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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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卒業パーティー(7)スピア・ダンシング

前回アップした部分が(個人的には面白かったのですが)あまりにも冗長でしたので、削除して内容を入れ替えました。楽しんでいただいたかた、大変申し訳ございません。

 パヴェルとチョウを下した廊下を通り過ぎたところで、間取りは急激に複雑になった。

 それまで多少は曲がり角というものはあったものの、基本的には一本道だった廊下。

 それが急に狭くなったり分かれ道ができたり、複雑に折れ曲がったりで見通しが悪いことおびただしい。

 貴賓室や控室、用具室や給湯室が入り乱れて設置されている、この辺りはザボスの執務室を守るための迷宮地帯(ダンジョン)だ。

 これまでの整然とした間取りのフロアに比べて難易度も危険度も段違いだ。

 毎年、赤組はここから執務室前にいたるまでの間に多大な損害を被っている。


 赤組中隊長ノーマン・サザランドは全く実直な男で、このエリアに踏み込む前に後方警戒を厳にさせていた。

 東階段ホールには後方警戒要員として減耗した第4分隊を配置。東側部隊は第4分隊の損害を除けば、これまでに4名の損害が発生している。

 同様のことはアッシュにも命じており、西階段ホールには第6分隊の各員を各階2名ずつ配置させ、残りは予備要員として第3分隊が吸収した。

 こちらの損耗は第6分隊の分隊長が死亡判定で脱落、重傷者も医療魔法で前線復帰したものの後方要員として階段警備に当たっている。初期に第3分隊が出した重傷者1名も同様だ。

 これで赤組の前方要員は東側が26名、西側が11名となる。

 対して青組は32名を正面階段ホールで、9名を2階の人質を巡る攻防で失い、さらに2名を3階で失っている。


 つまり兵力数は青組37に対して赤組37。

 数の上では全くの互角だが、攻撃三倍則に基づくならば、赤組が圧倒的に不利である。

 攻城戦などでは防御側の3倍の兵力を持たないと攻撃は成功しないという法則だ。いくつかの戦史でたびたびこの法則に当てはまらない事例が見受けられるが、現実的にはこの法則はほぼ原理原則と言って良い。


 防御側である青組が女中(メイド)下男(ボーイ)を中心とし、若年とはいえ現役兵が中心の赤組に対して練度の点で不利があるとはいっても、あくまでもそれは全体での話である。

 この時点から青組は使い古し、というかこの日のためにとっておいた古びた机や箪笥などの家具を防御施設として使用するし、使用可能火器も増える。おまけに古兵や経験豊かな女中の数も増える。なにより執務室周辺の間取りを正確に覚え、地の利を手にしているのは青組のほうだ。

 青組は地の利を生かしバリケードに立てこもって時間切れを狙えばいいが、赤組はそうはいかない。


 しかし演習終了まで48分となったこの段階で、ノーマン・サザランドは赤組勝利条件である執務室突入に対する意欲を全く失っていなかった。

 最悪、自分が戦死判定を受け退場する羽目になっても問題はないとすら考えている。

 彼には悪友アッシュと、アッシュが指揮する二人の屋内戦専門家という強力無比な手札があったからだ。



『ルールの更新をお知らせします。これよりM87散弾銃、およびMG5軽機関銃が使用可能になります。また、家財道具を用いいてのバリケードを作成可能になります。繰り返します……』


 館内に女中の声が放送される中、アッシュたちは二手に分かれてひた走った。

 走っては止まり、止まっては角を覗き込み、あるいは部屋に入り込み、制圧していく。

 東の方からはすでに激しい銃声と炸裂音が鳴り響いている。


「ノーマンさんたち、もうダンジョン突破したのかな?」

『まだだ。あっちは囮になるためにわざとゆっくり、派手に進んでるんだ』


 アッシュと別れ、4人ばかりを指揮することになったアンネリーゼは、とある部屋の前で立ち止まっていた。

 班員たちはミィナを先頭に、すでに突入体制を整えている。

 アッシュは5人を従え先行し、ダンジョン区画を突破していた。執務室からの増援を阻止する考えだ。


『いいから早く屋内掃討(ルームクリアリング)終わらせて来い。後ろには気をつけろ』

「はーい。それじゃ」


 朗らかな表情で通話を終了し、受話器を通信兵の背負った無線機に戻したアンネリーゼ。

 ものごとの道理をわかっている上司や仲間と訓練をすることが楽しくてたまらない、という表情だ。

 しかしミィナが茶化す間もなく、すぐに表情を引き締める。

 眼の前の客間のドアからは濃密な殺気が漏れ出ている。

 アンネリーゼはドアの右側に位置を取り、ウレタンソードを胸の前で立てて構えた。

 向かい側にはMP18の銃身覆いにビニールテープでウレタンの銃剣をくくりつけたミィナ。

 アンネリーゼが彼女の目を見てうなずくと、ミィナも軽くうなずいて右手を広げて掲げた。

 1秒毎に指を曲げる。5。4。3。

 右手を銃把に戻して体勢を微調整する。

 もうひとりの班員がドアを押し開け、彼女たちはその部屋になだれ込んだ。



  むせ返るほどの殺気を振りまいていたのは、部屋の奥に置かれた椅子に座る枯れ木のようなユルゲン翁ではなかった。


 その前方、部屋の中心にウレタンの穂先がついた槍を持ってどっしりと立つ、小柄なユルゲン付きの獣人(ライカン)の娘。

 ミーナであった。


「ユルゲン様、こちらで何を」


 と、思わず口を開いたのは同行していた統裁官だ。

 ユルゲン翁は介添なしでは歩くのも辛いほど歳をとったノームだ。齢二千歳を超えている。

 その存在はザボス家家中でも特別なもので、見方によってはザボス本人より敬意を集めている。

 そんな人物がこんなところで何をしているのかと、統裁官はいかなる状況でも口出ししてはならないという自分の役割を忘れて問うてしまったのだ。

 ユルゲンはしわくちゃの口元を小さく空けて、ほ、と笑った。


「なにって、わしゃミーナの人質じゃよ」

「はぁ」

「まぁいいから。ちょっとミーナの好きなようにさせとくれ」

「でも」

「ミーナはここ500年で、いちばん出来の良い弟子じゃ。頼む」


 ユルゲンが統裁官を黙らせると、ミーナはアンネリーゼを見て、こちらに来てほしいという身振りをした。

 その目の色に敵意や戦意がなかったのでアンネリーゼは素直にそのようにした。

 ミーナは普段から物怖じする娘で、体格も声も小さいので口元に耳を寄せてやりもする。


「えーなぁに? ミィナと一騎打ちしたい? なんで?」


 アンネリーゼはミィナの言葉をふんふんとうなずいていたが、しばらくしてぶはっと吹き出した。


「アンネ?」

「キャラがかぶってる、匂いも似てる、ミシェールさんがミィナのほうが槍はうまいって言ってた」


 訝しむミィナにアンネリーゼは腹を抑えて目尻を拭いながらとぎれとぎれに答える。


「うぅん。そんなつもりない」

「あんたね、ミシェールさんに褒められてんだから素直に自信持っときなさいよ。それでね、ごめんねミーナちゃん、ぶふふ」

「だから。どうしたの」

「アンタのほうがおっぱい大きいのが一番腹立つんだって!」


 それだけ言うとアンネリーゼは腹を抱えてゲラゲラと笑い転げのたうち回り、ミーナとミィナは顔を赤くして絶句した。

 残りの班員と統裁官は呆れて立ちすくむしかない。


「やだもー、ひー、ミーナちゃん、まだ14歳でしょ、これからおっきくなる子がこれ以上おっきくなりようない娘に嫉妬しちゃだめだよ、ひー、ひー」


 そこまで言われるとさしものミィナもアンネリーゼの頭をぱこんと叩いて黙らせるしかなかった。



 さて、なにをするかが決まったあとのアンネリーゼの行動は早い。


「各員周辺警戒を厳に。アキ、ヨハン、そっちの控室を捜索してからそっちの出口から前方確認。ハンスは後方警戒。ミィナ。手加減無しでやったげなさい。ミーナちゃん、それでいい?」


 預けられた兵たちに口早に指示を出し、ミーナにも確認を取る。ちいさな猫耳の獣人(ライカン)はこっくりと可愛らしくうなずいた。

 統裁官にはもと来た入り口周辺で待機してもらう。自らは出口となる側のドアを薄く開け、外の様子を探っている。


ドギー・ドッグス(ドゥーシュたち)が仕掛けてくるなら今なんだけど、まぁそうなったらその時よ」


 とはミィナを振り返っての弁である。


「いや……たぶん大丈夫。そんな気がする」


 と、ミィナはウレタンの穂先の重さを確かめるように、一振り二振り槍をしごく。

 槍の長さは2m半。チョウのパイクほど長くはないが、これでもれっきとした長槍(ロングスピア)の部類に入る。

 ミィナの好みではあと50cm欲しいところだが、別段支障はないようだ。


「ん。じゃあ、ユルゲンさま、統裁官。見届け役はお任せします」


 アンネリーゼの要請に、ユルゲンと統裁官はうなずいた。


「はいじゃああとはお若い人同士でごゆっくり、ってね」


 アンネリーゼはそう言い残すと、アキとヨハンを連れて執務室側の出口から出ていく。

 まったく、とミィナはため息をつきかけ、直ちにその場を飛び退いた。

 ミーナの突きが眼前を掠めていった。



 突きしかないと思われがちな槍の操法だが、実際のところ魔王領においては突方、薙方、斬方、打方、叩方とさらに抜け方(タイ裁き=身体だけでなく心の姿勢までも含めた概念)、巻き方(防御における槍の操法)と基本だけで6つの操典がある。

 薙ぎ斬りと斬撃、打ち斬りと殴打(叩方)が分かれているうえ、抜け方・巻き方が別途に修練型が作られ操典が編まれているところに、魔王領での槍術がいかなるものであったか知れようというものだ。


 ユルゲンがここ500年で一番の弟子だというミーナの槍の冴えは、確かに大したものだった。

 突きの初速こそチョウには遥かに劣るが、狙う箇所がいちいちあざとい。

 とにかく四肢の末端と関節を狙ってくるのだ。正中線に並んだ急所はそれほど狙わない。無理のない機会があれば手を出してみる、という程度だ。

 ミィナはそれらをことごとく阻んではいたが、とにもかくにも相手の手数が多い。秒間で10手以上、どうかすると17~8手は出してくる。獣人(ライカン)特有の俊敏性を最大に活かした攻撃だった。

 リーチで遥かに勝るミィナは手数に押され、なかなか攻勢に出なかった。

 クリーンヒットこそ許さないものの、染料を含んだウレタンがかすった跡があっという間に5個10個と増えていく。

 わずか1分ほどの間に二人は幾度も体を入れ替え打ち合ったが、そのたった1分間にミィナの四肢はウレタンがかすったあとで真っ白になってしまった。

 素人目にも圧倒されているのはミィナのほうだった。

 それだけではない。

 ミィナからは明らかに闘志や殺気というものが感じられなかった。


 統裁官がわずかに身体を伸ばして何か言おうとしたその拍子、その姿を目にしたのだろう、ミーナの動きにほんのわずかに淀みが生じた。

 その隙をついてミィナは相手方の突き出した槍を巻き落とし、飛び退いて距離を取った。

 大きく深呼吸して体勢を作り直す。

 腰を落として半身になり、大きく右手を引いていつでも槍を突き出せる構えだ。


 油断をつかれたと反省したミーナはわずかに舌打ち一つすると、ぶんぶんと音を立てて槍を旋回させ、大きく構えを改めた。

 右わきに槍を抱えて後ろに収め、腰を落とし、左掌を立てて前に突き出す。

 額といわず首筋といわず、多くの汗が滲んでいる。

 

 一方でミィナは四肢の末端こそ白く染まってはいるが、汗一つ掻いていない。

 変わったところがあるとすれば、ミーナに突きかかれる前に瞳に浮かんでいた呆れの色が、今は全くないことだ。


 しばらくそのまま睨みあっていた二人だが、どちらからともなくすり足で互いの周りを旋回し始めた。

 元から表情の少ない二人だが、体をそっくり入れ替えるころにはミーナに明らかに焦りの表情が表れる。


「ふぅっ!」


 このとき初めてミーナは周囲に聞こえる声らしきものを出したが、その気合とともに打ち出された大きな薙ぎ斬りはあっけなくミィナの巻き突きに叩き落とされてしまった。

 八極拳の槍の操法では、巻き突きが非常に重要な技となる。右手を捻りながら突き出された槍は、左手でたわませることにより先端を螺旋のように旋回させながら打ち出される。

 下手な槍や斬撃はこれによって弾き飛ばされてしまうのだ。

 そのこと自体はミーナも良く知っているし、ミーナ自身も基本の技として習得していた。したつもりだった。

 だが。


「ミーナ、さん。あなたは確かにうまい。ユルゲン様が編纂された槍術、それを確かに修めている」


 ミィナは呼吸を全く乱すことなく、ミーナの技をことごとく封じて見せた。


「でも軽い」


 つまるところはそれなのだ。

 ミーナの槍とミィナのそれでは、その穂先の重さが全く違っていた。


「うまいのと強いのは全然別のこと。どうしてだか、教えてあげる」


 それまでほとんど何の気配も見せていなかったミィナの身体が一瞬大きく見えるほど大量の闘気があふれ出し、すっと消えた。

 それはまるで、水をなみなみとたたえた湖の底が一瞬にして抜けたかのような、不気味な気の流れだった。

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