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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
56/74

バイク屋のオークさんが風邪ひいた

「ぶぇっくしょい! なろちくしょ」

ドバァン!バルルル。


 『断絶の壁』山脈・レンサル峠のふもと、レスタ村あらためレスタ市にはオークが経営するバイク屋、兼、鍛冶屋、兼、ボイラー屋、兼、つまり何でも屋がある

 その経営者であり店主であり技師であるオークのボグロゥは、TS250のキックスターターをくしゃみとともに蹴り下げた。

 エンジンもくしゃみをするかのように一声嘶きを上げると、ボグロゥに合わせるかのように静かに止まった。

 時は10月28日、そろそろ冬囲いを始める時期である。


「フムン。初爆はしたけどアイドリングしねぇ、と」

「そうなんですよ。なもんで初爆来た瞬間にスロットル開けないと止まっちゃうんですよね」


 そばで見ていたTS250の持ち主、アッシュ・エドモンが困ったような声を出した。

 というか実際に困っている。

 アイドリングしないということはスロットルを常に開けておかないといけない。

 つまり燃費は悪くなるわオイルは喰うわ、エンジンの寿命も短くなるわで良いことは一つもない。

 明確な故障である。

 が。


「おめぇ来るたびに俺言ってるよなぁ、自分のバイクの面倒ぐらい見れるようになれよって。こんなもん故障のうちに入んねぇよ? キャブのスロージェットが詰まってるだけだもんよ」

「ええ、その、忙しくて、つい、アハハ」


 スズキTS250(ハスラー)はキャブレター式単気筒、それも空冷2ストロークエンジンだ。

 アッシュの家が長年仕えている、《最後の悪魔》《虐殺王》ザボス公爵のハーレー・ダビッドソン《パンヘッド》Vツイン・4ストロークエンジンどころか、ボグロゥの愛車ヤマハSR400単気筒4ストロークエンジンに比べてさえ単純な構造である。

 単気筒2ストロークエンジンは、部品を手に入れ、油で手を汚すことを厭いさえしなければ、たいていの不調はエンジニアに頼らずとも直せることが多い。

 もちろんバイク――モーターサイクル、あるいはオートバイ――や自動車、どころか多くの工業機械は『遺跡』から出土した『遺物』である。

 本来は魔王領に住む魔族のみならず、この世界に住まう者どもの技術では再生など出来はしない。

 が、今上魔王陛下コーの400年近い努力により、キャブレター式エンジンや機械式燃料噴射装置付きエンジンであればかなりの種類が魔王領の技術と素材で再生可能になっている。

 

 ゆえに多くのエンジニアと一部のバイク乗りは言うのだ。

 それぐらいは故障じゃない、と。

 これをメカいじりができる人間特有の思い上がりと見るかどうかは、読者の判断にゆだねたいところである。


「ちなみにどうやったら直りますか?」

「キャブばらしてスロージェット交換、が一番手っ取り早い。早けりゃ30分かからん。部品代はかかるけど、大した金額じゃない。スロージェット清掃だともうちょっとかかるかな。部品代はかからねぇけど、確実に調子を取り戻すとはいえねぇな。何回もやるとジェット自体がダメになるし」

「じゃあ交換でおねがいします」

「おう。じゃあ念のため1時間ほどそのへんブラブラしといてく、へ、へ、へぇっくしょい!」

「……マジで大丈夫ですか?」

「あー。すまねぇな。大丈夫だ。良いから行ってこい」

「はぁ、まぁ、わかりました。じゃあ、お願いしますね」

「ぶぇーっくしょい!」




「とまぁ、そんな感じでしたので、ボグロゥさんを医者に見せたほうが良いかと思うんですけど」


 ところ変わってアッシュは村から市へと一足飛びに変貌しようとするレスタ市街地の外れにある、名誉村長改め名誉市長ギュンターの家に来ていた。

 とは言ってもボグロゥの店から遠いわけではない。歩いてせいぜい7分の距離である。


「ふぅむ、それは困ったな」


 すっかり事務屋のオフィスと化したドラコ家の応接室というか居間の隅、なんとか整えられた応接セットのソファの上で、綿入れを羽織ったギュンターは顎を撫でた。

 膝の上には例によって湯たんぽ代わりのメルが入っている。

 二人とも口にはマスクをして、頭に固く絞った濡れタオルを巻いていた。


「それはまた」

「ちょうど難民たちの間でも風邪がはやっておるし、ゲホ、それは村の中も同様でな。医者はみな忙しい」

「モニカぼ学会び用がでぎでピオニールび出ぶいでどぅどよ。ずびび」

「ああ、」


 なるほどと声を出したアッシュは額に手をやった。軽く失敗したなと思っている。


「まぁ、ボグロゥさんにはあとで僕が言っときます」

「そうしてくれると助かる」

「はい。ところで本題ですが、こちらを。大殿から言伝と、うちの上司からのお願いです」

「承った。内容は……君は知らないほうがよさそうだな?」

「はい。申し訳ありませんが。あとこちらはアンネリーゼ嬢からの手紙です」

「アンネちゃんばどうじでどぅの?」

「元気でやってますよ。元気すぎるほどです」

「そでを聞いで安心じだば」

「そういえば、シャンテ嬢はどうしてるんです? 姿が見えませんが」

「風邪で寝込んでおるよ。トマスとアンネに会いたいとうめいておる」

「ああ。トマスとはなかなか連絡が取れないんです。とりあえず五体満足ではあるようですが。では、僕はこれで。みなさんおだいじになさってください」


 アッシュの仕事の半分はギュンターに手紙を渡すためだけだったが、そこに不平不満はない。むしろ具合のよろしくないドラコ家家中を見て、あまりよくない時に来てしまったと申し訳なく思うのだった。


 自分の用事を済ませたアッシュはボグロゥに直してもらったバイクを受け取ると、代金を払ってさっさと帰ってしまった。なんでも急いで駐屯地に顔を出し、すぐに戻らねばならないとのことである。

 その彼に早く病院に行けと言われたボグロゥだったが、仕事が溜まっていると言って早々に店を閉めると旧市街のなじみ客のボイラー点検に出かけてしまった。

 得意先を見て回り、難民キャンプの様子をすこし伺い(かなりの数の病人が出たらしく、駐屯地から来ていた衛生隊員と憲兵によってキャンプは出入りが制限されていた)、少しだるいなと思いながら寝酒をひっかけて寝て、翌朝目を覚ますとひどい熱と悪寒に苛まれていた。


「へっ、ざまぁねぇな」


 乱雑に着替えや何やらが散らばった寝室の中、こればかりは立派な寝台の上でいつもと変わり映えのない天井を眺めながら悪態をついてみたが、だからと言って何が変わるわけでもない。

 そのままうつらうつらとまた寝入ってしまった。


 こういったときに決まってみる夢がある。

 まだ彼がピオニールのエレーナの店で働いていたころの思い出だ。

 バイクやそのほかの機械におっかなびっくり触れ始めたころ。

 仕事に慣れなじみの客に可愛がられ始めたころ。

 故郷から幼馴染を呼び寄せ結婚し、狭い借家ながらも幸せな毎日を送り始めたころ。

 そういったものを夢の中で追体験している彼の寝顔は、厳めしい顔つきのオークにしては驚くほど穏やかだった。

 だが彼は知っている。

 その先に待ち受ける思い出を。

 もっとも見たくない、最も汚い自分自身を。


 むかし戦争があった。

 西方から突如流入してきた騎馬の異民族が、魔王領国内を大いに荒らしまわったのだ。その数80万。

 武力集団としての異民族たちの科学力、すなわち武装は大したものではなかったが、何しろ頭数が違いすぎた。魔王軍の陸上戦力は、常時18万人程度しか確保されていないのだ。

 結果、西方国境全域から侵入してきた彼らに対抗するため、魔王軍は直ちに予備役と新兵を招集。

 その中にはエレーナ夫妻とボグロゥも含まれていた。

 

 戦争自体は10カ月で終息した。

 しかしその間にエレーナの夫ヨナバルは戦死し、ボグロゥは兵卒から伍長に昇進するほどの功績を挙げた。

 エレーナは夫の遺した店を守るために奮闘し、そのおかげでか心的外傷に苛まれることはなかった。

 だがボグロゥは違った。

 50人以上の敵兵を殺し、うち12人はバイクでひき殺したボグロゥは自分の残虐性に大変なショックを受け、もともと陽気で社交的だったにもかかわらず、自分の殻に引きこもりがちになっていった。

 当時のボグロゥの妻リタラはなんとか夫を元気づけようとしたが、ボグロゥは日に日にやつれ仕事にだけ集中するようになり、ついで妻に対する態度は次第に投げやりなものとなった。

 リタラが何を言ってもああ、とか、うう、とか呻くだけ。ご飯を食べおえても何も言わない。

 彼の態度にリタラも次第に憔悴していった。

 そうしたある日、何かのきっかけでボグロゥは妻にひどい暴力を振るった。

 暴力を振るいながら彼女を犯し尽くし、さらに悪いことには、翌朝彼女に声を掛けることもなく自宅から逃げ出してしまったのだ。


「やめろ……やめろ!!」


 夢の中で妻に暴力を振るう自分を止めようと声を上げ、その自分の声とともにボグロゥは飛び起きた。

 ぜぇぜぇと荒く息をつき、がんがんと痛む頭を抱えて突っ伏す。

 そうしていると自分がひどく哀れな生き物に思え、自然と喉の奥から妙なうめきが漏れ出ていった。

 彼の心的外傷(PTSD)、トラウマは敵をバイクで、つまり自分の好きなもので殺戮したことではなくなっていた。

 それは野獣や怪異に襲われる人々を助けることで快癒していた。

 彼の心を深々とえぐった傷は、彼自身が彼の妻に振るった暴力によって彼自身に刻みつけたものだった。


 昔ながらのオークであれば本能のままに動くことを恥としないだろう。

 だが彼はそうではなかった。


 教養のあるヒトやエルフや半魔たちならあのような事態に陥る前にどうにかできたかも知れない。

 だが彼はそうはならなかった。


 今こうして声を押し殺し涙を流す自分はいったい何なのだ、なぜあの時あいつのために泣かなかったのだと自問し、やはり自分は生きているにふさわしいものではないと自答する。

 

 いつもといえばいつものとおりで、ひたすらに、ただひたすらに惨めだった。





 そうして突っ伏したままでいると、声をかけるものがいた。


「ボグ坊?」


 せせこましい台所から顔を出したのはエレーナである。

 彼女は寝室の電灯を点けると、エプロンで手をぬぐいながら歩み寄ってきて、ボグロゥとはお互い手の届かない距離でひざまずいた。こういうときの()()()()は何をするかわからないことを、何かあって自分が怪我をしたらボグロゥがまた自分のうちに閉じこもってしまうことをよく知っているのだ。

 そうしてボグロゥが努力して自分自身を落ちつけるのを、彼女は黙って待っていてやった。

 しばらく、おそらくは10分かそれ以上そうして、ようやくボグロゥはおずおずと右手をエレーナの方に差し出した。エレーナが鼻紙の束を渡してやり、ボグロゥは鼻を噛み始めた。


「……ありがとう、姉御」


 都合10回以上も鼻をズビズバと言わせて鼻紙を丸めて、ボグロゥは顔を上げた。

 気にしなくていい、とエレーナは言いかけて、ぷっと吹き出した。ボグロゥの鼻の穴には丸めた鼻紙が突っ込まれていたのだ。

 ごめんごめん、と笑いながらエレーナは綺麗なタオルを持ち出し、寝汗を吹いてやるから上を脱げとオークに言い渡した。


 エレーナが言うには、昨日ピオニールに戻ったアッシュからレスタで風邪の集団感染が起こり、シャンテもボグロゥも感染したと聞いて、矢も盾もたまらずに飛び出してきたということだった。

 昨日の深夜にはすでにレスタに到着し、まだ玄関の空いていたシュブ・ドゥ・ニグラス(クラウスが旦那に強く申し入れ、臨時の診療所として昼夜を分かたず活動していた)に荷物を放り込むと、シャンテとボグロゥの世話をしに来たのだ。

 エレーナが作って持ってきたシマヅ家秘伝の兵糧丸と呼ばれる完全栄養食を無理やり食べさせられたシャンテはすでに熱も引き復活していた。なお、兵糧丸の味や匂いは褒められたものではない。率直に言って馬の糞でも食べたほうが良いような代物だ。

 時間はすでに昼下がり、夕四つも近いという頃合いだった。

 

「あれ? そうすると何時間で着いたんだ?」

「えーと……8時間?」

「8時間!? ずいぶん飛ばしてきたなぁ。怪我は? バイクに壊れたところは?」

「こら、じっとしてな!」

「あ、うん」


 壮年のオークらしく広くてゴツいボグロゥの背中を拭いてやりながら、エレーナは自分の頬が緩むのを自覚していた。

 数年前のボグロゥなら、まずバイクの心配が先に来てライダーのことは後だった。レスタにきた頃はバイクの心配しかしなかった。

 今はピオニールで雇っていたときのように、きちんとライダーの心配を先にしている。


「アッシュだって丸一日かけてきてるのに」

「空冷シングルツースト250ccなんかと一緒にすんじゃないよ。こちとらVツイン1200ccだよ? これぐらいの距離ぶっ飛ばしたところで焼き付くほどやわじゃないさ」

「いやでも無茶だって。帰りは姉さん、ゆっくり帰んなよ」

「あら、じゃあここに泊まっていこうかね」

「寝るところがねぇぞ」

「別にあたしゃ、アンタの隣でも上でも良いんだけどね」

「……そういうのやめてくれ。勘違いしちまいそうになる……」


 ボグロゥはエレーナの言葉に照れて、そっぽを向いてしまった。

 エレーナはボグロゥのそういうところがまだまだだなぁと思いつつ、とは言え随分マシになったな、とも思う。

 一時期は女性を見ると嫌悪か欲情のどちらかの表情しか見せず、一言も喋らずじっと相手を眺めるその視線には、怯えがかなり入り混じっていたものだ。


(身内相手とは言え、よくここまで立ち直ってくれた。それもこれも──)


 などと思いながらボグロゥの背中に頬を寄せようとしたその時、勝手口が乱暴に開けられ何者かがダダダダダッと足音高く屋内に走り込んできた。


「ボグロゥちゃん!」


 ぜいぜいと荒く息をつき、額に汗を浮かべ、邪悪なまでに巨大な胸を揺らせるその女性はギュンターの屋敷に住み込みで女中をしているモニカだった。

 いつもは裸のほうがまだましなような破廉恥な恰好か、幼児に着せられた洗濯物を山のように着込んでいるかどちらかだったが、その日は大変珍しいことにセーターの上に白衣を纏っており、それが嫌に似合っていた。




「これでたぶん大丈夫。あとはあったかくして寝てねぇ。本当に心配したんだからぁ」

「おう、すまねぇ。助かる。ありがとう」


 肌着を着替えたボグロゥの体調は、モニカに処方された風邪薬を飲むと多少落ち着いたようだった。


「ついでにこれもいっとくかい?」

「気持ちだけでいいよ、いいってば!」


 エレーナが兵糧丸の入った金属容器の蓋を開けようとし、ボグロゥは慌てて押しとどめた。


「3日も寝込んでたんだろ? そういうときこそこのシマヅ家秘伝のさぁ」

「それが万病によく効くのは知ってますけどぉ、私の料理よりまずいものを病人に食べさせるのはぁ、ちょっとぉ」

「あんだって?」

「なんですかぁ?」


 モニカが珍しく他人に嫌味を言い、エレーナもそれに苛ついたようだ。一気に空気が悪くなったところで、ボグロゥが鼻を掻きながら口を挟んだ。


「待ってくれ二人とも。ありがとう。ああ、そのなんだ、シャンテに免じてそれぐらいにしてくんねぇか」

「なんでシャンテちゃんなの?」


 ボグロゥの言葉に訝しむモニカ。それを見てエレーナは苦笑しながら事実を教えた。


「シャンテに兵糧丸砕いて飲ませたらその場で飛び起きて涙目でなんか叫んでた」

「それは、災難ねぇ」


 モニカは目を丸くしてからプッと吹き出した。シャンテはそのあと湯浴みをしたらすっかり回復したというのだから、実際に兵糧丸の効果は大したものなのだろう。

 あるいは、もっと小さな頃にお仕置きとして飲まされたことを体が覚えていて、火事場の馬鹿力を出しているだけなのかもしれないが。死に向き合うと本人でさえ思いもかけない力を発揮できるのは、何もヒト族に限った話ではない。

 

「ともかく、ふたりとも本当にありがとう。おかげで随分良くなったよ……それでその……ちょっと腹が減ったんだけど、なんか食うもんはあるかな」


 きっちり背筋を伸ばしたボグロゥが二人の目を交互に真っ直ぐ見つめながら礼を言い、ついでちょっとした我儘を述べたのを聞いて、エレーナとモニカは少し照れたようにはにかんだ。




 せせこましい台所でエレーナはありあわせの粥を作り、モニカは洗濯物を洗濯機に放り込んでいた。ボグロゥがレスタに来て初めて掘り出したのは、実はバイクではなく様々な大きさ、形の洗濯機であったことを知るものは少ない。

 台所と寝室の間のドアは、今はきちんと閉じられている。


「でも良かったですぅ。エレーナさんが来てくれて」

「アタシも心配になったからさ。そういうモニカも早かったじゃないか」

「嫌な予感がしたんですよぉ。誰かが抜け駆けするんじゃないかって」


 エレーナはびっくりした表情を作り、鍋を回す手を止めた。

 モニカは軽くウィンクしてみせた。


「アタシはべつに、そんなんじゃ」

「ふふ。そういうことにしておきますかぁ。あ、お鍋こげちゃいますよ」

「あ、ああ、すまないね」


 慌てて手を動かし始めたエレーナだったが、洗濯機がゴウンゴウンと音を立てて動き始めると、再び口を開いた。


「ねぇモニカ。ボグ坊のこと、いつもありがとうね」

「なにがですぅ?」

「何がって、あの子がこっちに来てからずぅっと面倒見てくれてるだろ? シャンテから聞いてるよ。おかげであの子は随分まともになった。いっときはアタシとでさえ口を利けなかったんだから」

「いいんですよぉ。好きでやってることですからぁ」

「いつもの派手な格好も?」

「だってボグロゥちゃん、ああいう格好好きそうじゃないです?」

「まぁ、オークはみんな乳と尻のデカイ娘が好きだからねぇ」

「ねぇ~。でも最初の頃よりずいぶん視線がのんきになってきましたよぉ」

「それはよかった。でね、いつもあの子の面倒を見てくれてるお礼に、1つ良いことを教えてあげる」

「なんです?」


 音を立てて揺れ動く洗濯機にもたれて向き直ったモニカに、シャンテは意地の悪い笑みを見せた。


「あの子はそういう地味な格好のほうが好きだから、今度試してみな。一足飛びにいけるとこまで行けるかも」


 今度はモニカがびっくりした表情で固まる番で、真っ赤になった彼女をエレーナは軽くつついてからかった。





「報告は以上です」


 真っ白な部屋で薄緑色の病院着を着たアッシュは、アクリルガラスでできた透明な壁の向こうの上司にそう告げた。

 ここはピオニール郊外の軍大学病院、その隔離病棟だ。

 彼はピオニールに戻りエレーナに筆談でボグロゥたちの状態を知らせると、すぐにその足でここに来て隔離病棟への入院を求めたのだ。


「判った。ありがとう。こちらでも、レスタ以外の難民キャンプと隣接する市町村で新種の風邪の流行を確認した。レスタのモニカ・カンビーニ氏が緊急に王立疫学研究所に検体を持ち込んでくれていたが、これまで国内で検出されたことのない病原体だそうだ。これまでの風邪だとすべての種族が感染するということはなかったが、今回はどんな種族でも一発で罹患している。さらには年寄と子供に限らず、成年でも死亡者が出ている」


 エーリッヒ・ジークフリート・フォン・リッケンバウムは滅菌済みのレポート用紙をめくりながら、アッシュに同意を示した。

 目には強い意志の光がある。


「この件は1課長にも知らせておこう。それと厚生省の武器・麻薬取締局にも。軍はすでに事態を掴んでいるようだから、公安警察、民事警察と合同で調整を行ったほうが良いだろう。まずは意見交換会だな」

「そうなるとやはり」

「ああ。君の懸念は正しい。この風邪はただの風邪ではない。聖法王国による生物兵器テロの疑いがある。ただの懸念であってくれればよいが」

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