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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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獣のような顔つきで(1)

 ガロロロロロロロ。

 ファオオオオオオ。

 バラララララララ。

 ダダダダダダダダ。

 ドカドカドカドカ。

 様々な排気音を鳴り響かせながら、バイクの集団が田園地帯を通り過ぎていく。


「さむーい!」

「さむーい! ねぇ!!」


 集団から少し間隔を空けて走るボグロゥのサイドカー。

 その側車に乗り込んだクロエとモニカは、身を切るような晩秋の冷たい風と前方から襲いかかる砂埃、けたたましく唸りを上げるエンジン音にいちいち興奮して歓声を上げた。悲鳴かもしれない。

 ボグロゥは彼女たちを横目で見て、肌や髪の色の違いを除けばまるで親子のようだと微笑んだ。親子でなければ仲のいい年の離れた親戚か。

 いずれにせよ面白い組み合わせだな、とボグロゥは思った。


 走り出して半刻ぐらいはそうして笑う余裕がクロエとモニカにはあったが、一刻ほども経つとはっきりと疲れ、というより飽きが見え始めた。大きな風防のついたサイドカー乗車、しかもクッションとして(全体的に)柔らかくて暖かいモニカの膝の上ということでクロエはうたたねを始めたが、モニカのほうはそうはいかない。

 確かに周りの風景がびゅんびゅんと後ろにすっ飛んでいくのは珍しい光景といえなくもないが、それももう慣れてしまった。前方からは排気煙のにおいと絶え間なく飛んでくる砂埃。正直言ってつまらないのは事実である。

 ではなぜそのことを口に出さないかといえば──ボグロゥの表情が少しずつ獣じみた顔つきになっていくのに気づいたからだった。

 怪異や野獣と戦っている時ですら見せない表情。彼女はそれに見覚えがあった。


 出発してから一刻半ほど、距離にして40kmほども走ったところにある大きな牧場で一行は休憩をとった。この牧場は食肉牛の生産ではなかなか良い評価を得ているところだが、なぜ皆がここに立ち寄ったかといえばなんのことはない、牧場主が今回の走り納めの会に混じっているのだ。

 牧場の駐車場にバイクを停めたライダーたちには、早速ミルクと砂糖がたっぷり入った熱い紅茶と軽食がふるまわれた。

 クロエはあちこちをちょこまかと走りまわり、あれはなにこれはなに、と周囲を質問攻めにしていた。それはクロエだけにはとどまらず、2人の聖法王国難民もだった。彼らは鍛冶と農業技術者だったが、ボグロゥに誘われラウルに勧められ、恐る恐るついてきたのだ。ボグロゥとは別のサイドカーやバイクのシートに腰かけるときは死にそうな顔をしていたが、いまや彼らの表情に屈託はなく、ただ純粋に技術者としての知的好奇心に支配されているようだった。

 ボグロゥは牧場主や何人かの顔見知りたちと一緒に難民たちに付き添ってやっていたが、クロエが喉が渇いたというので彼女を抱えてモニカの座るテーブルへやってくる。

 その姿を見て、モニカはボグロゥと出会ったばかりの頃を思い出していた。



 実の所を言えば、ほんの十数年前までモニカは大いに増長していた。

 彼女は魔法の天才だと自任しており、それはたまさか事実であったが、いかんせん鼻につきすぎた。


 20年前に彼女は魔法学会でそれまでの魔法理論を覆す論文を発表した。

 魔法とは地水火風空光闇、その7属性に大別されていたが、それに疑問を持っていた彼女は全く新たな魔法理論を考え付いた。現代ではカンビーニ理論として知られる魔法の作用機序、その原型であった。

 従来の魔法理論では、それぞれの属性の精霊内は神を呼び出しその力を借り受けて行使する、というものであった。

 ところがモニカの論文によれば自分たちが操る魔法とは、まず効果範囲を規定し、次にその範囲内に必要な元素・分子などを呼び出し(必要ない場合は省略できる)、その元素・分子などの振動数を加速ないし減速あるいは結合させ、必要であれば慣性制御を行う、それらの全ては魔法の行使者自身の力によるものである、というものであった。

 神や精霊などは関与しない、というのが彼女の主張の最も目立つ部分であった。医療魔法においてすら、神も精霊も影響しない、と彼女は主張したのだ。


 それが他の魔法使いたちや宗教家たちの逆鱗に触れた。モニカの理論は彼らの神秘性を地に落とすものだったからだ。

 度重なる嫌がらせに音を上げ首都にいられなくなった彼女は、ザボス公爵に無理を言ってドラコ家の女中として隠遁することにしたのだった。


 ギュンター・グリュン・ドラコ前魔王の居宅に行ってみると、先に女中として奉公していたシマヅ家の次女が喧嘩をふっかけてきた。モニカは空間操作魔法でその角の片方を切り取ってやった。

 全くのノーモーション、無詠唱でそれを成し遂げた彼女を、ギュンター夫妻も付き添いのザボス公爵も、角を折られたシャンテですらもが褒めちぎった。

 みなは風の魔法だと思ったようだが、面倒くさいので説明はしなかった。


 それからの数年間、彼女は掃除洗濯などの女中仕事が終わると村の外で魔法の実験をするか、自室で論文を書くかの生活をしていた。まさしく自由気ままな生活ではあった。

 シマヅ家の次女、シャンテは規律よく過ごせと何かにつけて怒鳴っていたが、モニカは無視していた。

 村の若者や、村に隣接する軍駐屯地の兵隊たちはしょっちゅう彼女に声をかけたが、モニカは無視していた。

 一度だけ夏祭りのときに、力自慢の若者に乱暴されそうになったことがあるが、高度な空間操作魔法を無詠唱で駆使できる彼女にただの筋肉バカが敵うはずもなかった。こてんぱんに叩きのめされた彼らはモニカの自称親衛隊となった。

 モニカはやはり自分には力があると考え、増長していった。

 そんなモニカを見てギュンターはなにか言いたそうにしていたが、その妻メル・メルルゥ・ドラコは何も言わなかったし、言わせなかった。

 

 ボグロゥがレスタの村に来たのは14年前の秋のことだった。彼はまだ二十を数年過ぎただけの若者だった。

 彼はガタのきたバイクに野営道具一式と工具箱一つをくくりつけ、みすぼらしい姿でやってきた。

 口数は少なく、目はどこかうつろで、常に何かに怯えている。典型的な退役病(現代で言うPTSD)患者だった。当時は西方異民族との戦争や第3次南海戦争が終わったばかりのころで、そういったものはたくさんいた。

 聞けば仕事と寝るところを欲しているという。鍛冶と機械いじりはできるというのでやらせてみると、思いの外に腕がよく仕事も早い。

 村にはその年の春に腰が立たなくなった鍛冶屋兼ボイラー技士がひとりきりしかいなかったから、村の者たちはボグロゥがいついてくれるなら助かると大いに喜んだ。

 ボグロゥは寝たきりのものの世話をすることになんの抵抗もなく、甲斐甲斐しく鍛冶屋の面倒を見たものだから、村の者たちはなお一層喜んだ。彼はそのまま鍛冶屋にいつくことになった。

 思いもかけずに歓待してくれる村人たち、特にギュンター夫妻の親切さに彼は大いに驚いたようだが、ぎくしゃくと、たどたどしく礼を述べていた。

 モニカは彼のことを、オークの癖に何とも頼りない坊やだ、としか思わなかった。


 ボグロゥがレスタに来て1月が経ったころ。

 のんびりした村の暮らしに慣れ始めたところで、彼はモニカの親衛隊に付きまとわれ始めた。

 でかくてゴツいが、おどおどした様子のオークを手下にできれば親衛隊に箔が付くとでも考えたのだろう。ならず者の考えそうなことである。

 最初は素直に金を出していたボグロゥを見て、モニカも情けない奴、と鼻で笑っていた。

 しかしある日、ボグロゥは彼らの頭目を殴り殺しそうになる。彼がなにか、ボグロゥを爆発させるようなことを言ったのだ。

 ならず者たちはあろうことか保安官に泣きついた。

 ボグロゥは保安官に任意での事情聴取を行われたが、何も語らず、3日間の拘留期限がすぎると何事もなく解放された。彼はまっすぐ鍛冶屋に向かうと腰が立たなくなった店主のために医者を呼んだ。

 店主はボグロゥがいなかった3日間のうちにすっかり弱ってしまい、ひと月と経たないうちに死んでしまった。身寄りのものとは連絡が取れなかった。ボグロゥは彼を店の裏手で荼毘に付し、つつましいながらも葬儀を執り行った。

 その時に彼は立ち上る店主の煙に向かって、やり方が間違ってたら済まねぇな、と言った。店主はドワーフであり、彼らは火葬がしきたりであった。

 オークの葬儀は風葬または土葬、古式では喰葬であるから、口数少ないオークの若者が店主に対して最大限の敬意を払ったことが伺い知れる。


 ひとびとはボグロゥの行いに大いに感心したが、彼に嫌がらせをしたことで評判を大いに下げていた自称親衛隊たちはそうではなかった。

 彼らは鍛冶屋を乗っ取るために、すべてをボグロゥが仕組んだのだと主張した。

 当然彼らは他の村人たちから激しく非難されたが、その矛先はモニカにも向けられた。

 その頃になるとシャンテもモニカに対しては最低限の連絡と注意しかしなくなっていたし、メルにいたってはモニカをほとんど無視していたから、モニカをかばうものは愚かな自称親衛隊たちしかいなくなってしまった。

 それでもモニカは増長したままだった。

 間違っているのは世界のほうだと思っていた。


 そうではないことに気づくには、もう少し時間がかかった。

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