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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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遺物

 ボグロゥは結局10日間ほど休んでから、日常業務に復帰した。

 レスタに一名しかいない発掘師ギルド員である彼は難民キャンプ近くの発掘現場にも関わっていたから、当然そちらにも顔を出すことになる。


 レスタ市旧市街南西の『遺跡』発掘現場。

 その規模は当初の想定をはるかに超え、北西から東南にかけて2.8km、幅500m、深さは平均15mにもわたって連なる、近年まれに見る大規模なものになってしまった。

 その中で最も巨大な発掘孔は、直径にしてまさに300m、深さは50mにも達しようかというものだった。

 その巨大なクレーターはフェンスと天幕で仕切られ、出入口は車両用を一つと、人員用の出入り口を3つ持っていた。人員用の出入り口は大きな四角いテントとなっている。中は2重に区切られ、作業区画で浴びた粉じんなどを洗い落としてから、出口側の部屋で着替えて外に出る仕組みになっていた。

 ボグロゥはそのうちのひとつに入ると、鉛入りの防護服に着替え、鳥かごのような人員用エレベーターで穴の奥底まで降りていった。『遺物』を覆う『鞘』は強くはないが放射能を帯びていることが多い。粉塵も出るから、長時間の作業において放射線防護は必須の措置だった。

 クレーター状の露天掘り孔の底で彼を待っていたのは、同じような恰好をした一人のドワーフである。


「よう、ボグロゥ、もういいのかい?」

「ああ、迷惑かけたな、師匠。難民の作業員は?」

「風邪でへたばってる連中が多いが、こっちもあらかた片付いたし、有給休暇ってことにしてある。休業期間の収入保障は当局にねじ込んで日当の6割を確保しておいたから、まぁ文句は出ねぇはずだ」

「すまねぇ、そのへんの手配は俺がしなきゃいけなかったのに」


 ボグロゥが師匠と呼ぶ初老のドワーフは、彼に発掘のАБЦ(イロハ)を叩きこんだ流しの発掘師だった。名をマルティン・ボルツマンという。

 レスタ市郊外の難民キャンプを拡大することがきまり、ボグロゥは『遺跡』の更なる詳細な調査に乗り出した。そして3日目で埋まっている『遺物』の量を見誤っていたことに気付くと、すぐさまマルティンを呼び出し、彼を実務上の発掘責任者に据えてしまった。


「いいってことよ。俺もずいぶん荒稼ぎさせてもらったし文句はねぇ。だいたい、あと残ってるのは埋め戻しと魔法石の回収ぐらいだろ」

「本当にありがとう、師匠」


 自分の見立てに大きな間違いがあったことで忸怩たる思いを抱いていたボグロゥは、頭を深く下げながら感謝を述べた。

 『遺跡』の発掘調査から得られる利益は発掘師ギルドの既得権だが、ボグロゥとマルティンは『遺跡』の規模がつまびらかになった段階で、それをレスタ市政準備室に譲ってしまっている。

 レスタ市政準備室は発掘した『遺物』の販売益を得る代わりに、作業についての監督義務が発生しており、それには発掘技師の雇用責任も付随している。

 さて、ここからが肝心なところだが、『遺物』の売却額と、発掘師の給与については発掘師ギルド側に設定権がある。そして発掘師の給与は発掘した『遺物』一つ一つの売却益から賄われる。発掘師は自分の作業チームの収益を最大化するため、作業効率の最大化、あるいは売却益の最大化を図る。なぜなら発掘師が雇用する労働者の給与は、発掘師の給与から支払われるためだ。

 そうすると当然発掘師は安価で使い捨て可能な労働者を求めがちになるが、実際は優秀な労働者を囲い込んで良い給料を出すほうが、最終的な作業チーム一つ当たりの利益は大きくなる。優秀な発掘労働者は細かな『遺物』も見逃さない。なにしろネジの一本ですら金になるのだ。

 そういったわけで市政準備室『遺跡』発掘係の現場総監督にまんまと納まったマルティンは、自分の発掘チームにほかのチームから恨みを買わない程度に良い縄張りを与え、莫大な利益を得ることに成功していた。

 とはいえそれだけの地位にいるのであれば、責任もそれなり以上に大きくなる。

 今回の悪い風邪の流行は発掘現場の労働力確保に大きな暗い影を落としていた。大詰めは終わり、後は残土から細かい部品と魔法石の結晶を拾い集めながら埋め戻すだけ、という段階を迎えている発掘地点がほとんどとはいえ、どうしてもこの段階は労働集約的になりがちだったからだ。埋め戻しは重機でできるが、魔法石などの回収にはとにかく人手が必要だ。

 だからと言って休んだ者をすっぱり解雇して別の者を雇う、というわけにはいかない。なにしろ相手は宗教や考え方が違う難民たち。ましてや遺跡発掘は慣習的に忌み嫌われている産業だ。そうそう簡単に働き手が見つかるはずもないし、休んでいる者たちを解雇して路頭に迷わせるわけにもいかない。

 そこで彼は市の当局にねじ込んで、市が得ている『遺物』の売却益から難民労働者への傷病休暇手当を支給させることに成功していた。難民キャンプでの風邪の流行については『遺跡』で作業しているからだ、といううわさも出ていたが、実際は10月末から11月頭にかけて新しくやって来た難民たちが感染源であることは明白だったため、少なくとも発掘作業そのものに対する恨みつらみや作業員への差別の発生は抑えられていた。

 本来ならばボグロゥはそういったことの手配を担当する側だったのだが、彼自身も病に臥せったため、マルティンにすべて預けてしまっていたのだ。

 市や魔族を嫌う難民の自治当局との折衝は大変だっただろうに、そんなことはおくびにも出さない発掘の師匠に、ボグロゥは深く感謝していたのだった。

 

 深く頭を下げていたボグロゥだが、頭を起こした時には作業の完了を阻むモノへと視線を向けていた。


「で? これかい、問題のやつは。ギルドの総長には伝えてあるんだろ?」

「ああ。で、ウチの若ぇ連中に言って掘り返させたんだが、こりゃあどうも」

「全体的な構成はアレだな、ピオニールの博物館に飾ってある戦車に似てるな」

「ああ。M4A3だっけ。陛下がほじくり返したって言う。だがこれは」


 そう、彼らの前に鎮座している物体はどう見ても戦車であった。

 もっとも、彼らとて戦車なるものが動き回っているところを見たことはない。彼らの技術力ではスクラップを再生することはできても、同等品を大量生産するにはまだまだ技術の蓄積が足りないからだった。

 それはともかくとして、彼らが見ているものは戦車と見分けはついても、彼らの見知ったものとは大いに趣が違っていた。


「うん。どうも同じ技術の延長上にあるとは思えねぇ。全体的な構成が似てるのはサメとイルカみたいなもんだな、似たような目標のために似たような形状になるってやつ」

「M4A3は高さが2m70cmもあるがこっちは2mを切ってる。めちゃくちゃ平べったいし、全体的に鋭角だ。砲身もやたらと長いし太い。その割には口径は小さい。56mmってとこか。ライフリングは切ってないな。見ろよこの砲身内部のメッキ。くすみもしてねぇ」

「左右に1本ずつ、違う素材でできたレールみたいなのが埋め込んであるな。こんな砲身、まともに使えるとは思えねぇ」

「下手したら一発で上下に割れちまう。が、こういう構造をあえて採用してるってことは」

「こういう構造でないと駄目なのと、戦闘で何十発とぶっぱなして余裕で耐えるってことだ」

「だよなあ。それよりもおかしいのはさ、こいつ、鞘に入ってなかったろ」

「ああ。剥き身でこのままでんと居座ってやがった。重機で掘ってる最中に思いっきりガッツリ当てちまったんだが、みろよ。塗装表面に薄いキズが入っただけだぜ」

「絶対におかしいぞ。鞘が破れちまった遺物はだいたい芯まで腐食してるはずだ。履帯だって、触った感じだと硬質ゴム系の素材だけど、こんなにきれいに形状を保てるはずがねぇ。何千年も前の地層に埋まってるのにだぞ? とっくに溶けるかどうかしてなくなってなきゃおかしい」


 ボグロゥとマルティンは『遺物』の周りをぐるぐると廻りながら、あれこれと所見を述べた。


「おかしいところを上げていったらキリがねぇ。ともかく、埋め戻すか引き上げるかさっさと決めねぇと根雪が降るぞ」

「たぶん、たぶんだがこれは引き上げることになると思う。けど用心してくれ、今のうちにありったけのテントシートの一番でかいやつと、重クレーン、軍の重レッカーを手配したほうがいい」

「どうして?」

「見ろよ、この銘板。こんな文字見たことあるか? 少なくとも俺や師匠が掘り出したものの中には一度だってこんな字はなかったはずだ。まちがいねぇ、これぁコーさんが知ってる文明とは別種のものだ。こんなもんが埋まってるって難民たちが知ったら、暴動が起きるぞ。やはり呪われた地だとか言って」

「そりゃまずいな。こんなクソあなぼこから引き上げるとなったら、重クレーンだけじゃ駄目だな。足場も組まにゃ。軍との折衝はお前に任せるぜ。クレーンと足場は俺に心当たりがある」

「わかった。俺ァ村長様と大佐のところに急いでツラぁ出してくる。埋め戻す可能性もあるが、話は通しとかなきゃ」


 ボグロゥがレスタ駐屯部隊の駐屯地司令のところに顔を出す必要はなかった。

 彼が発掘現場の巨大な穴から顔を出すと同時に、魔王コーこと発掘師ギルド総長コウタロウ・スギウラの命令書と、魔王領行政府からの報奨金を持った発掘士と重車両の群れが発掘現場に停車したからだった。





「まぁそんなわけでさ、お前さんがたが寝込んでる間にめんどくせぇもんはうちのギルドの元締めが持ってっちまった。しかしこれで地下水の汚染も気にならなくなるし、今のうちに種を撒いとけば来年の春には埋め立て地は牧草地ていどにはなるだろう」


 レスタ難民キャンプの自治会館前に集まった難民労働者たちに、ボグロゥはよく響く声で発掘作業の終わりの始まりを告げた。


「ようは『遺跡』の毒の根源は根こそぎ掘りつくしてやったから、この辺りの安全は確保されたってわけさ」


 ボグロゥは嘘をついた。

 『遺跡』の毒は例の奇妙な戦車のせいではなく、見慣れた『遺物』にまとわりついていた『鞘』、それに含まれる魔法石やなんやかやが原因だ。

 だが嘘も方便、『遺跡』の『遺物』で最大級のものがこの地からなくなったと知れば、魔王領に住むことを不安に思っている者たちも、いくらかは気が晴れるだろう。


「そうするとボグロゥの旦那、あっしらはお払い箱っていうことで?」

「まだそうじゃないが、いずれそうなる。でもあんたら、そうなったら他に働き口がないだろう?」


 浮かない顔をした労働者に、ボグロゥは軽くうなずいて微笑んで見せた。

 そこでマルティンと発掘師ギルドからの使いの者が一歩前に出て、書状を広げて読み始めた。

 それによると、魔王領発掘師ギルドは遺跡発掘作業員を随時募集しており、その門戸は彼ら難民にも開かれているとのことだった。家族への送金と万一があった場合の年金給付は保証されているらしい。希望者には他の産業分野への転職支援もある。

 要は出稼ぎ労働の就労斡旋についての話だ。

 難民キャンプではアダムスという男が口利き屋、つまり労働派遣業務を行っているが、一度『遺跡』発掘業務に携わるとなかなか難民キャンプ内での仕事にはありつけない。しかし難民だろうとなんだろうと、稼がなければ食べることができない。

 その弱みに付け込んでの就労斡旋だ。

 魔王領内での発掘作業員は年々新規就労者が減っているし、難民たちがそこに入ってくれるというなら、魔王領にとっても都合がよい。

 ボグロゥはそれを悪いとは思わない。むろん、適正金額の給与が支払われるのであれば。


(しかしまぁ、それはそれとして)


 ボグロゥはにこやかな表情を浮かべたまま、あの謎の戦車について思いを巡らせた。

 報奨金は一部現金で支払われ、その10数倍の額がレスタ市に後日振り込まれることになっていたが、その額はピオニール市の年間予算に匹敵する。正直、レスタでは年度内に使い切ることなどできはしない。

 問題は、なぜそのような額を魔王コーは支払うのか、ということだった。

 例の戦車はほんの1日の作業でトランスポーターの上に積み込まれ、何重にもカバーを掛けられていた。明後日にはピオニールに到着するだろう。

 あんなものを急いでどうしようというのだ、とボグロゥはいぶかしんだが、そこから先は思案しようもなく、ひとまず日常の喧騒に戻ってゆき、そのうちにそんな疑念を抱いたことなど忘れてしまった。

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