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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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卒業パーティー(6)サウザンド・アンド・アンブレイカブル

 次の障害らしい障害は、第6分隊と合流して3階に上がったときに現れた。

 ノーマンの指示により、第3分隊よりも疲れていない第6分隊が先に西階段ホールから3階に顔を出したのだが、いくらも進まないうちに重傷者3名、死亡1名の判定を受ける損害を出して下がったのだ。

 死亡したと判定された兵は、胸に強い打突を受け肋骨にヒビが入っていた。ほかの重傷者も腕を折ったり脚を折ったり、似たようなものだった。


「何があったの?」

「チョウさんとパヴェルさんです。チョウさんの(パイク)に突かれて」


 アンネリーゼが分隊魔法師とともに『死傷者』の治療をしながら尋ねると、脚を折った兵が応えた。

 階段ホールから廊下を覗き込むと、果たして幅6~7mの廊下の真ん中に居座る大きな影。

 よく見ると、縦横2mほどもある巨大な盾の影に、パイクを構えたオーガーのチョウがいるようだ。

 とすると、ドワーフのパヴェルが大盾を構えている、ということになる。

 魔王領のパイクは鬼族の技術と素材により、どれほど太くとも異様なまでにしなる。おそらくパイクの死角はパヴェルの構える盾の正面2m以内にしかないだろう。

 そしてその距離まで近づけば、パヴェルのシールドバッシュで吹き飛ばされるという寸法だ。


「手榴弾や榴弾(グレネド)の魔法は?」


 チョウやパヴェルとも戦ってみたい、などと言っておきながら、アンネリーゼはこういう事を言う。

 考え方のモードが、武人ではなく軍隊になっているのだ。無論、当人は矛盾など全く感じていない。

 だが。


「手榴弾はチョウさんがパイクで弾き返す。魔法はパヴェルさんのあの盾が無効化する。ライフルの弾も通らない」

「は?」

「チョウさんは『千()突』の異名を持ってる。で、『破壊不能(コワレズ)』ことパヴェルさんのあの盾、神代の特級遺物(オーパーツ)でさ。あの盾の半径5m以内は魔法が使えなくなる。大砲で撃っても歪みすらしない」


 横からひょっこりと顔を出したアッシュが応え、アンネリーゼは呆れと不信が半々の表情を作った。


「そんなものあるの?」

「パヴェルさんの家宝だよ。魔王領でもかなりのレア物だ。大殿の業火鑓(ファイアジャベリン)ですらかき消されちまう。で、毎年あのコンビを倒すのに苦労するんだよなぁ。一応攻略パターンはあるけど」


 アッシュの諦めたような声に、周囲の兵どもはうんうんとうなずいた。

 そのうちの一人があえて朗らかな声を出す。


「というわけで、おまかせしましたよ、アンネリーゼさん」

「はへ?」

「いやぁ、あの二人ともやってみたいって言ってらしたじゃないですか」

「そうだよ、そんなこと言ってたよな」

「アンネ、頑張れ。死んだら骨は拾う」


 仲間たちに次々に声をかけられ、そういやそうだったな、と口元を引きつらせながらアンネリーゼは冷や汗を垂らした。


「え、なに、一人でやれっての?」


 と問うと、その場の全員──ミィナまでもが期待に満ちた目でうん、とうなずく。

 アンネリーゼはしばらく考え込んでみたが、答えは一つしかなかった。


「ええい、くそ、しょうがない。いっちょやったるか!」



「パヴェルよう、わしゃあ腹減ったぞ」

「わしゃ帰ってカーチャンといちゃつきたいわ」


 大盾を構えたパヴェルの後ろで、三間長柄(パイク)を構えたチョウがぼやく。

 それに答えてチョウもぼやく。


「わかりみがある」

「バブ味を感じてオギャりたい」

「その年でオギャるのは無理があるで」

「あーあー聞こえなーい」


 二人の老兵は軽口を叩きあっているが、その眼光は油断なく鋭い。

 二人ともとうに軍籍からは除隊してはいるが、ザボス家旗本衆であることには変わりがない。

 と、そこへアンネリーゼが現れた。

 弾薬帯(チェストリグ)は外し、MP18ももっていない。

 拳銃とウレタンソード、それに手榴弾を一個、腰の弾薬ベルトに吊るしているだけで、ヘルメットを脱ぎ捨てブーツすらも履いていない、身軽な格好だ。

 パヴェルは盾の中ほどにある視察孔から彼女を見たとき、ちょっとからかってやろうと思ったが、その目を見て考えを改めた。


「チョウ」

「お」


 どうやらチョウも同じ意見らしい。

 それまで油断なく構えこそすれリラックスしていた二人だったが、緊張度を跳ね上げる。

 アンネリーゼはチョウの(パイク)の間合いの少し外、7mほどの距離で立ち止まり、ものも言わず床に手を付居てかがみ込みこんだ。右足をわずかに、左足を右足よりは大きく後ろに引く。

 それから深呼吸を、1回、2回してから手をついたまま腰を上げる。

 まるで獲物に飛びかからんとする狼や虎のようだ。

 彼女の表情もその猛獣どもと似たり寄ったりである。

 ただし目だけは異様に落ち着いている。

 瞳孔が開き、見るともなく全体を見つめ、何も見逃さない、目。

 そういう目をしているときのヒトが何より恐ろしいのは、ヒト以外のすべての魔族の知るところだ。

 他の種族では集中力は長続きしない。一瞬一瞬、深く強く集中することはできるが、訓練を積んだヒト族は深く強く、そして長く集中力を発揮する。

 そうなったときの彼らは普段からは想像もできない力強さ、素早さ、知性を見せる。

 タチが悪いことに、ヒト族はそれを仲間内で伝染させる。

 熱狂したヒト族の暴徒と農地を襲う蝗の大群、どちらがマシかは未だに結論が出ていない。

 何でもできるが何にもなれない、そのかわり何もかもを打ち砕き押し流す。

 それが魔王領におけるヒト族というものだった。

   

 音が、凍った。

 

 チョウとパヴェルも、アンネリーゼに引きずられるかのように異様なまでの集中力を発揮し始めた。

 アンネリーゼの意図は明白だ。

 チョウの初段を躱し、その槍が戻るよりも先にパヴェルの盾を飛び越え、チョウとパヴェルを排除する。

 それが不可能だとは、ふたりとも思わない。

 如何にチョウが千弾突きと呼ばれようと、槍はただ一本の槍に過ぎない。

 如何にパヴェルが破壊不能と謳われようと、破壊不能なのは盾であってパヴェル自身はそうではない。

 彼らはアンネリーゼがほんのときたま、加護魔法も使わずにヒト族の限界を軽々と超えるところを見ていた。それはたいていザボスに尻を触られたの胸を揉まれたのというときのことだったが、そうやってからかわれたアンネリーゼの初弾はザボスですら着衣を傷めないと防げないようなものだった。

 さらにアンネリーゼは、普段から加護魔法なしでどれだけ戦い抜けるかに焦点を絞った訓練を行っており、その延長で如何に理性を失わずにザボスに抜きつけるときのような力を発揮させるかの訓練も行っていた。

 その手助けは彼ら旗本衆年寄り組も行っている。

 アンネリーゼが一階でオーガーの古兵が前蹴り一発で吹き飛ばしたことは彼らも聞き及んではいるが、彼らに言わせれば(それはそれで大したものだが)、それは加護魔法を使って行ったか否か、ということのほうがよほど重要だった。


 いや、とチョウは唇を捻じ曲げた。

 アンネリーゼはきっと加護魔法など使わずにそれを成したに違いない。ベルキナやミィナとの訓練がそれを可能にしたはずだ。

 そしていま一番大事なことは──


「チョウ!」


 アンネリーゼに向けた初弾を外さないことだ!



 アンネリーゼがほんの一瞬、肩から力を抜きわずかに頭を下げたとき、パヴェルがチョウの名を叫ぼうと口を開いた。


「チ─」


 肩から抜いた力を手指とつま先に集中させ、爆発させる。


「──ョ──」


 四肢の末端が得た反発力を全身の筋肉が推進力へと変換する。


「──ウ!」


 異様に低い前傾姿勢で前方に飛び出したアンネリーゼ。

 その視界の中央以外はみな後方へ引き伸ばされるが、霞んで消えてしまったりはしない。

 異常な集中状態にあるアンネリーゼは、後方へ弾け飛んで見えなくなった周りの風景が全て見えていた。

 空気の流れ、匂い、空気中の魔素の振る舞い、空気の分子に当たって拡散する光、そういったものすべてが彼女には見えていた。


 一歩目が着地。


 だから巨大な盾の向こうでオーガーにしては細身のチョウが全身の筋肉をたわませ、三間長柄(パイク)を『発射』するのも一切合切見えていた。

 ウレタンの穂先は回転しながらこちらの顔面めがけて突進してくる。前傾姿勢をとっているのだから仕方がない。当然のことだ。穂先の後ろでタケでできた柄がぶぅんと音を立ててしなっている。


 二歩目が着地。


 穂先が眼前40cmに迫る。

 おそらく瞬きする間もなく、白い染料をたっぷり含んだ分厚いウレタンの塊がアンネリーゼの顔面に激突するだろう。なんたる初速の突きであろうか。千()突の異名も無理はない。

 だが二歩目、左膝の力をわずかに抜いたアンネリーゼはそれを見事に躱してみせた。

 たわみ、しなりながら回転する穂先はアンネリーゼの顔面間近、右肩をかすめて通り過ぎる。

 それを見越していたであろうチョウが手元に力を入れ、アンネリーゼを殴打すべく新たなたわみがパイクの柄に発生するのが見えた。パヴェルが盾をわずかに持ち上げ、足に力を入れるのも。

 パヴェルの足元の絨毯にシワが寄り、次の百分の数秒で巨大な黄金の盾が突進してくる。

 アンネリーゼは振り上げた右手でパイクを肩に抱え込み、


 三歩目で大きく飛んだ。



「ぬぅん!」

「っつあぁ!」


 チョウは気合とともに突き出したパイクを右に薙ぎ、それをひっつかんだアンネリーゼは右に回転するパイクの力を使って宙に舞い、パヴェルの突進を紙一重で躱した。ズボンの裾が盾に引っかかり、裂ける。

 しかしだ、とチョウは唇を捻じ曲げかけた。

 チョウのパイクをまともに掴んだアンネリーゼは、その回転力と、殴打すべく右に振った慣性をまともに受け、右の壁に激突するコースに乗ってしまった。

 悪く思うな、と思いながらチョウは『次弾』を『装填』するべくパイクを手元に引き込もうとした。

 そのパイクが妙に重い。

 なんだと思った。


 思うまでもなかった。


 アンネリーゼは手の皮がずる剥けになるのも構わず、チョウのパイクをひっつかんだままだったのだ。



 ほんのまばたき2回の間に決着は付いた。

 引き込まれた勢いそのまま、チョウの顔面に激突したアンネリーゼは、彼の首根っこを太ももでぎゅうと締め上げながら後ろへ押し倒した。

 倒れる最中に逆手でウレタンソードを抜き、着地と同時にチョウの喉元に切っ先を押し付ける。

 いててと呻くチョウが目にしたのは、右手の痛みに顔をしかめながら爽やかな笑みでこちらを見下ろすアンネリーゼだった。



 ちなみにシールドバッシュをかわされたパヴェルは、さっと振り向いて再度突進したかった。

 したかった、というのは大の字に倒れたチョウの体が邪魔で、蹴躓(けつまず)いて倒れてしまったからだった。


 頭を上げると影がさす。

 パヴェルの前に立ったアンネリーゼは、また機会があったら1対1でお願いしますね、と微笑むと、真っ向唐竹割にパヴェルのヘルメットを打ち抜いた。



「いだだだだ、いだいい!」

「うるさい、我慢する」


 アンネリーゼは分隊魔魔法師とミィナに肩と右腕を引っ張られていた。

 チョウのパイクを掴んで引き込まれた拍子に、右肩を脱臼したのだ。

 腕と肩の角度を合わせたミィナと分隊魔法師が目を合わせて同時にうなずいた。

 ゴリッ。


「あいたぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 関節を押し込まれたアンネリーゼは頓狂な声を上げてのたうち回った。

 その包帯にくるまれた右手は血が滲んでいるが、しゅうしゅうと白い湯気が湧いてもいた。

 

「大げさ。治癒魔法は効いてる」


 などといいながらミィナはドサドサとアンネリーゼの装具をアンネリーゼの上にぶちまける。

 ひどいなぁ、痛いもんは痛いんだよう、てか手伝え? 装具つけるの手伝え? とアンネリーゼは文句を言う。


 それをチョウとパヴェルは少し離れた場所から眺めていた。

 パヴェルは煙管で一服付けてもいる。本来は演習中の喫煙は禁止だが、『戦死』した古兵に文句を言う者などまずはいない。


「吸うか」

 

 とパヴェルは相棒に煙管を掲げた。

 壁に持たれて座り込んでいるチョウは気の抜けた動作でを受け取った。


「……儂らもいよいよ引退時かのう。もしかしたらとは思っとったが、ああまで見事にやられるとは」


 ひとりごちパヴェルだったが、返事はない。

 どうしたと思って相棒を見上げると、彼はぼんやりとアンネリーゼを見つめていた。


「おい、チョウ」

「……惚れた」


 熱っぽい声でチョウが答える。

 やっと喋ったと思ったらこれだ、相変わらず年下の女丈夫にだけは弱いんじゃからと、パヴェルは大いに苦笑した。

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