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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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襲撃

 魔王領首都ピオニール。

 その南半分、新市街のとある一角に、その廃ビルはあった。

 地上4階、地下1階建ての、幅と奥行だけはあるビル。もとはなにかの仲卸商の持ち物件だったという話だ。

 表通りには面しておらず、裏通りと仲通りに前後を挟まれていた。

 窓は少なく、左右のビルよりは背が高い。

 そのビルがあるあたりは建築されてから40年以上が経過している建物がほとんどで、近く一帯は更地にされる予定だった。

 廃ビルと言うからには住民や入居店舗の従業員というものはいないはずだ。しかし実際にはざっと30人程度の不法占拠者が住み着いていた。

 ほとんどがヒトだが、いくらかは魔族との混血のものもいる。男もいれば女もいるし、中年もいればまだ10代ぐらいの若者もいた。

 そのすべてが魔王領に仇なす存在であった。


 少なくとも彼ら自身はそう思っていたし、そう願ってもおり、そうあらんと努力していた。


 それは11月も末の、冷たく激しい雨の降る夜だった。

 ほとんど雪雲と言って良い、低く垂れ込めた雨雲によって、月も星も見えはしない。

 ビルの屋上と、その周辺には不法占拠者たちの一部が見張りに立っていた。

 いた、というのは過去形である。

 なぜならば。


「1-2、制圧(クレイア)

「2-1、制圧(クレイア)


 彼らは頭から爪先まで黒紫色の装備に身を固めた公安警察特殊戦術部隊に、音もなく続々と制圧されていったからだ。

 やがて見張りたちを完全に制圧した公安警察特殊戦術部隊はビルの目標地点にたどり着くと、太く長い腸詰めのようなものを円を描くようにして裏口横の壁と表口横の壁、屋上の床に貼り付けた。全部で3つ。

 見張りたちの最初の一人が制圧されてからわずかに5分間の早業である。

 身振り手振りが交わされ、時計を確認し、特殊戦術部隊たちは一斉に身動きを止めた。


 閃光、爆発、轟音、大量の白煙と内側に向かって吹き飛ばされる壁と天井。


公安警察だ(セキュリテパブリキ)! 動くな(ネ・ブージュ・パ)!」


 特殊戦術部隊が口々に怒鳴りながら破孔から突入する。

 破孔の近くに居た不法占拠者たちは爆発の衝撃や壁の破片を食らって戦意を喪失しており、無抵抗で拘束されていく。

 1階と4階では戦闘は発生せず、制圧は速やかに進行した。

 1階から突入した5個班のうち2個班は上階に、4階から突入した2個班は下階へ向かう。

 彼らは特殊音響制圧機材、いわゆる制圧手榴弾(スタングレネード)を大量に使用して一部屋ずつ確実に、安全に制圧していった。何度かは発砲もしたようだが、それとて武器を持った不法占拠者に対する予防攻撃のみであった。

 ほどなくして2階、3階の制圧も完了する。突入部隊、不法占拠者ともに死者はゼロである。

 戦闘が発生したのは地下だった。



 地下はビルの設計図では1階層だけだったが、そこは倉庫として設計されていた。

 図面上は出入り口と柱だけしかなかったが、置かれたままの棚と物資、不法占拠者たちの改造によって迷路の如き城塞と化していた。

 隣接する下水道や他のビルへの出入り口も不法に増設されてはいたが、その情報は内通者の手によりすでに公安警察にもたらされていた。当然のことながらそちらからも公安警察特殊戦術部隊は突入していた。

 

 派手に突入した地上班とは違い、静かに侵入した地下突入班は棚と物資と間仕切りでできた迷路を音も立てずに慎重に進む。

 地下突入班は全部で3班、18名。彼らでもって地下の不法占拠者たちを追い込み、地上の部隊と挟み込んで検挙する計画だ。

 迷路の中にはいくらかの罠も仕掛けてあったが、各班の前衛に配置された斥候(スカウト)がそれを発見し、解除し、あるいは回避させていった。

 突入から7分が経過した。すでに地上側への階段付近では激しい銃声が鳴り響いている。

 と、迷路の中を折り返し切り返し進む彼らの前に、突然人影が現れた。

 地下道から逃げ延びようとする不法占拠者の一部だ。

 しかし地下突入班は慌てず騒がず、迅速に不法占拠者たちを昏倒させ逮捕拘引する。

 待ち伏せを受けたことに気がついた不法占拠者の後続は銃を持ち上げ抵抗の意思を示そうとしたが、できなかった。

 銃把に手をかけた瞬間に射殺されていたからだ。地下突入班の銃は高性能な消音器が装着されていたから、鈍い発砲音も他の銃声にかき消されてほとんど聞こえない。

 やがてすべての障害を排除した地下突入班は、広間になっている部分の手前に到着した。

 全員が広前野への突入に備え、装備を再チェックし、無線に報告した。


『3-1、配置についた』

『3-2、配置完了』

『3-3、準備よし』



 地上1階から地下へ突入した3個班のうち、1個班は奇妙な者たちだった。

 配色は他の特殊戦術部隊と同じだったが、チタン・耐衝撃プラスチック・防弾鋼積層の暴動鎮圧防盾(ライオットシールド)を持ち、ごてごてとした防弾装備を全身に纏い、拳銃以外の銃は持たず、黒く塗られたゴムを巻いた警棒とワキザシと呼ばれるショートソードを持っていた。盾の先端には斧のような分厚い刃が取り付けられていた。

 全部で6人のその奇妙な盾持ちたちともうひとり、そのもうひとりだけは盾も持たず、防弾装備も最小限で、拳銃ではなく非常に小さな短機関銃と小柄な女性の身の丈ほどもある長剣をはばいている。

 魔法感応力の高いものが見たならば、彼らがうっすらと白い光を帯びていることに気がついたかもしれない。

 

 前方に展開し、不法占拠者たちと銃撃戦を繰り広げる突入班の後ろで彼ら盾持ち班は一列になって待機していたが、無線機からの準備完了の報告を聞くと一斉に顔を見合わせた。

 彼らは互いに肯きあうと、そのうちの先頭の比較的小柄なものが前方の突入班の肩を叩いた。

 奇妙な盾持ち班の意思を確認した突入班は特殊音響制圧機材と破片制圧機材(破片手榴弾)を2個ずつ階段の先へ投げ込んでから退避する。


 閃光と轟音、1テンポ遅れて悲鳴。


 不法占拠者たちは薬物を摂取するか、痛み止めの加護魔法を帯びていたのか傷を負いながらも立って戦おうとするものが多かったが、特殊音響制圧機材による閃光と高周波破裂音により視覚と聴覚を奪われていた。

 突入班と位置を入れ替えた盾持ち班が、即座に白煙の中を突き進む。

 悲鳴や悪態を叫び続けるもの、銃や剣を持って抵抗の意思を示すものには容赦なく盾ごと体当たり(シールドバッシュ)を行い、顎や側頭部を狙って警棒を振るう。

 脳を激しく揺さぶられた不法占拠者たちは即座に意識を刈り取られ、次々と昏倒していく。先ほどまでの銃撃戦がうそのようであるが、そもそもそれは地下突入班を援護するための陽動である。特殊作戦部隊の方は相手の頭を下げさせるために派手に銃撃を行っていただけでしかない。

 銃を一発も放つことなく躍進し、ほんの1分のうちに地下入口から左右15m、縦深10mを確保した盾持ち班だったが、前方の物資を積んだ棚が崩れたため数歩下がって退避する。

 物資の山から姿を現したのは、黄金色に輝く3体の怪異(モンスター)だった。



 その怪異(モンスター)たちは、それまでに魔王領で観測されていたものたちとは異なっていた。

 背はいいところ2m。四足ではあるが馬というより蜘蛛に近い印象の下半身。頭がなく首のところからすっぽりと大きな口が開いており、その手は長く大きい。

 怪異(モンスター)を援護する、武装した不法占拠者は6人。

 それぞれが違法に入手した銃器で武装しており、遮蔽物越しに銃撃を行った。

 盾持ち班は即座に横一線に盾を並べ、長剣をはばいた者と突入班がその後ろに続く。

 盾に弾着が集中したが貫通弾は発生しない。銃弾の中には大口径ライフル弾さえ含まれており、過去のテロ行為において同型式の盾はライフル弾には抵抗できないことが立証されていたにもかかわらず、である。

 彼らは突入部隊と歩調を合わせ、一歩ずつ確実に前進した。その一歩の間に、盾の間や側面から突き出た消炎静音器付きの銃が火を吹く。

 それを避けるために身を伏せた不法占拠者たち。

 しかし彼らは側背から一斉に銃撃を受けて身動きが取れなくなった。地下突入班による攻撃だ。

 何人かは脳みそを瓦礫にぶちまけ絶命している。

 それを見た怪異(モンスター)の一体が、


「ごぅああ!!」


 と吠えて身を屈めてから盾の隊列の中央に向かって飛びかかった。

 彼、あるいは彼女は正しい。いかなる意味でも降伏できる状態ではないからだ。

 大きく振りかぶった手には、長大な刃と化した爪。

 それが隊列中央のやや小柄な者に叩きつけられる、はずだった。

 

 しかし実際には。


「ぐがぁ!」


 その手は手首からきれいに断ち切られていた。

 そして狙われた盾持ちの背後には、ただ一人軽装だった者。その手には例の長大な剣──刀剣に詳しいものであれば、それを鬼族のもたらした「大野太刀」なるものであることを指摘したであろう。

 襲い掛かってきた怪異(モンスター)がたたらを踏んで後退するのを見た盾持ち班は、その重装備には到底見合わない俊敏さで散開した。足元の悪さなど気にもしていない。

 彼らは大柄な者一名を残し、二人一組で一体に当たる。例の長剣の戦士は、やや小柄な者と組んでいた。

 怪異(モンスター)たちは即座に迎撃しようとしたが、その抵抗はことごとく跳ねのけられた。

 盾持ち班が注意を引き付けている間に接近した突入班が、より大威力の銃に持ち変え側面から攻撃し、あるいは破片手榴弾で攻撃したのだ。


 苦境を見て取った怪異──最初に飛び出した彼あるいは彼女の腕が盾持ちの先頭、やや小柄なものを捉えたが、その特殊部隊員は盾を両手で構えて足元を踏ん張り、みごと怪異の攻撃に耐えきってみせた。

 怪異は再生なった反対の腕でもう一撃を加えようとしたが、攻撃を耐えた小柄な特殊部隊員はそうはさせなかった。

 そのものが盾の内側でワキザシを抜くと目にもとまらぬ速度で踏み込み、その怪異の腕といわず足といわず散々に切り飛ばし、盾で叩いて打ち割ったからだ。

 血、肉、血、肉、骨片、血、肉。

 白刃が煌めくたびに怪異の血と肉が血煙となって周囲に飛び散り、盾の先端に付けられた斧のような分厚い刃が鈍い音を立てるたびに怪異の骨が砕け散る。現場は瞬く間に鮮紅色一色に染められた。

 やがて標的とした怪異の腕と足を全て切落とした特殊部隊員は盾を捨てて大きく飛びあがり、


「でぁやああああああああああ!」

 

 裂帛の気合とともに怪異の胸を真向唐竹割に打ち割った。


「113!」


 叫んだ声は若い女。

 その陰から113と呼ばれた長剣の特殊部隊員が飛び出し、露わになった怪異の心臓を断ち斬る。

 怪異は一声吠えるとぐずぐずと体表を沸騰させ始め、やがてただの真っ赤な血だまりへと姿を変えた。


 

「こちら地下班。損害ゼロ。逮捕7、射殺4、怪異3はすべて分解されました」

『こちらCP、了解。撤収せよ』

「了解」


 地下突入班が無線で報告する横を、止血を施された生き残りの不法占拠者が手錠を打たれ連行されていく。

 彼は何もできなかった。なにも。

 彼の家系は3代前から「隠れたる玄孫修道会」の構成員だった。 

 魔王領内の情報をかき集め、編纂し、聖法王国に送り、可能ならば魔王領へ攻撃を行う。

 それが彼の家業だった。

 そうして魔王と魔族共に痛撃を加え、いつの日か聖法王国へ戻り──あるいは法の光で魔王領全土を満たし、その光の中で法王に首を打たれる。

 おお、見よ、その時こそ我らの血の淀みを法の光が浄めることであろう!

 それが彼らが夢見る教義の果てだった。

 しかしその夢は絶たれた。

 魔族は戦争捕虜やただの犯罪者には優しいが、テロ行為を働いたものにはたとえ同じ魔族であったとて容赦がない。いや、容赦がないどころではない。

 容疑者であればそうでもないが、実行犯は裁判も取り調べもなくその場で殺される。それが通常の対応だった。

 彼の兄も3年前に郊外の廃工場で頭を撃ち抜かれて死んでいた。

 実際のところ彼の兄は、堕落した他の信徒や魔族どもと共に麻薬の製造販売に手を染め、対立組織に殺されただけだったのだが、彼にはそのようなことはどうでも良い。

 聖法王国に戻りたくとも戻れない、彼の民族に課されられた呪いがこそ問題であった。だから間抜けな彼の兄が死んだのは麻薬犯罪のためではなく、魔族と魔王と魔王領の存在そのものが原因だった。


 これから下水道で射殺されるであろう彼は、最後に一度だけ振り返った。

 視線の先には例の盾持ち班。

 そのうちの一人だけ、あの信じがたい能力を示したやや小柄なものだけがヘルメットとマスクを脱いでいた。

 若い女だった。

 彼は彼女に見覚えがあった。

 信徒の間で彼女首には賞金がかかっており、彼も回状に描かれた彼女の似顔絵を見ていたのだ。

 アンネリーゼ・エラ。

 エラ修道会の懐刀。熱狂の戦巫女。女騎士(バーサーカー)。そして、背教者。


 もし何らかの偶然で生きて戻ることがあれば、アンネリーゼの首をとるのは俺だと、彼は誓った。

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