグ家の従妹筋であるし、大半の女中と小僧はザボス家一門衆やザボスと親交のある諸侯より送られ、厳重な身辺調査を行われ、諸先輩によって面接されたものたちだ。

 何より彼ら彼女らには家族がある。

 だがミーナにはそれがない。

 ミーナはある冬の朝、ザボス家上屋敷の門前に捨てられていた孤児なのだ。


 ある意味でザボス家生え抜きであるミーナだが、彼女にザボスは当初興味を示さなかった。

 育て親となったのはユルゲン翁と彼を慕う旗本たちだった。

 であれば彼女は孤独を味わうことなどなかったのではないかと思われがちだが、そうではない。

 彼女が四つのとき、ある女中から自分は拾われ子であることを知らされた。

 その時はどうとも思わなかったが、五つになりユルゲン付の女中見習いとして修業をはじめたころ、自分が女中たちから陰口を叩かれていることを知った。

 表だったいじめは当初はなかったが、歳を取るにつれ、陰口は強まりいやがらせもされ始めた。

 八つのときに彼女がユルゲンに煎れる茶のための湯を運んでいるときに、不注意から薬缶を抱えたまま転び、やけどしそうになったことがある。

 それを防いだのはユルゲンその人だったが、その際に彼女を指導していた女中から激しく叱責されたことからいじめは一気に過激化した。

 女中たちにはその血筋の高さから「自分たちこそ」という意識があったのだろう。ユルゲンの世話役になるということは、それだけでも大変な名誉である。であれば孤児がその栄誉を奪ったと考えても、何らおかしいことはない。

 エリカとフルーゼが介入するまで一年間隠し通され行われたそれは、ミーナから大きな声と愛想を奪うに十分な密度と量だった。


 ミーナが槍を習い始めたのは、エリカとフルーゼが介入する半年ほど前のことである。

 落ち込む彼女に気晴らしになればと、ユルゲンが素振り用の槍を与えたのだ。


 ミーナは槍の修練にたいそう酷く打ち込み始めた。

 朝は日の出る一時間前から、夜は日付が変わるころまで、彼女はひたすらに槍をしごいた。

 気の優しい旗本や兵隊の何人かは彼女の健康を案じたが、ザボスやユルゲンは止めなかったし、何より彼女は誰の声にも耳を貸さなかった。

 槍をしごき始めた彼女は女中たちから胡散臭がられたが、その声はやがて止む。

 ザボスの首を狙って侵入したドゥーシュたちを発見し、ガラスを叩き割ることで警報を発したのはミーナだったからだ。

 この功にザボスは「励むべし」と一声かけ、笑顔で頭を撫でてやった。ユルゲンはそばで笑ってそれを見ていた。

 ミーナのその後はそれで決まったようなものだった。

 この一件をきっかけにミーナへのいじめが表面化し、エリカとフルーゼが介入した結果、それを主導していた女中たちはザボス家上屋敷を追われている。

 あるものは花街へ身をやつしたともいわれているが、定かではない。

 ともあれザボス家に女中でありながら武門の一人として仕えていると周囲に認識せしめたミーナに、年上の武人たちが稽古を付け始めたのも道理である。

 ミィナは孤独から開放され、武の英才教育を受けるようになったのだ。


 そうして五年後、ザボス家上屋敷の中でも近い将来の槍一等と目されるようになったミーナが、ザボス家上屋敷の中庭で行われた王宮警護局特殊警護隊の内輪もめ、というか痴話喧嘩に刺激されないはずがなかった。

 とてつもない技量と熱量で交わされたミシェールとべルキナの一戦、その中でミシェールが放った「ミィナは私より槍の扱いがうまい」という一言を無視することなど、どうしてできようか。

 なぜなら彼女はザボス家槍一等、いや、魔王領槍一等になるのだから。

 五年間の槍の英才教育は、ミーナのその自信を与えるに十分なものだった。



 ミーナは武の練達であるザボス家でも、最高に優れた武道教育を受けている。

 実際にザボス旅団の兵たちと練習試合をしても、師範格相手ならともかく、大抵の下士官兵に負けることはなかった。

 最近では師範格相手でも十本のうち四~五本はとれるようになってきた。

 それにミィナはアンネリーゼとようやく同等というところ。アンネリーゼはチョウとパヴェルを下したというが、ヤナギダには遥かに届かない腕前であるし、ドゥーシュたち3姉妹には弄ばれるばかりだったと聞いてもいる。

 であるからミーナはミィナに負けるはずはないと思っていた。

 否、ユルゲンに直接師事している自分がミィナを圧倒できて当然だと思っていたのだ。

 実際問題、ミィナはミーナの手数に圧倒されたのか、まともに攻撃してこなかった。

 そら見ろ、やっぱり私は強いんじゃないか。

 ミーナは内心ほくそ笑んだ。


 しかしそうしているうちに気がついた。

 どれほど素早く打ちこんでも、どれほど技巧を凝らそうとも、かすりはすれども当たらない。

 否、ミィナはほんのわずかに穂先をミーナの槍に当てるだけで、すべての攻撃をいなしていたのだ。


 絶対におかしかった。

 何かが間違っていた。


 ザボス家上屋敷での孤独な日々を耐え抜いた。

 ドゥーシュたち魔王領最高峰の暗殺者たちの襲来を真っ先に発見した。

 将来の槍一等と目されるまで己を鍛え上げた。

 そうして周囲の好意と期待を勝ち得た自分が、師範連中相手はともかくよそ者に軽くあしらわれることなど、ありえるはずがなかった。


 ありえるはずがないのだ。


 しかしそのよそ者、ミィナが「あなたの槍には重さが足りない」と言って構えを改めた。

 途端に空気が変わった。

 ベルキナがあの痴話喧嘩の最中に見せた、まるで巨石か地底湖のような、圧倒的な、底なしの存在感。

 ミーナはそれに魅入られてしまった。



 決着は唐突だった。

 ミーナは自分が何をされたかすべて見えていながら、何をされたか理解できなかった。

 ミーナがミィナの雰囲気に呑まれ固まってしまったのは、おそらくほんの瞬き2回ほどの間。

 その間にミィナは一足に2mほども間を詰め、屋敷全体に轟くかのような重い震脚とともに槍を突きこんだ。

 そのたった一突きでミーナは向かいの壁にしたたかに打ち付けられる。

 ミーナの胸はウレタンの穂先からあふれ出た白い染料がべったりと広く付着している。

 がは、げほ、と呼吸を乱したミーナはわずかに血を吐いた。

 それほどの打突だったのだ。

 それほどの打突を受けたことは、ミィナには無かった。

 ミーナは全く混乱した。

 彼女はチョウにもヤナギダにも、ましてやユルゲンにもこれほどの槍を受けたことはなかったのだ

 その混乱に追い打ちが掛けられる。


「どうしたの。魔王領の武の筆頭、ザボス家で修業していればこれぐらい何度も受けたことがあるはず」


 ひざまずいてせき込むミーナを、槍を構えたまま冷ややかに見下ろす混血のミィナの言葉こそ、ミーナには衝撃だった。

 その表情を察して、ミィナはすべてを察した。


「なんだ。周りの大人にちやほやされてただけのお嬢様だったの」


 つまらない、と言うほどザボス家に失礼を働くつもりのないミィナは、それでも唾を吐くかのような態度でミーナを慇懃無礼に罵倒した。


「あなたのことはエミリアさんから聞いてる。周りになじめない自分が嫌い。親兄弟のいない自分がみじめで嫌い。でも槍を振るえば周りの大人が優しくしてくれる。それだけでそこまでうまくなった。それはすごい。本当にすごい。でも、それじゃ強くはなれない。殺気を放つだけで褒めてくれる相手は、戦場にはいない。殺したことも、死んだようなこともないんじゃ、わからないかもしれないけれど」


 そこまでゆっくりと、しかし一息に言ったミーナは大きく深呼吸して構えを解いた。

 それで狼顔エルフ耳のミィナと、猫耳の小柄な女中ミーナの試合は終了が宣言され、ユルゲンはミィナにありがとう、と一言礼を述べた。



 後衛に当たっていた班員と統裁官を伴って広い広い客間から出てきたミィナ。

 彼女たちに真っ先に声をかけたアンネリーゼは、ミィナのその乏しい表情を確かに読み取った。


「お疲れ。どしたの浮かない顔してさ」

「うん……」


 ハンドサインで班員に次々と指示を出しながら、小声でミィナを気遣うアンネリーゼ。


「ははぁ。私以外の子に説教なんてガラじゃないのに、偉そうなこと言った自分が嫌なんだ。それともユルゲン様に礼を言われた自分が恥ずかしい?」


 言葉無くうつむくミィナ。

 まさに図星だった。


「気にすんなよぅ。いずれ誰かが教えなきゃいけないことだったんだもの。そりゃヤナギダ先生やユルゲン様がやっても良かったんだけど、たぶんあの子は自分が本当は弱いことを認識できなかったはずだから。あの子を鍛えたいヒトはみんなアンタに礼を言うって」


 アンネリーゼは小声で、しかし明るい声音でそれだけ言うと、パンとミィナの引き締まった尻を平手で叩いた。

 ひゃっと飛びあがるミィナの顔を覗き込んで、アンネリーゼはにひひと笑う。


「良くなる兵隊は勝手に良くなる。あたしたちも多少腕に覚えはあるったって、そんなに強くはないんだから、あの子に恥ずかしいところは見せられないよ!」


 そこまで言われて、ミィナはようやく微笑んだ。

 孤独なミーナ。

 孤独から抜け出す過程で、何かを間違えてしまったミーナ。

 彼女が「強さの根源ハーツ・オブ・マインド」はどこにあるべきなのか、あの一撃で気づいてくれることを強く願って、ミィナはその場を後にした。



 しかし良い雰囲気で終わらない、否、終われないのがこの演習のお約束らしい。

 曲がり角を二個三個とクリアリングし、アッシュたちに合流するまであと曲がり角一つというところで、アンネリーゼは立ち止まって剣呑な声を出した。 


「でっ。いつまで隠れてんのよ」


 もちろん反応はない。

 しかしアンネリーゼのその声で、班員たちは全周防御の体勢を取った。

 無線を担いだ兵などは、即座にアッシュに報告を入れている。

 わずかな間に若い魔族の兵たちは、このヒトの娘の指揮の呼吸に馴染んでいた。さすがはザボス家上屋敷駐屯部隊であると言わざるを得ない。


 直立姿勢であたりを睥睨するアンネリーゼは、幾度がタン、タン、と舌を鳴らしていたが、不意にそれをやめた。

 顔が青ざめている。

 電光石火の勢いでMP18短機関銃をやや前かがみに目の高さでかまえると、鋭く叫んだ。


「通信! 分隊長に警告! 後方に警戒せよ!」

「アンネ?」

「並行2列! 接敵前進! 走れ!」


 ミィナの疑問の声を無視してアンネリーゼはそれだけ命令すると、自ら先頭に立って走り始めた。

 慌ててアンネリーゼの率いる列とは反対の列、その先頭に立って走り始めるミィナ。


「どうしたの、アンネ!」

「気付いてないの!? あの子たち(ドッグス)に追い抜かれた! 無視されたのよ私たち!!」


 噛みつくように答えたアンネリーゼの目は怒りに燃えつつも、確かに笑っていた。

 それは狩りの喜びに歯を剥き出す狼のような表情だった。

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