卒業パーティー(2)
アンネリーゼは中庭の隅のテーブルで唸っている。
どうしてこうなった、と。
彼女の右隣にはエミリア、左隣にはベルキナ。それはいい。この状況ではありがたい限りだ。ふたりともアンネリーゼを気遣って同席してくれている。
では、この状況とはどういう状況かと言うと、彼女は美男子に絡まれていた。
それも同時に三人も。
これがせめても男臭い男が相手ならまだ良いが、相手全員が全員、中性的でいながら男とはっきりわかる顔立ちだ。
アンネリーゼはこの手の男に生理的嫌悪感を抱く性質だった。
そのうちの一人が口を開く。彼はアンネリーゼの優男嫌いの根源的原因の一人だった。
「遅れてすまなかったね、アンネリーゼ。それでその、皆さんにぼくを紹介してはくれないかな?」
アンネリーゼの正面に座った金髪碧眼の優男が口を開いた。
ピエール・アルノー・フィルマン侯爵。元教会序列正三位、エラ修道会騎士団団長、サン・ドミンゴとその周辺の守り手。そして聖法王国内で内戦を開始したエラ修道会を主勢力とする《法の暴走に対する人権拡大要求闘争委員会》主席委員の一人である。年の頃にして30代半ばのはずだが、20代前半にしか見えない。
言うまでもなく、エラ修道会出身であるアンネリーゼ、エミリアともに因縁の深い相手である。
が、しかし。
「さて、どうでしょうか? 私の如き下賤のものが御身の御名を口にするのは憚られますが。義姉様はいかがです」
「私はすでにエラ修道会はもとより、家とも縁が切れました」
「ですよねー」
ふたりとも取り付く島もない。ツンとそっぽを向く。
当たり前だ。
フィルマンは彼女たちが中央教会に利用されている間に計画を進め、アンネリーゼが魔王領に送り込まれるのを確認するや否や内戦をはじめた主要人物の一人だ。
そうでなくても彼は、彼女たちが卓抜された戦術能力・作戦遂行能力をもつことを確認すると彼女たちを酷使して西方異民族駆逐の足がかりを築いた男である。何度無茶な命令を下され、煮え湯を飲まされたかわからない。
およそ生還不可能と思われた任務を命じられたことことは2度や3度では済まないし、「作戦上の必要から」騙されたことも数知れず。夏の騒動の際に、アンネリーゼに自治権拡大要求闘争を開始する旨、トマゾ村のものどもに託して知らせてきた張本人でもある。
そんな相手が当然の顔をしてパーティーに遅れてやってきた。
彼を呼んだのはザボスその人であるが、すでにザボスの私物であるエミリアは何をかいわんや、主人の指定した時刻に現れなかったということで氷点下の視線を実装してしまっている。アンネリーゼにしても口汚くザボスを罵るのはもう既に親しみの現れの段階であるからにして、右に同じ。
アンネリーゼは彼の人格はともかく軍人としての能力を尊敬はしていたから、むしろ人格に対する情緒的評価という意味でエミリアが怒りを爆発させないほうがよほど恐ろしい。
フィルマンはやれやれといった表情でテーブルの上の手を組むと、自分の左右の人物を交互に見据えながら自己紹介した。
アンネリーゼから見て右は公安警察での上司に当たるアッシュ・エドモン、左は難民局でこれからの上司となる次期難民局長だ。
「改めてはじめまして。エラ修道会騎士団団長、ピエール・アルノー・フィルマンです。そちらは既にお会いしていますね?」
「公安警察2課長補佐、アッシュ・エドモン警視です。その節はどうも。そちらは」
「民部省難民局企画課長、ジェフリー・ヘイズです。お見知りおきを」
ヒト、半魔、ヒトとエルフの混血。
金髪、暗紫色、プラチナブロンド。
タレ目、吊目、細目に眼鏡。
騎士に公安刑事に、次期難民局長。
エリート・高給・いい男。
そんな見目麗しい優男の集まりとあらば、通りがかる女どもの足が止まり立ちすくむのも仕方がない。黄色い声さえ上がっている。
無理やりとっ捕まって同席させられたアンネリーゼは吐きそうだったが。
これなら助平な女に身体を弄られたほうがまだマシだ。
男たちが世間話を交わす中、小声で左隣のベルキナにどこかに連れ去ってくれ、とお願いしてみたが、こういうときに限ってベルキナは自分の欲望に背いてアンネリーゼを育てようとする。つまり拒絶された。
しかたない、と独りごちて、アンネリーゼはテーブルに手をついて立ち上がった。
ベルキナが服の裾をつまんで注意するが、知ったことではない。
「皆さん、お知り合いになられてよかったですね。私がここにいる意味も、もうございませんでしょう? それではこれにて」
「待てよ、アンネ」
と、ベルキナではなくアッシュがアンネリーゼを呼び止める。
「今後の仕事に関わる、大事な話だ」
「それならそのときにすれば良いじゃん。今日はパーティーだよ、無礼講でしょ? 仕事の話はなしだよ」
3人の優男の中でも一番気安く話せる相手のアッシュに、アンネリーゼは噛み付いた。
呆れ顔をしたアッシュに、ニコニコと様子をうかがうフィルマン、無表情に状況を眺めているヘイズ。
「無礼講、礼が無くして講にあらず、ってのは万国共通だろうに」
「でも」
「すぐ終わる。我慢しろ、巡査部長」
ついにアッシュは上司としての言葉を発した。であればアンネリーゼも従わざるを得ない。
はぁいと気のない返事をして座り直すと、ヘイズがふんと鼻を鳴らし、それを受けてフィルマンが混ぜっ返した。
「皆さん共通の悩みがあるようで。いやぁ話が早くなりそうだ」
なるほど、アンネリーゼのどぎつい皮肉はこの人の影響かと、ベルキナは合点がいった。
◇
「はぁ? 3人も私と一緒にレスタに行くってぇ?!」
アンネリーゼは頓狂な声を上げた。
「正確には、ぼくはあちらに戻る途中でレスタに立ち寄る、というだけの話だがね」
「俺は公安警察レスタ州支所の立ち上げ業務」
「わたしは難民局レスタ州本部長として着任する。任期は1年間だ」
優男どもは呆れながらも口々にレスタ行きの理由を述べた。
いずれも公的な理由であるし、私人としてのアンネリーゼには無関係だ。
無論、公人としての彼女には大いに影響がある。全員が全員、アンネリーゼにとっては上司または元上司である。
これからのことを思ってアンネリーゼはげんなりとした。ちびりとグラスを舐めるが、こんなにまずい米酒は飲んだことがない。
あーあ、帳面仕事は好きじゃないけど、優男と顔を突き合わせるのだけはしなくて済むと思ったのに。
「まぁアンネは俺達みたいなのが嫌いだから、あとの話は俺が勝手にまとめておく」
「だったら最初からそうしてくださいよ」
「アホか。こういうのは形式と段取りが大事なんだよ。それにお前、エラ修道会使節団のメンツ丸つぶしにしてるだろ? その非礼をフィルマンさんに直接謝っとかないと、やりたい仕事に支障が出るぞ。お前の仕事は何をどうやったってエラ修道会が間に入る。彼らのメンツも立ててやんないと」
アンネリーゼを説教したアッシュはその態度のまま、顎をしゃくってフィルマンに顔を向けた。
それでいいですね、と尋ねるとフィルマンは破顔する。
「アンネ」
「わかりましたよう。……フィルマン様、どうも大変失礼いたしました……」
アッシュは、フィルマンがアンネリーゼが行った不承不承の謝罪に頷いたのを確認すると、立ち上がって男どもについてくるよう促した。
実際にやれやれとも口に出している。
そうした中、ヘイズがアンネリーゼに問いかけた。
「アンネリーゼくん。君は私が嫌いなのか」
「はぁ、すいませんね。性分ですんでどうにも。生まれ育ちのせいです。企画課長のせいじゃないですよ」
アンネリーゼのぞんざいな返答を受けても、ヘイズの無表情は変わらなかった。
「そうか」
「そうです」
「なるほど」
「ていうか今日呼んでませんよね?」
「いや、良い機会だと思って自薦した。これまで公爵殿下にはお会いしたことがなかったし、公爵殿下の秘蔵っ子を預かる身としては改めて話を通しておきたかった」
「ふぅん。まぁいいですけど」
そう言ってそっぽを向いたアンネリーゼを、珍しいものを見るかのように眺めるヘイズ。
「なんですか?」
「……いや。それではまたな、アンネリーゼくん。今後も頼む」
それだけ言うと踵を返してアッシュを追うヘイズ。
その後姿を見てアンネリーゼはなんだあいつ、と小声で悪態をついた。
ようやくテーブルの緊張が溶け、女たちはやれやれと姿勢を崩す。
と、そこへ背後から声を掛けるものが居た。
「よう、へたばっとるな」
声の主はヘグルンド伯爵。
それに騎士ジャン=ポール・マリーと公安警察刑事部長ドッペルワイヤーも彼に連れられてきていた。
「ヘグルンドの叔父貴!」
「阿呆、外で叔父貴呼ばわりはやめぇ言うちょろうが。ちゃんとヘグルンド伯爵様さまと呼んだらんかい」
「えへへ、すいません」
相変わらず年上の男臭い男にはすぐに懐いてしまうアンネリーゼ。ヘグルンドともすでに勤務外であれば親戚の叔父さんと子供のような付き合いをする仲になっていた。
ヘグルンドの大きな拳でちょんと頭をこづかれ、舌をちょろりとだしておどけてみせる。
エミリアはそんな義妹の様子を微笑ましく眺めていた。
「騎士ジャン=ポール」
「騎士エミリア。この間はお互いご苦労だった」
「ええ。あれほどうまくハマるとは思いませんでした。あの坊やはどうしました?」
「放流して経過観察している。彼らの廃ビルを襲撃したのはあくまで捜査だ。テロ後の報復処置ではないから、必要な取り調べが終わって前科がないなら釈放しなくてはならない。そういう建前だからな」
聖法王国からの亡命騎士、ジャン=ポール・マリーはドッペルワイヤーを伴って、先程までアッシュが座っていた椅子に腰を下ろした。
この間、とは新市街での廃ビル強制捜査のときのことだった。盾持ち警官はジャン=ポール・マリーを現場指揮官としたアンネリーゼやエミリアを中心とする元聖法王国騎士の面々、大野太刀を携えた警官はベルキナだったのだ。
「なるほど。うまく友釣りの餌になってくれると良いですね。ところで騎士ジャン=ポールは、今後は?」
「わかっているのに聞くかね? なんのかんのと言って、小生はスパイ仕事が性に合っているようだ。だが実家と一門はエラ修道会が保護してくれたようだし、主を替えるにもはや遠慮はない」
「ああ、それはようございました」
「うん。といったわけで、またしばらく演習の手伝いを頼むかもしれん。よろしく頼む」
「こちらこそ」
◇
それから少し話をして、ヘグルンドたちは去っていった。
去り際にヘグルンドが、あまり食うなよ、腹を重たくすると大変だぞ、とアンネリーゼに注意した。
彼女はその時おおきなおおきなエビの蒸し焼きを取り皿に載せようとしていたところで、アンネリーゼは照れ隠しの愛想笑いを浮かべる。
そのぎこちない笑顔のままエミリアを見ると、嫌に気持ちの良い笑顔。ただし眉に感情が籠もっていない。
こりゃあなんかあるなとアンネリーゼが思った瞬間、中庭の壇上のスタンドマイクに音源が入る音がした。




