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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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走り納め

 11月も半ばすぎ、少雪の頃となると魔王領を始めとするツェントラル大陸の北半分はずいぶん冷え込む。

 つまり北半球の世界中で保存食づくりが行われ、夏のスポーツをやり納める季節となる。

 痛いほど澄み通った天気の日、《断絶の壁》レンサル峠の麓にあるレスタの街の郊外、オークのボグロゥの経営する店にエンジン音が甲高く響き渡ったのはそういう理由である。




「いよぉ」

「うーっす」


 ボグロゥの店の前、大きな駐車場にバイクが集まってくる。

 総勢22台。人数でいえばもう少し多い。種族も性別もバラバラなら、乗っているバイクも様々だ。とはいえ主要街道の舗装もまだこれからという田舎町なので、さすがにロードスポーツ車はいない。トラディショナルなネイキッドシングルか、オフロード車が大半だ。

 ひとびとは雪が降り出す前に、一緒にちょっとそのへんをぐるっと回って走り納めをしようと集まったのだった。夏の騒動のときに来ていたものも少なくない、というかほぼ全員がそうだった。

 ほぼ、というのはバイク乗りではないものが含まれているからだ。

 一人はギュンターの家にメイドとして勤めているモニカ。冷え込みが激しいためかさすがに厚着だが、もともとメリハリの激しい身体的特徴を持つため、非常にコケティッシュだ。事実、集まった者たちの何人かは彼女に目を奪われっぱなしである。

 さらに隣接する難民キャンプから何人かが見学なのか、集まっても来ていた。夏にきた難民たちの一番手であるクロエとその父ラウル、クロエのつき添いでゼラ婦人、人買いと揶揄される口利き屋のアダムスとその側近たち、この秋の間にボグロゥと知り合いになった難民のなかの鍛冶師などだ。

 彼らは思い思いに談笑し、あと一人の登場を待っていた。

 


 ややあってボグロゥの店のアコーディオンシャッターの右側だけが開き、大あくびをしながら中年のオークが側車付のバイクを押して出てきた。何でも屋にして腕利きのバイク整備士、3流鍛冶師と自嘲するボグロゥだ。彼はこれから始まる走り納めの会の整備要員として参加する。彼の押すウラル・サイドカーは側車側のタイヤも駆動する2WD構造で走破力も積載量も多い。事実、側車の前後に備えられたキャリアの上には工具や予備部品、燃料タンクまでもが山積みになっている。

 そうやって出てきた彼の姿を認めた人々は、思い思いに声をかけた。


「うぃー」「おっすボッさん」「おはようボグロゥくん」


 それに対しボグロゥは、いちいち丁寧にあいさつを返す。

 そんな彼の姿勢をモニカは得も言われぬ表情で眺めていた。

 と、そのモニカに後ろからささやく者がいた。


「ボグロゥ、かっこいいよね」


 誰かと思って振り返ると、花宿『ロクサーヌ』の女主人、ロクサーヌだった。体格はモニカよりも派手ではあった。上背がある上に彼女はアラクネ、つまり蜘蛛の下半身を持つ種族だったからだ。普段はモニカと競うような華美で露出の多い着こなしだが、今日は革のダブルのジャケットに革のヘルメット、深紫色の頭髪はきつく編み上げ、巨大な下半身と6本の足は冷えぬようになにやらもこもことしたカーキ色の毛皮で覆われていた。ところどころに見え隠れする薄いレースが嫌に艶めかしい。彼女の愛車はホンダ・ゴールドウィングGL1500のトライク(3輪)カスタムだった。幅は並みのバイクの3台分ほどもある。後席は彼女の下半身で埋まってしまうが、左右に設けられた予備座席にはキャンプ用品と、マイケルという名の花屋のせがれが乗っていた。

 ロクサーヌとボグロゥの仲は、店のボイラーおよび電灯類の保守点検業務契約と、ある程度余裕ができたときに彼女が購入したこのトライクにまつわるものが中心だった。たまには仕事中にボグロゥの愚痴を聞いてやり、ときどきは艶めいた冗談で彼をからかったりもしていた。


「ねぇ~。冴えない中年のオークのはずなのにねぇ~」

「ああいう細かい気配りがね、見た目と違ってね」


 二人はボグロゥに声をかけられるまでのわずかな間、当たり障りのない会話を行った。

 アンタがこの集まりに顔を出すなんて珍しいんじゃない? とロクサーヌがいうと、モニカはそろそろ本腰入れようかと思って、と答えた。

 ロクサーヌが花屋のせがれを連れていることについては、ちょっとした気分転換だよ、とのことだった。




「おいちゃん!! おはよう!!」

「はいおはよう。クロエは元気だなぁ!」


 たたたと足元に駆け寄ってきたクロエを抱きあげると、クロエはきゃははと笑った。

 オークの中年男の表情に屈託はない。ただその慈愛に満ちた目の中を注意深くのぞき込むと、ほんのわずかに羨望が見え隠れするはずだ。


「今日はすいません、クロエが無理を言って」

「気にすんない、俺たちの仲だろうが」


 ラウルが謝辞を述べるとボグロゥはむしろ嬉しそうに返答した。彼らはこの夏、この地を襲ったテロ騒動と難民キャンプ設営のごたごたを通じて信頼関係を結んでいた。親友同士であるといっても良いかもしれない。


「それよっかあんたら、俺らとあんまり仲良くするとキャンプの中で立場が悪くなるんじゃねぇのか?」

「はっは、そりゃあ今さらですよ。それに中央教会派の人たちも、ここのひとたちとうまくやっていかないと腹が減るって言うのを理解してくれたみたいですし」

「あとはお互い加減し合ってってことか。そんならよかった」

「はい」


 ラウルは国境を越え難民たちを引き連れてやってきたエラ修道会の騎士や宣教師たちに、あまり勝手を押し付けるなと慇懃な態度で啖呵を切ったことで、難民たちからある程度以上の信頼を得ていた。

 そのおかげで未だその形が定まらない難民たちの自治組織の一応のまとめ役、という地位を得ている。

 難民たちの間の宗派の違いによる衝突の危険は常にあったが、今のところはなんとか凌いでいるようだった。事実、心労による疲労を色濃く漂わせてはいるが、権力者の持つ雰囲気を身にまといだしてもいる。


「しっかし旦那、何度見てもこのバイクってのはすげぇもんだな」


 そこに声をかけてきたのは人買いアダムス。何人かの取り巻きと、難民キャンプの鍛冶師たちもうんうんんとうなずいている。

 アダムスの部下たちはラウルとも付き合いがあり、そのラウルは自分の会社の荷運び用に、荷車を付けた耕運機を所有している。その便利さは何度も見ているのだ。

 鍛冶師たちにいたっては自分たちでは鋳つぶすことしかできない過去の機械を、立派に再生して運用している魔王領の技術に感心することしきりだった。ボグロゥににしてみれば、魔法を駆使してスクラップを原料に、望む性能の金属を好きなだけ生産できる聖法王国の鍛冶師たちのほうがすごいと感じていたが。


「お、おめえもそろそろ買うか? 今なら安くしとくぜ」

「いや、また怪我済んのがオチだ、って言うかもう雪が降って乗れなくなるって言ってたの旦那じゃねぇか。在庫処分かよ」

「ちぇ、バレたか」


 アダムスはこの1週間前、ボグロゥに言われてスーパーカブに試乗してみたところだった。結果はさんざんで、いくらも走り出さないうちに転倒して手のひらをすりむいてしまった。それから彼の興味はラウルの所有するような耕運機に向けられていた。

 アダムスの指摘に対してボグロゥが棒読み気味に答えると、周囲の者たちは声を上げて笑った。


「さて、それじゃそろそろ行くか、みんな」


 ボグロゥが声を上げると、バイク乗りたちはみなそれぞれの愛車にまたがり、エンジンを始動させた。

 ボグロゥのウラルの側車にモニカが乗りこみ、膝の上にクロエを乗せ、それから毛布をかぶった。こうすると側車に乗ったものは非常に暖かく過ごせる。

 そこへゼラが近寄り、藤で編まれた籠をモニカに手渡す。よほど中身が詰まっているのかずっしり重たい。


「そら、お弁当だ。ひっくり返さないでおくんなさいね」

「はぁい、ゼラさん。ありがとうございます~」

「おばちゃんありがと!!」

「ほら、足元に入れな。蹴っ飛ばしたらダメだぞ」


 彼女たちのほほえましいやり取りをちらりと眺めたロクサーヌは、ふっと息をつくとゴーグルを装着した。その彼女の様子を見てマイケルが、あの、と少し心配げな声を上げた。

 この子は本当によく気が利くな、とロクサーヌは感心した。


「なんでもないよ。ただ、ボグロゥたちはああしてると、親子みたいだなぁって思っただけさ」


 そう答えたロクサーヌはマイケルのかぶるヘルメットの顎紐を点検してやった。花街でも1,2を競う美人の顔があまりにも近づきすぎて、マイケルはどぎまぎしてしまった。

 ロクサーヌたち花街の女たちは、この小さな英雄、夏のテロ騒動のとき自分たちを助けようと魔法力切れでぶっ倒れるまで魔法通信で助けを呼び続けたマイケルを、自分たちの手で立派な男に育てようと決めていた。そのために、彼は暇さえあればいろいろなところにさまざまな者の手によって連れまわされてもいた。

 そうしたマイケル少年との付き合いは、ロクサーヌにとって、ついぞ得られなかった子供とはこういったものだろうかという心地よい戸惑いを含むものだった。

 それは奇しくもクロエになつかれたボグロゥの気持ちと通じるものであったが、この日以後ロクサーヌはボグロゥを艶めいた冗談でからかうことは一切しなくなった。


 空は何かで洗い流したかのように、深く蒼く澄んでいた。

ちなみにサイドカー、文中のような乗り方してはいけません。1シートあたり1名乗車が原則ですからね。あとトライクだろうとサイドカーだろうとヘルメットはかぶろうな。死ぬぞ。

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